Dante Alighieri - Opera Omnia >>  神曲 (The divine comedy)
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神曲

LA DIVINA COMMEDIA

アリギエリ・ダンテ Alighieri Dante

山川丙三郎訳


地獄篇



   第一曲

われ正路を失ひ、人生の覊旅半にあたりてとある暗き林のなかにありき 一―三
あゝ荒れあらびわけ入りがたきこの林のさま語ることいかに難いかな、恐れを追思にあらたにし 四―六
いたみをあたふること死に劣らじ、されどわがかしこに享けしさいはひをあげつらはんため、わがかしこにみし凡ての事を語らん 七―九
われ何によりてかしこに入りしや、善く説きがたし、まことの路を棄てし時、睡りはわが身にみち/\たりき 一〇―一二
されど恐れをもてわが心を刺しゝ溪の盡くるところ、ひとつの山の麓にいたりて 一三―一五
仰ぎ望めば既にその背はいかなる路にあるものをもなほくみちびく遊星の光を纏ひゐたりき 一六―一八
この時わが恐れ少しく和ぎぬ、こはよもすがら心のおくにやどりて我をいたく苦しましめしものなりしを 一九―二一
しかしてたとへば呼吸いきもくるしくわたより岸に出でたる人の、身を危うせる水にむかひ、目をこれにとむるごとく 二二―二四
走りてやまぬわが魂はいまだ生きて過ぎし人なき路をみんとてうしろにむかへり 二五―二七
しばし疲れし身をやすめ、さてふたゝび路にすゝみて、たえず低き足をふみしめ、さびたる山の腰をあゆめり 二八―三〇
坂にさしかゝれるばかりなるころ、見よ一匹のの豹あらはる、輕くしていとはやし、斑點まだらある皮これを蔽へり 三一―三三
このもの我を見れども去らず、かへつて道を塞ぎたれば、我は身をめぐらし、歸らんとせしこと屡※(二の字点、1-2-22)なりき 三四―三六
時は朝の始めにて日はかなたの星即ち聖なる愛がこれらの美しき物をはじめて動かせるころ 三七―
これと處を同じうせるものとともに昇りつゝありき、されば時の宜きとの麗しきとは毛色けいろはなやかなるこの獸にむかひ
善き望みを我に起させぬ、されどこれすら一匹の獅子わが前にあらはれいでし時我を恐れざらしむるには足らざりき ―四五
獅子は頭を高くし劇しき飢ゑをあらはし我をめざして進むが如く大氣もこれをおそるゝに似たり 四六―四八
また一匹の牝の狼あり、その痩躯によりて諸慾内に滿つることしらる、こはすでに多くの民に悲しみの世をおくらせしものなりき 四九―五一
我これを見るにおよびて恐れ、心いたくなやみて高きにいたるの望みを失へり 五二―五四
むさぼりて得る人失ふべき時にあひ、その思ひを盡してなげきかなしむことあり 五五―五七
我またかくの如くなりき、これ平和なきこの獸我にたちむかひて進み次第に我を日のもだす處におしかへしたればなり 五八―六〇
われ低地をのぞみて下れる間に、久しく默せるためその聲嗄れしとおもはるゝ者わが目の前にあらはれぬ 六一―六三
われかの大いなる荒野の中に彼をみしとき、叫びてかれにいひけるは、汝魂かまことの人か何にてもあれ我を憐れめ 六四―六六
彼答へて我にいふ、人にあらず、人なりしことあり、わが父母ちゝはゝはロムバルディアの者郷土ふるさとをいへば共にマントヴァびとなりき 六七―六九
我は時後れてユーリオの世に生れ、似非えせ虚僞いつはりの神々の昔、善きアウグストのもとにローマに住めり 七〇―七二
我は詩人にて驕れるイーリオンの燒けし後トロイアより來れるアンキーゼの義しき子のことをうたへり 七三―七五
されど汝はいかなればかく多くの苦しみにかへるや、いかなればあらゆる喜びの始めまたもとなる幸の山に登らざる 七六―七八
われおもてに恥を帶び答へて彼にいひけるは、されば汝はかのヴィルジリオ言葉ことのはのひろき流れをそゝぎいだせる泉なりや 七九―八一
あゝすべての詩人のほまれまた光よ、願はくは長きまなびと汝のふみを我に索めしめし大いなる愛とは空しからざれ 八二―八四
汝はわが師わがよりどころなり、われ美しき筆路を習ひ、譽をうるにいたれるもたゞ汝によりてのみ 八五―八七
かの獸を見よ、わが身をめぐらせるはこれがためなりき、名高きひじりよ、このものわが血筋をも脈をも顫はしむ、ねがはくは我を救ひたまへ 八八―九〇
わが泣くを見て彼答へて曰ひけるは、汝この荒地あれちよりのがれんことをねがはゞほかの路につかざるをえず 九一―九三
そは汝に聲を擧げしむるこの獸は人のその途を過ぐるをゆるさず、これを阻みて死にいたらしむればなり 九四―九六
またそのさが邪惡なれば、むさぼりて飽くことなく、食をえて後いよいよ餓う 九七―九九
これを妻とする獸多し、また獵犬かりいぬ來りてこれを憂ひの中に死なしむるまでこの後なほ多からむ 一〇〇―一〇二
この獵犬はその營養やしなひを土にもかねにもうけず、これを智と愛と徳とにうく、フェルトロとフェルトロとの間に生れ 一〇三―一〇五
處女おとめカムミルラ、エウリアーロ、ツルノ、ニソが創をうけ命を棄てゝ爭ひし低きイタリアの救ひとなるべし 一〇六―一〇八
すなはち※(「彳+扁」、第3水準1-84-34)く町々をめぐりて狼を逐ひ、ふたゝびこれを地獄の中に入らしめん(嫉みはさきにこゝより之を出せるなりき) 一〇九―一一一
この故にわれ汝の爲に思ひかつ謀りて汝の我に從ふを最も善しとせり、我は汝の導者となりて汝を導き、こゝより不朽の地をめぐらむ 一一二―一一四
汝はそこに第二の死を呼び求むるいにしへのなやめる魂の望みなき叫びをきくべし 一一五―一一七
その後汝は火の中にゐてしかも心足る者等をみむ、これ彼等には時至れば幸なる民に加はるの望みあればなり 一一八―一二〇
汝昇りて彼等のもとにゆくをねがはゞ、そがためには我にまされる魂あり、我別るゝに臨みて汝をこれと倶ならしめむ 一二一―一二三
そは高きにしろしめすみかど、わがその律法おきてに背けるの故をもて我に導かれてその都に入るものあるをゆるし給はざればなり 一二四―一二六
帝の稜威みいつは至らぬ處なし、されど政かしこよりいでその都も高き御座みくらひもまたかしこにあり、あゝ選ばれてそこに入るものはさいはひなるかな 一二七―一二九
我彼に、詩人よ、汝のしらざりし神によりてわれ汝に請ふ、この禍ひとこれより大なる禍ひとを免かれんため 一三〇―一三二
ねがはくは我を今汝の告げし處に導き、聖ピエートロの門と汝謂ふ所のさちなき者等をみるをえしめよ 一三三―一三五
この時彼進み、我はその後方うしろに從へり 一三六―一三八


   第二曲

日は傾けり、仄闇ほのくらき空は地上の生物をその勞苦より釋けり、たゞ我ひとり 一―三
心をさだめて路と憂ひの攻めにあたらんとす、誤らざる記憶はこゝにこれを寫さむ 四―六
あゝムーゼよ、高き才よ、いざ我をたすけよ、わがみしことを刻める記憶よ、汝の徳はこゝにあらはるべし 七―九
我いふ、我を導く詩人よ、我を難路に委ぬるにあたりてまづわが力のたるや否やを思へ 一〇―一二
汝いへらく、シルヴィオの父は朽つべくして朽ちざるの世にゆき、肉體のまゝにてかしこにありきと 一三―一五
されど彼より出づるにいたれる偉業をおもひ、彼の誰たり何たるをおもはゞ、衆惡のあたのめぐみ深かりしとも 一六―一八
識者見て分に過ぎたりとはなさじ、そは彼エムピレオの天にて選ばれて尊きローマ及びその帝國の父となりたればなり 一九―二一
かれもこれもげにともに定めに從ひて聖地となり、大ピエロの後を承くる者位に坐してこゝにあり 二二―二四
彼かしこにゆき(汝これによりてかれに名をえしむ)勝利かち法衣ころもの本となれる多くの事を聞きえたり 二五―二七
その後えらびうつは、救ひの道の始めなる信仰のはげみを携へかへらんためまたかしこにゆけることあり 二八―三〇
されど我は何故に彼處かしこにゆかむ誰か之を我に許せる、我エーネアに非ず我パウロに非ず、わがこの事に堪ふべしとは我人倶に信ぜざるなり 三一―三三
されば我若し行くを肯はゞその行くこと恐らくはこれ狂へるわざならん、汝はさかし、よくわがことばの盡さゞるところをさとる 三四―三六
人その願ひを飜し、新なるおもひによりて志を變へ、いまだ始めにあたりてそのなすところをすべて抛つことあり 三七―三九
我も暗き山路やまぢにありてまたかくのごとくなりき、そはわが思ひめぐらしてかくかろがろしく懷けるわが企圖くはだてを棄てたればなり 四〇―四二
心おほいなる者の魂答へて曰ひけるは、わが聽くところに誤りなくは汝のたましひは怯懦にそこなはる 四三―四五
夫れ人しば/\これによりて妨げられ、その尊きくはだてに身を背くることあたかも空しきかたちをみ、臆して退く獸の如し 四六―四八
我は汝をこの恐れより解き放たんため、わが何故に來れるや、何事をきゝてはじめて汝のために憂ふるにいたれるやを汝に告ぐべし 四九―五一
われ懸垂の衆とともにありしに、尊き美しきひとりの淑女の我を呼ぶあり、われすなはち命を受けんことを請ひぬ 五二―五四
その目は星よりもあざやかなりき、天使のごとき聲をもてことば麗しくやはらかく我に曰ひけるは 五五―五七
やさしきマントヴァの魂よ(汝の名はいまなほ世に殘る、またうごきのやまぬかぎりは殘らん) 五八―六〇
わが友にて命運の友にあらざるもの道をびたる麓に塞がれ、恐れて踵をめぐらせり 六一―六三
我は彼のことにつきて天にて聞ける所により、彼既に探く迷ひわが彼を助けんため身を起せしことの遲きにあらざるなきやを恐る 六四―六六
いざ行け、汝の琢ける詞またすべて彼の救ひに缺くべからざることをもて彼を助け、わが心を慰めよ 六七―六九
かく汝にゆくを請ふものはベアトリーチェなり、我はわが歸るをねがふ處より來れり、愛我を動かし我に物言はしむ 七〇―七二
わが主のみまへに立たん時我しば/\汝のことをむべし、かくいひてもだせり、我即ちいひけるは 七三―七五
徳そなはれる淑女よ(およそ人けんいと小さき天の内なる一切のものに優るはたゞ汝によるのみ) 七六―七八
汝の命ずるところよくわが心に適ひ、既にこれに從へりとなすともなほしかするの遲きを覺ゆ、汝さらに願ひを我にひらくをもちゐず 七九―八一
たゞねがはくは我に告げよ、汝何ぞ危ぶむことなく、闊き處をはなれ歸思衷に燃ゆるもなほこの中心に下れるや 八二―八四
彼答へていひけるは、汝かく事の隱微をしるをねがへば、我はわが何故に恐れずここに來れるやをつゞまやかに汝に告ぐべし 八五―八七
夫れ我等の恐るべきはたゞ人に禍ひをなす力あるものゝみ、そのほかにはなし、これ恐れをおこさしむるものにあらざればなり 八八―九〇
神はその恩惠めぐみによりて我を造りたまひたれば、汝等のなやみも我に觸れず燃ゆる焔も我を襲はじ 九一―九三
ひとりの尊き淑女天にあり、わが汝を遣はすにいたれるこの障礙しやうげのおこれるをあはれみて天上のおごそかなる審判さばきを抂ぐ 九四―九六
かれルチーアを呼び、請ひていひけるは、汝に忠なる者いま汝に頼らざるをえず、我すなわち彼を汝に薦むと 九七―九九
すべてあらぶるものゝあだなるルチーアいでゝわがいにしへのラケーレと坐しゐたる所に來り 一〇〇―一〇二
いひけるは、ベアトリーチェ、神のまことの讚美よ、汝何ぞ汝を愛すること深く汝のために世俗を離るゝにいたれるものを助けざる 一〇三―一〇五
汝はかれの苦しき歎きを聞かざるか、汝は河水漲りて海も誇るにたらざるところにかれを攻むる死をみざるか 一〇六―一〇八
世にある人の利に趨り害を避くるはやしといへども、かくいふをききて 一〇九―一一一
汝のことばしなたかく汝の譽また聞けるものゝ譽なるをたのみとし、祝福めぐみの座を離れてこゝに下れるわがはやさには若かじ 一一二―一一四
かくかたりて後涙を流し、そのあざやかなる目をめぐらせり、わがくとく來れるもこれがためなりき 一一五―一一七
さればわれ斯く彼の旨をうけて汝に來り、美山うつくしきやま捷路ちかみちを奪へるかの獸より汝を救へり 一一八―一二〇
しかるに何事ぞ、何故に、何故にとゞまるや、何故にかゝる卑怯を心にやどすや、かくやむごとなき三人みたりの淑女 一二一―一二三
天の王宮に在りて汝のために心を勞し、かつわが告ぐるところかく大いなるさちを汝に約するに汝何ぞ勇なく信なきや 一二四―一二六
たとへば小さき花の夜寒よさむにうなだれ凋めるが日のこれを白むるころ悉くおきかへりてその莖の上にひらく如く 一二七―一二九
わがえしたましひかはり、わが心いたくいさめば、恐るゝものなき人のごとくわれいひけるは 一三〇―一三二
あゝ慈悲深きかな我をたすけし淑女、志厚きかなかれが傳へし眞の詞にとくしたがへる汝 一三三―一三五
汝言によりわが心を移して往くの願ひを起さしめ、我ははじめの志にかへれり 一三六―一三八
いざゆけ、導者よ、きみよ、師よ、兩者ふたりに一の思ひあるのみ、我斯く彼にいひ、かれ歩めるとき 一三九―一四一
艱き廢れし路に進みぬ 一四二―一四四


   第三曲

我を過ぐれば憂ひの都あり、我を過ぐれば永遠とこしへ苦患なやみあり、我を過ぐれば滅亡ほろびの民あり 一―三
義は尊きわが造りぬしを動かし、聖なる威力ちから比類たぐひなき智慧、第一の愛我を造れり 四―六
永遠とこしへの物のほか物として我よりさきに造られしはなし、しかしてわれ永遠に立つ、汝等こゝに入るもの一切の望みを棄てよ 七―九
われは黒くしるされしこれらのことばを一の門の頂に見き、この故に我、師よ、かれらの意義我に苦し 一〇―一二
事すべてあきらかなる人の如く、彼我に、一切の疑懼一切の怯心ここに棄つべく滅ぼすべし 一三―一五
我等はいま智能の功徳くどくを失へる憂ひの民をみんとわがさきに汝に告げしところにあるなり 一六―一八
かくて氣色けしきうるはしくわが手をとりて我をはげまし、我を携へて祕密の世に入りぬ 一九―二一
ここには歎き、悲しみの聲、はげしき叫喚、星なきそらにひゞきわたれば、我はたちまち涙を流せり 二二―二四
異樣のおん罵詈のゝしりの叫び、苦患なやみことば、怒りのふし、強き聲、弱き聲、手の響きこれにまじりて 二五―二七
轟動どよめき、たえず常暗とこやみの空をめぐりてさながら旋風吹起る時の砂のごとし 二八―三〇
怖れはわがかうべを卷けり、我即ちいふ、師よわが聞くところのものは何ぞや、かく苦患なやみに負くるとみゆるは何の民ぞや 三一―三三
彼我に、このさちなきさまにあるは恥もなく譽もなく世をおくれるものらの悲しき魂なり 三四―三六
彼等にまじりて、神にさからへるにあらず、また忠なりしにもあらず、たゞ己にのみ頼れるいやしき天使のむれあり 三七―三九
天の彼等を逐へるはその美に虧くる處なからんため、深き地獄の彼等を受けざるは罪ある者等これによりて誇ることなからんためなり 四〇―四二
我、師よ、彼等何を苦しみてかくいたく歎くにいたるや、答へていふ、いとつゞまやかにこれを汝に告ぐべし 四三―四五
それ彼等には死の望みなし、その失明の生はいと卑しく、いかなる分際きはといへどもその嫉みをうけざるなし 四六―四八
世は彼等の名ののこるをゆるさず、慈悲も正義も彼等を輕んず、我等また彼等のことをかたるをやめん、汝たゞ見て過ぎよ 四九―五一
われ目をさだめて見しに一旒の旗ありき、飜り流れてそのはやきことすこし停止やすみをも蔑視さげすむに似たり 五二―五四
またその後方うしろには長き列を成して歩める民ありき、死がかく多くの者を滅ぼすにいたらんとはわが思はざりしところなりしを 五五―五七
われわが識れるものゝ彼等の中にあるをみし後、心おくれて大事をいなめるものゝ魂を見知りぬ 五八―六〇
われはたゞちにさとりかつ信ぜり、こは神にも神の敵にも厭はるゝ卑しきものの宗族うからなりしを 六一―六三
これらの生けることなき劣れるものらはみな裸のまゝなりき、また虻あり蜂ありていたくかれらを刺し 六四―六六
顏に血汐の線をひき、その血の涙と混れるを汚らはしき蟲足下あしもとにあつめぬ 六七―六九
われまた目をとめてなほ先方さきを望み、一の大いなる川のほとりに民あるをみ、いひけるは、師よねがはくは 七〇―七二
かれらの誰なるや、かすかなる光によりてうかゞふに彼等渡るをいそぐに似たるは何のさだめによりてなるやを我に知らせよ 七三―七五
彼我に、我等アケロンテの悲しき岸邊に足をとゞむる時これらの事汝にあきらかなるべし 七六―七八
この時わが目恥を帶びて垂れ、われはわがことばの彼に累をなすをおそれて、川にいたるまで物言ふことなかりき 七九―八一
こゝに見よひとりのおきなの年へし髮を戴きて白きを、かれ船にて我等の方に來り、叫びていひけるは、禍ひなるかな汝等惡しき魂よ 八二―八四
天を見るを望むなかれ、我は汝等をかなたの岸、永久とこしへの闇の中熱の中氷の中に連れゆかんとて來れるなり 八五―八七
またそこなる生ける魂よ、これらの死にし者を離れよ、されどわが去らざるをみて 八八―九〇
いふ、汝はほかの路によりほかの港によりて岸につくべし、汝の渡るはこゝにあらず、汝を送るべき船はこれよりなほ輕し 九一―九三
導者彼に、カロンよ、怒る勿れ、思ひ定めたる事を凡て行ふ能力ちからあるところにてかく思ひ定められしなり、汝また問ふこと勿れ 九四―九六
この時目のまはりに炎の輪ある淡黒うすぐろき沼なる舟師かこの鬚多き頬はしづまりぬ 九七―九九
されどよわれる裸なる魂等はかの非情のことばをきゝて、たちまち色をかへ齒をかみあわせ 一〇〇―一〇二
神、親、人およびその蒔かれその生れし處と時とたねとをそしれり 一〇三―一〇五
かくて彼等みないたく泣き、すべて神をおそれざる人を待つ禍ひの岸に寄りつどへり 一〇六―一〇八
目は熾火おきびのごとくなる鬼のカロン、そのこゝろを示してみな彼等を集め、後るゝ者あれば櫂にて打てり 一〇九―一一一
たとへば秋のの葉の一葉ひとは散りまた一葉ちり、枝はそのころもを殘りなく地にをさむるにいたるがごとく 一一二―一一四
アダモの惡しきすゑは示しにしたがひ、あひついで水際みぎはをくだり、さながら呼ばるゝ鳥に似たり 一一五―一一七
かくして彼等くろずめる波を越えゆき、いまだかなたに下立おりたたぬまにこなたには既にあらたに集まれるむれあり 一一八―一二〇
志厚き師曰ひけるは、わが子よ、神の怒りのうちに死せるもの萬國より來りてみなこゝにつどふ 一二一―一二三
その川を渡るをいそぐは神の義これをむちうちて恐れを願ひにかはらしむればなり 一二四―一二六
善き魂この處を過ぐることなし、さればカロン汝にむかひてつぶやくとも、汝いまその言の意義をしるをえん 一二七―一二九
いひ終れる時黒暗くらやみ廣野ひろのはげしくゆらげり、げにそのおそろしさを思ひいづればいまなほわが身汗にひたる 一三〇―一三二
涙の地風をおこし、風はくれなゐの光をひらめかしてすべてわが官能をうばひ 一三三―一三五
我は睡りにとらはれし人の如く倒れき 一三六―一三八


   第四曲

はげしきいかづちはわがかうべのうちなる熟睡うまいを破れり、我は力によりておこされし人の如く我にかへり 一―三
たちなほりて休める目を動かし、わが在るところを知らんとて瞳を定めあたりを見れば 四―六
我はげにはてしなき叫喚の雷をあつめてものすごき淵なす溪のへりにあり 七―九
暗く、深く、霧多く、目をその深處ふかみに注げどもまた何物をもみとむるをえざりき 一〇―一二
詩人あをざめていひけるは、いざ我等このめしひの世にくだらむ、我第一に汝第二に 一三―一五
われその色を見、いひけるは、おそるゝごとに我を勵ませし汝若しみづから恐れなば我何ぞ行くをえん 一六―一八
彼我に、この下なる民のわづらひは憐みをもてわがおもてを染めしを、汝みて恐れとなせり 一九―二一
長途我等を促せばいざ行かむ、かくして彼さきに入り、かくして我をみちびきぬ、淵をめぐれる第一のひとやの中に 二二―二四
耳にてはかるに、こゝにはとこしへのそらをふるはす大息ためいきのほか歎聲なげきなし 二五―二七
こは苛責の苦なきなやみよりいづ、またこのなやみをうくるは稚兒をさなご、女、男の數多き、大いなるむれなりき 二八―三〇
善き師我に、汝これらの魂をみてその何なるやを問はざるならずや、いざ汝なほさきに行かざるまに知るべし 三一―三三
彼等は罪を犯せるにあらず、よみすべきことはありとも汝がいだく信仰の一部なる洗禮バッテスモをうけざるが故になほたらず 三四―三六
またクリストの教へのさきに世にありたれば神があがむるの道をつくさゞりき、我も亦このひとりなり 三七―三九
われらの救ひを失へるはほかに罪あるためならず、たゞこの虧處おちどのためなれば我等はたゞ願ひありて望みなき生命いのちをこゝにわぶるのみ 四〇―四二
われこの言をきくにおよびてリムボに懸れるいとたふとき民あるをしり、深き憂ひはわが心をとらへき 四三―四五
我は一切の迷ひに勝つ信仰にかたく立たんことをおもひ、いひけるは、我に告げよわが師、我に告げよきみ 四六―四八
おのれの功徳くどくによりまたは他人ひとの功徳により、かつてこの處をいでゝさいはひを享くるに至れるものありや、かれわがことばの裏をさとり 四九―五一
答へて曰ひけるは、われこゝにくだりてほどなきに、ひとりの權能ちからあるもの勝利かち休徴しるしかうむりて來るを見たり 五二―五四
この者第一の父の魂、その子アベルの魂、ノエの魂、律法おきてをたてまたよく神に順へるモイゼの魂 五五―
族長アブラアム、王ダヴィーデ、イスラエルとその父その子等およびラケーレ(イスラエルかれの、ために多くの事をなしたりき)
その外なほ多くの者の魂をこゝよりとりさり、彼等にさいはひを與へたりき、汝しるべし、彼等より先には人の魂の救はれしことあらざるを ―六三
かれかたる間も我等歩みをとどめず、たえず林を分けゆけり、即ち繁き魂の林なり 六四―六六
睡りのこなた行く道いまだ長からぬに、我は半球の闇を服せる一の火を見き 六七―六九
我等なほ少しくこれと離れたりしもその距離へだゝり大ならねば、我はまたこの處の一部にたふとき民の據れるを認めき 七〇―七二
汝學藝のほまれよ、かくあがめをうけてそのさま衆と異なるは誰ぞや 七三―七五
彼我に、汝の世に響くかれらの美名よきなはその惠みを天にうけ、かれらかく擢んでらる 七六―七八
この時聲ありて、いとたふとき詩人を敬へ、出でゝいにしその魂はかへれりといふ 七九―八一
聲止みしづまれるとき我見しによつの大いなる魂ありて我等のかたに來れり、その姿には悲しみもまた喜びもみえざりき 八二―八四
善き師曰ひけるは、手につるぎを執りて三者みたりにさきだち、あたかも王者わうじやのごとき者をみよ 八五―八七
これならびなき詩人オーメロなり、その次に來るは諷刺家オラーチオ、オヴィディオ第三、最後はルカーノなり 八八―九〇
かの一の聲のとなへし名はかれらみな我と等しくえたるものなればかれら我をあがむ、またしかするは善し 九一―九三
我はかく衆を超えて鷲の如く天翔あまがける歌聖の、うるはしき一族のあつまれるを見たり 九四―九六
しばらくともにかたりて後、かれらは我にむかひて會釋す、わが師これを見て微笑ほゝゑみたまへり 九七―九九
かれらはまた我をそのつどひのひとりとなしていと大いなる譽を我にえさせ、我はかゝる大智に加はりてその第六の者となりにき 一〇〇―一〇二
かくて我等はかの時かたるにふさはしくいまはもだすにふさはしき多くの事をかたりつゝ光ある處にいたれり 一〇三―一〇五
我等は一の貴き城のほとりにつけり、七重なゝへの高壘これを圍み、一の美しき流れそのまはりをかたむ 一〇六―一〇八
我等これを渡ること堅き土に異ならず、我はなゝつの門を過ぎてひじりむれとともに入り、緑新しき牧場まきばにいたれば 一〇九―一一一
こゝにはまなこゆるやかにして重く、姿に大いなる權威をあらはし、云ふことまれに聲うるはしき民ありき 一一二―一一四
我等はこゝの一隅かたほとり、廣きあかるき高き處に退きてすべてのものを見るをえたりき 一一五―一一七
對面むかひかたには緑の※藥えうやく の上にわれ諸※(二の字点、1-2-22)の大いなる魂をみき、またかれらをみたるによりていまなほ心に喜び多し 一一八―一二〇
我はエレットラとその多くのともをみき、その中に我はエットル、エーネア、物具ものゝぐ身につけまなこ鷹の如きチェーザレを認めぬ 一二一―一二三
またほかの處に我はカムミルラとパンタシレアを見き、またむすめラヴィーナとともに坐したる王ラティーノを見き 一二四―一二六
我はタルクイーノを逐へるブルート、またルクレーチア、ユーリア、マルチア、コルニーリアを見き、また離れてたゞひとりなる 一二七―
サラディーノを見き、我なほ少しく眉をあげ、哲人のやからの中に坐したる智者の師を見き ―一三二
衆皆かれを仰ぎ衆皆かれを崇む、われまたこゝにむれにさきだちて彼にいとちかきソクラーテとプラートネを見き 一三三―一三五
世界の偶成を説けるデモクリート、またディオジェネス、アナッサーゴラ、ターレ、エムペドクレス、エラクリート、ツェノネ 一三六―一三八
我また善く特性を集めしもの即ちディオスコリーデを見き、またオルフェオ、ツルリオ、リーノ、道徳を設けるセネカ 一三九―一四一
幾何學者エウクリーデまたトロメオ、イポクラーテ、アヴィチェンナ、ガリエーノ、註の大家アヴェルロイスを見き 一四二―一四四
いまおちなくすべての者を擧げがたし、これ詩題の長きに驅られ、事あまりて言足らざること屡※(二の字点、1-2-22)なればなり 一四五―一四七
六者むたり伴侶なかまりて二者ふたりとなれり、さとき導者異なる路によりて我を靜なる空より震ひゆらめく空に導き 一四八―一五〇
我は光る物なき處にいたれり 一五一―一五三


   第五曲

斯く我は第一のひとやより第二の獄に下れり、是は彼よりをさむる地少なく苦患なやみははるかに大いにして突いて叫喚を擧げしむ 一―三
こゝにミノス恐ろしきさまにて立ち、齒をかみあはせ、入る者あれば罪業ざいごふたゞし刑罰を定め身を卷きて送る 四―六
すなはちさちなく世に出でし魂その前に來れば一切を告白し、罪を定むる者は 七―九
地獄の何處いづこのこれにふさはしきやをはかり、送らむとするひとやかずにしたがひ尾をもて幾度も身をめぐらしむ 一〇―一二
彼の前には常に多くの者の立つあり、かはる/″\出でゝ審判をうけ、陳べ、聞きて後下に投げらる 一三―一五
ミノス我を見し時、かく重き任務つとめを棄てゝ我にいひけるは、憂ひの客舍に來れる者よ 一六―一八
汝みだりに入るなかれ、身を何者に委ぬるや思ひ見よ、入口ひろきによりて欺かるるなかれ、わが導者彼に、汝何ぞまた叫ぶや 一九―二一
彼定命に從ひてゆく、之を妨ぐる勿れ、思ひ定めたる事を凡て行ふ能力ちからあるところにてかく思ひ定められしなり、汝また問ふこと勿れ 二二―二四
苦患なやみ調しらべはこの時あらたに我にきこゆ、我はこの時多くの歎聲なげきの我を打つところにいたれり 二五―二七
わがいたれる處には一切の光もだし、その鳴ることたとへば異なる風に攻められ波たちさわぐ海の如し 二八―三〇
小止をやみなき地獄の烈風吹き荒れて魂を漂はし、めぐりまた打ちてかれらをなやましむ 三一―三三
かれら荒ぶる勢ひにあたれば、そこに叫びあり、憂ひあり、歎きあり、また神の權能ちからを誹ることばあり 三四―三六
我はさとりぬ、かゝる苛責の罰をうくるは、理性を慾のえきとなせし肉の罪人つみびとなることを 三七―三九
たとへば寒き時椋鳥むくどり翼に支へられ、大いなるすきなき群をつくりて浮び漂ふごとく、風惡靈を漂はし 四〇―四二
こゝまたかしこ下また上に吹送り、身をやすめまたは痛みをかろむべき望みのその心を慰むることたえてなし 四三―四五
またたとへば群鶴むらづるの一線長くそらに劃し、哀歌をうたひつゝゆくごとく、我は哀愁の聲をあげ 四六―
かの暴風はやちはれて來る魂を見き、すなはちいふ、師よ、黒き風にかく懲さるゝ此等の民は誰なりや ―五一
この時彼我にいふ、汝が知るをねがふこれらの者のうち最初はじめなるは多くのことば皇后きさいなりき 五二―五四
かれ淫慾の非に耽り、おのが招ける汚辱を免かれんため律法おきてをたてゝ快樂けらく囘護かばへり 五五―五七
かれはセミラミスなり、書にかれニーノの後を承く、即ちその妻なる者なりきといへるは是なり、かれはソルダンの治むる地をその領とせり 五八―六〇
次は戀のために身を殺しシケーオの灰にむかひてその操を破れるもの、次は淫婦クレオパトラースなり 六一―六三
エレーナを見よ、長き禍ひの時めぐり來れるもかれのためなりき、また戀と戰ひて身ををへし大いなるアキルレを見よ 六四―六六
見よパリスを、トリスターノを、かくいひてかれ千餘の魂の戀にわが世を逐はれし者を我にみせ、指さして名を告げぬ 六七―六九
わが師かく古の淑女騎士の名を告ぐるをきける時、我は憐みにとらはれ、わが神氣こゝろ絶えいるばかりになりぬ 七〇―七二
我曰ふ、詩人よ、願はくはわれかのふたりに物言はん、彼等相連れてゆき、いと輕く風に乘るに似たり 七三―七五
かれ我に、かれらのなほ我等に近づく時をみさだめ、彼等を導く戀によりて請ふべし、さらば來らむ 七六―七八
風彼等をこなたに靡かしゝとき、われはたゞちに聲をいだして、あはれなやめる魂等よ、彼もし拒まずば來りて我等に物言へといふ 七九―八一
たとへば鳩の、願ひにさそはれ、そのつよき翼をたかめ、おのがこゝろに身を負はせてそらをわたり、たのしき巣にむかふが如く 八二―八四
なさけある叫びの力つよければ、かれらはディドのむれを離れ魔性ましやうそらをわたりて我等にむかへり 八五―八七
あゝやさしく心あたゝかく、世を紅に染めし我等をもかへりみ、暗闇くらやみの空をわけつつゆく人よ 八八―九〇
汝我等の大いなる禍ひをあはれむにより、宇宙の王若し友ならば、汝のためにわれら平和をいのらんものを 九一―九三
すべて汝が聞きまたかたらんとおもふことは我等汝等にきゝまた語らむ、風かく我等のためにもだあひだに 九四―九六
わが生れしまちは海のほとり、ポーその從者ずさらと平和を求めてくだるところにあり 九七―九九
いちはやく雅心みやびごゝろをとらふる戀は、美しきわが身によりて彼を捉へき、かくてわれこの身を奪はる、そのさまおもふだにくるし 一〇〇―一〇二
戀しき人に戀せしめではやまざる戀は、彼の慕はしきによりていと強く我をとらへき、されば見給ふ如く今猶我を棄つることなし 一〇三―一〇五
戀は我等を一の死にみちびきぬ、我等の生命いのちを斷てる者をばカイーナ待つなり、これらの語を彼等われらに送りき 一〇六―一〇八
苦しめる魂等のかくかたるをきゝし時、我はたゞちに顏をたれ、ながく擧ぐるをえざりしかば詩人われに何を思ふやといふ 一〇九―一一一
答ふるにおよびて我曰ひけるは、あはれ幾許いくその樂しき思ひ、いかにせちなる願ひによりてかれらこの憂ひの路にみちびかれけん 一一二―一一四
かくてまた身をめぐらしてかれらにむかひ、語りて曰ひけるは、フランチェスカよ、我は汝の苛責を悲しみかつ憐みて泣くにいたれり 一一五―一一七
されど我に告げよ、うれしき大息といきたえぬころ、何によりいかなるさまにていまだひそめる胸の思ひを戀ぞと知れる 一一八―一二〇
かれ我に、さちなくて幸ありし日をしのぶよりなほ大いなる苦患なやみなし、こは汝の師しりたまふ 一二一―一二三
されど汝かくふかく戀の初根うひねをしるをねがはゞ、我は語らむ、泣きつゝかたる人のごとくに 一二四―一二六
われら一日こゝろやりとて戀にとらはれしランチャロットの物語を讀みぬ、ほかに人なくまたおそるゝこともなかりき 一二七―一二九
ふみはしば/\われらの目をそゝのかし色を顏よりとりされり、されど我等を從へしはその一節ひとふしにすぎざりき 一三〇―一三二
かのあこがるゝ微笑ほゝゑみがかゝる戀人の接吻くちづけをうけしを讀むにいたれる時、いつにいたるも我とはなるゝことなきこの者 一三三―一三五
うちふるひつゝわが口にくちづけしぬ、ガレオットなりけりふみも作者も、かの日我等またそのさきを讀まざりき 一三六―一三八
ひとつの魂かくかたるうち、一はいたく泣きたれば、我はあはれみのあまり、死に臨めるごとく喪神し 一三九―一四一
死體の倒るゝごとくたふれき 一四二―一四四


   第六曲

所縁の兩者をあはれみ、心悲しみによりていたくみだれ、そのためえしわが官能、また我に返れる時 一―三
我わがあたりをみれば、わが動く處、わが向ふ處、わが目守まもる處すべてあらたなる苛責あらたなる苛責を受くる者ならぬはなし 四―六
我は第三のひとやにあり、こは永久とこしへの詛ひの冷たきしげき雨の獄なり、そののりさがとは新なることなし 七―九
大粒おほつぶの雹、濁れる水、および雪はくらやみの空よりふりしきり、地はこれをうけて惡臭をしうを放てり 一〇―一二
猛き異樣の獸チェルベロこゝに浸れる民にむかひ、そのみつの喉によりて吠ゆること犬に似たり 一三―一五
これに紅の眼、脂ぎりて黒き髯、大いなる腹、爪ある手あり、このもの魂等を爬き、噛み、また裂きて片々きれ/″\にす 一六―一八
雨はかれらを犬のごとくさけばしむ、かれらさちなき神なきともがら片脇かたわきをもて片脇の防禦ふせぎとし、またしば/\反側す 一九―二一
大いなる蟲チェルベロ我等を見し時、口をひらき牙をいだしぬ、そのからだにはゆるがぬ處なかりき 二二―二四
わが導者雙手もろてをひらきて土を取り、そのみちたる土を飽くことなき喉の中に投げ入れぬ 二五―二七
鳴いてしきりに物乞ふ犬も、その食物くひものを噛むにおよびてしづまり、たゞこれを喰ひ盡さんとのみおもひてもだゆることあり 二八―三〇
さけびて魂等を驚かし、かれらにみゝしひならんことをねがはしめし鬼チェルベロのきたなき顏もまたかくのごとくなりき 三一―三三
我等ははげしき雨にうちふせらるゝ魂をわたりゆき、からだとみえてしかもくうなるそのかたちを踏みぬ 三四―三六
かれらはすべて地に臥しゐたるに、こゝにひとり我等がその前を過ぐるをみ、すわらんとてたゞちに身を起せる者ありき 三七―三九
この者我にいひけるは、導かれてこの地獄を過行くものよ、もしかなはゞわが誰なるを思ひ出でよ、わが毀たれぬさきに汝は造られき 四〇―四二
我これに、汝のうくる苦しみは汝をわが記憶より奪へるか、われいまだ汝を見しことなきに似たり 四三―四五
されど告げよ、汝いかなる者なればかく憂き處におかれ又かゝる罰を受くるや、たとひほかに之より重き罰はありともかく厭はしき罰はあらじ 四六―四八
彼我に、嫉み盈ち/\てすでにふくろに溢るゝにいたれる汝のまちは、あかき世に我を收めし處なりき 四九―五一
汝等邑民まちびとわれをチヤッコとよびなせり、害多き暴食の罪によりてわれかくの如く雨にひしがる 五二―五四
また悲しき魂の我ひとりこゝにあるにあらず、これらのものみな同じ咎によりて同じ罰をうく、かくいひてまたことばなし 五五―五七
われ答へて彼に曰けるは、チヤッコよ、汝の苦しみはわが心をいたましめわが涙をいざなふ、されどもし知らば、分れしまち邑人まちびとの行末 五八―六〇
一人ひとりだにこゝに義者たゞしきものありや、またかく大いなる不和のこゝを襲ふにいたれるもとを我に告げよ 六一―六三
かれ我に、長き爭ひの後彼等は血を見ん、ひな徒黨ともがらいたく怨みて敵を逐ふべし 六四―六六
かくて三年みとせの間にこれらは倒れ、他はいま操縱あやなすものゝ力によりて立ち 六七―六九
ながくその額を高うし、歎き、憤りいかに大いなりとも敵を重き重荷の下に置くべし 七〇―七二
義者二人ふたりあり、されどかへりみらるゝことなし、自負、嫉妬、貪婪は人の心に火を放てる三の火花なり 七三―七五
かくいひてかれその斷腸の聲をとゞめぬ、我彼に、願はくはさらに我に教へ、わがためにことばを惜しむなかれ 七六―七八
世に秀でしファーリナータ、テッギアイオ、またヤーコポ・ルスティクッチ、アルリーゴ、モスカそのほか善を行ふ事にその才をむけし者 七九―八一
何處にありや、我に告げ我に彼等をしらしめよ、これ大いなる願ひ我を促し、天彼等を甘くするや地獄彼等を毒するやを知るを求めしむればなり 八二―八四
彼、彼等は我等より黒き魂の中にあり、異なる罪その重さによりて彼等を深處ふかみに沈ましむ、汝下りてそこに至らば彼等をみるをえん 八五―八七
されど麗しき世にいづる時、ねがはくは汝我を人の記憶に薦めよ、われさらに汝に告げず、またさらに汝に答へず 八八―九〇
かくてかれそのすぐなりし目を横に歪め、少しく我を見て後かうべをたれ、これをほかのめしひ等とならべて倒れぬ 九一―九三
導者我に曰ふ、天使の喇叭らつぱひゞくまで彼ふたゝび身を起すことなし、仇なる權能ちから來るとき 九四―九六
かれら皆悲しき墓にたちかへり、ふたゝびその肉その形をとりてとこしへに鳴渡るものをきくべし 九七―九九
少しく後世ごせのことをかたりつゝ我等は斯く魂と雨ときたなまじれるなかをあゆみしづかにわけゆきぬ 一〇〇―一〇二
我すなはちいふ、師よ、かゝる苛責の苦しみは大いなる審判さばきの後増すべきかるべきかまたはかく燃ゆべきか 一〇三―一〇五
彼我に汝の教にかへるべし、曰く、物いよ/\全きに從ひ、幸を感ずるいよ/\深し、苦しみを感ずるまた然りと 一〇六―一〇八
たとひこの詛ひの民まこと完全まつたきにいたるをえずとも、その後は前よりこれにちかゝらむ 一〇九―一一一
我等迂囘してこの路をゆき、こゝにのべざる多くの事をかたりつゝ降るべき處にいたり 一一二―一一四
こゝに大敵プルートを見き 一一五―一一七


   第七曲

パペ、サタン、パペ、サタン、アレッペ、聲を嗄らしてプルートは叫べり、よろづのことを知りたまへるやさしきひじり 一―三
我を勵まさんとていひけるは、汝おそれて自ら損ふなかれ、彼にいかなる力ありとも、汝にこの岩を降らしめざることあらじ 四―六
またかの膨るゝ顏にむかひいひけるは、もだせ、冥罰みやうばつ重き狼よ、その怒りをもて己が心を滅ぼし盡せ 七―九
かく深處ふかみにゆくは故なきにあらず、こはミケーレが仇を不遜の非倫にかへせる天にて思ひ定められしなり 一〇―一二
たとへば風にはらめる帆の檣碎けて縺れ落つるごとく、かの猛き獸地に倒れぬ 一三―一五
かくして我等は宇宙一切の惡をつゝむ憂ひの岸をすゝみゆき、第四のあなに下れり 一六―一八
あゝ神の正義よ、かく多くの新なる苦しみと痛みとを押填おしつむるは誰ぞ、我等の罪何ぞ我等をかく滅ぼすや 一九―二一
かの逆浪さかなみに觸れてくだくるカリッヂの浪の如く、斯民このたみまたこゝにリッダを舞はではかなはじ 二二―二四
我はこゝに何處よりも多くの民のかなたこなたにありていたくわめき、胸の力によりて重荷をまろばすをみき 二五―二七
かれらは互に打當り、あたればたゞちに身を飜し、何ぞ溜むるや何ぞ投ぐるやと叫び、もときしかたにまろばせり 二八―三〇
かくて彼等はかなたこなたより異なる方向むきをとりてまたも恥づべき歌をうたひ、暗きひとやを傳ひてかへり 三一―三三
かくして圈のなかばにいたればふたゝびこゝに渡り合ひ、各※(二の字点、1-2-22)その身をめぐらせり、心刺さるゝばかりなりしわれ 三四―三六
いひけるは、わが師よ、これ何の民なりや、また我等の左なる髮を削れるものらすべてこれ僧なりしや、いま我に示したまへ 三七―三九
彼我に、かれらは悉く第一の世に心ゆがみて程よく費すことをなさざりしものなり 四〇―四二
こはこの地獄の中表裏うらうへなる咎かれらを分つ二の點にいたる時かれらその吠ゆる聲によりていと明かならしむ 四三―四五
頭に毛の蔽物おほひなき者は僧なりき、また法王、カルディナレあり、慾その衷に權を行ふ 四六―四八
我、師よ、わが識れるものにてこの罪咎に汚るゝものかならずかれらの中にあらん 四九―五一
かれ我に、汝空しき思ひを懷けり、彼等を汚せる辨別わきまへなき生命いのちはいまかれらをくらまし、何者もかれらをわきまへがたし 五二―五四
かれら限りなくこの二の牴觸をみん、此等は手を閉ぢ、これらは髮を短くして墓よりふたゝび起きいづべし 五五―五七
あしく費しあしく貯へしことは美しき世をかれらより奪ひ、かれらにこの爭ひあらしむ、われこゝにことばを飾りてそのさまをいはじ 五八―六〇
子よ、汝いま知りぬらん、命運に委ねられ、人みなのみだれの本なる世の富貴のただ苟且かりそめたはぶれを 六一―六三
そは月の下に今ありまた昔ありし黄金こがねこと/″\く集まるともこれらよわれる魂の一にだに休みをえさすることはよくせじ 六四―六六
我彼に曰ふ、師よ、さらにいま我に告げよ、汝謂ふ所の命運とはこれいかなるものにて斯く世の富貴をその手の裡にをさむるや 六七―六九
彼我に、あゝおろかなる人々よ、汝等を躓かすは何等の無智ぞや、いざ汝この事についてわがいふところのことを含め 七〇―七二
夫れその智萬物に超ゆるもの諸天を造りてこれに司るものを與へたまへり、かくて各部は各部にかゞやき 七三―七五
みな分に應じてその光を頒つ、これと同じく世にありてもまたその光輝をすべをさめ且つ導く者を立てたまへり 七六―七八
このもの時至れば空しき富貴を民より民に血より血に移し人智もこれを防ぐによしなし 七九―八一
此故にそのさだめにしたがひて一の民榮え一の民衰ふ、またその定の人にかくるゝこと草の中なる蛇の如し 八二―八四
汝等の智何ぞこれにさからふことをえん、彼先を見て定めおのが權を行ふことなほ神々のしかするに似たり 八五―八七
その推移には休歇やすみなし、已むなきの力かれをはやむ、その流轉るてんにあふもの屡※(二の字点、1-2-22)と出づるも宜なるかな 八八―九〇
彼を讚むべきもの却つて彼を十字架につけ、故なきになんじ、汚名を負はしむ 九一―九三
されどかれ祝福めぐみをうけてこれを聞かず、はじめて造られしものと共にこゝろよくその輪を轉らし、まためぐまるゝによりて喜び多し 九四―九六
いざ今より我等は尚大いなる憂ひにくだらん、わが進みしとき登れる星はみな既にかたむきはじむ、我等ながくとゞまる能はず 九七―九九
我等このひとやを過ぎてかなたの岸にいたれるに、こゝに一の泉ありて湧きこゝより起れる一のみぞにそゝげり 一〇〇―一〇二
水のくろきことはるかにペルソにまさりき、我等くろずめる波にともなひ慣れざる路をつたひてくだりぬ 一〇三―一〇五
この悲しき小川はうす黒き魔性の坂の裾にくだりてスティージェとよばるゝ一の沼となれり 一〇六―一〇八
こゝにわれ心をとめて見んとて立ち、この沼の中に、泥にまみれみなはだかにて怒りをあらはせる民を見き 一〇九―一一一
かれらは手のみならず、頭、胸、足をもて撃ちあひ、齒にて互に噛みきざめり 一一二―一一四
善き師曰ふ、子よ、今汝は怒りにけしものゝ魂を見るなり、汝またかたく信すべし 一一五―一一七
この水の下に民あることを、かれらその歎息ためいきをもて水の面に泡立たしむ、こはいづこにむかふとも汝の目汝に告ぐる如し 一一八―一二〇
ひぢの中にて彼等はいふ、日を喜ぶ麗しき空氣のなかにも無精ぶせいの水氣を衷にやどして我等鬱せり 一二一―一二三
今我黒き泥水どろみづのなかに鬱すと、かれらこの聖歌によりて喉にうがひす、これ全きことばにてものいふ能はざればなり 一二四―一二六
かくして我等は乾ける土と濡れたる沼の間をあゆみ、目を泥を飮む者にむかはしめ、きたなみづたまりの大なる孤をめぐりて 一二七―一二九
つひに一の城樓やぐらもとにいたれり 一三〇―


   第八曲

續いて語るらく、高き城樓やぐらもとを距るなほいと遠き時、我等は目をその頂に注げり 一―三
これふたつの小さき焔のこゝにおかるゝをみしによりてなり、又ほかひとつ之と相圖を合せしありしも距離あはひ大なれば我等よく認むるをえざりき 四―六
こゝにわれ全智の海にむかひ、いひけるは、この火何といひ、かの火何と答ふるや、またこれをつくれるものは誰なりや 七―九
彼我に、既に汝は來らんとすることをけがれし波の上にわかちうべし、若し沼の水氣これを汝に隱さずば 一〇―一二
矢のつるはじかれ空を貫いて飛ぶことはやきもわがこの時見し一の小舟には如かじ 一三―一五
舟は水を渡りて、我等のかたにすゝめり、これをあやつれるひとりの舟子ふなこよばゝりて、惡しき魂よ、汝いま來れるかといふ 一六―一八
わが主曰ひけるは、フレジアス、フレジアス、こたびは汝さけぶも益なし、我等汝に身を委ぬるは、ひぢを越えゆくあひだのみ 一九―二一
怒りを湛へしフレジアスのさま、さながら大いなる欺罔たばかりに罹れる人のこれをさとりていたみなげくが如くなりき 二二―二四
わが導者船にくだり、ついで我に入らしめぬ、船はわが身をうけて始めてその荷を積めるに似たりき 二五―二七
導者も我も乘り終れば、年へしへさき忽ち進み、その水を切ること常よりも深し 二八―三〇
我等死の溝を馳せし間に、泥を被れるもの一人わが前に出でゝいひけるは、時いたらざるに來れる汝は誰ぞ 三一―三三
我彼に、われ來れども止まらず、さはれ、かく汚るゝにいたれる汝は誰ぞ、答へていふ、見ずやわが泣く者なるを 三四―三六
我彼に、罰當ばちあたり魂奴たましひめ歎悲なげきかなしみの中にとゞまれ、いかに汚るとも我汝を知らざらんや 三七―三九
この時彼船にむかひて兩手もろてをのべぬ、師はさとりてかれをおしのけ、去れ、かなたに、他の犬共にまじれといふ 四〇―四二
かくてそのかひなをもてわが頸をいだき顏にくちづけしていひけるは、憤りの魂よ、汝を孕める女はさいはひなるかな 四三―四五
かれは世に僭越なりしものにてその記憶を飾る徳なきがゆゑに魂ここにありてなほ猛し 四六―四八
それ地上現に大王のあがめをうけしかも記念かたみにおそるべき誹りを殘してひぢの中なる豚の如くこゝにとゞまるにいたるものその數いくばくぞ 四九―五一
我、師よ、我等池をいでざる間に、願はくはわれ彼がこのあつもののなかに沈むを見るをえんことを 五二―五四
彼我に、岸汝に見えざるさきにこの事あるべし、かゝる願ひの汝を喜ばすはこれ適はしきことなればなり 五五―五七
この後ほどなく我は彼がひぢにまみれし民によりていたく噛み裂かるゝをみぬ、われこれがためいまなほ神を讚め神に謝す 五八―六〇
衆皆叫びてフィリッポ・アルゼンティをといへり、怒れるフィレンツェの魂は齒にておのれを噛めり 六一―六三
こゝにて我等彼を離れぬ、われまた彼の事を語らじ、されど此時苦患なやみ一聲ひとこゑわが耳を打てり、我は即ち前を見んとて目をみひらけり 六四―六六
善き師曰ひけるは、子よ、ディーテと稱ふるまちは今近し、こゝには重き邑人まちびと大いなる群集むれあり 六七―六九
我、師よ、我は既にかなたの溪間に火の中より出でたる如く赤き伽藍をさだかにみとむ 七〇―七二
彼我に曰ふ、内に燃ゆる永久とこしへの火はこの深き地獄の中にもなほ汝にみゆるごとく彼等を赤くす 七三―七五
我等はつひこの慰めなきまちを固むる深きほりに入れり、かこひは鐡より成るに似たりき 七六―七八
めぐり/\てやうやく一の處にいたれば、舟子ふなこたかくさけびて、入口はこゝぞ、いでよといふ 七九―八一
我見しに天よりれる千餘のもの門上にあり、怒りていひけるは、いまだ死なざるに 八二―
死せる民の王土を過ぐる者は誰ぞや、さときわが師はひそかに語らはんとのこゝろを彼等に示せるに ―八七
かれら少しくその激しき怒りをおさへ、いひけるは、汝ひとり來り、かくきもふとくもこの王土に入りたる者を去らせよ 八八―九〇
狂へる路によりて彼ひとりかへり、しかなしうべきや否やを見しめ、かくこの暗き國をかれに示せる汝はこゝに殘るべし 九一―九三
讀者よ、この詛ひの言をきゝて再び世にかへりうべしと信ぜざりし時、わが心挫けざりしや否やをおもへ 九四―九六
我曰ふ、あゝ七度なゝたびあまり我を安全やすきにかへらしめ、たちむかへる大難より我を救ひいだせし愛する導者よ 九七―
かくよるべなき我を棄てたまふなかれ、もしなほさきに行くあたはずは、我等く共に踵をめぐらさん ―一〇二
我をかしこに導ける主曰ひけるは、恐るゝなかれ、何者といへども我等の行方ゆくへを奪ふをえず、彼これを我等に與へたればなり 一〇三―一〇五
さればこゝにて我を待ち、よわれる精神たましひをはげまし、まこと希望のぞみめ、我汝をこの低き世に棄てざればなり 一〇六―一〇八
かくてやさしき父は我をこの處に置きて去り、我は疑ひのうちに殘れり、然と否とはわがかうべの中に爭へるなりき 一〇九―一一一
彼何をかれらにいへるや、我は聞くをえざりき、されど彼かれらとあひてほどなきに、かれ等みな競ひて内にはせいりぬ 一一二―一一四
我等の敵は門をわが主の前に閉せり、主はそとに殘され、その足おそくわが方にかへれり 一一五―一一七
目は地にむかひ、眉に信念の跡をとゞめず、たゞ歎きて憂ひの家を我に拒めるは誰ぞといふ 一一八―一二〇
また我にいひけるは、わが怒るによりて汝恐るゝなかれ、いかなる者共内にゐて防ぎ止めんとつとむとも、我はこの爭ひにかつべし 一二一―一二三
彼等の非禮を行ふは新しきことにあらず、かく祕めらるゝことなく今も※(「戸+炯のつくり」、第3水準1-84-68)とざしなき門のほとりにそのかみ彼等またこれを行へり 一二四―一二六
汝がかの死の銘をみしは即ちこの門の上なりき、いまそのこなたに導者なく圈また圈を過ぎて坂を降るひとりのものあり 一二七―一二九
かれよくこの邑を我等のためにひらくべし 一三〇―一三二


   第九曲

導者の歸り來るを見てわがおもてを染めし怯心の色は彼の常ならぬ色をかへつてはやくうちに抑へき 一―三
彼は耳を欹つる人の如く心してとゞまれり、これその目、黒き空、濃き霧をわけて遠くかれを導くをえざりしによりてなり 四―六
彼曰ふ、さばれ我等必ずこの戰ひに勝つべし、されどもし……彼なりき進みて助けを約せるは、あゝかの一者ひとりの來るを待つはいかに長いかな 七―九
我は彼がさきと異なれることをあとにいひ、これをもてその始めを蔽へるさまをさだかに知れり 一〇―一二
彼かくなせるもそのいふ事なほ我をおぢしめき、こはわが彼の續かざることばに彼の思ひゐたるよりなほ惡き意義を含ませし故にやありけん 一三―一五
罰はたゞ望みを絶たれしのみなる第一のひとやより悲しみのあなかく深くくだるものあることありや 一六―一八
われこの問を起せるに彼答へて曰ひけるは、我等の中にはかゝる旅路につくものあることまれなり 一九―二一
されどまことは我一たびこゝに降れることあり、こは魂等を呼びてそのからだにかへらしめしむごきエリトンの妖術によれり 二二―二四
わが肉我を離れて後少時しばし、ジュダの獄より一の靈をとりいださんため彼我をこのかこひの中に入らしめき 二五―二七
この獄はいと低くいと暗く萬物を廻らす天を距ることいと遠し、我善く路をしる、この故に心を安んぜよ 二八―三〇
はげしき惡臭をしうを放つこれなる沼は、我等がいま怒りをみずして入るをえざる憂ひの都をかこみめぐる 三一―三三
このほかなほいへることありしも我おぼえず、これわが目はわが全心を頂もゆる高き城樓やぐらにひきよせたればなり 三四―三六
忽ちこゝに血に染みていと凄き三のフーリエ時齊しくあらはれいでぬ、身も動作ふるまひ女性によしやうのごとく 三七―三九
いと濃き緑の水蛇イドラを帶とす、小蛇チェラスタ髮に代りてその猛き後額こめかみを卷けり 四〇―四二
この時かれ善くかぎりなき歎きの女王の侍婢はしため等を認めて我にいひけるは、兇猛なるエーリネを見よ 四三―四五
左なるはメジェラ右に歎くはアレットなり、テシフォネ中にあり、斯く言ひて默せり 四六―四八
彼等各※(二の字点、1-2-22)と爪をもておのが胸を裂きたなごゝろをもておのが身を打てり、その叫びいと高ければ我は恐れて詩人によりそひき 四九―五一
うつむうかゞひつゝみないひけるは、メヅーサを來らせよ、かくして彼を石となさん、我等テゼオに襲はれて怨みを報いざりしさちなさよ 五二―五四
身をめぐらしうしろにむかひて目を閉ぢよ、若しゴルゴンあらはれ、汝これを見ば、再び上に歸らんすべなし 五五―五七
師はかくいひて自らわが身を背かしめ、またわが手を危ぶみ、おのが手をもてわが目を蔽へり 五八―六〇
あゝまことの聰明さとりあるものよ、くすしき詩のかげにかくるゝをしへを見よ 六一―六三
この時既にすさまじくひしめく物音濁れる波を傳ひ來りて兩岸これがために震へり 六四―六六
こはあたかも反する熱によりて荒れ、林を打ちて支ふるものなく、枝を折り裂き 六七―
うち落し吹きおくり、塵を滿たしてまたほこりかに吹き進み、獸と牧者を走らしむる風の響きのごとくなりき ―七二
かれ手を放ちていひけるは、いざ目をかの年へし水沫みなわにそゝげ、かなた烟のいと深きあたりに 七三―七五
たとへば敵なる蛇におどろき、群居むれゐる蛙みな水に沈みて消え、地に蹲まるにいたるごとく 七六―七八
我は一者ひとりの前を走れる千餘の滅亡ほろびの魂をみき、この者徒歩かちにてスティージェを渡るにそのあしうら濡るゝことなし 七九―八一
かれはしば/\左手ゆんでをのべて顏のあたりの霧をはらへり、その疲れし如くなりしはたゞこのわづらひありしためのみ 八二―八四
我は彼が天より遣はされし者なるをさだかに知りて師にむかへるに、師は我に示して口を噤ましめ、また身をその前にかゞめしむ 八五―八七
あゝその憤りいかばかりぞや、かれ門にゆき、支ふる者なければ一の小さき杖をもてこれをひらけり 八八―九〇
かくて恐ろしき閾の上よりいふ、あゝ天を逐はれし者等よ、卑しきうからよ、汝等のやどす慢心はいづこよりぞ 九一―九三
その目的めあてがるゝことなく、かつしば/\汝等の苦患なやみを増せる天意に對ひ足を擧ぐるは何故ぞ 九四―九六
命運に逆ふ何の益ぞ、汝等のチェルベロいまなほこれがためおとがひのんどに毛なきを思はずや 九七―九九
かくて彼我等に何の言だになく汚れし路をかへりゆき、そのさまさながらほかの思ひに責め刺され 一〇〇―
おのが前なる者をおもふに暇なき人のごとくなりき、聖語を聞いて心安く、我等足をまちのかたにすゝめ ―一〇五
戰はずして内に入りにき、我はまたかゝるとりでの内なるさまのいかなるやをみんことをねがひ 一〇六―一〇八
たゞちに目をわがあたりに投ぐれば、四方に一の大なる廣場ひろにはありて苦患なやみときびしき苛責を滿たせり 一〇九―一一一
ローダーノの水澱むアルリ、またはイタリアを閉してその境を洗ふカルナーロ近きポーラには 一一二―一一四
多くの墓ありて地に平らかなる處なし、こゝもまた墓のためにすべてかくの如く、たゞ異なるはそのさまいよ/\にがきのみ 一一五―一一七
そは多くの焔墓の間に散在して全くこれを燒けばなり、げにいかなる技工わざといへどもこれより赤くはくろがねを燒くをもとめぬなるべし 一一八―一二〇
蓋は悉く上げられさちなき者苦しむ者にふさはしきはげしき歎聲なげき内より起れり 一二一―一二三
我、師よ、これらの墓の中に葬られ、たゞ憂ひの歎息ためいきを洩すのみなるこれらの民は何なりや 一二四―一二六
彼我に、邪宗のをさ等その各流の宗徒とともにこゝにあるなり、またこれらの墓の中には汝の思ふよりも多くの荷あり 一二七―一二九
みな類にわかちて葬られ、塚の熱度一樣ならず、かくいひて右にむかへり 一三〇―一三二
我等は苛責と高壘の間を過ぎぬ 一三三―一三五


   第十曲

さて城壁と苛責の間のかくれたる路に沿ひ、わが師さきに我はその背に附きて進めり 一―三
我曰ふ、あゝ心のまゝに我を導き信なき諸※(二の字点、1-2-22)ひとやをめぐる比類たぐひなき功徳くどくよ、請ふ我に告げわが願ひを滿たせ 四―六
墓の中に臥せる民、われこれを見るをうべきか、蓋みな上げられて守る者なし 七―九
彼我に、かれらうへの世に殘せるからだをえてヨサファットよりこゝにかへらば皆閉ぢん 一〇―一二
こなたにはエピクロとかれに傚ひて魂を體とともに死ぬるとなす者みな葬らる 一三―一五
さればたゞちにこの中にて汝は我に求めしものをえ、默して我にいはざりし汝の願ひもまた成るべし 一六―一八
我、善き導者よ、言少なきを希ふにあらずばわれ何ぞわが心を汝に祕むべき、汝かく我に思はしめしは今のみならじ 一九―二一
恭しくかたりつゝ生きながら火の都を過ぎゆくトスカーナ人よ、ねがはくはこの處にとゞまれ 二二―二四
汝は汝の言によりて尊きわが郷土ふるさと(恐らくはわが虐げし)の生れなるをしらしむ 二五―二七
この聲ゆくりなく一の墓より出でければ、我はおそれてなほ少しくわが導者に近づけり 二八―三〇
彼我に曰ひけるは、汝何をなすや、ふりかへりてかしこに立てるファーリナータを見よ、その腰より上こと/″\くあらはる 三一―三三
我はすでに目をかれの目にそゝぎゐたるに、かれはその胸と額をもたげ起してあたかもいたく地獄を嘲るに似たりき 三四―三六
この時導者は汝のことばを明かならしめよといひ、臆せずたゆみなき手をもて我を墓の間におしやりぬ 三七―三九
われ彼の墓のほとりにいたれるとき、彼少しく我を見てさて蔑視さげすむごとく問ひていひけるは、汝の祖先は誰なりや 四〇―四二
我は從はんことをねがひてかくさず、一切をかれにうちあけしに、少しく眉をあげて 四三―四五
いひけるは、かれらは我、わが祖先、またわが黨與の兇猛なる敵なりき、さればわれ兩度ふたゝびかれらを散らせることあり 四六―四八
我答へて彼に曰ひけるは、かれら逐はれしかども前にも後にも四方より歸れり、されど汝のともがらは善くこのわざを習はざりき 四九―五一
この時開ける口より一の魂これとならびておとがひまであらはせり、思ふにかれは膝にて立てるなるべし 五二―五四
我とともにある人ありや否やをみんとねがへる如くわが身のあたりをながめたりしが、疑ひ全く盡くるにおよびて 五五―五七
泣きて曰ひけるは、汝若し才高きによりてこの失明くらやみひとやをめぐりゆくをえば、わが兒はいづこにありや、かれ何ぞ汝と共にあらざる 五八―六〇
我彼に、われ自ら來れるにあらず、かしこに待つ者我を導きてこゝをめぐらしむ、恐らくはかれは汝のグイードの心に侮りし者ならん 六一―六三
かれのことばと刑罰のさまとは既にその名を我に讀ましめ、わが答かく全きをえしなりき 六四―六六
かれ忽ち起きあがり叫びていひけるは、汝何ぞ「りし」といへるや、彼猶生くるにあらざるか、麗しき光はその目を射ざるか 六七―六九
わがためらひてとみに答へざりしをみ、かれは再びあふのきたふれ、またあらはれいづることなかりき 七〇―七二
されど我に請ひて止まらしめし心大いなる者、顏をも變へず頸をも動かさずまた身をも曲げざりき 七三―七五
かれさきの言を承けていひけるは、彼等もしよくこのわざを習はざりきとならば、その事このとこよりも我を苦しむ 七六―七八
されどこゝを治むる女王の顏燃ゆることいまだ五十度いそたびならぬに、汝自らそのわざのいかに難きやをしるにいたらむ 七九―八一
(願はくは汝麗しき世に歸るをえんことを)請ふ我に告げよ、かの人々何故に凡てそのおきてにより、わが宗族うからをあしらふことかく殘忍なりや 八二―八四
我すなはち彼に、アルビアをあけ色採いろどりし敗滅ほろびと大いなる殺戮ほふりとはかかる祈りを我等の神宮みやにさゝげしむ 八五―八七
彼歎きつゝかうべをふりていひけるは、そもかの事にあづかれるはわれひとりにあらざりき、また我何ぞ故なくして人々とともに動かんや 八八―九〇
されどフィレンツェを毀たんとて人々心をあはせし處にては、これをあらはに囘護かばひたる者たゞわれひとりのみなりき 九一―九三
我彼に請ひていひけるは、あゝねがはくは汝のすゑつひに安息やすきをえんことを、請ふここにわが思想おもひもつれとなれるふしを解け 九四―九六
我善く汝等のいふところをきくに、汝等は時の携へ來るものをあらかじめみれども現在にわたりてはさることなきに似たり 九七―九九
彼曰ふ、我等遠く物をみること恰も光備はらざる人のごとし、これ比類たぐひなき主宰いまなほ我等の上にかく輝くによりてなり 一〇〇―一〇二
物近づきまたはまのあたりにある時我等の智全く空し、若し我等に告ぐる者なくば世のありさまをいかでかしらん 一〇三―一〇五
この故に汝會得ゑとくしうべし、未來の門の閉さるゝとともに我の知識全く死ぬるを 一〇六―一〇八
この時われいたく我咎を悔いていひけるは、さらば汝かの倒れし者に告げてその兒いまなほ生ける者と共にありといへ 一〇九―一一一
またさきにわがもだして答へざりしは汝によりて解かれし迷ひにすでに心をむけたるが故なるをしらしめよ 一一二―一一四
わが師はすでに我を呼べり、われすなはちいよ/\いそぎてこの魂にともにある者の誰なるやを告げんことを請ひしに 一一五―一一七
彼我にいひけるは、我はこゝに千餘の者と共に臥す、こゝに第二のフェデリーコとカルディナレあり、その他はいはず 一一八―一二〇
かくいひて隱れぬ、我はわが身に仇となるべきかのことばをおもひめぐらし、足をいにしへの詩人のかたにむけたり 一二一―一二三
かれは歩めり、かくてゆきつゝ汝何ぞかく思ひなやむやといふ、われその問に答へしに 一二四―一二六
ひじりさとしていひけるは、汝が聞けるおのが凶事を記憶にをさめよ、またいま心をわが言にそゝげ、かくいひて指を擧げたり 一二七―一二九
美しき目にて萬物を見るかの淑女の麗しき光の前にいたらば汝はかれによりておのが生涯の族程たびぢをさとることをえん 一三〇―一三二
かくて彼足を左にむけたり、我等は城壁をあとにし、一の溪に入りたる路をとり、内部うちにむかひてすゝめり 一三三―一三五
溪は忌むべき惡臭をしうをいだして高くこの處に及ばしむ 一三六―一三八


   第十一曲

碎けし巨岩おほいはの輪より成る高き岸のふちにいたれば、我等の下にはいよ/\むごむれありき 一―三
たちのぼる深淵の惡臭をしうたへがたく劇しきをもて、我等はとある大墳おほつかの蓋の後方うしろに身を寄せぬ 四―
われこゝに一の銘をみたり、曰く、我はフォーチンに引かれて正路を離れし法王アナスターショを納むと ―九
我等ゆるやかにくだりゆくべし、かくして官能まづ少しく悲しみの氣息いきに慣れなば、こののちうれへをなすことあらじ 一〇―一二
師斯く、我彼に曰ふ、時空しく過ぐるなからんため補充おぎなひの途を求めたまへ、彼、げに我もまたその事をおもへるなり 一三―一五
又曰ひけるは、わが子よ、これらの岩の中に三の小さきひとやあり、その次第をなすこと汝が去らんとする諸※(二の字点、1-2-22)の獄の如し 一六―一八
これらみな詛ひの魂にて滿たさる、されどこの後汝たゞ見るのみにて足れりとするをえんため、彼等の繋がるゝさまゆゑとをきけ 一九―二一
夫れにくみを天にうくる一切の邪惡はその目的めあて非を行ふにあり、しかしてすべてかゝる目的は或は力により或は欺罔たばかりによりて他をくるしむ 二二―二四
されど欺罔は人特有の罪惡なれば、神意に悖ること殊に甚し、この故にたばかる者低きにあり、かれらを攻むる苦患なやみまた殊に大なり 二五―二七
第一のひとやはすべて荒ぶる者より成る、されど力のむかふところに三の者あれば、この獄また三の圓にわかたる 二八―三〇
力の及びうべきところに神あり、自己おのれあり、隣人となりびとあり、こは此等と此等にけるものゝ謂なることわれなほ明かに汝に説くべし 三一―三三
力隣人に及べば死となりいたましき傷となり、その持物におよべば破壞、放火、また不法の掠奪となる 三四―三六
この故に人を殺す者、惡意より撃つ者、荒らす者、掠むる者、皆類にわかたれ、第一の圓これを苛責す 三七―三九
あらびの手を己が身己が産にくだすことあり、この故に自ら求めて汝等の世を去り 四〇―
またはその産業を博奕によりて盡し、費し盡し、喜ぶべき處に歎く者いたづらに第二の圓に悔ゆ ―四五
心に神をみし神を誹り、また自然と神の恩惠めぐみをかろんずるは、これ人神にむかひてその力を用ふるものなり 四六―四八
この故に最小の圓はその印をもてソッドマ、カオルサ、また心より神を輕んじかつ口にする者を封ず 四九―五一
欺罔たばかりは(心これによりてやましからぬはなし)人之を己を信ずるものまたは信ぜざるものに行ふ 五二―五四
後者はたゞ自然が造れる愛のつなぎを斷つに似たり、この故に僞善、諂諛、人を惑はす者 五五―
詐欺、竊盜、シモエア、判人ぜげん、汚吏、およびこのたぐひの汚穢けがれみな第二のひとやくへり ―六〇
前者にありては自然の造れる愛と、その後これに加はりて特殊の信を生むにいたれるものとともにわすらる 六一―六三
この故に宇宙の中心ディーテの座所ある最小の獄にては、すべて信を賣るもの永遠とこしへ滅亡ほろびをうく 六四―六六
我、師よ、汝の説くところまことに明かに、この深處ふかみとその中なる民をわかつことまことによし 六七―六九
されど我に告げよ、泥深き沼にあるもの、風にはこばるゝもの、雨に打たるゝもの、行當りて罵るもの 七〇―七二
もし神の怒りに觸れなば何ぞ罰をあけの都の中にうけざる、またもし觸れずば何故にかゝる状態さまにありや 七三―七五
彼我に曰ふ、汝の才何ぞそのつねをはなれてかく迷ふや、またさにあらずば汝の心いづこをか視る 七六―七八
汝は天の許さゞる三のさが、即ち放縱、邪惡、狂へる獸心をつぶさにあげつらひ 七九―
また放縱は神の怒りにふるゝこと少なく誹りを招くこと少なきをいへる汝の倫理の言をおもはずや ―八四
汝善くこの教へを味ひ、かつ上にそとに罰をうくるものゝ誰なるやを恩ひ出でなば 八五―八七
また善く何故に彼等この非道のともがらとわかたれ、何故に彼等を苛責する神の復讎の怒りかへつて輕きやを見るをえん 八八―九〇
我曰ふ、あゝ一切のみだるゝ視力を癒す太陽よ、汝解くにしたがひて我心をたらはすが故に、疑ひの我を喜ばすこと知るにおとらじ 九一―
請ふなほ少しく溯りて、高利を貪るは神恩にさからふものなりとの汝の言に及び、そのむすびを解け ―九六
彼我に曰ふ、哲理はこれを究むる者に自然が神の智とそのわざよりいづるを處々に示せり 九七―
汝また善く汝の理學をけみせば、いまだ幾葉ならざるに汝等のわざのつとめて
自然に從ふこと弟子のその師における如く、汝等の技は神の孫なりともいひうべきを見ん ―一〇五
人みな生の道をこの二のものに求め、しかして進むべきなり、汝『創世記』の始めにこの事あるを思ひ出づべし 一〇六―一〇八
しかるに高利を貪るものは、これと異なる道を踏みて望みをほかに置き、自然とその從者をかろんず 一〇九―一一一
されどいざ我に從へ、われ行くをねがへばなり、雙魚天涯にきらめき、北斗全くコーロの上にあり 一一二―一一四
しかもくだるべき斷崖きりぎしなほこゝより遠し 一一五―一一七


   第十二曲

岸をくだらんとて行けるところはいと嶮しく、あまつさへこゝに物ありていかなる目にもこれを避けしむ 一―三
トレントのこなたに、或は地震へるため、或は支ふる物なきため、横さまにアディーチェをうちし崩壞くづれあり 四―六
(くづれはじめし山の巓より野にいたるまで岩多く碎け流れて上なる人に路を備ふるばかりになりぬ) 七―九
この斷崖きりぎしの下るところまたかくの如くなりき、くだけしあなの端には模造まがひの牝牛の胎に宿れる 一〇―
クレーチの名折なをれしゐたり、彼我等を見て己が身を噛みぬ、そのさまうちより怒りにとらはれし者に似たりき ―一五
わがひじり彼にむかひて叫びていひけるは、汝を地上に死なしめしアテーネのきみこゝにありと思へるか 一六―一八
獸よ、たち去れ、彼は汝の姉妹いもの教へをうけて來れるならず、汝等の罰をみんとて行くなり 一九―二一
撲たれて既に死に臨むにおよびてきづなはなれし牡牛の歩む能はずしてかなたこなたにぬることあり 二二―二四
我もミノタウロのしかするを見き、彼ときをみてよばゝりていふ、走りて路を得よ、彼狂ふにくだるぞ善き 二五―二七
かくて我等はくづれおちたる石をわたりてくだれり、石はつねならぬ重荷を負ひ、わが足の下に動くこと屡※(二の字点、1-2-22)なりき 二八―三〇
我は物思ひつゝゆけり、彼曰ひけるは、恐らくは汝はわがしづめし獸の怒りに護らるゝこの崩壞くづれのことを思ふならん 三一―三三
汝今知るべし、さきに我この低き地獄に下れる時はこの岩いまだ落ちざりき 三四―三六
されどわが量るところ違はずば、ディーテに課して第一のひとやに大いなる獲物えものをえし者の來れる時より少しく前の事なりき 三七―三九
深きけがれの溪四方に震ひ、我は即ち宇宙愛に感ぜりとおもへり(或人信ずらく 四〇―
世はこれあるによりて屡※(二の字点、1-2-22)と渾沌に變れりと)、此時この古き岩こゝにもほかのところにもかくくづれしなりき ―四五
されど目を下に注げ、血の河近ければなり、すべてあらびによりて人をそこなふものこの中に煮らる 四六―四八
あゝ惡き狂へるめしひの慾よ、苟且かりそめの世にかく我等をそゝのかし、後かぎりなき世にかくさちなく我等をひたすとは 四九―五一
われ見しに導者の我に告げし如く、彎曲して弓を成し全く野を抱くに似たる一の廣き濠ありき 五二―五四
岸の裾と是との間にはあまたのチェンタウロ矢を持ち列をくみて駛せゐたり、そのさま恰も世にすみて狩にいでし時の如し 五五―五七
我等のくだるを見てみなとゞまりぬ、群のうちよりみたりの者まづ弓矢をえらびこれをもてすゝめり 五八―六〇
そのひとり遙かに叫びていひけるは、汝等がけを下る者いかなる苛責をうけんとて來れるや、その處にて之をいへ、さらずば弓かむ 六一―六三
わが師曰ひけるは、我等近づきそこにてキロンに答ふべし、汝は心常にかくはやるによりて禍ひをえき 六四―六六
かくてわが身に觸れていひけるは、彼はネッソとて美しきデイアーニラのために死し、自ら怨みを報いしものなり 六七―六九
眞中まなかにおのが胸をみるはアキルレをはぐゝめる大いなるキロン、いまひとりは怒り滿ち/\しフォーロなり 七〇―七二
彼等千々ちゞ相集まりて濠をめぐりゆき、罪の定むる處を越えて血より出づる魂あればこれを射るを習ひとす 七三―七五
我等は此等のき獸に近づけり、キロン矢を取り、はず にて鬚をあぎとによせて 七六―七八
大いなる口を露はし、ともに曰ひけるは、汝等見たりや、かのあとなる者觸るればすなはち物の動くを 七九―八一
死者の足にはかゝることなし、わが善き導者この時既に二のかたち結び合へる彼の胸ちかくたち 八二―八四
答へて曰ひけるは、誠に彼は生く、しかもかく獨りなるにより、我彼にこの暗闇の溪をみせしむ、彼を導く者は必須なり娯樂にあらず 八五―八七
ひとりのものアレルヤの歌をはなれてこの新しき任務つとめを我に委ねしなり、彼盜人にあらず、我また盜人の魂にあらず 八八―九〇
さればかく荒れし路を傳ひて我に歩みを進ましむる權威ちからによりこゝに我汝に請ふ、群のひとりを我等にえさせよ、我等そのかたへにしたがひ 九一―九三
彼は我等に渉るべき處ををしへ、また空ゆく靈にあらねばこの者をその背に負ふべし 九四―九六
キロン右にむかひネッソにいひけるは、歸りてかく彼等を導け、もしほかのむれにあはゞそれに路を避けしめよ 九七―九九
我等は煮らるゝものゝ高く叫べる紅の煮の岸に沿ひ、このたのもしき先達しるべと共に進めり 一〇〇―一〇二
我は眉まで沈める民を見き、大いなるチェンタウロいふ、彼等は妄りに血を流し産を掠めし暴君なり 一〇三―一〇五
こゝに彼等その非情の罪業をいたむ、こゝにアレッサンドロあり、またシチーリアにうれへの年を重ねしめし猛きディオニシオあり 一〇六―一〇八
かの黒き髮ある額はアッツォリーノなり、またかの黄金こがねの髮あるはげに上の世にその繼子まゝこに殺されし 一〇九―
オピッツオ・ダ・エスティなり、この時われ詩人のかたにむかへるに、彼曰ひけるは、この者今は汝のために第一となり我は第二となるべし ―一一四
なほ少しく進みて後チェンタウロは煮ゆる血汐の外に喉まで出せる如くなりし一の民のあたりに止まり 一一五―一一七
片側なるたゞ一の魂を我等に示していひけるは、彼はターミーチにいまなほあがめをうくる心臟こゝろを神のふところに割きしものなり 一一八―一二〇
やがて我は河の上にかうべを出し、また胸をこと/″\く出せる民を見き、またその中にはわが知れる者多かりき 一二一―一二三
斯くこの血次第に淺くなりゆきて、遂にはたゞ足を燒くのみ、我等の濠を渉るところはすなはちこゝなりき 一二四―一二六
チェンタウロいふ、こなたにては煮ゆる血汐のたえずること汝見る如し、またこれに應じ 一二七―一二九
かなたにては暴虐しひたげ呻吟うめく處と再び合ふにいたるまで水底みなそこ次第に深くなりまさるを汝信ずべし 一三〇―一三二
神の義こゝに地のしもとなりしアッティラとピルロ、セストを刺し、また大路おほぢをいたくさわがしし 一三三―
リニエール・ダ・コルネート、リニエール・パッツオを煮、その涙をしぼりて永遠とこしへにいたる ―一三八
かくいひて身をめぐらし、再びこの淺瀬を渉れり 一三九―一四一


   第十三曲

ネッソ未だかなたに着かざるに我等は道の跡もなき一の森をわけて進めり 一―三
木の葉は色くろずみて緑なるなく、枝は節だちくねりて直く滑かなるなく、毒をふくむとげありて實なし 四―六
チェチーナとコルネートの間なる耕せる處を嫌ふ猛き獸のすみかにもかくあらびかくしげれる※薈しげみ はあらじ 七―九
きたなきアルピーエこゝにその巣を作れり、こは末凶なりとの悲報をもてトロイアびとをストロファーデより追へるものなり 一〇―一二
その翼はひろく頸と顏とは人にして足に爪、大いなる腹に羽あり、彼等しき樹の上にて歎けり 一三―一五
善き師我にいひけるは、遠くゆかざるさきに知るべし、汝は第二の圓にあるなり 一六―
また恐ろしき砂にいたるまでこの圓にあらん、この故によく目をとめよ、さらばわがことばより信を奪ふべきものをみん ―二一
われ四方に叫喚を聞けども、これを上ぐる人を見ざれば、いたく惑ひて止まれり 二二―二四
思ふにかく多くの聲はかの幹の間我等のために身をかくせし民よりいでぬと我思へりと彼思へるなるべし 二五―二七
師乃ち曰ふ、汝この樹の一より小枝を手折らば、汝のいだく思ひはすべて斷たるべし 二八―三〇
この時われ手を少しく前にのべてとある大いなる荊棘いばらより一の小枝を採りたるに、その幹叫びて何ぞ我を折るやといふ 三一―三三
かくて血にくろずむにおよびてまた叫びていひけるは、何ぞ我を裂くや、憐みの心すこしも汝にあらざるか 三四―三六
いま木と變れども我等は人なりき、またたとひ蛇の魂なりきとも汝の手にいま少しの慈悲はあるべきを 三七―三九
たとへば生木なまき一端かたはし燃え、一端よりはしづくおち風聲を成してにげさるごとく 四〇―四二
詞と血と共に折れたる枝より出でにき、されば我はさきを落して恐るゝ人の如くに立てり 四三―四五
わがひじり答へて曰ひけるは、しひたげられし魂よ、彼若しわが詩の中にのみ見しことを始めより信じえたりしならんには 四六―四八
汝にむかひて手を伸ぶることなかりしなるべし、たゞ事信じ難きによりて我彼にすすめてこの行あらしむ、わが心これが爲に苦し 四九―五一
されど汝の誰なりしやを彼に告げよ、さらば彼汝の名を上の世に(彼かしこに歸るを許さる)新にし、これをあがなひのよすがとなさん 五二―五四
幹、かゝる麗しきことばにさそはれ、われ口を噤み難し、願はくは心ひかるゝまゝにわが少しく語らん事の汝に累となるなからんことを 五五―五七
我はフェデリーゴの心のかぎを二ながら持てる者なりき、我これをめぐらして或ひは閉ぢ或ひは開きそのわざ巧みなりければ 五八―六〇
殆ど何人と雖も彼の祕密にたづさはるをえざりき、わがこのはえあるつとめに忠なりし事いかばかりぞや、我之がために睡りをも脈をも失へり 六一―六三
阿諛おもねりまなこをチェーザレの家より放ちしことなく、おしなべての死、宮の罪惡なる遊女あそびめは 六四―六六
すべての心を燃やして我に背かしめ、燃えし心はアウグストの心を燃やし、喜びの譽悲しみの歎きとかはりぬ 六七―六九
わが精神たましひは怒りに驅られ、死によりて誹りを免かれんことを思ひ、正しからざることを正しきわが身に行へり 七〇―七二
この樹のしき根によりて誓ひて曰はん、我はいまだかく譽をうるにふさはしかりしわが主の信に背けることなしと 七三―七五
汝等のうち若し世に歸る者あらば、嫉みに打たれていまなほ地に伏すわが記憶を慰めよ 七六―七八
待つこと須臾しばらくにして詩人我に曰ひけるは、彼もだすために時を失ふことなく、なほ問ふことあらばいひて彼に問へ 七九―八一
我乃ち彼に、汝我心に適ふべしと思ふ事をば請ふわがために彼に問へ、憐み胸にせまりて我しかするあたはざればなり 八二―八四
此故に彼又曰ひけるは、獄裏の魂よ、願はくは此人ねんごろに汝のために汝のことばの乞求むるものをなさんことを、請ふ更に 八五―八七
我等に告げて魂此等のふしの中に繋がるゝに至るさまをいへ、又若しかなはゞそのかゝるからだより解放たるゝ事ありや否やをもいへ 八八―九〇
この時幹はげしく氣を吐けり、このかぜ聲に變りていふ、つゞまやかに汝等に答へん 九一―九三
殘忍なる魂己を身よりひき放ちて去ることあればミノスこれを第七の口におくり 九四―九六
このもの林の中に落つ、されど定まれる處なく、たゞ命運の投入るゝ處にいたりてめざすこと一粒の麥の如く 九七―九九
若枝わかえとなり後野生の木となる、アルピーエその葉を食みてこれに痛みを與へまた痛みに窓を與ふ、我等はほかの者と等しく 一〇〇―
我等の衣の爲めに行くべし、されど再びこれを着る者あるによるに非ず、そは人自ら棄てし物をうくるは正しき事に非ざればなり ―一〇五
我等これをこゝに曳き來らむ、かくて我等のからだはこの憂き林、いづれも己を虐げし魂の荊棘いばらの上に懸けらるべし 一〇六―一〇八
幹のなほ我等にいふことあらんを思ひて我等心をとめゐたるに、この時さわがしき物音起り、我等の驚かされしこと 一〇九―一一一
さながら野猪しゝと獵犬と己が立處たちどにむかふをさとり、獸と枝との高き響きを聞くものの如くなりき 一一二―一一四
見よ、左に裸なる掻き裂かれたるふたりの者あり、あらゆる森のしげみをおしわけ、逃げわしることいとはやし 一一五―一一七
さきの者、いざく、死よ、疾くと叫ぶに、ほかのひとりは己がおそくして及ばざるをおもひ、ラーノ、トッポの試藝しあひに 一一八―
汝のはぎはかく輕くはあらざりしをとさけび、呼吸いきのせまれる故にやありけむ、その身をとある柴木と一團ひとつになしぬ ―一二三
うしろかたには飽くことなく、走ることくさりを離れし獵犬にひとしき黒き牝犬林に滿ち 一二四―一二六
かの潛める者に齒をくだしてこれを刻み、後そのいたましき身を持ち行けり 一二七―一二九
この時導者わが手をとりて我をかの柴木のほとりにつれゆけるに、血汐滴たる折際をれめより空しく歎きていひけるは 一三〇―
あゝジャーコモ・ダ・サント・アンドレーアよ、我を防禦ふせぎとなして汝に何の益かありし、汝罪の世を送れりとて我身に何の咎あらんや ―一三五
師そのかたへにとゞまりていひけるは、かく多くの折際をりめより血と共に憂ひの詞をはく汝は誰なりしや 一三六―一三八
彼我等に、あゝこゝに來りてわが小枝を我よりとりはなてる恥づべきしひたげをみし魂等よ 一三九―一四一
それらをさちなき柴木のもとにあつめよ、我は最初はじめ守護まもりの神をバーティスタに變へしまちの者なりき、かれこれがために 一四二―一四四
そのわざをもて常にこの邑を憂へしむ、もしその名殘のいまなほアルノの渡りにとゞまるあらずば 一四五―一四七
アッティラが殘せる灰の上に再びこのまちを建てたる邑人まちびとの勞苦は空しかりしなるべし 一四八―一五〇
我はわがをわが絞臺しめだいとしき 一五一―一五三


   第十四曲

郷土の愛にはげまされ、落ちちらばりし小枝を集めて既に聲なきかの者にかへせり 一―三
さてこゝよりすゝみて第二と第三の圓のわかるゝところなる境にいたればこゝに恐るべき正義のわざみゆ 四―六
めなれぬものをさだかに知らしめんためさらにいはんに、我等は一草一木をもゆかに容れざる一の廣野につけり 七―九
憂ひの林これをめぐりて環飾わかざりとなり、さながら悲しみの濠の林に於ける如くなりき、こゝに我等ふちいと近き處に足をとゞめぬ 一〇―一二
地は乾ける深き砂にてそのさまそのかみカートンの足踏めるものと異なるなかりき 一三―一五
あゝ神の復讎よ、わがまのあたり見しことを讀むなべての人の汝を恐るゝこといかばかりなるべき 一六―一八
我は裸なる魂の多くのむれを見たり、彼等みないとさちなきさまにて泣きぬ、またその中に行はるゝおきて一樣ならざるに似たりき 一九―二一
あふのきて地に臥せる民あり、またく身を縮めて坐せるあり、またたえず歩めるありき 二二―二四
めぐりゆくものそのかずいと多し、また臥して苛責をうくるものはその數いと少なきもその舌歎きによりて却つてゆるかりき 二五―二七
砂といふ砂の上には延びたる火片ひのひらしづかに降りて、風なき峻嶺たかねの雪の如し 二八―三〇
昔アレッサンドロ、インドの熱き處にて焔その士卒の上に落ち地にいたるも消えざるをみ 三一―三三
火はその孤なるにあたりて消し易かりしが故に部下に地を踏ましめしことありき 三四―三六
かくの如く苦患なやみを増さんとて永遠とこしへの熱おちくだり、砂の燃ゆることあたかも火打鎌の下なる火口ほくちにひとしく 三七―三九
忽ちかなたに忽ちこなたにあらたなる焔をはらふさちなき雙手もろて亂舞トレスカにはしばしの休みもあることなかりき 四〇―四二
我曰ふ、門の入口にて我等にたちむかへるかたくななる鬼のほか物として勝たざるはなき汝わが師よ 四三―四五
火をも心にとめざるさまなるかの大いなる者は誰なりや、嘲りを帶び顏をゆがめて臥し、雨もこれをましめじと見ゆ 四六―四八
われ彼の事をわが導者に問へるをしりて彼叫びていひけるは、死せる我生ける我にかはらじ 四九―五一
たとひジョーヴェ終りの日にわが撃たれたる鋭き電光いなづまを怒れる彼にとらせし鍛工かぢを疲らせ 五二―五四
またはフレーグラの戰ひの時の如くに、善きヴルカーノよ、助けよ、助けよとよばはりつゝモンジベルロなる黒き鍛工場かぢばに 五五―
殘りの鍛工等をかはる/″\疲らせ、死力を盡して我を射るとも、心ゆくべき復讎はとげがたし ―六〇
この時わが導者聲を勵まして(かく高らかに物言へるを我未だ聞きしことなかりき)いひけるは、カパーネオよ、汝の罰のいよ/\重きは汝の慢心の盡きざるにあり、汝の劇しき怒りのほかはいかなる苛責の苦しみも汝の怒りにふさはしき痛みにあらじ 六一―六六
かくいひて顏を和らげ、我にむかひていひけるは、こはテーベを圍める七王のひとりにて神を侮れる者なりき 六七―
いまも神を侮りてあがむることなしとみゆ、されどわが彼にいへる如く彼の嘲りはいとにつかしきその胸の飾なり ―七二
いざ我に從へ、またこの後愼みて足を熱砂に觸れしむることなく、たえず森に沿ひて歩むべし 七三―七五
我等また語らず、さゝやかなる一の小川の林の中より迸る處にいたれり、その赤きこといまもわが身を震へしむ 七六―七八
さながらブリカーメより細き流れ(罪ある女等ほどへてこれをわけもちふ)の出づる如く、この川砂を貫いて下り 七九―八一
その水底みなそこ、傾ける兩岸、ふちはみな石と成れり、此故に我こゝに行手の路あるを知りき 八二―八四
閾を人のこゆるにまかす門より内に入りしこのかた、凡てわが汝に示せるものゝうちすべての焔をその上に消すこの流れの如くいちじるしきは汝の目未だ見ず 八五―八七
これわが導者の言なりき、我乃ち彼に請ひ、慾を我に惜しまざりし彼の、食をも惜しむなからんことを求めぬ 九一―九三
この時彼曰ふ、海の正中たゞなかに荒れたる國あり、クレータと名づく、こゝの王の治世のもと、世はそのかみ清かりき 九四―九六
かしこにそのかみ水と木葉このはさちありし山あり、イーダと呼ばる、今は荒廢あれすたれていとりたるものゝごとし 九七―九九
そのかみレーアこれをえらびてその子のたのみの搖籃となし、その泣く時特に善くかくさんためかしこに叫びあらしめき 一〇〇―一〇二
この山の中には一人ひとりの老巨人の直立するあり、背をダーミアータにむけ、ローマを見ること己が鏡にむかふに似たり 一〇三―一〇五
その頭は純金より成り、腕と胸とは純銀なり、そこよりまたにいたるまでは銅 一〇六―一〇八
またその下はすべて精鐡なれどもたゞ右足のみは燒土にてしかも彼の直く立つ却つて多くこれによれり 一〇九―一一一
黄金こがねの外はいづこにもさけめ生じて涙したゝり、あつまりてかのいはやを穿ち 一一二―一一四
岩また岩を傳はりてこの溪に入り、アケロンテ、スティージェ、フレジェトンタとなり、その後この狹き溝によりて落ち 一一五―一一七
またくだるあたはざる處にいたりてそこにコチートと成る、この池の何なるやは汝見るべし、この故にこゝに語らず 一一八―一二〇
我彼に、若しこの細流かくわが世より出でなば何故にこのへりにのみあらはるゝや 一二一―一二三
彼我に、汝此處のまろきを知る、汝の來る遠しといへども常に左に向ひて底にくだるが故に 一二四―一二六
未だあまねく獄をめぐらず、されば新しきもの我等にあらはるとも何ぞあやしみを汝の顏に見するに足らむ 一二七―一二九
我また、師よ、フレジェトンタとレーテはいづこにありや、汝もだしてその一のことをいはず、また一は此雨より成るといへり 一三〇―一三二
彼答へて曰ひけるは、汝問ふところの事みなよくわが心に適ふ、されど、煮ゆるくれなゐの水はよく汝の問の一に答へん 一三三―一三五
レーテは汝見るをうべし、されどこのほりそと、罪悔によりて除かれし時魂等己を洗はんとて行く處にあり 一三六―一三八
又曰ひけるは、いまは森を離るべき時なり、汝我に從へ、燃えざるふち路を造り 一三九―一四一
一切の炎その上に消ゆ 一四二―一四四


   第十五曲

堅きふちの一は今我等をひゆけり、小川の烟はおほひかゝりて水と堤とを火より救へり 一―三
グイッツァンテとブルッジアの間なるフィアンドラびとこなたに寄せくるうしほを恐れ海を走らしめんため水際みぎはをかため 四―六
またはブレンタのほとりなるパードヴァ人キアレンターナの熱に觸れざる間にそのまちその城を護らんためまたしかするごとく 七―九
この堤は築かれき、たゞ築けるもの(誰にてもあれ)之をかく高くかく厚くなさゞりしのみ 一〇―一二
我等既に林を離るゝこと遠くわれうしろを顧みれどもそのいづこにあるやを見るをえざりしころ 一三―一五
我等は堤に沿ひて來れる一群ひとむれの魂にいであへり、さながら夕間暮れ新月にひづきのもとに人の人を見る如く 一六―
彼等みな我等を見、また老いたる縫物師ぬひものし針眼はりのめにむかふごとく目を鋭くして我等にむかへり ―二一
かゝるやからにかくうちまもられ我はそのひとりにさとられき、彼わが裾をとらへ叫びて何等の不思議ぞといふ 二二―二四
彼そのかひなを我にむかひてのべし時、われ目を燒けし姿にとむるに、顏のたゞれもなほわがさとりを妨げて 二五―
彼を忘れしむるにはたらざりき、われわが顏を彼の顏のあたりに低れて、セル・ブルネットよ、こゝにゐ給ふやと答ふ ―三〇
彼、わが子よ、ねがはくはブルネット・ラティーニしばらく汝と共にあとにかへりてこのむれをさきに行かしめん 三一―三三
我彼にいふ、これわが最も希ふところなり、汝またわが汝と共にすわらん事を願ひその事彼の心に適はゞしかすべし、我彼と共に行けばなり 三四―三六
彼曰ふ、あゝ子よ、この群の中たとひ束の間なりとも止まる者あればその者そののち身を横たゆる百年もゝとせに及び火これを撃つとも扇ぐによしなし 三七―三九
されば行け、我は汝の衣につきてゆき、永劫の罰を歎きつゝゆくわが伴侶なかまにほどへて再び加はるべし 四〇―四二
我は路をくだり彼とならびてゆくを得ず、たゞうや/\しく歩む人の如くたえずわがかうべを低れぬ 四三―四五
彼曰ふ、終焉をはりの日未だ至らざるに汝をこゝに導くは何の運何のぢやうぞや、また道を教ふるこの者は誰ぞや 四六―四八
我答へて彼に曰ふ、あかき上の世に、わが齡未だ滿たざるに、我一の溪の中に迷へり 四九―五一
わがそびらを之にむけしはたゞ昨日きのふの朝の事なり、この者かしこに戻らんとする我にあらはれ、かくてこの路により我を導いて我家わがやに歸らしむ 五二―五四
彼我に、美しき世にてわが量れること違はずば汝おのが星に從はんに榮光の湊を失ふあたはず 五五―五七
またわが死かく早からざりせば天かく汝にさいはひするをみて我は汝の爲すところをはげませしなるべし 五八―六〇
されどいにしへ、フィエソレを下りいまなほ山と岩とを含める恩を忘れしさがなき人々 六一―六三
汝の善き行ひの爲に却つて汝の仇とならむ、是亦宜なり、そは酸きソルボにまじりて甘き無花果の實を結ぶはふさはしき事に非ざればなり 六四―六六
彼等は世の古き名によりてめしひと呼ばる、貪り嫉みたかぶりの民なり、汝自ら清くしてその習俗ならひに染むなかれ 六七―六九
汝の命運大いなる譽を汝のために備ふるにより彼黨此黨いづれも飢ゑて汝を求めむ、されど草は山羊より遠かるべし 七〇―七二
フィエソレの獸等に己をその敷藁しきわらとなさせ、若し草木のなほそのふんの中より出づるあらばこれに觸れしむるなかれ 七三―七五
この處かく大いなる邪惡の巣となりし時こゝに殘れるローマびとの聖きすゑこれによりて再び生くべし 七六―七八
我答へて彼に曰ふ、若しわが願ひ凡て成るをえたらんには汝は未だ人のかたちより逐はるゝことなかりしものを 七九―八一
そは世にありて我にしば/\人不朽に入るの道を教へたまひし當時の慕はしき善きあたゝかきおも影はわが記憶を離るゝことなく 八二―
今わが胸にせまればなり、われこの教へを徳とするいかばかりぞや、こは生ある間わが語ることによりてあきらかなるべし ―八七
わが行末にかゝはりて汝の我に告ぐる所は我之をしるほかの文字と共に殘し置くべし、かくして淑女のわがそのもとにいたるに及びて 八八―
知りて義を示すを待たん、願はくは汝この一事を知るべし、曰く、わが心だに我を責めずば、我はいかなる命運をも恐れじ ―九三
かゝる契約はわが耳に新しき事に非ざるなり、この故に命運は己が好むがまゝに其輪を轉らし農夫は鋤をめぐらすべし 九四―九六
この時我師右のかたよりうしろにむかひ我を見て、善く聽く者心をとむといふ 九七―九九
かゝる間も我はたえずセル・ブルネットとかたりてすゝみ、その同囚なかまの中いと秀でいと貴き者の誰なるやを問へり 一〇〇―一〇二
彼我に、知りて善き者あり、されどほかはいはざるを善しとす、これことば多くして時足らざればなり 一〇三―一〇五
たゞ知るべし、彼等は皆僧と大いなる名ある大いなる學者の同じ一の罪によりて世に穢れし者なりき 一〇六―一〇八
プリシアンかの幸なき群にまじりて歩めり、フランチェスコ・ダッコルソ亦然り、また汝深き願ひをかゝるかさによせしならんには 一〇九―一一一
しもべの僕によりてアルノよりバッキリオーネに遷され、惡の爲に竭せる身をかしこに殘せる者を見たりしなるべし 一一二―一一四
その外なほ擧ぐべき者あれど行くも語るもこの上にはいで難し、かしこに砂原より立登る新しき烟みゆ 一一五―一一七
こはわが共にあることをえざる民來れるなり、我わがテゾーロによりて生く、ねがはくは之を汝に薦めん、また他を請はず 一一八―一二〇
かくいひて身をめぐらし、あたかも緑の衣をえんとてヴェロナの廣野ひろのを走るものゝ如く、またその中にても 一二一―一二三
負くる者ならで勝つ者の如くみえたりき 一二四―一二六


   第十六曲

我は既に次のひとやに落つる水の響きあたかも※(「穴/果」、第3水準1-89-51)はちのすの鳴る如く聞ゆるところにいたれるに 一―三
この時みつの魂ありてはしりつゝ、はげしき苛責の雨にうたれて過ぎゆく群を齊しくはなれ 四―六
我等の方にむかひて來り、各※(二の字点、1-2-22)叫びていひけるは、止まれ、衣によりてはかるに汝は我等のよこしまなるまちの者なるべし 七―九
あはれ彼等の身にみゆるは何等の傷ぞや、みな焔に燒かれしものにて新しきあり、古きあり、そのさま出づればいまなほ苦し 一〇―一二
我師彼等のよばゝる聲に心をとめ顏をわが方にむけていひけるは、待て、彼等は人の敬ひをうくべきものなり 一三―一五
さればもし處のさがの火を射るなくば我はいそぎは彼等よりもかへつて汝にふさはしといふべし 一六―一八
我等止まれるに彼等は再び古歌をうたひ、斯くて我等に近づける時三者みたりあひ寄りて一の輪をつくれり 一九―二一
裸なる身にあぶらうちぬり將に互に攻め撲たんとしてまづおさゆべき機會すきをうかゞふ勇士の如く 二二―二四
彼等もまためぐりつゝ各※(二の字点、1-2-22)目を我にそゝぎ、頸はたえず足と異なる方にむかひて動けり 二五―二七
そのひとりいふ、この軟かき處の幸なさ、くろずみ爛れし我等の姿、たとひ我等と我等の請ひとに侮りを招く事はありとも 二八―三〇
願はくは我等の名汝のこゝろを枉げ、生くる足にてかく安らかに地獄をりゆく汝の誰なるやを我等に告げしめんことを 三一―三三
見らるゝ如く足跡を我に踏ましむるこのひとりは裸にて毛なしといへども汝の思ふよりは尚きはたかき者なりき 三四―三六
こは善きグアルドラーダの孫にて名をグイード・グエルラといひ、その世にあるや智と劒をもて多くの事をなしたりき 三七―三九
わがうしろに砂を踏みくだく者はその名上の世にたゝへらるべきテッギアイオ・アルドブランディなり 四〇―四二
また彼等と共に十字架にかゝれる我はヤーコポ・ルスティクッチといへり、げによろづの物にまさりてわが猛き妻我に禍す 四三―四五
我若し火を避くるをえたりしならんには身を彼等の中に投げ入れしなるべく思ふに師もこれを許せるなるべし 四六―四八
されど焦され燒かるべき身なりしをもて、彼等を抱かんことをせちに我に求めしめしわが善き願ひは恐れに負けたり 四九―五一
かくて我曰ひけるは、汝等の状態さまはわがうらに侮りにあらで大いなる俄に消え盡し難き憂ひを宿せり 五二―五四
こはこれなる我主のことばによりてわが汝等の如き民來るをしりしその時にはじまる 五五―五七
我は汝等のまちの者なり、常に心をとめて汝等のおこなひ美名よきなをかたり且つきけり 五八―六〇
我はを棄てまことの導者の我に約束したまへる甘き實をえんとてゆくなり、されどまづ中心たゞなかまでくだらではかなはじ 六一―六三
この時彼答ふらく、ねがはくは魂ながく汝の身をみちびき汝の名汝の後に輝かんことを 六四―六六
請ふ告げよ、文と武とは昔の如く我等のまちにとゞまるや、または廢れて跡なきや 六七―六九
そはグイリエールモ・ボルシエーレとて我等と共に苦しむ日淺くいまかなたに侶とゆく者そのことばによりていたく我等を憂へしむ 七〇―七二
あらたなる民不意おもはざるの富は、フィオレンツァよ、自負と放逸を汝のうちに生み、汝は既に是に依りて泣くなり 七三―七五
われ顏を擧げて斯くよばゝれるに、かの三者みたりこれをわが答と知りて互におもてを見あはせぬ、そのさままことを聞きて人のあひ見る如くなりき 七六―七八
皆答へて曰ひけるは、かく卑しき價をもていづれの日にかまた人の心をたらはすをえば、かく心のまゝに物言ふ汝はさいはひなるかな 七九―八一
此故に汝これらの暗き處を脱れ、再び美しき星を見んとて歸り、我かしこにありきと喜びていふをうる時 八二―八四
ねがはくは我等の事を人々に傳へよ、かくいひてのち輪をくづしてはせゆきぬ、その足きこと翼に似たりき 八五―八七
彼等は忽ち見えずなりにき、アーメンもかくはやくは唱へえざりしなるべし、されば師もまた去るをよしと見たまへり 八八―九〇
我彼に從ひて少しく進みゆきたるに、この時水音いと近く、たとひ我等語るとも聲聞ゆべくはあらざりき 九一―九三
モンテ・ヴェーゾの東にあたりアペンニノの左の裾より始めて己の路をわしり 九四―九六
その高處にありて未だ低地にくだらざる間アクアケータと呼ばれ、フォルリにいたればこの名を空しうする川の 九七―九九
たゞ一落ひとおちに落下りて千を容るべきサン・ベネデット・デル・アルペの上に轟く如く 一〇〇―一〇二
かの紅の水はほどなく耳をいたむるばかりに鳴渡りつゝ一の嶮しき岸をくだれり 一〇三―一〇五
我は身に一筋の紐を卷きゐたり、嘗てこれをもて皮に色ある豹をとらへんと思ひしことありき 一〇六―一〇八
われ導者の命に從ひてこと/″\くこれを解き、結びたばねて彼にわたせり 一〇九―一一一
彼乃ち右にむかひ、少しくふちより離してこれをかの深き溪間に投入れぬ 一一二―一一四
我謂へらく、師斯く目を添へたまふ世の常ならぬ相圖には、應ふるものもまた必ず世の常ならぬものならむと 一一五―一一七
あゝたゞ行ひを見るのみならで、その智よくうちなる思ひをみる者と共にある人心を用ふべきこといかばかりぞや 一一八―一二〇
彼我に曰ふ、わが待つものたゞちにのぼり來るべし、汝心に夢みるものたゞちに汝にあらはるべし 一二一―一二三
夫れいつはりの顏あるまことについては人つとめて口を噤むを善しとす、これ己に咎なくしてしかも恥を招けばなり 一二四―一二六
されど我今默し難し、讀者よ、この喜劇コメディアの詞によりて(願はくは世のおぼえながく盡きざれ)誓ひていはむ 一二七―一二九
我は濃き暗き空氣の中にいかなる堅き心にもあやしとなすべき一のかたちの泳ぎつゝ浮び來るを見たり 一三〇―一三二
そのさまたとへば岩または海にかくるゝほかの物よりこれを攫める錨を拔かんとをりふしくだりゆく人の 一三三―一三五
身を上にひらき足はすぼめて歸る如くなりきと 一三六―一三八


   第十七曲

尖れる尾をもち山を越え垣と武器うちものを毀つ獸を見よ、全世界を穢すものを見よ 一―三
わが導者かく我にいひ、さて彼に示して踏來れる石のはし近く岸につかしむ 四―六
この時きたな欺罔たばかりかたち浮び上りて頭とからだを地にもたせたり、されど尾を岸に曳くことなかりき 七―九
その顏は義しき人の顏にて一重の皮に仁慈いつくしみをみせ、身はすべて蛇なりき 一〇―一二
二の足には毛ありて腋下に及び、背胸せむねまた左右の脇には蹄係わなと小楯と畫かれぬ 一三―一五
タルターロびとまたはトルコ人の作れるきぬ浮織うきおり裏文表文うらあやおてあやにだにかく多くの色あるはなく、アラーニエのはたにだに 一六―
かゝる織物かけられしことなし、たとへばをりふし岸の小舟のなかば水に半くがにある如く、または食飮くひのみしげきドイツびとのあたりに
海狸戰ひを求めて身を構ふる如く、いとあしきこの獸は砂を圍める石のふちにとゞまりぬ ―二四
さそりの如くさきを固めし有毒うどくまたを卷き上げて尾はこと/″\く虚空に震へり 二五―二七
導者曰ふ、いざすこしく路を折れてかしこに伏せるあしき獸にいたらむ 二八―三〇
我等すなはち右にくだり、砂と炎を善く避けんためはしをゆくこと十歩にしてやがて 三一―三三
かしこにいたれる時、我はすこしくさきにあたりて空處に近く砂上に坐せる民を見き 三四―三六
師こゝに我にいひけるは、汝この圓の知識をのこりなく携ふるをえんためゆきて彼等の状態ありさまをみよ 三七―三九
彼等とながくものいふなかれ、我はこれと汝の歸る時までかたりてその強き肩を我等に貸さしむべし 四〇―四二
斯くて我はたゞひとりさらに第七のひとや極端いやはしをあゆみて悲しみの民坐したるところにいたれり 四三―四五
彼等の憂ひは目より湧き出づ、彼等は手をもてかなたにこなたに或ひは火氣或ひは焦土を拂へり 四六―四八
夏の日、蚤、蠅または虻に刺さるゝ犬の忽ち口忽ち足を用ふるも、そのさまこれと異なることなし 四九―五一
われ目を數ある顏にそゝぎて苦患なやみの火を被むる者をみしもそのひとりだに識れるはなく 五二―
たゞ彼等各※(二の字点、1-2-22)色も徽號しるしもとり/″\なる一のふくろを頸に懸けまたこれによりてその目を養ふに似たるを認めき ―五七
我はうちまもりつゝ彼等のなかをゆき、一の黄なる嚢の上に獅子のかほ姿態みぶりとをあらはせる空色そらいろをみき 五八―六〇
かくてわが目のなほ進みゆきし時、我は血の如く赤き一の嚢の、牛酪よりも白き鵞鳥を示せるをみき 六一―六三
こゝにひとり白き小袋に空色の孕める豚を徽號しるしとせる者我にいひけるは、汝このほりの中に何を爲すや 六四―六六
いざ去れ、しかして汝猶生くるがゆゑに知るべし、わが隣人となりびとヴィターリアーノこゝにわが左にすわらむ 六七―六九
これらフィレンツェびとのなかにありて我はパードヴァの者なり、彼等叫びて三の嘴の嚢をもて世にまれなる武夫ますらを來れといひ 七〇―
わが耳をつんざくこと多し、かく語りて口を歪めあたかも鼻をねぶる牡牛の如くその舌を吐けり ―七五
我はなほ止まりて我にしかするなかれと誡めしものゝ心を損はんことをおそれ、弱れる魂等を離れて歸れり 七六―七八
かくて既に猛き獸のしりに乘りたるわが導者にいたれるに、彼我に曰ひけるは、いざ心を強くしかたくせよ 七九―八一
この後我等かゝるきだによりてくだる、汝は前に乘るべし、尾の害をなすなからんためわれ間にあるを願へばなり 八二―八四
瘧をわづらふ人、惡寒さむけを覺ゆる時迫れば、爪既に死色を帶び、たゞ日蔭を見るのみにてもその身震ひわなゝくことあり 八五―八七
我このことばを聞けるときまた斯くの如くなりき、されど彼の戒めは我に恥を知らしめき、善き主の前には僕強きもまたこのたぐひなるべし 八八―九〇
我はかのふとみにくき肩の上に坐せり、ねがはくは我を抱きたまへといはんと思ひしかどもおもふ如くに聲出でざりき 九一―九三
されど危きに臨みてさきにも我を助けし者、わが乘るや直ちにそのかひなをもて我をかかへ我をさゝへ 九四―
いひけるは、いざゆけジェーリオン、輪を大きくし降りをゆるくせよ、背にめづらしき荷あるをおもへ ―九九
たとへば小舟岸をいでゝあとへ/\とゆくごとく彼もこの處を離れ、己が身全く自由なるをしるにいたりて 一〇〇―一〇二
はじめ胸を置ける處にその尾をめぐらし、これをひらきて動かすこと鰻の如く、また足をもて風をその身にあつめき 一〇三―一〇五
思ふにフェートンがその手綱を棄てし時(天これによりて今も見ゆるごとくこがれぬ)または幸なきイカーロが 一〇六―
蝋熱をうけし爲め翼腰をはなるゝを覺え、善からぬ路にむかふよと父よばゝれる時の恐れといへども
身は四方大氣につゝまれ萬象消えてたゞかの獸のみあるを見し時のわが恐れにはまさらじ ―一一四
いとゆるやかに泳ぎつゝ彼進み、めぐりまたくだれり、されど顏にあたり下より來る風によらでは我之を知るをえざりき 一一五―一一七
我は既に右にあたりて我等の下に淵の恐るべき響きを成すを聞きしかば、すなはち目を低れてうなじをのぶるに 一一八―一二〇
火見え歎きの聲きこえ、この斷崖きりぎしのさまいよ/\おそろしく、我はわなゝきつゝかたく我身をひきしめき 一二一―一二三
我またこの時四方より近づく多くの大いなる禍ひによりてわがさきに見ざりし降下くだり廻轉めぐりとを見たり 一二四―一二六
ながく翼を驅りてしかも呼ばれず鳥も見ず、あゝ汝下るよと鷹匠たかづかひにいはるゝ鷹の 一二七―一二九
さきにいさみて舞ひたてるところに今は疲れてもゝの輪をゑがいてくだり、その飼主を遠く離れ、あなどりいかりて身をおくごとく 一三〇―一三二
ジェーリオネは我等を削れる岩のもとなる底におき、荷なるふたりをおろしをはれば 一三三―一三五
つるをはなるゝ矢の如く消えぬ 一三六―一三八


   第十八曲

地獄にマーレボルジェといふところあり、その周圍まはりを卷く圈の如くすべて石より成りてその色鐡に似たり 一―三
この魔性の廣野ひろの正中たゞなかにはいと大いなるいと深き一のあなありて口をひらけり、その構造なりたちをばわれその處にいたりていはむ 四―六
されど坎と高き堅き岸のもととの間に殘る處は圓くその底十の溪にわかたる 七―九
これ等の溪はその形たとへば石垣を護らんため城を繞りていと多くの濠ある處のさまに似たり 一〇―一二
またかゝる要害には閾より外濠そとぼりの岸にいたるまで多くの小さき橋あるごとく 一三―一五
數ある石橋いしばし岩根より出で、つゝみと濠をよこぎりて坎にいたれば、坎はこれを斷ちこれを集めぬ 一六―一八
ジェーリオンの背より拂はれし時我等はこの處にありき、詩人左にむかひてゆき我はそのうしろを歩めり 一九―二一
右を見ればあらたなる憂ひ、新なる苛責、新なる撻者うちて第一のボルジヤに滿てり 二二―二四
底には裸なる罪人等ありき、中央なかばよりこなたなるは我等にむかひて來り、かなたなるは我等と同じ方向むきにゆけどもその足はやし 二五―二七
さながらジュビレーオの年、群集ぐんじゆ大いなるによりてローマびと等民の爲に橋を渡るの手段てだてをまうけ 二八―三〇
片側かたがはなるはみな顏をカステルロにむけてサント・ピエートロにゆき、片側なるは山にむかひて行くごとくなりき 三一―三三
くろずめる岩の上には、かなたこなたに角ある鬼の大なる鞭を持つありてあら/\しく彼等をうしろより打てり 三四―三六
あはれ始めの一撃ひとうちにてくびすを擧げし彼等の姿よ、二撃ふたうち三撃みうちを待つ者はげにひとりだにあらざりき 三七―三九
さて歩みゆく間、ひとりわが目にとまれるものありき、我はたゞちに我嘗て彼を見しことなきにあらずといひ 四〇―四二
すなはち定かにしたゝめんとて足をとむれば、やさしき導者もともに止まり、わが少しくあとに戻るを肯ひたまへり 四三―四五
この時かのむちうたるゝもの顏を垂れて己を匿さんとせしかども及ばず、我曰ひけるは、目を地に投ぐる者よ 四六―四八
その姿に詐りなくば汝はヴェネディーコ・カッチヤネミーコなり、汝を導いてこのからきサルセに下せるものは何ぞや 四九―五一
彼我に、語るも本意ほいなし、されど明かなる汝のことば我に昔の世をしのばしめ我を強ふ 五二―五四
我はマルケーゼの心に從はしめんとてギソラベルラをいざなひし者なりき(この不徳の物語いかに世に傳へらるとも) 五五―五七
さてまたこゝに歎くボローニアびとは我身のみかは、彼等この處に滿つれば、今サヴェーナとレーノの間に 五八―六〇
シパといひならふ舌もなほその數これに及びがたし、若しこの事のしるしあかしをほしと思はゞたゞ慾深き我等の胸を思ひいづべし 六一―六三
かく語れる時一の鬼その鞭をあげてこれを打ちいひけるは、去れ判人ぜげん、こゝにはたらすべき女なし 六四―六六
我わが導者にともなへり、かくて數歩にして我等は一の石橋の岸より出でし處にいたり 六七―六九
いとやすく之にのぼりて破岩をわたり右にむかひ此等の永久とこしへの圈を離れき 七〇―七二
橋下空しくひらけて打たるゝ者に路をえさするところにいたれば、導者曰ひけるは、止まれ 七三―七五
しかしてこなたなる幸なく世に出でし者のおもてを汝にむけしめよ、彼等は我等と方向むきを等しうせるをもて汝未だ顏を見ず 七六―七八
我等古き橋より見しに片側かたがはを歩みて我等のかたに來れる群ありてまたおなじく鞭に逐はれき 七九―八一
善き師問はざるに我に曰ひけるは、かの大いなる者の來るを見よ、いかに苦しむとも彼は涙を流さじとみゆ 八二―八四
あゝいかなる王者の姿ぞやいまなほ彼に殘れるは、彼はヤーソンとて智と勇とによりてコルコびとより牡羊を奪へる者なり 八五―八七
レンノの島の膽太きもふとき慈悲なき女等すべての男を殺し盡せし事ありし後、彼かしこを過ぎ 八八―九〇
さきに島人を欺きたりし處女おとめイシフィーレを智とあまきことばをもてあざむき 九一―九三
その孕むにおよびてひとりこれをこゝに棄てたり、この罪彼を責めてこの苦をうけしめ、メデーアの怨みまた報いらる 九四―九六
すべて斯の如く欺く者皆彼と共にゆくなり、さて第一の溪とその牙に罹るものをしる事之をもて我等足れりとなさん 九七―九九
我等は此時細路第二の堤と交叉し之を次の弓門アルコ橋脚はしぐひとなせるところにいたれるに 一〇〇―一〇二
次のボルジヤの民の呻吟うめく聲、あらき氣息いき、またたなごゝろにて身をうつ音きこえぬ 一〇三―一〇五
たちのぼる惡氣岸にき、かびとなりてこれをおほひ、目を攻めまた鼻を攻む 一〇六―一〇八
底は深く窪みたれば石橋のいと高き處なる弓門アルコの頂に登らではいづこにゆくもわきがたし 一〇九―一一一
我等すなはちこゝにいたりて見下みおろせるに、濠の中には民ありてふんひたれり、こは人の厠より流れしものゝごとくなりき 一一二―一一四
われ目をもてかなたをうかゞふ間、そのひとり頭いたく糞によごれて緇素をわかち難きものを見き 一一五―一一七
彼我を責めて曰ひけるは、汝何ぞ穢れし我ともを措きて我をのみかく貪り見るや、我彼に、他に非ずわが記憶に誤りなくば 一一八―一二〇
我は汝を髮乾ける日に見しことあり、汝はルッカのアレッショ・インテルミネイなり、この故にわれことに目を汝にとゞむ 一二一―一二三
この時いたゞきを打ちて彼、我をかく深く沈めしものはへつらひなりき、わが舌これに飽きしことなければなり 一二四―一二六
こゝに導者我に曰ひけるは、さらに少しく前を望み、身穢れ髮亂れかしこに不淨の爪もて 一二七―一二九
おのが身をきたちまちうづくまりたちまち立ついやしき女の顏を見よ 一三〇―一三二
これ遊女あそびめタイデなり、いたく心にかなへりやと問へる馴染なじみの客に答へて、げにあやしくとこそといへるはかれなりき 一三三―一三五
さて我等の目これをもて足れりとすべし 一三六―一三八


   第十九曲

あゝシモン・マーゴよ、幸なき從者ずさ等よ、汝等は貪りて金銀のために、徳の新婦はなよめとなるべき 一―三
神の物を穢れしむ、今喇叭らつぱは汝等のために吹かるべし、汝等第三のボルジヤにあればなり 四―六
我等はこの時石橋の次のいたゞきまさしく濠の眞中まなかにあたれるところに登れり 七―九
あゝ比類たぐひなき智慧よ、天に地にまた禍ひの世に示す汝のわざは大いなるかな、汝の權威ちからわかち與ふるさまは公平なるかな 一〇―一二
こゝに我見しにかはにも底にも黒める石一面に穴ありて大きさ皆同じくかついづれもまろかりき 一三―一五
思ふにこれらは授洗者じゆせんじやの場所としてわが美しき聖ジョヴァンニの中に造られしもの(未だ幾年いくとせならぬさき我その一を碎けることあり 一六―一八
こはこの中にて息絶えんとせし者ありし爲なりき、さればこのことばあかしとなりて人の誤りを解け)より狹くも大きくもあらざりしなるべし 一九―二一
いづれの穴の口よりも、ひとりの罪ある者の足およびその脛腓はぎこむらまであらはれ、ほかはみな内にあり 二二―二四
二のあしうら火に燃えて關節つがひめこれがために震ひ動き、そのはげしさはつなをも組緒くみををも斷切るばかりなりき 二五―二七
油ひきたる物燃ゆれば炎はたゞその表面おもてをのみ駛するを常とす、かのくびすよりさきにいたるまでまた斯くの如くなりき 二八―三〇
我曰ふ、師よ、同囚なかまの誰よりも劇しく振り動かして怒りをあらはし猛き炎にねぶらるる者は誰ぞや 三一―三三
彼我に、わが汝をいだいて岸の低きをくだるを願はゞ汝は彼によりて彼と彼の罪とを知るをうべし 三四―三六
我、汝の好むところみな我にし、汝は主なり、わが汝のこゝろに違ふなきを知り、またわがもだして言はざるものを知る 三七―三九
かくて我等は第四の堤にゆき、折れて左にくだり、穴多き狹き底にいたれり 四〇―四二
善き師は我をかのはぎにて歎けるものゝ罅裂われめあるところに着かしむるまでその腰よりおろすことなかりき 四三―四五
我曰ふ、悲しめる魂よ、くひの如く插されてさかさなる者よ、汝誰なりとももしかなはばことばいだせ 四六―四八
我はあたかもいけられて後なほ死を延べんとおもへる不義の刺客に呼戻されその懺悔をきく僧の如くたちゐたり 四九―五一
この時彼叫びていひけるは、汝既にこゝに立つや、ボニファーチョよ、汝既にこゝに立つや、ふみは僞りて數年を違へぬ 五二―五四
斯く早くもかの財寶たからに飽けるか、汝はそのため欺いて美しき淑女をとらへ後しひたぐるをさへ恐れざりしを 五五―五七
我はさながら答をきゝてさとりえずたゞ嘲りをうけし如く立ちてさらにこたふるすべを知らざる人のさまに似たりき 五八―六〇
この時ヴィルジリオいひけるは、速かに彼に告げて我は汝の思へる者にあらず汝の思へる者にあらずといへ、我乃ち命ぜられし如く答へぬ 六一―六三
是に於て魂足をこと/″\くゆるがせ、さて歎きつゝ聲憂はしく我にいふ、さらば我に何を求むるや 六四―六六
もしわが誰なるを知るをねがふあまりに汝此岸を下れるならば知るべし、我は身に大いなる法衣ころもをつけし者なりしを 六七―六九
まことに我は牝熊めぐまの仔なりき、わがうえには財寶たからをこゝには己をふくろに入るゝに至れるもたゞひたすら熊の仔等のさかえを希へるによりてなり 七〇―七二
我頭の下には我よりさきにシモニアを行ひ、ひきいれられて石のさけめにかくるゝ者多し 七三―七五
わがゆくりなく問をおこせる時汝とおもひたがへたるもの來るにいたらば、我もかしこに落行かむ 七六―七八
されどわがかく足を燒きさかさにて經し間の長さは、彼が足を赤くし插されて經ぬべき時にまされり 七九―八一
これそのあとに西の方よりおきてを無みしいよ/\醜き行ひありて彼と我とを蔽ふに足るべきひとりの牧者來ればなり 八二―八四
彼はマッカベエイのふみのうちなるヤーソンの第二とならむ、また王これにあまかりし如くフランスを治むるもの彼に甘かるべし 八五―八七
我はこの時わがたゞかゝる歌をもて彼に答へし事のあまりに愚なるわざなりしや否やを知らず、曰く、あゝいま我に告げよ 八八―九〇
我等の主かぎを聖ピエートロに委ぬるにあたりて幾許いくばく財寶たからを彼に求めしや、げにその求めしものは我に從への外あらざりき 九一―九三
また罪ある魂の失へる場所を補はんとてくじにてマッティアを選べる時、ピエルもほかの弟子達でしたちも彼より金銀をうけざりき 九四―九六
此故にこゝにとゞまれ、罰をうくるはうべなればなり、かくして汝にカルロを侮らしめし不義の財貨たからをかたくまもれ 九七―九九
若し喜びの世にて汝が手にせし比類たぐひなき鑰のうやまひいまなほ我をひかゆるなくば 一〇〇―一〇二
これよりはげしきことばをこそもちゐめ、汝等の貪りは世界にわざはひよきを踏みしきもとれるを擧ぐ 一〇三―一〇五
女水の上に坐し淫を諸王に鬻ぐを見し時、かの聖傳を編める者汝等牧者を思へるなり 一〇六―一〇八
すなはち生れて七の頭あり、その夫の徳を慕ふ間十のつのよりそのあかしをうけし女なり 一〇九―一一一
汝等は己の爲に金銀の神を造れり、汝等と偶像に事ふるものゝ異なる處いづこにかある、彼等一を拜し汝等百を拜す、これのみ 一一二―一一四
あゝコスタンティーンよ、汝の歸依ならず、最初の富める父が汝よりうけしその施物せもつはそもいかなる禍ひの母となりたる 一一五―一一七
我この歌をうたへる間、彼は怒りに刺されしか或ひは恥に刺されしか、はげしく二のあしうられり 一一八―一二〇
思ふにこの事必ずわが導者の意をえたりしなるべし、かれ氣色けしきいとうるはしくたえず耳をわがのべしまことの言に傾けき 一二一―一二三
かくて雙腕もろかひなをもて我を抱き、我を全くその胸に載せ、さきにくだれる路をのぼれり 一二四―一二六
またかく抱きて疲るゝことなく、第四の堤より第五の堤に通ふ弓門アルコいたゞきまで我を載せ行き 一二七―一二九
石橋粗く嶮しくして山羊やぎさへたやすく過ぐべきならねば、しづかにこゝにその荷をおろせり 一三〇―一三二
さてこゝよりみゆるは次の大いなる溪なりき 一三三―一三五


   第二十曲

あらたなる刑罰を詩にみ、これを第一の歌沈める者の歌のうちなるカント第二十の材となすべき時は至れり 一―三
こゝにわれよく心をとめて望み見しに、くるしみの涙をびし底あらはれ 四―六
まろき大溪おほたにに沿ひて來れる民泣いて物言はず、足のはこびはこの世の祈祷いのりの行列に似たりき 七―九
わが目なほひくゝ垂れて彼等におよべば、おとがひと胸との間みなしくゆがみて見ゆ 一〇―一二
すなはち顏はうしろにむかひ、彼等前を望むあたはで、たゞ後方うしろに行くあるのみ 一三―一五
げに人中風ちゆうぶのわざによりてかく全くゆがむにいたれることもあるべし、されど我未だかゝることをみず、またありとも思ひがたし 一六―一八
讀者よ(願はくは神汝に讀みてを摘むことをえしめよ)、請ふ今自ら思へ、目の涙背筋せすぢをつたひて 一九―二一
ゐさらひを洗ふばかりにいたくゆがめる我等のかたちをしたしく見、我何ぞ顏を濡らさゞるをえん 二二―二四
我はげに堅き石橋の岩の一にもたれて泣けり、導者すなはち我に曰ふ、汝なほ愚者に等しきや 二五―二七
夫れこゝにては慈悲全く死してはじめて敬虔生く、神の審判さばきにむかひて憐みを起す者あらばこれより大いなる罪人あらんや 二八―三〇
かうべをあげよ、あげてかの者を見よ、テーベびとの目の前にて地そのためにひらけしはこれなり、この時人々皆叫びて、アンフィアラーオよ 三一―三三
何處いづこにおちいるや何ぞいくさを避くるやとよべるもおちいりて止まるひまなく、遂に萬民をとらふるミノスにいたれり 三四―三六
見よ彼は背を胸に代ふ、あまりにさきをのみ見んことをねがへるによりていまあとを見後方うしろにゆくなり 三七―三九
ティレージアを見よ、こはからだすべて變りて男より女となり、その姿あらたまるにいたれるものなり 四〇―四二
この事ありて後、再び雄々しき羽をうるため、彼まづ杖をもて二匹のもつれあへる蛇をふたゝび打たざるをえざりき 四三―四五
背を彼の腹に向くるはアロンタなり、ルーニ山の中、その下に住むカルラーラ人の耕すところに 四六―四八
白き大理石のうちなるほら住居すまゐとし、こゝより星と海とを心のまゝに見るをえき 四九―五一
みだれし髪をもて汝の見ざる乳房ちぶさをおほひ、毛あるはだへをみなかなたにむけしは 五二―五四
マントといへり、多くの國々をたづねめぐりて後わが生れし處にとどまりき、されば請ふ少しくわがこゝにぶることを聞け 五五―五七
その父世をりバーコの都奴婢はしためとなるにおよびてかれはひさしく世にさすらへり 五八―六〇
うへなる美しきイタリアの中、ティラルリに垂れて獨逸ラーマニアを閉すアルペの裾に一湖あり、ベナーコと名づく 六一―六三
ガルダとヴァル・カーモニカの間にはおもふに千餘の泉あるべし、その水みなアペンニノを洗ひてこの湖に湛ふ 六四―六六
湖の中央に一の處あり、トレント、ブレシヤ、ヴェロナの牧者等若しこの路を取ることあらば各※(二の字点、1-2-22)こゝに祝福を與ふるをえん 六七―六九
美しき堅き城ペスキエーラはブレシヤ人ベルガーモ人を防がんとてまはりの岸のいと低き處にあり 七〇―七二
ベナーコのふところにあまるものみな必ずこゝに落ち、川となりて緑の牧場をくだる 七三―七五
この水流れはじむればベナーコと呼ばれず、ゴヴェルノにいたりてポーに入るまでミンチョとよばる 七六―七八
未だ遠く進まざるまにとある窪地くぼちをえて中にひろがり沼となり、夏はしば/\患ひを釀す恐れあり 七九―八一
さてこの處を過ぐとてかの猛き處女をとめ沼の中央に不毛無人の地あるを見 八二―八四
すべて世の交際まじらひを避けおのがわざを行はんためその僕等と共にとゞまりてこゝに住みこゝにそのむくろを殘せり 八五―八七
この後あたりに散りゐたる人々みなこの處にあつまれり、これ四方に沼ありてそのかため強かりければなり 八八―九〇
彼等町を枯骨の上に建て、はじめてこの處をえらべるものにちなみ、うらによらずして之をマンツアと呼べり 九一―九三
カサロディの愚未だピナモンテの欺くところとならざりし頃は、この中なる民なほ多かりき 九四―九六
されど我汝を戒む、たとひ是と異なるわがまちの由來を聞くことありとも、汝いつはりをもてまこととなすなかれ 九七―九九
我、師よ、汝の陳ぶること我にあきらかに、善くわが信をえたり、さればいかなる異説出づとも我には消えし炭に過ぎじ 一〇〇―一〇二
されど我に告げよ、汝は歩みゆく民の中に心をとむべきものを見ずや、そはわが思ひたゞこの事にのみむかへばなり 一〇三―一〇五
この時彼我に曰ふ、髯を頬よりくろずめる肩に垂るゝものはギリシアに男子なく 一〇六―一〇八
搖籃滿つるにいたらざりし頃の卜者にて、カルカンタと共にアウリーデに最初のともづな解かるべき時を卜せり 一〇九―一一一
彼名をエウリピロといひき、わが高き悲曲の調しらべはいづこにか彼をかく歌へることあり、汝この詩を知り盡せばまたよくこの事を知らん 一一二―一一四
雙脇もろわきいたく痩せたるはミケーレ・スコットといひ、惑はし欺く無益むやくわざにまことに長けし者なりき 一一五―一一七
見よグイード・ボナッティを、見よアスデンテを(彼革と絲とに心をむけし事を願ひ今悔ゆれどもおそし) 一一八―一二〇
針、紡錘つむを棄てゝ卜者となりし幸なき女等を見よ、彼等は草と偶人ひとがたをもてその妖術を行へり 一二一―一二三
されどいざ來れ、カイーノといばらは既に兩半球の境を占め、ソビリアのかなたの波に觸る 一二四―一二六
昨夜既に月は圓かりき、こは低き林の中にてしば/\汝に益をえさせしものなれば汝いかでか忘るべき 一二七―一二九
かく彼我に語り、語る間も我等は歩めり 一三〇―一三二


   第二十一曲

このほかわが喜曲コメディアの歌ふを好まざる事どもかたりつゝ、かく橋より橋にゆき、いたゞきにいたるにおよびて 一―三
我等はマーレボルジェなる次の罅裂われめと次の空しき歎きを見んとてとゞまれり、我見しにこの處あやしく暗かりき 四―六
たとへば冬の日ヴェネーツィア人の船廠アールセーナに、すこやかならぬ船を塗替へんとて、ねばやに煮ゆるごとく 七―九
(こは彼等海に浮ぶをえざるによる、すなはち之に代へてひとりはあらたに船を造り、ひとりはあまたの旅をかさねし船のわきを塞ぎ 一〇―一二
ひとりはへさきひとりはともに釘うち、彼櫂を造り是綱をり、ひとりは大小の帆をつくらふ) 一三―一五
下には濃きやに火によらず神のみわざによりて煮え、岸いたるところこれにまみれぬ 一六―一八
我之を見れども、煮られて浮ぶ泡の外には一としてその中に見ゆる物なく、たゞこの脂の一面に膨れいでゝはまた引縮むさまをみるのみ 一九―二一
われ目を凝らして見おろしゐたるに、あれ見よあれ見よといひてわが導者わが立處たちどより我をひきよす 二二―二四
しきりに見んことをねがへども、そは逃げて避くべきものにしあれば、俄におそれていきほひくじけ 二五―
見るまも足を止めざる人の如く、われ身を返して後方うしろをみしに石橋をわたりてはせきたれる一の黒き鬼ありき ―三〇
あゝその姿猛きこといかばかりぞや、翼ひらかれ足かろきその身の振舞あら/\しきこといかばかりぞや 三一―三三
尖りて高きその肩には、ひとりの罪人つみびとの腰を載せ、その足頸あしくびをかたく握れり 三四―三六
橋の上よりいふ、あゝマーレブランケよ、見よ聖チタのアンチアンの一人を、汝等彼を沈むべし、我は再びかのまちに歸らん 三七―
かの處には我よくかゝる者を備へおきたり、さればボンツーロのほか、汚吏ならぬものなく、否も錢のために然りに代へらる ―四二
かくいひて彼を投げいれ堅き石橋をわたりてかへれり、つなぎはなれし番犬ばんいぬの盜人を追ふもかくはやからじ 四三―四五
彼沈み、背を高くして再び浮べり、されど橋を戴ける鬼共叫びていひけるは、聖顏サント・ヴオルトもこゝには益なし 四六―四八
こゝに泳ぐはセルキオに泳ぐと異なる、此故に我等の鐡搭くまで好ましからずばこの脂の上にうくなかれ 四九―五一
かくて彼等は彼を百餘の鐡鉤かぎに噛ませ、こゝは汝のかくれて踊る處なれば、盜みうべくば目をかすめてなせといふ 五二―五四
厨夫ちゆうふ庖仕ばうじ肉叉にくさしをもて肉を鍋の眞中まなかに沈めうかぶことなからしむるもこれにかはらじ 五五―五七
善き師我に曰ふ、汝は汝のこゝにあること知られざるため、岩のうしろにうづくまりておのが身を掩へ 五八―六〇
またいかなるしひたげわが身に及ぶも恐るゝなかれ、さきにもかゝる爭ひにのぞめることあれば我よくこれらの事を知る 六一―六三
かくいひて橋をわたりてかなたにすゝめり、げにそのさわがぬ氣色けしきをみすべきは彼が第六の岸にいたれる時なりき 六四―六六
その怒りあらだつさまはさながら立止たちどまりてうちつけに物乞ふ乞食かたゐにむかひて群犬むらいぬはせいづる時の如く 六七―六九
小橋の下より出でし鬼共みなその鐡搭くまでを彼にむけたり、されど彼よばゝりていふ、汝等いづれも惡意をいだくことなかれ 七〇―七二
鐡搭くまでの我をとらふる前に、汝等のひとりすゝみいでゝわがいふところのことをきゝ、のち相謀りて我を之にかくべきや否やをさだめよ 七三―七五
彼等皆叫びてマラコダ行くべしといふ、即ちその一者ひとり進み出で(ほかはみな止まれり)かくするも彼に何の益かあるといひつゝ彼に近づけり 七六―七八
わが師曰ひけるは、マラコダよ、われ天意冥助によらずして今に至るまですべて汝等の障礙しやうげをまのかれ 七九―
こゝに來るをうべしと汝思ふや、我等を行かしめよ、わがこの荒れたる路をひとりの者に教ふるも天の定むるところなればなり ―八四
此時彼の慢心折れ、彼は鐡搭くまでをあしもとにおとして彼等にいふ、かくては彼を撃ちがたし 八五―八七
導者我に、橋の岩間にうづくまる者よ、いまは安らかにわがもとにかへれ 八八―九〇
我いでゝいそぎて彼の處にいたれば、鬼こと/″\く進みいづ、我はすなはち彼等が約を履まざらんことをおそれぬ 九一―九三
嘗て契約によりてカープロナをいでし歩兵の一軍群がる敵の間にありてまたかく恐るゝを見しことあり 九四―九六
我は全身を近くわが導者によせ、目をよからぬ彼等の姿より放つことなかりき 九七―九九
彼等は鐡鉤かぎをおろせり、その一者ひとりほか一者ひとりにいふ、汝わが彼のしりに觸るゝをねがふや、彼等答へて、然り一撃ひとうち彼にあつべしといふ
されどわが導者とことばをまじへし鬼たゞちにふりかへりて、け措け、スカルミリオネといひ 一〇三―一〇五
さて我等に曰ひけるは、是より先はこの石橋をゆきがたし、第六の弓門アルコ悉く碎けて底にあればなり 一〇六―一〇八
されば汝等なほさきに行くをねがはゞこの堤を傳ひてゆくべし、近き處にいま一の石橋あり、これぞ路なる 一〇九―一一一
昨日きのふは今より五時の後にてこの路こゝにくづれしこのかた千二百六十六年を滿たせり 一一二―一一四
我は此等の部下を分ちてかなたに遣はし、身をす者のありや否やを見せしむべければ、汝等之と共に行け、彼等禍ひをなすことあらじ 一一五―一一七
又曰ひけるは、出でよアーリキーノ、カルカブリーナ、汝も出でよカーニヤッツオ、バルバリッチヤ汝は十の者を率ゐよ 一一八―一二〇
進めリビコッコ、ドラギニヤッツォ、きんばのチリアット、グラッフィアカーネ、ファールファレルロ、狂へるルビカンテ 一二一―一二三
煮ゆるもちほとり巡視みめぐり、またこの多くの岩窟いはあなの上にすきなく懸れる次の岩まで此等の者をおくりゆけ 一二四―一二六
我曰ふ、あゝ師よ、これいかなる事のさまぞや、汝だに路を知らば我何ぞ道案内みちしるべもとむべき、願はくはこれによらで我等のみ行かむ 一二七―一二九
汝常の如く心をもちゐなば、見ずや彼等の齒をかみあはせ、眉にわざはひきざしをあらはすを 一三〇―一三二
彼我に、請ふ汝恐るゝなかれ、彼等に好むがまゝに齒をかましめよ、彼等かくするは煮られてなやむ者のためのみ 一三三―一三五
彼等は折れて左の堤をとれり、されど各※(二の字点、1-2-22)とまづそのをさにむかひ、齒にて舌をめて相圖とし 一三六―一三八
をさはその肛門を喇叭らつぱとなしき 一三九―一四一


   第二十二曲

我嘗て騎兵の陣を進め、戰ひを開き、軍をとゝのへ、或時はまた逃げのびんとて退くを見き 一―三
アレッツォびとよ、我は或ひは喇叭らつぱ或ひは鐘或ひは太鼓或ひは城の相圖或ひは本國異邦の物にあはせ 四―六
進んでうかゞふもの襲うて掠むるもの汝等の地にわしり、また軍軍と武を競ひ、兵兵と技を爭ふを見き 七―九
されど未だかくくすしき笛にあはせて歩騎動き、くがまたは星をしるべに船進むをみしことあらじ 一〇―一二
我等は十の鬼と共に歩めり、げに兇猛なる伴侶みちづれよ、されど聖徒と寺に浮浪漢ごろつき酒肆さかみせに 一三―一五
我心はたゞやににのみむかへり、こはこのボルジヤとその中に燒かるゝ民の状態ありさまとを殘りなく見んためなりき 一六―一八
たとへば背の弓をもて水手かこ等をいましめ、彼等に船を救ふの途を求めしむる海豚いるかの如く 一九―二一
苦しみをかろめんため、をりふし罪人つみびとのひとりその背をあらはし、またこれをかくすこと電光いなづまよりも早かりき 二二―二四
またたとへば濠水ほりみづふちにむれゐる蛙顏をのみ出して足とふとやかなるところをかくすごとく 二五―二七
罪人等四方にうかびゐたるが、バルバリッチヤの近づくにしたがひ、みなまたにえの下にひそめり 二八―三〇
我は見き(いまも思へば我心わなゝく)、一匹ひとつの蛙殘りて一匹ひとつ飛びこむことあるごとくひとりの者のとゞまるを 三一―三三
いと近く立てるグラッフィアカーネ、脂にまみれしその髮の毛を鐡搭くまでにかけ、かくして彼をひきあぐれば、姿さながら河獺かはうそに似たりき 三四―三六
我は此時彼等の名を悉く知りゐたり、これ彼等えらばれし時よく之に心をとめ、その後彼等互に呼べる時これに耳を傾けたればなり 三七―三九
詛はれし者共聲をそろへて叫びていふ、いざルビカンテよ、汝爪を下して彼奴かやつの皮をげ 四〇―四二
我、わが師よ、おのが敵の手におちしかの幸なき者の誰なるやをもしかなはゞあきらめたまへ 四三―四五
わが導者そのかたへにたちよりていづくの者なるやをこれに問へるに、答へて曰ひけるは、我はナヴァルラの王國のうまれなりき 四六―四八
無頼ぶらいにして身と持物とを失へるため、わが母我を一人ひとりの主に事へしむ 四九―五一
我はその後善き王テバルドのしもべとなりてこゝにわがつとめをはづかしめ、今この熱をうけてそのおひめを償ふ 五二―五四
この時口の左右より野猪ゐのこのごとく牙露はれしチリアットはその一の切味きれあぢを彼に知らせぬ 五五―五七
よからぬ猫の群のなかに鼠は入來れるなりけり、されどバルバリッチヤはその腕にて彼をかゝへて曰ふ、離れよ、わが彼をおさゆる間 五八―六〇
かくてまた顏をわが師にむけ、ほかに聞きて知らんと思ふことあらば、そこなふ者のあらぬまに彼に問へといふ 六一―六三
導者、さらば今ほかの罪人等のことを告げよ、この脂の下に汝の識れるラチオの者ありや、彼、我は少しくさきに 六四―
その隣の者と別れしなりき、あゝ我彼と共にいまなほかくれゐたらんには、爪も鐡搭くまでもおそれじものを ―六九
この時リビコッコは我等はや待ちあぐみぬといひてその腕を鐡鉤かぎにてとらへ引裂きて肉を取れり 七〇―七二
ドラギニヤッツォもまたその脛を打たんとしければ、彼等のをさはまなざしするどくあまねくあたりをみまはしぬ 七三―七五
彼等少しくしづまれる時、わが導者は己が傷より目を放たざりし者にむかひ、たゞちに問ひて曰ひけるは 七六―七八
汝は岸に出でんとてさちなく別れし者ありといへり、こは誰なりしぞ、彼答へて曰ふ、ガルルーラの者にて 七九―
フラーテゴミータといひ、萬の欺罔たばかりうつはなりき、その主の敵を己が手に收め、彼等の中己をめざるものなきやう彼等をあしらへり ―八四
乃ちかねを受けておだやかに(これ彼の言なり)彼等を放てるなり、またそのほかの職務つとめにおいても汚吏の小さき者ならでいと大なる者なりき 八五―八七
ロゴドロのドンノ・ミケーレ・ツァンケ善く彼と語る、談サールディニアの事に及べば彼等の舌疲るゝを覺ゆることなし 八八―九〇
されどあゝ齒をかみあはす彼を見給へ、ほかに告ぐべきことあれど彼わがかさ引掻ひきかかんとてすでに身を構ふるをおそる 九一―九三
たゞ撃つばかりに目をまろばしゐたるファールファレルロにむかひ、大いなるをさ曰ひけるは、惡しき鳥よ退すされ 九四―九六
この時戰慄をのゝくものことばをついでいひけるは、汝等トスカーナまたはロムバルディアの者をみまたはそのいふ事を聞かんと思はゞ我彼等を來らせん 九七―九九
されど彼等に罰を恐れざらしめんため、禍ひの爪たち少しくこゝを離るべし、我はこのまゝこの處に坐して 一〇〇―一〇二
うそぶき(我等のうちそとに出るものあればつねにかくする習ひあり)、ひとりの我に代へて七人なゝたりの者を來らせん 一〇三―一〇五
カーニヤッツオこの言を聞きて口をあげ頭をふりていひけるは、身を投げ入れんとてめぐらせる彼の奸計わるだくみをきけ 一〇六―一〇八
わなに富める者乃ち答へて曰ひけるは、ともの悲しみを増さしむれば、我は至極の奸物わるものなるべし 一〇九―一一一
アーリキーンこらへず衆にさからひて彼に曰ふ、汝身を投げなば我は馳せて汝を追はず 一一二―一一四
翼をやにの上につべし、我等頂上いたゞきを棄て岸を楯とし、汝たゞひとりにてよく我等を凌ぐや否やをみん 一一五―一一七
讀者よ、くすしき戲れを聞け、彼等みな目を片側かたがはにむけたり、しかも第一にかくなせるは彼等の中ことにその心なかりしものなりき 一一八―一二〇
たくみにすきを窺へるナヴァルラの者、そのあしうらをもてかたく地を踏み、忽ち躍りてをさを離れぬ 一二一―一二三
かくとみし鬼いづれも咎を悔ゆるがなかに、わけて越度をちどの本なりし者そのくゆることいと深ければ、すなはち身を動かして 一二四―一二六
汝は我手のうちにありと叫べり、されど益なし、翼ははやきもなほ恐れに超ゆるあたはず、彼は沈み、此は胸を上にして飛べり 一二七―一二九
鴨忽ちくゞり、既に近づける鷹の、怒りくづほれて空にかへるもこれにかはらじ 一三〇―一三二
カルカブリーナは欺かれしを憤り、彼と格鬪くみあはんため、却つてかの者の免かれんことをねがひ、飛びつゝ彼をあとより追ひゆき 一三三―一三五
汚吏の姿消ゆるとともに爪をその侶にむけ、濠の上にてこれをつかみぬ 一三六―一三八
されど彼またまこと青鷹もろがへりなりければ、劣らず爪をこなたにうちこみ、二ながら煮ゆるよどみ眞中まなかに落ちたり 一三九―一四一
熱はたちまち爭鬪あらそひをとゞめぬ、されど彼等身を上ぐるをえざりき、其翼やににまみれたればなり 一四二―一四四
殘りの部下と共に歎きつゝバルバリッチヤはその中四人よたりの者にみな鐡鉤かぎを持ちて對岸むかひのきしに飛ばしめぬ、かくていと速かに 一四五―一四七
かなたにてもこなたにても彼等はおのが立處たちどに下り、既にもちにまみれて上層うはかはの中に燒かれし者等にその鐡搭くまでをのべき 一四八―一五〇
我等は彼等をこのもつれの中に殘して去れり 一五一―一五三


   第二十三曲

ことばなく伴侶ともなくたゞふたり、ひとりはさきにひとりはあとに、さながらミノリ僧の路を歩む如く我等は行けり 一―三
わが思ひは今の爭ひによりて蛙と鼠のことをかたれるイソーポの寓話フアーヴオラにむかひぬ 四―六
心をとめてよくその始終はじめをはりを較べなば、モとイッサの相似たるも彼と此との上にはいでじ 七―九
また一の思ひよりほかの思ひのうちいづるごとく、これよりほかの思ひ生れてわがさきの恐れを倍せり 一〇―一二
我おもへらく、彼等は我等のために嘲られてその怨み必ず大ならんとおもはるゝばかりのそこなひをうけ詭計たくらみにかゝるにいたれるなり 一三―一五
若し怒り惡意に加はらば、彼等我等を追來り、その慈悲なきこと口にくはへし兎にむかひてむごき犬にもまさりぬべし 一六―一八
我は既に恐れのために身の毛悉く彌立いよだつをおぼえ、わが後方うしろにのみ心を注ぎつゝいひけるは、師よ、汝と我とを 一九―
直ちにかくしたまはずば、我はマーレブランケをおそる、彼等既にうしろにせまれり、我わが心に寫しみて既に彼等の近きをさとる ―二四
彼、たとへばわれ鏡なりとも、わが今汝の内の姿をうくるよりはやく汝の外の姿を寫しうべきや 二五―二七
今といふ今汝の思ひは同じはたらき同じかたちをもてわが思ひの中に入り、我はこの二の物によりてたゞ一のはかりごとを得たり 二八―三〇
右の岸もし斜にて次のボルジヤの中にくだるをえば、我等は心にゑがけるおひをまのかるべし 三一―三三
彼このはかりごとを未だ陳べ終らざるに、我は彼等が翼をひらき、我等をとらへんとてほどなき處に來るを見たり 三四―三六
たとへば騷擾さわぎに目覺めし母の、燃ゆる焔をあたりにみ、我兒をいだいてにげわしり 三七―
之を思ふこと己が身よりも深ければ、たゞ一枚の襯衣したぎをさへ着くるに暇あらざるごとく、導者は忽ち我を抱き ―四二
堅き岸の頂より、次のボルジヤ片側かたがはを閉す傾ける岩あるところにあふのきて身を投げいれぬ 四三―四五
粉碾車こひきぐるまをめぐらさんとてをゆく水の、にいと近き時といへどもそのはやきこと 四六―四八
ともにはあらで子の如く我をその胸に載せ、かのへりを越えしわが師にはおよばじ
その足したなる深處ふかみの底にふれしころには彼等はやくも我等の上なるいただきにありき、されどこゝには恐れあるなし 五二―五四
彼等をえらびて第五の濠のしべとなせし尊き攝理は、かしこを離るゝの能力ちからを彼等より奪ひたればなり 五五―五七
下には我等彩色いろどれる民を見き、疲れなやめる姿にて涙を流し、めぐりゆく足いとおそし 五八―六〇
彼等はかたをクルーニの僧の用ゐるものにとりたるころもを着、目の前まで垂れし帽をかぶれり 六一―六三
そとは金を施したれば、みる目眩暈くるめくばかりなれども、内はみな鉛にて、その重きに比ぶればフェデリーゴの着せしは藁なり 六四―六六
あゝ永遠とこしへつかれの衣よ、我等は心を憂き歎きにとめつゝ彼等とともにこたびもまた左にむかへり 六七―六九
されど重量おもさのためこのよわれる民の歩みいとおそければ、我等は腰をうごかすごとに新なる侶をえき 七〇―七二
我乃ちわが導者に、おこなひまたは名によりて知らるべき者をたづね、かくゆく間目をあたりにそゝぎたまへ 七三―七五
この時一者ひとりトスカーナのことばをきゝてうしろよりよばゝりいひけるは、くろずめる空をわけてはせゆく者等よ、足をとゞめよ 七六―七八
おそらくは汝求むるものを我よりうくるをえん、導者乃ちかへりみて曰ふ、待て、待ちてのち彼の歩みにしたがひてすゝめ 七九―八一
我止まりて見しにふたりの者あり、我に追及ばんとてしきりにいらつ心を顏にあらはせども荷と狹き路のためにおくれぬ 八二―八四
さて來りて物をも言はず、目をはすにしばらく我をうちまもり、のち顏をみあはせていひけるは 八五―八七
この者喉を動かせば生けりとおもはる、また彼等死せる者ならば何の恩惠めぐみにより重き衣に蔽はれずして歩むや 八八―九〇
かくてまた我に曰ひけるは、幸なき僞善者の集會つどひに來れるトスカーナびとよ、願はくは汝の誰なるやを告ぐるを厭ふなかれ 九一―九三
我彼等に、わが生れし處おひたちし處はともに美しきアルノの川邊かはべ大いなるまちなりき、また我はわが離れしことなき肉體と共にあるなり 九四―九六
されど憂ひのしたゝりかく頬をくだる汝等は誰ぞや、汝等の身にかくきらめくは何の罰ぞや 九七―九九
そのひとり答へて我に曰ひけるは、拑子かうじころも鉛にていと厚く、その重量おもさかくはかりきしましむ 一〇〇―一〇二
我等は喜樂僧フラーテ・ゴデンテイにてボローニア人なりき、我はカタラーノといひ、これなるはローデリンゴといへり、汝のまちに平和をたもたんため 一〇三―
常は一人ひとりのひと取らるゝならひなるに、我等は二人ふたりながら彼處かしこにとられき、我等のいかなる者なりしやは今もガルディンゴの附近あたりを見てしるべし ―一〇八
あゝ僧達よ、汝等の禍ひは……我かくいへるもその先をいはざりき、これ三のくひにて地に張られし者ひとりわが目にとまれるによりてなり 一〇九―一一一
彼我を見し時、その難息ためいきを髯に吐き入れ、はげしくもがきぬ、フラーテカタラーン之を見て 一一二―一一四
我に曰ふ、かしこに刺されて汝の目をひくはこれファリセイびとに勸めて、民の爲にひとりの人を苛責するは善しといへる者なり 一一五―一一七
みらるゝ如く裸にて路を遮り、過ぐる者あればまづその重さを身にうけではかなはじ 一一八―一二〇
その外舅しうとおよびジユデーアびとの禍ひの種なりしほかの議員等もまた同じさまにてこの濠の中に苛責せらる 一二一―一二三
我はこの時ヴィルジリオがかくあさましく十字にはられ永久とこしへ流刑るけいをうくるものあるをあやしめるをみたり 一二四―一二六
彼やがてフラーテにむかひていひけるは、汝等とゞむるものなくば、請ふ右に口ありや我等に告げよ 一二七―一二九
我等これによりて共に此處をいで、黒き天使に強ひて來りて、この底より我等を出さしむるなきをえん 一三〇―一三二
この時彼答へて曰ひけるは、いと近き處に岩あり、大いなる圈より出でてすべてのおそろしき大溪おほたにの上を過ぐ 一三三―一三五
たゞこの溪の上にのみ碎けてこれを蔽はざるなり、汝等かはによこたはり底に高まる崩壞くづれを踏みて上りうべし 一三六―一三八
導者しばらくかうべを垂れて立ち、さていひけるは、かなたに罪人を鐡鉤かぎにかくるもの事をいつはりて我等に教へき 一三九―一四一
僧、我昔ボローニアにて鬼のよからぬことゞも多く聞きたり、彼は僞る者、僞りの父なりときけるもその一なり 一四二―一四四
かくいへる時導者は顏に少しく怒りをうかべ、足をはやめて去り行けり、されば我また重荷を負ふ者等とわかれ 一四五―一四七
ゆかしきあしうらの趾を追へりき 一四八―一五〇


   第二十四曲

一年ひとゝせ未だうらわかく、日は寶瓶宮裏に髮をとゝのへ、夜はすでに南にむかひ 一―三
霜は白き姉妹いもの姿を地に寫せども、筆のはこびの長く續きもあへぬころ 四―六
貯藏たくはへ盡きしひとりの農夫、おきいでゝながむるに、野は悉く白ければ、その腰をうちて 七―九
我家わがやにかへり、かなたこなたにつぶやくさまさながら幸なき人のせんすべしらぬごとくなれども、のち再びいづるにおよびて 一〇―
世の顏つかの間にかはれるを見、あらたに望みを呼び起してつゑをとり、小羊を追ひ牧場にむかふ ―一五
かくの如く師はその額にみだれをみせて我をおそれしめ、またかくの如く痛みはたゞちに藥をえたりき 一六―一八
そは我等壞れし橋にいたれる時、導者はわがさきに山の麓に見たりし如きうるはしき氣色けしきにてわがかたにむかひたればなり 一九―二一
かれまづよく崩壞くづれをみ、心に思ひめぐらして後そのかひなをひらきて我をかゝへ 二二―二四
且つ行ひ且つ量り常に預め事に備ふる人の如く我を一の巨岩おほいはいただきに上げつゝ 二五―
目をほかの岩片いはくづにとめ、これよりかの岩にすがるべし、されどまづその汝を支へうべきや否やをためしみよといふ ―三〇
こは衣を着し者の路にはあらじ、岩より岩を上りゆくは我等(彼輕く我押さるゝも)にだに難きわざなりき 三一―三三
若しこの堤の一側かたがは對面むかひかはより短かゝらずば、彼のことはしらねど、我は全く力盡くるにいたれるなるべし 三四―三六
されどマーレボルジェはみないと低きあなの口にむかひて傾くがゆゑに、いづれの溪もそのさまこの理にもとづきて 三七―三九
彼岸かのきし高く此岸ひくし、我等はつひに最後の石の碎け散りたる處にいたれり 四〇―四二
上り終れる時はわが氣息いきいたく肺よりしぼられ、我また進むあたはざれば、着くとひとしくかしこに坐れり 四三―四五
師曰ひけるは、今より後汝つとめて怠慢おこたりに勝たざるべからず、夫れ軟毛わたげの上に坐し、ふすまの下に臥してしかも美名よきなをうるものはなし 四六―四八
人これをえずいたづらにその生命いのちを終らば地上に殘すおのが記念かたみはたゞそらけぶり水の泡抹うたかたのみ 四九―五一
此故に起きよ、よろづの戰ひに勝つ魂もし重き肉體と共になやみくづほるゝにあらずば之をもてあへぎに勝て 五二―五四
是よりも長ききだのなは上るべきあり、これらを離るゝのみにて足らず、汝わがことばをさとらばその益を失ふなかれ 五五―五七
我乃ち身を起し、くるしき呼吸いきをおしかくしていひけるは、願はくは行け、身は強く心は堅し 五八―六〇
我等石橋を渡りて進むに、このわたりの路岩多く狹く艱くはるかにさきのものよりも嶮し 六一―六三
我はよわみをみせざらんため語りつゝあゆみゐたるに、忽ち次の濠の中より語を成すにいたらざる一の聲いでぬ 六四―六六
この時我は既にこゝにかゝれる弓門アルコの頂にありしかども、その何をいへるやをしらず、されど語れるものは怒りを起せし如くなりき 六七―六九
我はうつむきたりき、されど闇のために生ける目底にゆくをえざれば、すなはち我、師よ請ふ次の堤にいたれ 七〇―
しかして我等石垣をくだらん、そはこゝにてはわれ聞けどもさとらず、見れどもしたゝむるものなければなり ―七五
彼曰ふ、行ふの外我に答なし、正しき願ひには所爲わざたゞもだして從ふべきなり 七六―七八
我等は橋をその一端、第八の岸と連れるところに下れり、この時ボルジヤさまあきらかになりて 七九―八一
我見しに中にはおそろしき蛇の群ありき、たぐひいとくすしく、その記憶はいまなほわが血を凍らしむ 八二―八四
リビヤも此後その砂に誇らざれ、たとひこの地ケリドリ、ヤクリ、ファレー、チェンクリ、アムフィシベナを出すとも 八五―八七
またこれにエチオピアの全地または紅海のほとりのものを加ふとも、かく多きかくあしき毒を流せることはあらじ 八八―九〇
この猛くしていとものすごき群のなかを孔をも血石エリトロピアをも求めうるの望みなき裸なる民おぢおそれて走りゐたり 九一―九三
蛇は彼等の手を後方うしろいましめ、尾と頭にて腰を刺し、また前方まへにからめり 九四―九六
こゝに見よ、こなたの岸近く立てるひとりの者にむかひて一匹の蛇飛び行き、頸と肩と結びあふところを刺せり 九七―九九
oまたはiを書くともかく早からじとおもはるゝばかりに彼は忽ち火をうけて燃え、全く灰となりて倒るゝの外すべなかりき 一〇〇―一〇二
彼かくくづれて地にありしに、塵おのづからあつまりてたゞちにもとの身となれり 一〇三―一〇五
名高き聖等ひじりたちまたかゝることあるをいへり、曰く、靈鳥フエニーチエはそのよはひ五百年に近づきて死し、後再び生る 一〇六―一〇八
この鳥世にあるや、草をも麥をもまず、たゞ薫物たきものの涙とアモモとを食む、また甘松と沒藥もつやくとはその最後の壽衣じゆいとなると 一〇九―一一一
人或ひは鬼の力によりて地にひかれ、或ひはふさぎにさへられて倒れ、やがて身を起せども、おのがたふれし次第をしらねば 一一二―
うけし大いなる苦しみのためいたくまどひて目をうちひらき、あたりを見つゝ歎くことあり ―一一七
起き上れる罪人つみびとのさままた斯くの如くなりき、あゝ仇を報いんとてかくはげしく打懲す神の威力ちからはいかにきびしきかな 一一八―一二〇
導者この時彼にその誰なるやを問へるに、答へて曰ひけるは、我は往日さきつひトスカーナよりこのおそろしき喉の中にり下れる者なり 一二一―一二三
我は騾馬なりければまたこれに傚ひて人にはあらで獸の如く世をおくるを好めり、我はヴァンニ・フッチといふ獸なり、しかして 一二四―
ピストイアは我にふさはしき岩窟いはあななりき、われ導者に、彼ににぐる勿れといひ、また彼をこゝに陷らしめしは何の罪なるやを尋ねたまへ
わが見たるところによれば彼は血と怒りの人なりき、この時罪人これを聞きていつはらず、心をも顏をも我にむけ、悲しき恥に身を彩色いろどりぬ ―一三二
かくて曰ひけるは、かゝる禍ひの中にて汝にあへる悲しみは、わがかの世をうばゝれし時よりも深し 一三三―一三五
我は汝の問を否むあたはず、わがかく深く沈めるは飾美しき寺の寶藏みくらの盜人たりし故なりき 一三六―一三八
またこの罪嘗てあやまりて人に負はされしことあり、されど汝此等の暗き處をいづるをえてわがさまをみしを喜びとなすなからんため 一三九―一四一
耳を開きてわがうちあかすことを聞け、まづピストイアは黒黨ネーリを失ひて痩せ、次にフィオレンツァは民と習俗ならはしあらたにすべし 一四二―一四四
マルテはヴァル・ヂ・マーグラより亂るゝ雲につゝまれし一の火氣をひきいだし、嵐劇しくすさまじく 一四五―一四七
カムポ・ピチェンに戰起りて、この者たちまち霧をつんざき、白黨ビアンキ悉くこれに打たれん 一四八―一五〇
我これをいふは汝に憂ひあらしめんためなり 一五一―一五三


   第二十五曲

かたりをはれる時かの盜人雙手もろてを握りて之を擧げ、叫びて曰ひけるは、受けよ神、我汝にむかひてこれを延ぶ 一―三
此時よりこの方蛇はわが友なりき、一匹ひとつはこの時彼の頸にからめり、そのさまさながら我は汝にまた口をきかしめずといへるに似たりき 四―六
また一匹ひとつはその腕にからみてはじめの如く彼をいましめ、かつ身をかたくその前に結びて彼にすこしも之を動かすをゆるさゞりき 七―九
あゝピストイアよ、ピストイアよ、汝の惡を行ふことおのが祖先の上に出づるに、何ぞ意を決して己を灰し、あとを世に絶つにいたらざる 一〇―一二
我は地獄の中なる諸※(二の字点、1-2-22)の暗きひとやを過ぎ、然も神にむかひてかく不遜なる魂を見ず、テーべの石垣より落ちし者だに之に及ばじ 一三―一五
かれ物言はで逃去りぬ、此時我は怒り滿々みち/\し一のチェンタウロ、何處いづこにあるぞ、執拗かたくななる者何處にあるぞとよばはりつゝ來るを見たり 一六―一八
思ふに彼が人のかたちつらなれるところまでその背に負へるとき多くの蛇はマレムマの中にもあらぬなるべし 一九―二一
肩の上うなじうしろには一の龍翼をひらきて蟠まり、いであふ者あればみなこれを燒けり 二二―二四
わが師曰ひけるは、こはカーコとてアヴェンティーノ山の巖の下にしばしば血のうみを造れるものなり 二五―二七
彼はその兄弟等と一の路を行かず、こは嘗てその近傍あたりにとゞまれる大いなる家畜けものの群を謀りて掠めし事あるによりてなり 二八―三〇
またこの事ありしため、そのゆがめるおこなひはエルクレの棒に罹りて止みたり、恐らくは彼百を受けしなるべし、然もその十をも覺ゆる事なかりき 三一―三三
彼斯く語れる間(彼過ぎゆけり)みつの魂我等の下に來れるを我も導者もしらざりしに 三四―三六
彼等さけびて汝等は誰ぞといへり、我等すなはち語ることをやめ、今は心を彼等にのみとめぬ 三七―三九
我は彼等を識らざりき、されど世にはかゝること偶然ふとある習ひとて、そのひとり、チヤンファはいづこに止まるならんといひ 四〇―四二
その侶の名を呼ぶにいたれり、この故に我は導者の心をひかんためわが指を上げておとがひと鼻の間におきぬ 四三―四五
讀者よ、汝いまわがいふことをたやすく信じえずともあやしむにたらず、まのあたりみし我すらもなほうけいるゝこと難ければ 四六―四八
我彼等にむかひて眉をあげゐたるに、六の足ある一匹の蛇そのひとりの前に飛びゆきてひたと之にからみたり 四九―五一
中足なかあしをもて腹を卷き前足をもて腕をとらへ、またかなたこなたの頬を噛み 五二―五四
後足あとあしもゝに張り、尾をそのあひより後方うしろにおくり、ひきあげて腰のあたりに延べぬ 五五―五七
木にからつたといへどもかの者の身にまつはれる恐ろしき獸のさまにくらぶれば何ぞ及ばん 五八―六〇
かくて彼等は熱をうけし蝋のごとく着きてその色をまじへ、彼も此も今は始めのものにあらず 六一―六三
さながらくろずみてしかも黒ならぬ色の炎にさきだちて紙をつたはり、白は消えうするごとくなりき 六四―六六
殘りの二者ふたり之を見て齊しくさけびて、あゝアーニエルよ、かくも變るか、見よ汝ははやふたつにも一にもあらずといふ 六七―六九
二の頭既に一となれる時、二のかたちいりまじりて一の顏となり二そのうちに失せしもの我等の前にあらはれき 七〇―七二
四のきれより二の腕成り、もゝはぎはらむねはみな人の未だみたりしことなき身となれり 七三―七五
もとの姿はすべて消え、異樣のかたちは二にみえてしかも一にだにみえざりき、さてかくかはりて彼はしづかに立去れり 七六―七八
三伏の大なるしもとの下に蜥蜴籬とかげまがきへ、路を越ゆれば電光いなづまとみゆることあり 七九―八一
色青を帶びて黒くさながら胡椒のつぶに似たる一の小蛇の怒りにもえつゝ殘る二者ふたりの腹をめざして來れるさままたかくの如くなりき 八二―八四
この蛇そのひとりの、人はじめて滋養やしなひをうくる處を刺し、のち身を延ばしてその前にたふれぬ 八五―八七
刺されし者これを見れども何をもいはず、睡りか熱に襲はれしごとく足をふみしめてあくびをなせり 八八―九〇
彼は蛇を蛇は彼を見ぬ、彼は傷より此は口よりはげしく烟を吐き、烟あひまじれり 九一―九三
ルカーノは今よりもだして幸なきサベルロとナッシディオのことを語らず、心をとめてわがこゝに説きいづる事をきくべし 九四―九六
オヴィディオもまた默してカードモとアレツーザの事をかたるなかれ、かれ男を蛇に女を泉に變らせ、之を詩となすともわれ羨まじ 九七―九九
そは彼ふたつの自然をあひむかひて變らしめ兩者の形あひ待ちてその質を替ふるにいたれることなければなり 一〇〇―一〇二
さて彼等の相應ぜること下の如し、蛇はその尾を割きてまたとし、傷を負へる者は足を寄せたり 一〇三―一〇五
はぎは脛ともゝは股と固く着き、そのあはせめ、みるまにみゆべき跡をとゞめず 一〇六―一〇八
われたる尾は他の失へる形をとりてはだへ軟らかく、他のはだへはこはばれり 一〇九―一一一
我またふたつかひな腋下に入り、此等の縮むにつれて獸の短き二の足伸びゆくをみたり 一一二―一一四
また二の後足あとあしれて人の隱すものとなり、幸なき者のは二にわかれぬ 一一五―一一七
あらたなる色をもて彼をも此をも蔽ひ、これに毛をえしめ、かれの毛をうばふあひだに 一一八―一二〇
これ立ちかれ倒る、されどなほ妄執まうしふの光をらさず、そのもとにておのおの顏を變へたり 一二一―一二三
立ちたる者顏を後額こめかみのあたりによすれば、より來れるざい多くして耳たひらなる頬の上に出で 一二四―一二六
後方うしろに流れずとゞまれるものはそのあまりをもて顏に鼻を造り、またほどよく唇を厚くせり 一二七―一二九
伏したる者は顏を前方まへに逐ひ、角ををさむる蝸牛の如く耳を頭にひきいれぬ 一三〇―一三二
またさきに一にて物言ふをえし舌は裂け、わかれし舌は一となり、烟こゝに止みたり 一三三―一三五
獸となれる魂はその聲あやしく溪に沿ひてにげゆき、殘れる者は物言ひつゝその後方うしろつばはけり 一三六―一三八
かくて彼新しき背を之にむけ、侶に曰ひけるは、願はくはブオソのわがなせしごとく匍匐はらばひてこの路を走らんことを 一三九―一四一
我は斯く第七の石屑いしくづの變り入替いりかはるさまをみたりき、わが筆少しく亂るゝあらば、請ふ人ことの奇なるをおもへ 一四二―一四四
またわが目には迷ひありわが心には惑ひありしも、かの二者ふたり我にかくれて逃ぐるをえざれば 一四五―一四七
我はひとりのプッチオ・シヤンカートなるをさだかに知りき、さきに來れるみたりの伴侶なかまの中にて變らざりしはこの者のみ 一四八―一五〇
またひとりは、ガヴィルレよ、いまも汝をいたましむ 一五一―一五三


   第二十六曲

フィオレンツァよ、汝はいと大いなるものにて翼を海陸の上にち汝の名遍く地獄にくがゆゑに喜べ 一―三
我は盜人の中にて汝のきはたか邑民まちびと五人いつたりをみたり、我之を恥とす、汝もまた之によりて擧げられて大いなる譽を受くることはあらじ 四―六
されどあかつきの夢正夢ならば、プラート(その他はもとより)の汝のためにこひもとむるもの程なく汝に臨むべし、また今既にこの事ありとも 七―九
早きに過ぎじ、事避くべきに非ざれば若かず速に來らんには、そはわが年の積るに從ひ、この事の我を苦しむる愈※(二の字点、1-2-22)大なるべければなり 一〇―一二
我等この處を去れり、わが導者はさきに下れる時我等のきだとなれる巖角いはかどを傳ひて上りまた我をひけり 一三―一五
かくて石橋の上なる小岩大岩の間のさびしき路を進みゆくに手をからざれば足もかひなし 一六―一八
この時我は悲しめり、わがみしものに心をむくれば今また憂へ、才を制することつねを超ゆ 一九―二一
これわが才、徳の導きなきに走り、善き星または星より善きものこの寶を我に與へたらんに、我自ら之を棄つるなからんためなり 二二―二四
たとへば世界を照すもの顏を人にかくすこといと少なき時、をかの上に休む農夫が 二五―二七
蚊の蠅に代るころはひ、下なる溪間たにま恐らくはおのが葡萄を採りかつ耕す處に見る螢の如く 二八―三〇
數多き炎によりて第八のボルジヤはすべて輝けり、こはわがその底のあらはるゝ處にいたりてまづ目をとめしものなりき 三一―三三
またたとへば熊によりてその仇をむくいしものが、エリアの兵車の去るをみし時の如く(この時その馬天にむかひて立上り 三四―三六
彼目をこれに注げども、みゆるはたゞ一抹の雲の如く高く登りゆく炎のみなりき) 三七―三九
焔はいづれもほりの喉を過ぎてすゝみ、いづれもひとりの罪人つみびとを盜みてしかもぬすみをあらはすことなかりき 四〇―四二
我は見んとて身を伸べて橋の上に立てり、さればもし一の大岩をとらへざりせば押さるゝをもまたで落ち下れるなるべし 四三―四五
導者はわがかく心をとむるをみていひけるは、火の中に魂あり、いづれも己を燒くものに卷かる 四六―四八
我答へて曰ひけるは、わが師よ、汝の言によりてこの事いよ/\さだかになりぬ、されど我またかくおしはかりて既に汝に 四九―
エテオクレとその兄弟との荼毘だびの炎の如く上方うへわかれたる火につゝまれてこなたに來るは誰なりやといはんとおもひたりしなり ―五四
彼答へて我に曰ふ、かしこに苛責せらるゝはウリッセとディオメーデなり、ともに怒りにむかへるごとくまたともに罰にむかふ 五五―五七
かの焔の中に、彼等は門を作りてローマびとのたふとき祖先をこゝよりいでしめし馬の伏勢ふせぜいいたみ 五八―六〇
かしこにアキルレのためにいまなほデイダーミアを歎くにいたらしめし詭計たくみをうれへ、またかしこにパルラーディオの罰をうく 六一―六三
我曰ふ、彼等かの火花のなかにて物言ふをえば、師よ、我ひたすらに汝に請ひまた重ねて汝に請ふ、さればこの請ひ千度ちたびの請ひを兼ねて 六四―六六
汝は我につのある焔のこゝに來るを待つを否むなかれ、我わが願ひのためにみたまふ如く身をかなたにまぐ 六七―六九
彼我に、汝の請ふところ甚だ善し、この故に我これを容る、たゞ汝舌を愼しめ 七〇―七二
我既に汝の願ひをさとりたれば語ることをば我にまかせよ、そは彼等はギリシアびとなりしがゆゑに恐らくは汝の言を侮るべければなり 七三―七五
焔近づくにおよびて導者は時と處をはかり、これにむかひていひけるは 七六―七八
あゝ汝等二の身にて一の火の中にあるものよ、我生ける時汝等の心に適ひ、高き調しらべを世にしるして 七九―
たとひいさゝかなりとも汝等の心に適へる事あらば、請ふ過ぎゆかず、汝等の中ひとり路を失ひて後いづこに死處をえしやを告げよ ―八四
年へし焔の大いなる角、風になやめる焔のごとくかすかに鳴りてうちゆらぎ 八五―八七
かくて物いふ舌かとばかりかなたこなたにさきをうごかし、聲を放ちていひけるは 八八―
一年ひとゝせあまりガエタ(こはエーネアがこの名を與へざりしさきの事なり)に近く我をかくせしチルチェと別れ去れる時 ―九三
子の慈愛いつくしみ、老いたる父の敬ひ、またはペネローペを喜ばしうべかりし夫婦めをとの愛すら 九四―九六
世の状態さま人の善惡を味はひしらんとのわがつよきねがひにかちがたく 九七―九九
我はたゞ一艘の船をえて我を棄てざりし僅かのともと深き濶き海に浮びぬ 一〇〇―一〇二
スパニア、モロッコにいたるまで彼岸をも此岸をも見、またサールディニア島及び四方この海に洗はるゝほかの島々をもみたり 一〇三―一〇五
人の越ゆるなからんためエルクレがしるしをたてしせまき口にいたれるころには 一〇六―
我も侶等もはや年老いておそかりき、右にはわれシビリアをはなれ左には既にセッタをはなれき ―一一一
我曰ふ、あゝ千萬ちよろづ危難あやふきを經て西にきたれる兄弟たちよ、なんぢら日を追ひ 一一二―
殘るみじかき五官の覺醒めざめに人なき世界をしらしめよ、汝等起原もとをおもはずや
汝等は獸のごとく生くるため造られしものにあらず、徳と知識を求めんためなり ―一二〇
わがこの短きことばをきゝて侶は皆いさみて路に進むをねがひ、今はたとひとゞむとも及び難しとみえたりき 一二一―一二三
かゝればともを朝にむけ、櫂を翼として狂ひ飛び、たえず左に舟を寄せたり 一二四―一二六
夜は今南極のすべての星を見、北極はいと低くして海のゆかより登ることなし 一二七―一二九
我等難路に入りしよりこのかた、月下の光五度いつたび冴え五度消ゆるに及べるころ 一三〇―一三二
かなたにあらはれし一の山あり、程遠ければ色薄黒く、またその高さはわがみし山のいづれにもまさるに似たりき 一三三―一三五
我等は喜べり、されどこの喜びはたゞちに歎きに變れり、一陣の旋風新しきくがより起りて船の前面おもてをうち 一三六―一三八
あらゆる水と共に三度みたびこれにめぐらし四度よたびにいたりてそのともを上げへさきを下せり(これ天意みこゝろの成れるなり) 一三九―一四一
遂に海は我等の上に閉ぢたりき 一四二―一四四


   第二十七曲

語りをはれるため、焔はすでに上にむかひて聲なく、またやさしき詩人の許しをうけてすでに我等を離れし時 一―三
そのうしろより來れるほかの焔あり、不律の音を中より出して我等の目をそのさきにむけしめき 四―六
たとへばシチーリアの牡牛が(こはやすりをもて己を造れる者の歎きをその初聲はつごゑとなせる牛なり、またかくなせるや好し) 七―九
苦しむ者の聲によりて鳴き、あかがねうつはあたかも苦患なやみに貫かるゝかと疑はれし如く 一〇―一二
はじめは火に路も口もなく、憂ひのことばかはりて火のことばとなれるも 一三―一五
遂に路をえて登りさきにいたれる時、こゝにその過ぐるにのぞみて舌よりうけし動搖ゆるぎを傳へ 一六―一八
いひけるは、わが呼ぶ者よ、またいまロムバルディアの語にていざゆけ我また汝を責めずといへる者よ 一九―二一
我おくれて來りぬとも請ふ止まりて我とかたるを厭ふなかれ、わが燃ゆれどもなほ之を厭はざるを見よ 二二―二四
汝若しわが持來れるすべての罪を犯せる處、かのうるはしきラチオの國よりいまこのめしひの世に落ちたるならば 二五―二七
ローマニヤびとのなかに和ありや戰ひありや我に告げよ、我はウルビーノとテーヴェレの源なる高嶺たかねとの間の山々にすめる者なればなり 二八―三〇
我はなほ心を下にとめ身をまげゐたるに、導者わが脇に觸れ、汝語るべしこれラチオの者なりといふ 三一―三三
この時既にわが答成りければ我ためらはずかたりていふ、下にかくるゝたましひよ 三四―三六
汝のローマニヤには今も昔の如く暴君等の心の中に戰ひたえず、たゞわが去るにあたりて顯著あらはなるものなかりしのみ 三七―三九
ラヴェンナはいまも過ぬる幾年いくとせとかはらじ、ポレンタの鷲これをあたゝめ、その翼をもてさらにチェルヴィアを覆ふ 四〇―四二
嘗て長き試みに耐へ、フランスびとの血染めのつかを築けるまちは今緑の足の下にあり 四三―四五
モンターニアをしひたげし古き新しきヴェルルッキオの猛犬あらいぬもとの處にゐてその齒をきりとす 四六―四八
夏より冬に味方を變ふる白巣しろすの小獅子はラーモネとサンテルノの二のまちを治む 四九―五一
またサーヴィオに横を洗はるゝものは野と山の間にあると等しく暴虐と自由の國の間に生く 五二―五四
さて我こゝに汝に請ふ、我等に汝の誰なるやを告げよ、人にまさりて頑ななるなかれ、(かくて願はくは汝の名世に秀でんことを) 五五―五七
火はその習ひにしたがひてしばらく鳴りて後とがれるさきをかなたこなたに動かし、氣息いきを出していひけるは 五八―六〇
我若しわが答のまた世に歸る人にきかるとおもはゞこの焔はとゞまりてふたゝびゆらめくことなからん 六一―六三
されどわがきくところまことならば、この深處ふかみより生きて還れる者なきがゆゑに、我汝に答ふとも恥をかうむるの恐れなし 六四―六六
我は武器の人なりしがのち帶紐僧コルヂーリエロとなれり、こはかく帶して罪を贖はんとおもひたればなり、また我を昔の諸惡にかへらしめし 六七―六九
かの大いなる僧(禍ひ彼にあれ)なかつせばわれこの思ひの成れるを疑はず、されば請ふ事の次第と濫觴おこりとをきけ 七〇―七二
我未だ母の與へし骨と肉とをとゝのへる間、わがおこなひは獅子に似ずして狐に似たりき 七三―七五
我は惡計たくらみ拔道ぬけみちをすべてしりつくし、これらのわざをおこなひてそのきこえ地のはてにまで及べり 七六―七八
わがよはひすゝみて人おの/\その帆をおろし綱をまきをさむる時にいたれば 七九―八一
さきにうれしかりしものいまはうるさく、我は悔いまた自白して身を棄てき、かくして救ひの望みはありしをあゝさちなし 八二―八四
第二のファリセイびとの王ラテラーノに近くいくさを起し、(こはサラチーノ人またはジュデーア人との戰ひにあらず 八五―八七
その敵はいづれも基督教徒クリスティアーノにてしかもその一人ひとりだにアークリに勝たんとてゆきまたはソルダーノの地に商人あきびとたりしはなし) 八八―九〇
おのが至高の職をも緇衣の分をもおもはず、また帶ぶるものいたく瘠するを常とせしひものわが身にあるをも思はず 九一―九三
あたかもコスタンティーンが癩を癒されんとてシルヴェストロをシラッティに訪へる如く、たかぶりの熱を癒されんとて 九四―
この者我をくすしとして訪へり、彼我に謀を求め我はもだせり、そのことば醉へるに似たりければなり ―九九
この時彼我に曰ふ、汝心に懼るゝ勿れ、今よりのち我汝の罪を宥さん、汝はペネストリーノを地に倒さんためわがなすべき事を我に教へよ 一〇〇―一〇二
汝の知る如く我は天を閉ぢまた開くをうるなり、この故にかぎ二あり、こは乃ち我よりさきに位にありしものゝ尊まざりしものなりき 一〇三―一〇五
此時この力ある説我をそゝのかして、默すのかへつてあしきを思はしむるにいたれり、我即ちいひけるは、父よ、汝は 一〇六―
わがおちいらんとする罪を洗ひて我を淨むるが故に知るべし、長く約し短く守らば汝高きくらゐにありて勝利かちとなふることをえん ―一一一
我死せる時フランチェスコ來りて我をれんとせしに、黒きケルビーニのひとり彼に曰ひけるは彼を伴ふ勿れ、我に非をなす勿れ 一一二―一一四
彼は下りてわが僕等と共にあるべし、これ僞りの謀を授けしによる、この事ありてより今に至るまで我その髮にとゞまれり 一一五―一一七
悔いざる者は宥さるゝをえず、悔いと願ひとはその相反すること障礙しやうげとなりて並び立ちがたし 一一八―一二〇
あゝ憂ひの身なるかな、彼我を捉へて汝は恐らくはわが論理にくるをしらざりしなるべしといへる時わがをのゝけることいかばかりぞや 一二一―一二三
彼我をミノスにおくれるに、この者八度やたび尾を堅き背に捲き、激しく怒りて之を噛み 一二四―一二六
こは盜む火の罪人等の同囚なかまなりといへり、さればみらるゝ如く我こゝに罰をうけてこの衣を着、憂ひの中に歩あゆみすゝむ 一二七―一二九
さてかく語りをはれる時、炎は歎きつゝその尖れる角をゆがめまた振りて去りゆけり 一三〇―一三二
我もわが導者もともに石橋をわたりて進み、一の濠を蔽へる次の弓門アルコの上にいたれり、この濠の中には 一三三―一三五
分離を釀して重荷を負ふものその負債おひめをつくのへり 一三六―一三八


   第二十八曲

たとひきづななきことばをもちゐ、またしば/\かたるとも、此時わが見し血と傷とを誰かはおちなく陳べうべき 一―三
をさむべきことかく多くして人のことば記憶には限りあれば、いかなる舌といふとも思ふに必ず盡しがたし 四―六
命運さだめなきプーリアの地に、トロイアびとのため、また誤ることなきリヴィオのしるせるごとくいと多くの指輪を 七―
捕獲物えものとなせし長き戰ひによりて、そのかみその血を歎ける民みなふたゝびよりつどひ ―一二
またロベルト・グイスカールドを防がんとてやいばのいたみを覺えし民、プーリア人のすべて不忠となれる處なるチェペラン 一三―
およびターリアコッツォのあたり、乃ち老いたるアーラルドが素手すでにて勝利かちをえしところにいまなほ骨を積重ぬる者之に加はり ―一八
ひとりは刺されし身ひとりは斷たれし身をみすとも、第九のボルジヤの汚らはしきさまにはくらぶべくもあらぬなるべし 一九―二一
我見しにひとりおとがひより人の放屁する處までたちわられし者ありき、中板なかいたまたは端板はしいたを失へる樽のやぶれもげにこれに及ばじ 二二―二四
はらわたは二のはぎの間に垂れ、また内臟と呑みたるものをふんとなすきたなふくろはあらはれき 二五―二七
我は彼を見んとてわが全心を注ぎゐたるに、彼我を見て手をもて胸をひらき、いひけるは、いざわが裂かれしさまをみよ 二八―三〇
マオメットの斬りくだかれしさまをみよ、おとがひより額髮まで顏を斬られて歎きつゝ我にさきだちゆくはアーリなり 三一―三三
そのほか汝のこゝにみる者はみな生ける時不和分離の種を蒔けるものなり、この故にかく截らる 三四―三六
後方うしろに一の鬼ありて、我等憂ひの路をめぐりはつればこの群の中なるものを再び悉く劒のにかけ 三七―
かくむごく我等をよそふふ、我等再びその前を過ぐるまでには傷すべてふさがればなり ―四二
されど汝は誰なりや、石橋の上よりながむるはおもふに汝の自白によりて定められたる罰に就くを延べんためならん 四三―四五
わが師答ふらく、死未だ彼に臨まず、また罪彼を苛責に導くにあらず、たゞその知ることあまねきをえんため 四六―四八
死せる我彼を導いて地獄を過ぎ、圈また圈をつたひてこゝに下るにいたれるなり、この事のまことなるはわが汝に物言ふことの眞なるに同じ 四九―五一
此言を聞ける時、あやしみのあまり苛責をわすれ、我を見んとて濠の中に止まれる者そのかず百を超えたり 五二―五四
さらば汝ほどなく日を見ることをうべきに、フラー・ドルチンに告げて、彼もしいそぎ我を追ひてこゝに來るをねがはずば 五五―
雪のかこみが、たやすく得べきにあらざる勝利かちをノヴァーラ人に與ふるなからんため糧食かてを身のかためとなせといへ ―六〇
すでにゆかんとしてその隻脚かたあしをあげし後、マオメットかく我に曰ひ、さて去らんとてこれを地に伸ぶ 六一―六三
またひとり喉を貫かれ、鼻を眉の下までかれ、また耳をたゞ一のみ殘せるもの 六四―六六
衆と共にあやしみとゞまりてうちまもりゐたりしが、その外部そとことごとく紅なる喉吭のどぶえを人よりさきにひらきて 六七―六九
いひけるは、罪ありて罰をうくるにあらず、また近似によりの我を欺くにあらずばうへなるラチオの國にてかつて見しことある者よ 七〇―七二
汝歸りてヴェルチェルリよりマールカーボに垂るゝ麗しき野を見るをえば、ピエール・ダ・メディチーナの事を忘れず 七三―七五
ファーノの中のいと善き二人ふたりメッセル・グイードならびにアンジオレルロに、我等こゝにて先を見ることいたづらならずば 七六―
ひとりの殘忍非道の君信を賣るをもて彼等その船より投げられ、ラ・カットリーカに近く沈めらるべしと知らしめよ ―八一
チープリとマイオリカの二の島の間に、海賊によりても希臘人アルゴスびとによりてもかゝる大罪の行はるゝをネッツーノだに未だ見ず 八二―八四
かの一をもて物を見、かつわが同囚なかまのひとりにみざりしならばよかりしをとおもはしむるまちの君なる信なき者 八五―八七
はかることありとて彼等を招き、かくしてフォカーラの風のためなる誓ひも祈りも彼等に用なきにいたらしむべし 八八―九〇
我彼に、わが汝の消息おとづれうへに齎らすをねがはゞ、見しことを痛みとするは誰なりや我に示しかつ告げよ 九一―九三
この時彼手を同囚なかまのひとりの※(「鰐」の「魚」に代えて「月」、第3水準1-90-51)あぎとにかけて口をあけしめ、叫びて、これなり、物いはず 九四―九六
彼は逐はれて後チェーザレに説き、人そなへ成りてなほためらはゞ必ず損害そこなひをうくといひてその疑ひを鎭めしことありきといふ 九七―九九
かく臆することなく物言ひしクーリオも舌を喉吭のどぶえより切放たれ、その驚き怖るゝさまげにいかにぞや 一〇〇―一〇二
こゝにひとり手をふたつともに斷たれしもの、殘りの腕を暗闇のさにさゝげて顏を血に汚し 一〇三―一〇五
さけびていふ、汝また幸なくも事行はれて輙ち成るといへるモスカをおもへ、わがかくいへるはトスカーナの民の禍ひの種なりき 一〇六―一〇八
この時我は詞を添へて、また、汝の宗族うからの死なりきといふ、こゝにおいて憂へ憂ひに加はり、彼は悲しみ狂へる人の如く去れり 一〇九―一一一
されど我はなほ群をみんとてとゞまり、こゝに一のものをみたりき、若しほかにあかしなくさりとて良心 一一二―
(自ら罪なしと思ふ思ひを鎧として人に恐るゝことなからしむる善き友)の我をつよくするあらずば、我は語るをさへおそれしなるべし ―一一七
げに我はくびなき一のからだの悲しき群にまじりてその行くごとくゆくを見たりき、また我いまもこれをみるに似たり 一一八―一二〇
この者切られし首の髮をとらへてあたかも提燈ちようちんの如く之をおのが手につるせり、首は我等を見てあゝ/\といふ 一二一―一二三
からだは己のために己をともしびとなせるなり、彼等は二にて一、一にて二なりき、かゝる事のいかであるやはかく定むるもの知りたまふ 一二四―一二六
まさしく橋下に來れる時、この者そのことばの我等に近からんため腕を首と共に高く上げたり 一二七―一二九
さてその言にいふ、氣息いきをつきつゝ死者を見つゝゆく者よ、いざこの心憂き罰を見よ、かく重きものほかにもあるや否やを見よ 一三〇―一三二
また汝わが消息おとづれをもたらすをえんため、我はベルトラム・ダル・ボルニオとて若き王に惡を勸めし者なるをしるべし 一三三―一三五
乃ち我は父と子とを互に背くにいたらしめしなり、アーキトフェルがアブサロネをよからぬ道にそゝのかしてダヴィーデに背かしめしも 一三六―
この上にはいでじ、かくあへる人と人とを分てるによりて、わが腦はあはれこのからだの中なるその根元もとより分たれ、しかして我これを携ふ ―一四一
應報のおきて乃ち斯くの如くわが身に行はる 一四二―一四四


   第二十九曲

多くの民もろ/\の傷はわが目を醉はしめ、目はとゞまりて泣くをねがへり 一―三
されどヴィルジリオ我に曰ふ、汝なほ何を凝視みつむるや、何ぞなほ汝の目を下なる幸なき斬りくだかれし魂の間にそゝぐや 四―六
ほかのボルジヤにては汝かくなさゞりき、もし彼等をかぞへうべしとおもはゞこの溪周圍めぐり二十二ミーリアあるをしるべし 七―九
月は既に我等の足の下にあり、我等にゆるされし時はや殘り少なきに、この外にもなほ汝の見るべきものぞあるなる 一〇―一二
我之を聞きて答へて曰ふ、汝わがうちまもりゐたりし事のよしに心をとめしならんには、わがなほ止まるを許し給ひしなるべし 一三―一五
かくかたる間も導者はすゝみ我は答へつゝうしろに從ひ、さらにいひけるは 一六―
わが目をとめし岩窟いはあなの中には、おもふにかく價高き罪をいたむわが血縁の一の靈あり ―二一
この時師曰ひけるは、汝今より後思ひを彼のために碎くなかれ、心をほかの事にとめて彼をこゝに殘しおくべし 二二―二四
我は小橋のもとにて彼の汝を指示さししめし、指をもていたく恐喝おびやかすを見たり、我またそのジェリ・デル・ベルロと呼ばるゝを聞けり 二五―二七
汝は此時嘗てアルタフォルテの主なりしものにのみ心奪はれたればかしこを見ず、彼すなはち去れるなり 二八―三〇
我曰ふ、わが導者よ、彼はその横死の怨みのいまだ恥をわかつものによりて報いられざるを憤り 三一―
はかるにこれがために我とものいはずしてゆけるなるべし、我またこれによりて彼を憐れむこといよ/\深し ―三六
斯く語りて我等は石橋のうち次の溪はじめてみゆる處にいたれり、光こゝに多かりせばその底さへみえしなるべし 三七―三九
我等マーレボルジェの最後の僧院の上にいで、その役僧等やくそうたち我等の前にあらはれしとき 四〇―四二
憂ひのやじりをその矢につけし異樣の歎聲なげき我を射たれば我は手をもて耳を蔽へり 四三―四五
七月九月の間に、ヴァルディキアーナ、マレムマ、サールディニアの施療所せれうじよより諸※(二の字点、1-2-22)の病みな一の濠にあつまらば 四六―
そのなやみこの處のごとくなるべし、またこゝより來る惡臭をしうは腐りたる身よりいづるものに似たりき ―五一
我等は長き石橋より最後の岸の上にくだり、つねの如く左にむかふにこの時わが目あきらかになりて 五二―五四
底のかたをもみるをえたりき、こはたふときみかど使者つかひなる誤りなき正義がその世に名をしるせる驅者かたり等を罰する處なり 五五―五七
思ふに昔エージナの民の悉く病めるをみる悲しみといへども、(この時空に毒滿ちて小さき蟲にいたるまで 五八―
生きとし生けるもの皆斃る、しかして詩人等のまこととみなすところによればこの後古の民
蟻のやからよりふたゝびもとのさまにかへさる)、この暗き溪の中にあまたのたばをなして衰へゆく魂を見る悲しみにまさらじ ―六六
ひとりはうつむきて臥し、ひとりは同囚なかまの背にもたれ、ひとりはよつばひになりてこの悲しみの路をゆけり 六七―六九
我等は病みて身をあぐるをえざる此等の者を見之に耳をかたむけつつことばはなくてしづかに歩めり 七〇―七二
こゝにわれ鍋の鍋にもたれて熱をうくる如く互に凭れて坐しゐたる二人ふたりの者を見き、その頭より足にいたるまで瘡斑點かさまだらをなせり 七三―七五
その痒きことかぎりなく、さりとてほかに藥なければ、彼等はしば/\おのが身を爪に噛ましむ 七六―
きみを待たせし厩奴うまやもりまたは心ならず目をさましゐたる僕の馬梳うまぐしを用ふるもかくはやきはいまだみず ―八一
爪のかさぶたを掻き落すことたとへば庖丁の鯉またはこれより鱗大なる魚の鱗をかきおとすごとくなりき 八二―八四
わが導者そのひとりにいひけるは、指をもて鎧を解きかくしてしば/\これを釘拔にかゆる者よ 八五―八七
このなかなる者のうちにラチオびとありや我等に告げよ、(かくて願はくは汝の爪永遠とこしへにこのいたづきに堪へなんことを) 八八―九〇
かの者泣きつゝ答へて曰ひけるは、かく朽果てし姿をこゝに見する者はともにラチオ人なりき、されど我等の事をたづぬる汝は誰ぞや 九一―九三
導者曰ふ、我はこの生くる者と共に岩また岩をくだるものなり、我彼に地獄を見せんとす 九四―九六
この時互のさゝへくづれておの/\わなゝきつゝ我にむかへり、また洩れ聞けるほかの者等もかくなしき 九七―九九
善き師身をいとちかく我によせ、汝のおもふことをすべて彼等にいへといふ、我乃ちその意に從ひて曰ひけるは 一〇〇―一〇二
ねがはくは第一の世にて汝等の記憶人の心をはなれず多くの日輪の下にながらへんことを 一〇三―一〇五
汝等誰にて何の民なりや我に告げよ、罰の見苦しく厭はしきをおもひて我に身をかすをおそるゝなかれ 一〇六―一〇八
そのひとり答へて曰ふ、我はアレッツオの者なりき、アールベロ・ダ・シエーナによりてわれ火にかゝるにいたれるなり、されど 一〇九―
我をこゝに導けるは我を死なしめし事に非ず、我戲れに彼に告げて空飛ぶすべをしれりといひ、彼はまた事を好みて智乏しき者なりければこのわざを示さん事を我に求め、たゞわが彼をデーダロたらしめざりし故により彼を子となす者に我を燒かしめしはまことなり ―一一七
されど過つあたはざるミノスが我を十の中なる最後のボルジヤに陷らしめしはわが世に行へる錬金の術によりてなりき 一一八―一二〇
われ詩人に曰ひけるは、そも事を好むシエーナ人の如き民かつて世にありしや、げにフランスびとといへどもはるかにこれにおよばじ 一二一―一二三
此時いまひとりの癩を病める者かくいふをきゝてわが言に答へて曰ひけるは、つひえを愼しむすべしれるストリッカ 一二四―
丁子ちやうじねざす園の中にその奢れるもちゐをはじめて工夫くふうせしニッコロを除け ―一二九
また葡萄畑と大なる林とを蕩盡つかひはたせしカッチア・ダシアーンおよびその才を時めかせしアツバリアート等の一隊を除け 一三〇―一三二
されどかく汝に與してシエーナ人にさからふ者の誰なるやをしるをえんため、目を鋭くして我にむかへ、さらばわが顏よく汝に答へ 一三三―一三五
汝はわが錬金の術によりて諸※(二の字点、1-2-22)かねを詐り變へしカポッキオの魂なるをみん、またわが汝を見る目に誤りなくば、汝は思ひ出づるなるべし 一三六―一三八
我は巧みに自然を似せしましらなりしを 一三九―一四一


   第三十曲

テーベの血セーメレの故によりユノネの怒りに觸れし時(その怒りをあらはせることしば/\なりき) 一―三
いたく狂へるアタマンテはその妻が二人ふたり男子をとこのこを左右の手に載せてゆくを見て 四―六
我等網を張らむ、かくしてわれ牝獅子と獅子の仔をその路にてとらへんとさけび、非情の爪をのばし 七―九
そのひとり名をレアルコといへるを執らへ、ふりまはして岩にうちあて、また女は殘れる荷をもて自ら水に溺れにき 一〇―一二
また何事をもおそれず行へるトロイアびとの僭上命運の覆すところとなりて、王その王土と共に亡ぶにいたれる時 一三―一五
悲しき、あぢきなき、囚虜とらはれの身のエークバは、ポリッセーナの死せるをみ、またこのなやめる者その子ポリドロを 一六―
海のほとりにみとめ、憂ひのために心亂れ、その理性さとりをうしなひて犬の如く吠えたりき ―二一
されど物にやどりて獸または人の身を驅るテーベ、トロイアの怒りの猛きも 二二―
わが蒼ざめて裸なる二の魂の中にみし怒りには及ばじ、彼等は恰もをりを出でたる豚の如く且つ噛み且つ走れり ―二七
その一はカポッキオにちかづき、牙をうなじにたてゝ彼を曳き、堅き底を腹にらしむ 二八―三〇
震ひつゝ殘れるアレッツオの者我に曰ひけるは、かの魔性の魑魅すだまはジャンニ・スキッキなり、狂ひめぐりてかく人をあしらふ 三一―三三
我彼に曰ふ、(願はくはいま一の者汝に齒をたつるなからんことを)請ふ此者の誰なるやをそのはせさらぬまに我に告げよ 三四―三六
彼我に、こはいとあしきミルラのふりし魂なり、彼正しき愛を超えてその父を慕ひ 三七―三九
おのれを人の姿に變へてこれと罪を犯すにいたれり、あたかもかなたにゆく者が 四〇―
獸の群の女王をえんとて己をブオソ・ドナーティといつはり、その遺言書ゆゐごんしよを作りてこれを法例かたの如く調とゝのふるにいたれるに似たり ―四五
狂へる二の者過ぎ去りて後、我は此等に注げる目をめぐらし、ほかのさちなく世に出でしともがらを見たり 四六―四八
我見しにこゝにひとり人の叉生またさすあたりより股の附根つけねを切りとるのみにて形琵琶に等しかるべき者ありき 四九―五一
同化しえざる水氣によりて顏腹とはざるばかりに身に權衡けんかうを失はせ、また之を重からしむる水腫すゐしゆの病は 五二―五四
たえずその唇をひらかしめ、そのさまエチカをやめる者の渇きて一をおとがひに一を上にむくるに似たりき 五五―五七
彼我等に曰ふ、あゝいぶかしくも苦患なやみの世にゐて何の罰をもうけざる者よ、心をとめてマエストロ・アダモの幸なきさまを見よ 五八―
生ける時は我ゆたかにわが望めるものをえたりしに、いまはあはれ水の一滴ひとしづくをねぎもとむ ―六三
カセンティーンの緑のをかよりアルノにくだり、水路涼しく軟かき多くの小川は 六四―六六
常にわがまへにあらはる、またこれいたづらにあらず、その婆の我を乾すことわが顏の肉をぐこの病よりはるかに甚しければなり 六七―六九
我を責むるおごそかなる正義は、我に歎息ためいきをいよ/\しげく飛ばさしめんとてその手段てだてをわが罪を犯せる處に得たり 七〇―七二
即ちかしこにロメーナとてわがバッティスタのかたある貨幣かね模擬まがひを造り、そのため燒かれし身を世に殘すにいたれる處あり 七三―七五
されど我若しこゝにグイード、アレッサンドロまたは彼等の兄弟のさちなき魂をみるをえばそのさいはひをフォンテ・ブラングにもかへじ 七六―七八
狂ひめぐる魂等の告ぐることまことならば、ひとりはすでにこの中にあり、されど身つながるゝがゆゑに我に益なし 七九―八一
たとひ百年もゝとせの間に一オンチヤをゆきうるばかりなりともこの身輕くば、この處周圍めぐり十一ミーリアあり 八二―八四
幅半哩を下らざれども、我は既に出立ちて彼をこの見苦しき民の間に尋ねしなるべし 八五―八七
我は彼等の爲にこそ斯かる家族やからの中にあるなれ、我を誘ひて三カラートの合金まぜがねあるフィオリーノを鑄らしめしは乃ち彼等なればなり 八八―九〇
我彼に、汝の右に近く寄りそひて臥し、冬の濡手ぬれてのごとくけぶるふたりの幸なき者は誰ぞや 九一―九三
答へて曰ふ、我この巖間いわまり下れる時彼等すでにこゝにありしが其後一たびも身を動かすことなかりき、思ふに何時いつに至るともしかせじ 九四―九六
ひとりはジユセッポをしこづりし僞りの女、一はトロイアにありしギリシアびと僞りのシノンなり、彼等劇しき熱の爲に臭き烟を出すことかくおびたゞし 九七―九九
この時そのひとり、かくあしざまに名をいはれしを怨めるなるべし、こぶしをあげて彼の硬き腹を打ちしに 一〇〇―一〇二
その音恰も太鼓の如くなりき、マエストロ・アダモはかたさこれにも劣らじとみゆるおのが腕をもてかの者の顏を打ち 一〇三―一〇五
これにいひけるは、たとひこの身重くして動くあたはずともかゝるもちゐにむかひては自在のかひな我にあり 一〇六―一〇八
かの者即ち答へて曰ふ、火に行ける時汝の腕かくはやからず、貨幣かねを造るにあたりてはかく早く否これよりも早かりき 一〇九―一一一
水氣を病める者、汝のいへるはまことなり、されどトロイアにて眞を問はれし時汝はかかる眞の證人あかしびとにあらざりき 一一二―一一四
シノネ曰ふ、我はことばにて欺けるも汝は貨幣かねにて欺けるなり、わがこゝにあるはひとつの罪のためなるも汝の罪は鬼より多し 一一五―一一七
ふくるゝ者答へて曰ふ、誓ひを破れる者よ、馬を思ひいで、この事全世界にかくれなきをしりて苦しめ 一一八―一二〇
ギリシアの者曰ふ、汝はまた舌を燒くそのかわきと腹を目の前のまがきとなすその腐水くさりみづのために苦しめ 一二一―一二三
この時贋金者にせがねし、汝の口は昔の如く己が禍ひのためにく、我渇き水氣によりて膨るるとも 一二四―一二六
汝は燃えて頭いためば、もしナルチッソの鏡だにあらば人のしふるをもまたで之をねぶらむ 一二七―一二九
我は彼等の言をきかんとのみ思ひたりしに、師我に曰ふ、汝少しく愼しむべし、われたゞちに汝と爭ふにいたらん 一三〇―一三二
彼怒りをふくみてかく我にいへるをきける時我は今もわが記憶にうづまくばかりの恥をおぼえて彼の方にむかへり 一三三―一三五
人凶夢を見て夢に夢ならんことをねがひ、すでに然るを然らざるごとくせちに求むることあり 一三六―一三八
我亦斯くの如くなりき、我は口にていふをえざれば、たえずびつゝもなほ詫びなんことを願ひてわが既にしかせるを思ふことなかりき 一三九―一四一
師曰ふ、恥斯く大いならずともこれより大いなる過ちを洗ふにたる、されば一切の悲しみを脱れよ 一四二―一四四
若し民かくの如く爭ふところに命運汝を行かしむることあらば、わが常に汝の傍にあるをおもへ 一四五―一四七
かゝる事をきくを願ふはこれ卑しき願ひなればなり 一四八―一五〇


   第三十一曲

同じ一の舌なれども先には我を刺して左右の頬を染め、後には藥を我にえさせき 一―三
聞くならくアキルレとその父の槍もまたかくのごとく始めは悲しみ後は幸ひを人に與ふる習ひなりきと 四―六
我等は背をさちなき大溪にむけ、之を繞れる岸の上にいで、ことばまじへで横ぎれり 七―九
さてこのあたりは夜たりがたく晝たりがたき處なれば、我は遠く望み見るをえざりしかど、はげしきいかづちをもかすかならしむるばかりに 一〇―
角笛つのぶえ高く耳にひゞきて我にその行方ゆくへを溯りつゝ目を一の處にのみむけしめき ―一五
いくさいたましく敗れ、カルロ・マーニオその聖軍を失ひし後のオルラントもかくおそろしくは吹鳴らさゞりしなりけり 一六―一八
われかうべをかなたにめぐらしていまだほどなきに、多くの高きやぐらをみしごとく覺えければ、乃ち曰ふ、師よ、告げよ、これ何の邑なりや 一九―二一
彼我に、汝はるかに暗闇の中をうかゞふがゆゑに量ることたゞしからざるにいたる 二二―二四
ひとたびかしこにいたらば遠き處にありては官能のいかに欺かれ易きものなるやをさだかに知るをえん、されば少しく足をはやめよ 二五―二七
かくてやさしく我手をとりていひけるは、我等かなたにゆかざるうち、この事汝にいとあやしとおもはれざるため 二八―三〇
しるべし、彼等は巨人にして櫓にあらず、またそのほぞより下はあなの中岸のまはりにあり 三一―三三
水氣空にこもりて目にかくれし物の形、霧のはるゝにしたがひて次第に浮びいづるごとく 三四―三六
我次第にふちにちかづきわがまなこ濃き暗き空を穿つにおよびて誤りは逃げ恐れはましぬ 三七―三九
あたかもモンテレッジオンが圓きかこひの上に多くの櫓を戴く如く、おそろしき巨人等は 四〇―
その半身をもて坎をかこめる岸を卷けり(ジョーヴェはいまもいかづちによりて天より彼等をおびえしむ) ―四五
我は既にそのひとりの顏、肩、胸および腹のおほくと腋を下れる雙腕もろかひなとをみわけぬ 四六―四八
げに自然がかゝる生物を造るをやめてかゝる臣等おみらをマルテより奪へるは大いに善し 四九―五一
また彼象と鯨を造れるを悔いざれども、見ることさとき人はこれに依りて彼をいよいよ正しくいよ/\おもんぱかりあるものとなすべし 五二―五四
そは心の固めもし惡意と能力ちからに加はらばいかなる人もこれを防ぐあたはざればなり 五五―五七
顏は長く大きくしてローマなる聖ピエートロの松毯まつかさに似、ほかの骨みなこれにかなへり 五八―六〇
されば下半身のなりし岸は彼を高くその上に聳えしむ、おもふに三人みたりのフリジアびともその髮にとゞくを 六一―
誇りえざりしなるべし、人の外套うはぎ締合しめあはすところより下方したわが目にうつれるものゆたかに三十パルモありき ―六六
ラフェル・マイ・アメク・ツアビ・アルミ、猛き口はかく叫べり、(これよりうるはしき聖歌はこの口にふさはしからず) 六七―六九
彼にむかひてわが導者、愚なる魂よ、怒り生じ雜念起らばその角笛に縋りて之をこころやりとせよ 七〇―七二
あわたゞしき魂よ、頸をさぐりてつなげる紐をえ、また笛のその大いなる胸にまつはるをみよ 七三―七五
かくてまた我に曰ひけるは、彼己が罪を陳ぶ、こはネムブロットなり、世に一の言語ことばのみ用ゐられざるは即ちそのあしき思ひによれり 七六―七八
我等彼を殘して去り、彼と語るをやめん、これ益なきわざなればなり、人そのことばをしらざる如く彼また人の言をさとらじ 七九―八一
かくて左にむかひて我等遠くすゝみゆきいしゆみとゞくあひをへだてゝまたひとりいよ/\猛くかつ大いなる者をみき 八二―八四
しばれる者の誰なりしや我はしらねど、彼くさりをもてその腕を左はまへに右はうしろにつながれ 八五―
この鏈頸より下をめぐりてその身のあらはれしところをくこと五囘いつまきに及べり ―九〇
わが導者曰ふ、このたかぶる者比類たぐひなきジョーヴェにさからひておのが能力ちからをためさんとおもへり、此故にこのむくいをうく 九一―九三
彼名をフィアルテといふ、巨人等が神々の恐るゝところとなりし頃大いなるこゝろみをなし、その腕を振へるも、今や再び動かすによしなし 九四―九六
我彼に、若しかなはゞ願はくは量り知りがたきブリアレオのわが目に觸れなんことを 九七―九九
彼すなはち答へて曰ふ、汝はこゝより近き處にアンテオを見ん、彼語るをえて身にいましめなし、また我等を凡ての罪の底におくらん 一〇〇―一〇二
汝の見んとおもふ者は遠くかなたにありてかくの如く繋がれ形亦同じ、たゞその姿いよ/\猛きのみ 一〇三―一〇五
フィアルテ忽ち身をれり、いかに強き地震なゐといへどもその塔をゆるがすことかく劇しきはなし 一〇六―一〇八
此時我は常にまさりて死を恐れぬ、また若しつなぎを見ることなくば怖れはすなはち死なりしなるべし 一〇九―一一一
我等すゝみてアンテオに近づけり、彼は岩窟いはあなより外にいづること頭を除きて五アルラを下らざりき 一一二―一一四
あゝアンニバールがその士卒と共にそびらを敵にみせし時、シピオンを譽のよつぎとなせし有爲うゐの溪間に 一一五―一一七
そのかみ千匹の獅子の獲物えものをはこべる者よ(汝若し兄弟等のゆゝしきいくさに加はりたらば地の子等勝利かちをえしものをと 一一八―
いまも思ふものあるに似たり)、願はくは我等を寒さコチートを閉すところにおくれ、これをいとひて ―一二三
我等をティチオにもティフォにも行かしむる勿れ、この者よく汝等のこゝに求むるものを與ふるをうるがゆゑに身をかゞめよ、顏をしかむる勿れ 一二四―一二六
彼はこの後汝の名を世に新にするをうるなり、彼は生く、また時未だ至らざるうち恩惠めぐみ彼を己が許によぶにあらずばなほ永く生くべし 一二七―一二九
師かく曰へり、彼速かに嘗てエルクレにそのつよみをみせし手を伸べてわが導者を取れり 一三〇―一三二
ヴィルジリオはおのが取られしをしりて我にむかひ、こゝによ、我汝をいだかんといひ、さて己と我とを一のたばとせり 一三三―一三五
傾けるかたよりガーリセンダを仰ぎ見れば、雲その上を超ゆる時これにむかひてゆがむかと疑はる 一三六―一三八
われ心をとめてアンテオの屈むをみしにそのさままた斯くの如くなりき、さればほかの路を行かんとの願ひもげにこれ時に起れるなるを 一三九―一四一
彼は我等をかるやかにジユダと共にルチーフェロを呑める底におき、またかくかゞみて時ふることなく 一四二―一四四
船の檣の如く身を上げぬ 一四五―一四七


   第三十二曲

若し我にすべての巖壓いはほおしせまる悲しみのあなにふさはしきあらきだみたる調しらべあらば 一―三
我わがおもひしるをなほも漏れなくしぼらんものを、我に是なきによりて語るに臨み心後る 四―六
夫れ全宇宙の底を説くは戲れになすべきわざにあらず、阿母阿父とよばゝる舌また何ぞよくせんや 七―九
たゞ願はくはアムフィオネをたすけてテーべを閉せる淑女等わが詩をたすけ、ことばの事とはざるなきをえしめんことを 一〇―一二
あゝ萬の罪人にまさりて幸なく生れし民、語るもつらき處に止まる者等よ、汝等は世にて羊または山羊やぎなりしならば猶善かりしなるべし 一三―一五
我等は暗きあなの中巨人の足下あしもとよりはるかに低き處におりたち、我猶高き石垣をながめゐたるに 一六―一八
汝心して歩め、あしうらをもて幸なき弱れる兄弟等の頭を踏むなかれと我にいふものありければ 一九―二一
われ身をめぐらしてみしにわが前また足の下に寒さによりて水に似ず玻璃に似たる一の池ありき 二二―二四
冬のオステルリッキなるダノイアもかの寒空さむぞらの下なるタナイもこの處の如く厚き覆面衣かほおひをその流れの上につくれることあらじ 二五―
げにタムベルニッキまたはピエートラピアーナその上に落ちぬともそのふちすらヒチといはざりしなるべし ―三〇
また農婦が夢にしば/\落穗を拾ふころ、顏を水より出して鳴かんとする蛙の如く 三一―三三
蒼ざめしなやめる魂等ははぢのあらはるゝところまで氷にとざゝれ、その齒を鶴の調しらべにあはせぬ 三四―三六
彼等はみなたえず顏を垂る、寒さは口より憂き心は目よりおの/\そのあかしをうけぬ 三七―三九
我しばしあたりをみし後わが足元にむかひ、こゝに頭の毛まじらふばかりに近く身をよせしふたりの者を見き 四〇―四二
我曰ふ、胸をおしあはす者よ、汝等は誰なりや我に告げよ、彼等頸をまげ顏をあげて我にむかへるに 四三―四五
さきに内部うちのみ濕へるそのまなこ、あふれながれて唇に傳はり、また寒さは目の中の涙を凍らしてふたゝび之をとざせり 四六―四八
かすがひといふともかくつよくは木と木をあはすをえじ、是に於て彼等はげしき怒りを起し、二匹の牡山羊をやぎの如くきあへり 四九―五一
またひとり寒さのために耳をふたつともに失へるもの、うつむけるまゝいひけるは、何ぞ我等をかく汝の鏡となすや 五二―五四
汝このふたりの誰なるを知らんとおもはゞ、聞くべし、ビセンツォの流るゝ溪は彼等の父アルベルト及び彼等のものなりき 五五―五七
彼等は一の身より出づ、汝あまねくカイーナをたづぬとも、氷の中にいけらるゝにふさはしきこと彼等にまさる魂をみじ 五八―六〇
アルツーの手にかゝりたゞ一突ひとつきにて胸と影とを穿たれし者も、フォカッチヤーも、また頭をもて我を妨げ我に遠く 六一―
見るをえざらしむるこの者(名をサッソール・マスケローニといへり、汝トスカーナびとならばよく彼の誰なりしやをしらむ)もまさらじ ―六六
又汝かさねて我に物言はす莫からんため、我はカミチオン・デ・パッチといひてカルリンのわが罪をいひとくを待つ者なるをしるべし 六七―六九
かくて後我は寒さのため犬の如くなれる千の顏をみき、又之を見しによりて凍れる沼は我をわなゝかしむ、後もまた常にしからむ 七〇―七二
我等一切の重力集まる處なる中心にむかひてすゝみ、我はとこしへの寒さの中にふるひゐたりし時 七三―七五
天意常數命運のいづれによりしやしらず、かうべの間を歩むとてつよく足をひとりの者の顏にうちあてぬ 七六―七八
彼泣きつゝ我を責めて曰ひけるは、いかなれば我をふみしくや、モンタペルティの罰をまさんとて來れるならずば何ぞ我をなやますや 七九―八一
我、わが師よ、わがこの者によりて一の疑ひを離るゝをうるため請ふ、この處にて我を待ち、その後心のまゝに我をいそがせたまへ 八二―八四
導者は止まれり、我すなはちなほ劇しく詛ひゐたる者にむかひ、汝何者なればかく人を罵るやといへるに 八五―八七
彼答へて、しかいふ汝は何者なればアンテノーラを過ぎゆきて人の頬を打つや、汝若し生ける者なりせば誰かはこれにへうべきといふ 八八―九〇
我答へて曰ひけるは、我は生く、このゆゑに汝名を求めば、わが汝の名を記録の中にをさむるは汝の好むところなるべし 九一―九三
彼我に、わが求むるものはその反對うらなり、こゝを立去りてまた我に累をなすなかれ、かくへつらふともこの窪地くぼちに何の益あらんや 九四―九六
この時我そのうなじの毛をとらへ曰ひけるは、いまはのがるゝに途なし、若し名をいはずば汝の髮一筋をだにこゝに殘さじ 九七―九九
彼聞きて曰ふ、汝たとひわが髮を※(「てへん+毟」、第4水準2-78-12)むしるとも我の誰なるやを告げじ、また千度ちたびわが頭上づじやうに落來るともあらはさじ 一〇〇―一〇二
我ははやくも髮を手に捲き、これを拔くこと一房より多きにおよび、彼は吠えつゝたえずその目を垂れゐたるに 一〇三―一〇五
ひとり叫びていひけるは、ボッカよ何をかなせる、※(「鰐」の「魚」に代えて「月」、第3水準1-90-51)あぎとを鳴らすもなほ足らずとて吠ゆるか、汝にさはるは何の鬼ぞや 一〇六―一〇八
我曰ふ、恩に背きし曲者奴くせものめ、いまは汝に聞くの用なし、我汝のまこと消息おとづれを携へゆきこれを汝の恥となさん 一〇九―一一一
彼答へて曰ふ、往け、しかして思ひのまゝにかたれ、されど汝この中よりいでなば、いまかく口を輕くせし者のことをものべよ 一一二―一一四
彼こゝにフランスびとの銀をいたむ、汝いふべし、我は罪人の冷ゆる處にヅエラの者をみたりきと 一一五―一一七
汝またほかに誰ありしやと問はるゝことあらん、しるべし、汝のそばにはフィオレンツァに喉を切られしベッケーリアの者あり 一一八―一二〇
かなたにガネルローネ及び眠れるファーエンヅァをひらきしテバルデルロとともにあるはおもふにジャンニ・デ・ソルダニエルなるべし 一二一―一二三
我等既に彼をはなれし時我は一の孔の中に凍れるふたりの者をみき、一の頭は殘りの頭の帽となり 一二四―一二六
上なるものは下なるものゝなううなじとあひあふところに齒をくだし、さながら饑ゑたる人の麪麭パンを貪り食ふに似たりき 一二七―一二九
怒れるティデオがメナリッポの後額こめかみを噛めるもそのさま之に異ならじとおもふばかりにこの者腦蓋なうがいとそのあたりの物とをかめり 一三〇―一三二
我曰ふ、あゝかく人をみあさましきしるしによりてその怨みをあらはす者よ、我に故を告げよ、我も汝と約を結び 一三三―一三五
汝の憂ひに道理ことわりあらば、汝等の誰なるや彼の罪の何なるやをしり、こののちうへの世に汝にむくいん 一三六―一三八
わが舌乾くことなくば 一三九―一四一


   第三十三曲

かの罪人つみびと口をおそろしきかてよりもたげ、後方うしろを荒らせし頭なる毛にてこれをぬぐひ 一―三
いひけるは、望みなき憂ひはたゞ思ふのみにて未だ語らざるにはやくも我心を絞るを、汝これをあらたならしめんとす 四―六
されどわがことば我に噛まるゝ逆賊の汚辱をじよくの實を結ぶ種たりうべくば汝はわがかつ語りかつ泣くを見ん 七―九
我は汝の誰なるをも何の方法てだてによりてこゝに下れるをも知らず、されどその言をきくに汝は必ずフィレンツェの者ならん 一〇―一二
汝知るべし、我は伯爵コンテウゴリーノは僧正ルツジェーリといへる者なり、いざ我汝に何によりてか上る隣人となりびととなれるやを告げん 一三―一五
彼の惡念あらはるゝにおよびて彼を信ぜる我とらへられ、のち殺されしことはいふを須ひず 一六―一八
されば汝の聞きあたはざりし事、乃ちわが死のいかばかり殘忍なりしやは汝聞きて彼我をしひたげざりしや否やを知るべし 一九―二一
わがためにはうゑの名をえてこののちなほも人をむべきとやなる小窓が 二二―二四
既に多くの月をその口より我に示せる頃、我はわが行末のまくを裂きし凶夢を見たり 二五―二七
すなはちこの者をさまたきみとなりてルッカをピサ人に見えざらしむる山の上に狼とその仔等を逐ふに似たりき 二八―三〇
肉瘠せ氣はやり善く馴らされし牝犬めいぬとともにグアンディ、シスモンディ、ランフランキをその先驅さきてとす 三一―三三
逐はれて未だ程なきに父も子もよわれりとみえ、我は彼等が鋭き牙にかけられてその傍腹わきばらを裂かるゝを見しとおぼえぬ 三四―三六
さて曉に目をさましし時我はともにゐしわが兒等の夢の中に泣きまた麪麭パンを乞ふ聲をきゝぬ 三七―三九
若しわが心にうかべる禍ひのきざしをおもひてなほいまだ悲しまずば汝はげに無情なり、若し又泣かずば汝の涙は何の爲ぞや 四〇―四二
彼等はめさめぬ、かての與へらるべき時は近づけり、されど夢のためそのひとりだに危ぶみ恐れざるはなかりき 四三―四五
この時おそろしき塔の下なる戸に釘打つ音きこえぬ、我はわが兒等の顏を見るのみことばなし 四六―四八
我は泣かざりき、心石となりたればなり、彼等は泣けり、わがアンセルムッチオ、かく見たまふは父上いかにしたまへるといふ 四九―五一
かくても我に涙なかりき、またわれ答へでこの日この夜をすごし日輪再び世にあらはるゝ時に及べり 五二―五四
かすかなる光憂ひのひとやにいりきたりてかの四の顏にわれ自らのすがたをみしとき 五五―五七
我は悲しみのあまり雙手もろてを噛めり、わがかくなせるをくらはんためなりとおもひ、彼等俄かに身を起して 五八―六〇
いひけるは、父よ我等をくらひたまはゞ我等の苦痛いたみは却つて輕からむ、この便びんなき肉を我等に着せたまへるは汝なれば汝これをぎたまへ 六一―六三
我は彼等の悲しみを増さじとて心をしづめぬ、この日も次の日も我等みなもだせり、あゝ非情の土よ、汝何ぞ開かざりしや 六四―六六
第四日よつかめになりしときガッドはわが父いかなれば我をたすけたまはざるやといひ、身をのべわがあしもとにたふれて 六七―六九
その處に死にき、かくて五日と六日目の間に我はまのあたり三人みたりのあひついでたふるゝをみぬ、我まためしひとなりしかば 七〇―
彼等を手にてさぐりもとめて死後なほその名を呼ぶこと二日、この時斷食の力憂ひにまさるにいたれるなりき ―七五
かくいへる時彼は目をなゝめにしてふたゝびさちなき頭顱かうべを噛めり、その齒骨に及びて強きこと犬の如くなりき 七六―七八
あゝピサよ、シを語となすうるはしき國の民の名折なをれよ、汝の隣人となりびと等汝を罰するおそければ 七九―八一
ねがはくはカプライアとゴルゴーナとゆるぎいでゝアルノの口にまがきをめぐらし、汝の中なる人々悉く溺れ死ぬるにいたらんことを 八二―八四
そはたとひ伯爵コンテウゴリーノに汝に背きて城を賣れりとのきこえありとも汝は兒等をかく十字架につくべきにあらざればなり 八五―八七
第二のテーべよ、年若きが故にすなはち罪なし、ウグッチオネもイル・ブリガータもまた既にこの曲に名をいへる二人ふたりの者も 八八―九〇
我等はなほ進み、ほかの民のうつむかずうらがへりてあらく氷に包まるゝところにいたれり 九一―九三
こゝには憂へ憂ひをとゞめ、なやみは目の上の障礙しやうげにさへられ、苦しみをまさんとて内部うちにかへれり 九四―九六
そははじめの涙凝塊かたまりとなりてあたかも玻璃の被物おほひの如く眉の下なる杯を滿たせばなり 九七―九九
わが顏は寒さのため、胼胝たこのいでたるところにひとしく凡ての感覺を失へるに 一〇〇―一〇二
この時わが風に觸るゝを覺え、曰ひけるは、わが師よ、これを動かすものは誰ぞや、この深處ふかみには一切の地氣消ゆるにあらずや 一〇三―一〇五
彼即ち我に、汝は程なく汝の目が風をらすもとをみてこれが答を汝にえさすところにいたらん 一〇六―一〇八
氷の皮なる幸なき者の中ひとり叫びて我等にいひけるは、あゝ非道にして最後の立處たちどに罪なはれたる魂等よ 一〇九―一一一
堅き被物おほひを目よりあげて涙再び凍らぬまに我胸にあふるゝ憂ひを少しく洩すことをえしめよ 一一二―一一四
我すなはち彼に、わが汝をたすくるをねがはゞ汝の誰なるやを我に告げよ、かくして我もしその支障さゝはりを去らずば我は氷の底にゆくべし 一一五―一一七
この時彼答ふらく、我はフラーテアルベリーゴなり、よからぬ園の木の實の事ありてここに無花果に代へ無漏子むろしをうく 一一八―一二〇
我彼に曰ふ、さらば汝既に死にたるか、彼我に、我はわがからだのいかに上の世に日をふるやをしらず 一二一―一二三
このトロメアには一の得ありていまだアトローポスに追はれざるに魂しば/\こゝに落つることあり 一二四―一二六
また汝玻璃にひとしき此涙をいよ/\こゝろよくわが顏より除くをえんため、しるべし、魂わがなせるごとく信に背くことあれば 一二七―
鬼たゞちにそのからだを奪ひ、みづからこれが主となりて時のめぐりをはるを待ち ―一三二
おのれはかゝる水槽みづぶねの中におつ、さればわが後方うしろに冬を送る魂もおもふにいまなほそのからだを上の世にあらはすなるべし 一三三―一三五
汝今此處にくだれるならば彼を知らざることあらじ、彼はセル・ブランカ・ドーリアなり、かく閉されてより既に多くの年を經たり 一三六―一三八
我彼に曰ふ、我は汝の欺くをしる、ブランカ・ドーリアは未だ死なず、彼ひ飮みねまたころもを着るなり 一三九―一四一
彼曰ふ、上なるマーレブランケの濠の中、ねばやに煮ゆるところにミケーレ・ツァンケ未だ着かざるうち 一四二―一四四
この者そのからだに鬼を殘して己にかはらせ、彼と共に逆を行へるその近親のひとりまたしかなせり 一四五―一四七
されどいざ手をこなたに伸べて我目をひらけ、我はひらかざりき、彼にむかひてみだりなるは是即ち道なりければなり 一四八―一五〇
あゝジエーノヴァびとよ、一切の美風をはなれ一切の邪惡を滿たす人々よ、汝等の世より散りうせざるは何故ぞ 一五一―一五三
我は極惡ごくあくなるローマニアの魂と共に汝等のひとりそのおこなひによりて魂すでにコチートにひたり 一五四―
身はなほ生きて地上にあらはるゝ者をみたりき ―一五九


   第三十四曲

地獄の王の旗あらはる、此故に前方まへを望みて彼を認むるや否やを見よ、わが師かく曰へり 一―三
濃霧起る時、闇わが半球を包む時、風のめぐらす碾粉車こひきぐるまの遠くかなたに見ゆることあり 四―六
我もこの時かゝる建物たてものをみしをおぼえぬ、また風をいとへどもほかに避くべき處なければ、われ身を導者の後方うしろに寄せたり 七―九
我は既に魂等全くおほふさがれ玻璃の中なる藁屑わらくづの如く見えける處にゐたり(これを詩となすだに恐ろし) 一〇―一二
伏したる者あり、頭を上にまたはあしうらを上にむけて立てる者あり、また弓の如く顏を足元あしもとに垂れたる者ありき 一三―一五
我等遠く進みし時、わが師は昔姿美しかりし者を我にみすべきおりいたれるをみ 一六―一八
わが前をさけて我にとゞまらせ、見よディーテを、また見よ雄々をゝしさをもて汝をかたむべきこの處をといふ 一九―二一
この時我身いかばかりえわが心いかばかりくじけしや、讀者よ問ふ勿れ、ことば及ばざるがゆゑに我これをしるさじ 二二―二四
我は死せるにもあらずまた生けるにもあらざりき、汝すこし理解さとりだにあらば請ふ今自ら思へ、彼をも此をも共に失へるわが當時のさまを 二五―二七
悲しみの王土のみかどその胸のなかばまで氷のそとにあらはれぬ、巨人をその腕に比ぶるよりは 二八―
我を巨人に比ぶるかたなほ易し、その一部だにかくのごとくば之にかなへる全身のいと大いなること知りぬべし ―三三
彼今のみにくきに應じて昔美しくしかもその造主つくりぬしにむかひて眉を上げし事あらば一切の禍ひ彼よりいづるも故なきにあらず 三四―三六
我その頭に三の顏あるを見るにおよびてげに驚けることいかばかりぞや、一は前にありて赤く 三七―三九
殘る二は左右の肩の正中たゞなかの上にてこれとつらなり、かつ三ともに※(「奚+隹」、第3水準1-93-66)とさかあるところにて合へり 四〇―四二
右なるは白と黄の間の色の如く、左なるはニーロの水上みなかみより來る人々の如くみえき 四三―四五
また顏の下よりはかゝる鳥ににつかしきふたつの大いなる翼いでたり、げにかく大いなるものをば我未だ海の帆にも見ず 四六―四八
此等みな羽なくその構造つくりざま蝙蝠かうもりの翼に似たり、また彼此等を搏ち、三の風彼より起れり 四九―五一
コチートの悉く凍れるもこれによりてなりき、彼は六のまなこにて泣き、涙と血のよだれとは三のおとがひをつたひてしたゝれり 五二―五四
また口毎にひとりの罪人つみびとを齒にて碎くこと碎麻機あさほぐしの如く、かくしてみたりの者をなやめき 五五―五七
わけて前なる者は爪にかけられ、その背しば/\皮なきにいたれり、これにくらぶれば噛まるゝは物の數ならじ 五八―六〇
師曰ふ、高くかしこにありてその罰最も重き魂はジユダ・スカリオットなり、彼頭を内にし脛を外に振る 六一―六三
頭さがれるふたりのうち、黒き顏より垂るゝはプルートなり、そのもがきてことばなきを見よ 六四―六六
また身いちじるしく肥ゆとみゆるはカッシオなり、されど夜はまた來れり、我等すでにすべてのものを見たればいざゆかん 六七―六九
我彼の意に從ひてその頸を抱けるに彼はほどよき時と處をはかり、翼のひろくひらかれしとき 七〇―七二
毛深き腋にすがり、むらまた叢をつたはりて濃き毛と氷層のあひだをくだれり 七三―七五
かくて我等股の曲際まがりめ腰のふとやかなるところにいたれば導者は疲れて呼吸いきもくるしく 七六―七八
さきに脛をおけるところに頭をむけて毛をにぎり、そのさまのぼる人に似たれば我は再び地獄にかへるなりとおもへり 七九―八一
よわれる人の如く喘ぎつゝ師曰ひけるは、かたくとらへよ、我等はかゝるきだによりてかゝる大いなる惡を離れざるをえず 八二―八四
かくて後彼とある岩のあなをいで、我をそのふちにすわらせ、さて心して足をわがかたに移せり 八五―八七
我はもとのまゝなるルチーフェロをみるならんとおもひて目を擧げて見たりしにその脛上にありき 八八―九〇
わが此時の心の惑ひはわが過ぎし處の何なるやをわきまへざる愚なる人々ならではしりがたし 九一―九三
師曰ふ、起きよ、路遠く道程みちすぢかたし、また日は既に第三時の半に歸れり 九四―九六
我等の居りし處は御館みたち廣間ひろまにあらずゆかあらく光乏しき天然の獄舍ひとやなりき 九七―九九
我立ちて曰ひけるは、師よ、わがこの淵を去らざるさきに少しく我に語りて我を迷ひの中よりひきいだしたまへ 一〇〇―一〇二
氷はいづこにありや、この者いかなればかくさかさまに立つや、何によりてたゞしばしのまに日はゆふより朝に移れる 一〇三―一〇五
彼我に、汝はいまなほ地心のかなた、わがさきに世界を貫くよからぬ蟲の毛をとらへし處にありとおもへり 一〇六―一〇八
汝のかなたにありしはわがくだれる間のみ、われ身をかへせし時汝は重量おもさあるものを四方より引く點を過ぎ 一〇九―一一一
廣き乾ける土に蔽はれ、かつ罪なくして世に生れ世をおくれる人その頂點のもとに殺されし半球を離れ 一一二―
いまは之と相對あひむかへる半球の下にありて、足をジユデッカの背面を成す小さき球の上におくなり ―一一七
かしこの夕はこゝの朝にあたる、また毛を我等のきだとなせし者の身をおくさまは今も始めと異なることなし 一一八―一二〇
彼が天よりおちくだれるはこなたなりき、この時そのかみこの處に聳えし陸は彼を恐るゝあまり海を蔽物おほひとなして 一二一―一二三
我半球に來れるなり、おもふにこなたにあらはるゝものもまた彼をさけんためこの空處をこゝに殘して走りのぼれるなるべし 一二四―一二六
さてこの深みにベルヅエブの許より起りてその長さ墓の深さに等しき一の處あり、目に見えざれども 一二七―
一の小川の響きによりてしらる、この小川はめぐり流れて急ならず、その噛み穿てる岩の中虚うつろを傳はりてこゝにくだれり ―一三二
導者と我とはあざやかなる世に歸らんため、このひそかなる路に入り、しばしのやすみをだにもとむることなく 一三三―一三五
わが一の圓き孔の口より天のひゆく美しき物をうかゞふをうるにいたるまで、彼第一に我は第二にのぼりゆき 一三六―一三八
かくてこの處をいでぬ、再び諸※(二の字点、1-2-22)の星をみんとて 一三九―一四一





煉獄篇



   第一曲

かのごとくむごき海をあとにし、まされる水をはせわたらんとて、今わが才の小舟をぶね帆を揚ぐ 一―三
かくてわれ第二の王國をうたはむ、こは人の靈きよめられて天に登るをうるところなり 四―六
あゝ聖なるムーゼよ、我は汝等のものなれば死せる詩をまた起きいでしめよ、願はくはこゝにカルリオペ 七―
少しく昇りてわが歌に伴ひ、かつてさちなきピーケを撃ちてゆるしをうるの望みを絶つにいたらしめたる調しらべをこれに傳へんことを ―一二
東の碧玉あをだまたへなる色は、第一の圓にいたるまで晴れたる空ののどけき姿にあつまりて 一三―一五
我かの死せる空氣――わが目と胸を悲しましめし――の中よりいでしとき、再びわが目をよろこばせ 一六―一八
戀にいざなふ美しき星は、あまねく東をほゝゑましめておのがともなる雙魚を覆へり 一九―二一
われ右にむかひて心を南極にとめ、第一の民のほかにはみしものもなき四の星をみぬ 二二―二四
天はそのちひさき焔をよろこぶに似たりき、あゝやもめとなれる北の地よ、汝かれらを見るをえざれば 二五―二七
われ目をかれらより離して少しく北極――北斗既にかしこにみえざりき――にむかひ 二八―三〇
こゝにわが身に近くたゞひとりのおきなゐたるをみたり、その姿は厚きうやまひを起さしむ、子の父に負ふ敬といふともこの上にはいでじ 三一―三三
その長き鬚には白き毛まじり、ふたつのふさをなして胸に垂れし髮に似たり 三四―三六
聖なるよつの星の光その顏を飾れるため、我彼をみしに日輪前にあるごとくなりき 三七―三九
彼いかめしき鬚をうごかし、いひけるは。失明めしひの川を溯りて永遠とこしへひとやよりのがれし汝等は誰ぞや 四〇―四二
誰か汝等を導ける、地獄の溪を常闇とこやみとなすけしよるよりいづるにあたりて誰か汝等の燈火ともしびとなれる 四三―四五
汝等斯くして淵の律法おきてを破れるか、はた天上のさだめ新たに變りて汝等罰をうくといへどもなほわが岩に來るをうるか。 四六―四八
わが導者このとき我をとらへ、ことばと手と表示しるしをもてわがはぎわが目をうや/\しからしめ 四九―五一
かくて答へて彼に曰ふ。我自ら來れるにあらず、ひとりの淑女天より降れり、我そのこひによりともとなりて彼をたすけぬ 五二―五四
されど汝は我等のまことの状態ありさまのさらに汝にかされんことを願へば、我もいかでか汝にこれを否むをねがはむ 五五―五七
それこの者未だ最後のゆふをみず、されどおろかにしてこれにちかづき、たゞいと短き時を殘せり 五八―六〇
われさきにいへるごとく、わが彼に遣はされしは彼を救はんためなりき、またわが踏めるこの路を措きては路ほかにあらざりき 六一―六三
我はすべての罪ある民をすでに彼に示したれば、いまや汝のまもりのもとに己を淨むる諸※(二の字点、1-2-22)の靈を示さんとす 六四―六六
わが彼をこゝにともなひ來れる次第は汝に告げんも事長し、高き處より力降りて我をたすけ、我に彼を導いて汝を見また汝の詞を聞かしむ 六七―六九
いざ願はくは彼の來れるをよみせ、彼往きて自由を求む、そもこのもののいとたふときはそがためにいのちをも惜しまぬもののしるごとし 七〇―七二
汝これを知る、そはそがためにウティカにて汝は死をも苦しみとせず、大いなる日にあざやかなるべきころもをこゝに棄てたればなり 七三―七五
我等永遠とこしへのりを犯せるにあらず、そはこの者は生く、またミノス我をつながず、我は汝のマルチアの貞節みさをの目あるひとやより來れり 七六―
あゝ聖なる胸よ、汝に妻とおもはれんとの願ひ今なほ彼の姿にあらはる、されば汝彼の愛のために我等を眷顧かへりみ ―八一
我等に汝のなゝつの國を過ぐるを許せ、我は汝よりうくる恩惠めぐみを彼に語らむ、汝若し己が事のかなたに傳へらるゝをいとはずば。 八二―八四
この時彼曰ふ。われ世にありし間、マルチアわが目を喜ばしたれば、その我に請へるところ我すべてこれをなせり 八五―八七
今彼禍ひの川のかなたにとゞまるがゆゑに、わがかしこを出でし時立てられし律法おきてに從ひ、またわが心を動かすをえず 八八―九〇
されど汝のいふごとく天の淑女の汝を動かし且つ導くあらば汝そがために我に求むれば足るなり、何ぞ諛言へつらひごとをいふをもちゐん 九一―九三
されば行け、汝一もとの滑かなるをこの者の腰につかねまたその顏を洗ひて一切の汚穢けがれを除け 九四―九六
霧のために※(「目+毛」、第3水準1-88-78)かすめる目をもて天堂の使者つかひの中なる最初の使者の前にいづるはふさはしからず 九七―九九
この小さき島のまはりのいと/\低きところ浪打つかなたに、藺ありてやはらかきひぢの上にふ 一〇〇―一〇二
この外には葉を出しまたは硬くなるべき草木くさきにてかしこに生を保つものなし、打たれてたわまざればなり 一〇三―一〇五
汝等かくして後こなたに歸ることなかれ、今出づる日は汝等に登り易き山路やまぢを示さむ。 一〇六―一〇八
かくいひて見えずなりにき、我は物言はず立ちあがりて身をいと近くわが導者によせ、またわが目を彼にそゝげり 一〇九―一一一
彼曰ふ。子よ、わが歩履あゆみに從へ、この廣野ひろのこゝより垂れてその低きはしにおよべばいざ我等うしろにむかはむ。 一一二―一一四
黎明あけぼの朝の時に勝ちてこれをその前よりわしらしめ、我ははるかに海の打震ふを認めぬ 一一五―一一七
我等はさびしき野をわけゆけり、そのさま失へる路をたづねて再びこれを得るまでは 一一八―一二〇
たゞいたづらに歩むことぞと自ら思ふ人に似たりき
露日と戰ひ、そのわたりの冷かなるためにたやすく消えざるところにいたれば 一二一―一二三
わが師雙手もろてをひらきてしづかに草の上に置きたり、我即ちそのこゝろをさとり 一二四―一二六
彼にむかひて涙に濡るゝ頬をのべしに、彼は地獄のかくせる色をこと/″\くこゝにあらはせり 一二七―一二九
かくて我等はさびしき海邊うみべ、その水を渡れる人の歸りしことなきところにいたれり 一三〇―一三二
こゝに彼、かの翁の心に從ひ、わが腰をくゝれるに、奇なる哉謙遜の草、彼えらびてこれを採るや 一三三―一三五
その抜かれし處よりたゞちに再びひいでき 一三六―一三八


   第二曲

日は今子午線のそのいと高きところをもてイエルサレムを蔽ふ天涯にあらはれ 一―三
これと相對あひむかひてめぐるは、天秤はかり(こは夜の長き時その手より落つ)を持ちてガンジェを去れり 四―六
さればわがゐしところにては、美しきアウローラの白き赤き頬、年ふけしため柑子かうじに變りき 七―九
我等はあたかも路のことをおもひて心進めど身止まる人の如くなほ海のほとりにゐたるに 一〇―一二
見よ、あした近きとき、わたつみのゆかの上西のかた低きところに、濃き霧の中より火星のあかくかゞやくごとく 一三―一五
わが目に見えし一の光(あゝ我再びこれをみるをえんことを)海を傳ひていと疾く來れり、げにいかなる羽といふとも斯許かくばかり早きはあらじ 一六―一八
われわが導者に問はんとて、しばらく目をこれより離し、後再びこれをみれば今はいよ/\あざやかにかついよ/\く大いなりき 一九―二一
その左右には何にかあらむ白き物見え、下よりもまた次第に白き物いでぬ 二二―二四
わが師なほ物言はざりしが、はじめの白き物翼とみゆるにいたるにおよび、舟子ふなこの誰なるをさだかに知りて 二五―二七
さけびていふ。いざとく跪き手を合すべし、見よこれ神の使者つかひなり、今より後汝かかる使者等つかひたちをみむ 二八―三〇
見よかれ人の器具うつはをかろんじ、かく隔たれる二の岸の間にも、擢を用ゐず翼を帆に代ふ 三一―三三
見よ彼これを伸べて天にむかはせ、朽つべき毛の如く變ることなきその永遠とこしへはねをもて大氣を動かす。 三四―三六
神の鳥こなたにちかづくに從ひそのさまいよ/\あざやかになりて近くこれを見るにたへねば 三七―三九
われ目を垂れぬ、彼はく輕くして少しも水に呑まれざる一の舟にて岸に着けり 四〇―四二
ともには天の舟人ふなびと立ち(さいはひその姿にかきしるさるゝごとくみゆ)、中には百餘の靈坐せり 四三―四五
イスラエルエヂプトを出でし時、彼等みな聲をあはせてかくうたひ、かの聖歌にしるされし殘りの詞をうたひをはれば 四三―四五
彼は彼等のために聖十字を截りぬ、彼等即ち皆みぎはにおりたち、彼はその來れる時の如くとく去れり 四九―五一
さてかしこに殘れるむれは、この處をば知らじとみえ、あたかも新しきものを試むる人の如くあたりをながめき 五二―五四
日はそのさやけき矢をもてはや中天なかぞらより磨羯を逐ひ、晝を四方に射下いくだせり 五五―五七
この時新しき民おもてをあげて我等にむかひ、いひけるは。汝等若し知らば、山に行くべき路ををしへよ。 五八―六〇
ヴィルジリオ答へて曰ふ。汝等は我等をこの處にくはしとおもへるならむ、されど我等も汝等と同じ旅客なり 六一―六三
我等はほかの路を歩みて汝等より少しく先に來れるのみ、その路のいとあらく且つかたきにくらぶれば今よりこゝを登らんは唯たはぶれの如くなるべし。 六四―六六
わが呼吸いきによりて我のなほ生くるをしれる魂等はおどろきていたくあをざめぬ 六七―六九
しかしてたとへば報告しらせをえんとて橄欖をもつ使者つかひのもとに人々むらがり、その一人ひとりだに踏みあふことを避けざるごとく 七〇―七二
かのさち多き魂等はみなとゞまりてわが顏をまもり、あたかも行きて身を美しくするを忘るゝに似たりき 七三―七五
我はそのひとりの大いなる愛をあらはし我を抱かんとて進みいづるを見、心動きて自らしかなさんとせしに 七六―七八
あゝ姿のほか凡て空しき魂よ、三度みたびわれ手をそのうしろに組みしも、三度手はわが胸にかへれり 七九―八一
思ふに我は怪訝あやしみの色に染まれるなるべし、かの魂笑ひて退き、我これを逐ひて前にすゝめば 八二―八四
しづかに我にめよといふ、この時我その誰なるをしり、しばらくとゞまりて我と語らんことを乞ふ 八五―八七
彼答ふらく。我先に朽つべき肉の中にありて汝を愛せる如く今きづなを離れて汝を愛す、此故に止まらむ、されど汝の行くは何の爲ぞや。 八八―九〇
我曰ふ。わがカゼルラよ、我のこの羈旅たびぢにあるは再びこゝに歸らんためなり、されど汝何によりてかく多く時を失へるや。 九一―九三
彼我に。時をも人をも心のまゝにえらぶもの、屡※(二の字点、1-2-22)我を拒みてこゝに渡るを許さゞりしかどこれ我に非をなせるにあらず 九四―九六
その意正しき意より成る、されど彼はこの三月みつきの間、乘るを願ふものあれば、うけがひて皆これを載せたり 九七―九九
さればこそしばしさき、我かのテーヴェロの水うしほに變る海のほとりにゆきたるに、彼こころよくうけいれしなれ 一〇〇―一〇二
彼今翼をかの河口くちに向く、そはアケロンテのかたにくだらざるものかしこに集まる習ひなればなり。 一〇三―一〇五
我。新しき律法おきて汝より、わがすべての願ひを鎭むるを常とせし戀歌の記憶またはそのわざを奪はずば 一〇六―一〇八
肉體とともにこゝに來りてつかれ甚しきわが魂を、ねがはくは少しくこれをもて慰めよ。 一〇九―一一一
「わが心の中にものいふ戀は」と彼はこのときうたひいづるに、そのうるはしさ今猶耳に殘るばかりにたへなりき 一一二―一一四
わが師も我も彼と共にありし民等もみないたくよろこびて、ほかに心に觸るゝもの一だになきごとくみゆ 一一五―一一七
我等すべてとゞまりて心を歌にとめゐたるに、見よ、かのけだかき翁さけびていふ。何事ぞおそき魂等よ 一一八―一二〇
何等の怠慢おこたりぞ、何ぞかくとゞまるや、わしりて山にゆきてけがれを去れ、さらずば神汝等にあらはれたまはじ。 一二一―一二三
たとへば食をあさりてつどへる鳩の、聲もいださず、その習ひなるほこりもみせで、麥やはぐさの實を拾ふとき 一二四―一二六
おそるゝもののあらはるゝあれば、さきにもまさる願ひに攻められ、忽ち食を棄て去るごとく 一二七―一二九
かの新しきむれ歌を棄て、山坂にむかひてゆきぬ、そのさま行けども行方ゆくへをしらざる人に似たりき 一三〇―一三二
我等もまたこれにおくれずいでたてり 一三三―一三五


   第三曲

彼等忽ち馳せ、廣野ひろのをわけて散り、理性にうながされて我等の登る山にむかへるも 一―三
我は身をわがたのもしき伴侶ともによせたり、我またいかで彼を觸れてわしるをえんや、誰か我を導いて山に登るをえしめんや 四―六
彼はみづから悔ゆるに似たりき、あゝ尊き清き良心よ、たゞさゝやかなる咎もなほ汝を刺すこといかにはげしき 七―九
彼の足すべての動作ふるまひの美をこぼついそぎを棄つれば、さきにせばまれるわが心 一〇―一二
さながら求むるものある如く思ひを廣くし、我はかの水の上より天にむかひていと高く聳ゆる山にわが目をそゝぎぬ 一三―一五
後方うしろに赤く燃ゆる日は、わがためにその光をへられて碎け、前方まへにわがかたちを殘せり 一六―一八
我わが前方まへにのみ黒き地あるをみしとき、おのが棄てられしことを恐れてわがかたへにむかへるに 一九―二一
我を慰むるもの全く我にむかひていふ。何ぞなほ疑ふや、汝はわが汝と共にありて汝を導くを信ぜざるか 二二―二四
わがやどりて影をうつせる身のうづもるゝ處にてははやゆふなり、この身ナポリにあり、ブランディツィオより移されき 二五―二七
さればわが前に今影なしとも、こはたがひに光をかざる諸天に似てあやしむにたらず 二八―三〇
そも/\威力ちからはかゝるからだを造りてこれに熱と氷の苛責の苦しみを感ぜしむ、されどその爲す事の次第の我等に顯はるゝことを好まず 三一―三三
もし我等の理性をもて、三にして一なる神の踏みたまふ無窮の道を極めんと望むものあらばそのもの即ち狂へるなり 三四―三六
人よ汝等は事を事として足れりとせよ、汝等もし一切を見るをえたりしならば、マリアは子を生むに及ばざりしなるべし 三七―三九
また汝等は、己が願ひをかなふるにふさはしかりし人々にさへ、その願ふところ實を結ばず却つて永遠とこしへに悲しみとなりて殘るを見たり 四〇―四二
わがかくいへるはアリストーテレ、プラトー、その外多くのものの事なり。かくいひて顏を垂れ、思ひなやみてまたことばなし 四三―四五
かゝるうちにも我等は山の麓に着けり、みあぐればいはほいと嶮しく、はぎはやきもこゝにては益なしとみゆ 四六―四八
レリーチェとツルビアの間のいとあらびいとすたれしこみちといふとも、これにくらぶれば、ゆるやかにして登り易き梯子はしごの如し 四九―五一
わが師歩みをとゞめていふ。誰か知る、山の腰低く垂れて翼なき族人たびびともなほ登るをうるは何方いづかたなるやを。 五二―五四
彼顏をたれて心に路のことをおもひめぐらし、我はあふぎて岩のまはりをながめゐたるに 五五―五七
この時わが左にあらはれし一群ひとむれの魂ありき、彼等はこなたにその足をはこべるも、來ることおそくしてしかすとみえず 五八―六〇
我曰ふ。師よ目を擧げてこなたを見よ、汝自ら思ひ定むるあたはずば彼等我等に教ふべし。 六一―六三
彼かれらを見、氣色けしきはれやかに答ふらく。彼等の歩履あゆみおそければいざ我等かしこに行かん、好兒よきこよ、望みをかたうせよ。 六四―六六
我等ゆくこと千歩にして、かの民なほ離るゝこと巧みなる投手なげての石のとゞくばかりなりしころ六七
彼等はみな高き岸なる堅き岩のほとりにあつまり、互ひに身をよせて動かず、おそれて道を行く人の見んとて止まる如くなりき 七〇―七二
ヴィルジリオ曰ふ。あゝさいはひに終れるものらよ、すでに選ばれし魂等よ、我は汝等のすべて待望む平安を指して請ふ 七三―七五
我等に山のなゝめにて上りうべきところを告げよ、そは知ることいと大いなる者時を失ふを厭ふことまたいと大いなればなり。 七六―七八
たとへば羊の、一づつ二づつまたは三づつをりをいで、殘れるものは臆してひくく目と口を垂れ 七九―八一
而して最初の者の爲す事をばこれに續く者皆傚ひて爲し、かの者止まれば、聲なく思慮こゝろなくその何故なるをも知らで、これがあたりに押合ふ如く 八二―八四
我はこの時かのさち多きむれ先手さきての、容端かたちたゞしく歩履あゆみいうにこなたに進み來るをみたり 八五―八七
さきに立つ者、わが右にあたりて光地に碎け、わが影岩に及べるをみ 八八―九〇
とゞまりて少しく後方うしろ退すされば、續いて來れる者は故をしらねどみなかくなせり 九一―九三
汝等問はざるも我まづ告げむ、汝等の見るものはこれ人のからだなり、此故に日の光地上に裂く 九四―九六
あやしむなかれ、信ぜよ、天より來る威能ちからによらで彼この壁にぢんとするにあらざるを。 九七―九九
師斯く、かのたふとき民手背てのおもてをもて示して曰ふ。さらば身をめぐらして先に進め。 一〇〇―一〇二
またそのひとりいふ。汝誰なりとも、かく歩みつゝ顏をこなたにむけて、世に我を見しことありや否やをおもへ。 一〇三―一〇五
我即ちかなたにむかひ、目を定めて彼を見しに、黄金こがねの髮あり、美しくして姿けだかし、されど一の傷ありてその眉の一を分てり 一〇六―一〇八
我謙へりくだりていまだみしことなしとつぐれば、彼はいざ見よといひてその胸の上のかたなる一の疵を我に示せり 一〇九―一一一
かくてほゝゑみていふ。我は皇妃コスタンツァの孫マンフレディなり、此故にわれ汝に請ふ、汝歸るの日 一一二―一一四
シチーリアとアラーゴナの名譽ほまれの母なるわが美しきむすめのもとにゆき、世の風評さた違はばまことを告げよ 一一五―一一七
わが身二の重傷いたでのために碎けしとき、われは泣きつゝ、かのよろこびて罪を赦したまふものにかへれり 一一八―一二〇
恐しかりきわが罪は、されどかぎりなき恩寵めぐみそのいと大いなるかひなをもて、すべてこれに歸るものをうく 一二一―一二三
クレメンテにそそのかされて我を狩りたるコセンツァの牧者、その頃神の聖經みふみの中によくこの教へを讀みたりしならば 一二四―一二六
わがからだの骨は、今も重き堆石つみいしに護られ、ベネヴェントに近き橋のたもとにありしなるべし 一二七―一二九
さるを今は王土のそとヴェルデの岸邊きしべに雨に洗はれ風にゆすらる、彼せる燈火ともしびをもてこれをかしこに移せるなり 一三〇―一三二
それ望みに緑の一點をとゞむる間は、人彼等の詛ひによりて全く滅び永遠とこしへの愛歸るをえざるにいたることなし 一三三―一三五
されどげに聖なる寺院の命にもとりて死する者、たとひつひに悔ゆといへども、その僭越なりし間の三十倍の時過ぐるまで 一三六―一三八
必ずそとなるこの岸にとゞまる、もし善き祈りによりて時の短くせらるゝにあらずば 一三九―一四一
請ふわがきコスタンツァに汝の我にあへる次第とこの禁制いましめとをうちあかし、汝がこの後我を悦ばすをうるや否やを見よ 一四二―一四四
そはこゝにては、世にある者の助けによりて、我等の得るところ大なればなり。 一四五―一四七


   第四曲

心の作用はたらきの一部喜びまたは憂ひを感ずる深ければ、魂こと/″\こゝにあつまり 一―三
また他の能力ちからをかへりみることなしとみゆ、知るべし、我等の内部うちに燃ゆる魂、一のみならじと思ふは即ち誤りなることを 四―六
この故に聞くこと見るもの、つよく魂をひきよすれば、人時の過ぐるを知らず 七―九
そは耳をとゞむる能力ちからは魂を全くむる能力ちからと異なる、後者はそのさまつながるゝに等しく前者にはきづななし 一〇―一二
我かの靈のいふところをきき且つはおどろきてしたしくこの事のまことなるをさとれり、そは我等かの魂等が我等にむかひ 一三―
聲をあはせて、汝等の尋ぬるものこゝにありと叫べる處にいたれる時、日はわがしらざる間にゆたかに五十をのぼりたればなり ―一八
葡萄黒むころ、たゞ一たばいばらをもて、村人むらびとかこあなといふとも、かのむれ我等をはなれし後 一九―
導者さきに我あとにたゞふたり登りゆきし徑路こみちよりは間々まま大いなるべし ―二四
サンレオにゆき、ノーリにくだり、ビスマントヴァを登りてその頂にいたるにもただ足あれば足る、されどこゝにては飛ばざるをえずと 二五―二七
即ち我に望みを與へ、わが光となりし導者にしたがひ、疾き翼深き願ひの羽を用ゐて 二八―三〇
我等は碎けし岩の間を登れり、がけ左右より我等に迫り、下なる地は手と足の助けを求めき 三一―三三
我等高きをか上縁うはべり、山の腰のひらけしところにいたれるとき、我いふ。わが師よ、我等いづれの路をえらばむ。 三四―三六
彼我に。汝一歩をも枉ぐるなかれ、さとき嚮導しるべの我等にあらはるゝことあるまで、たえず我に從ひて山を登れ。 三七―三九
いただきは高くして視力及ばず、また山腹は象限しやうげん中央なかばすぢよりはるかに急なり 四〇―四二
我疲れて曰ふ。あゝやさしき父よ、ふりかへりて我を見よ、汝若しとゞまらずば、我ひとりあとに殘るにいたらむ。 四三―四五
わが子よ、身をこの處まで曳き來れ。彼は少しく上方うへにあたりて山のこなたをことごとくめぐれる一の高臺パルツオを指示しつゝかくいへり 四六―四八
このことばにはげまされ、我は彼のあとより匍匐はひつゝわが足圓の上を踏むまでしひて身をすゝましむ 四九―五一
我等はこゝに、我等の登れるかたなりし東に向ひて倶に坐せり、そは人顧みて心を慰むる習ひなればなり 五二―五四
我まづ目を低きみぎはにそゝぎ、後これを擧げて日にむかひ、その光我等の左を射たるをあやしめり 五五―五七
詩人はわがかの光の車の我等とアクイロネの間を過ぐるをみていたく惑へることをさだかにさとり 五八―六〇
即ち我にいひけるは。若しカストレとポルルーチェ、光を上と下とにおくるかの鏡とともにあり 六一―六三
かつかのものその舊き道を離れずば、汝は赤き天宮の今よりもなほ北斗に近くめぐるをみるべし 六四―六六
汝いかでこの事あるやをさとるをねがはば、心をこめて、シオンとこの山と地上にその天涯を同じうし 六七―
その半球を異にするを思へ、さらば汝の智にしてもしよくあきらかにこゝにいたらば、かのフェートンがさちなくも
車を驅るを知らざりし路は何故に此の左、彼の右をかならず過ぐるや、汝これを知るをえむ。 ―七五
我曰ふ。わが師よ、才の足らじとみえしところを、げに今にいたるまで我かくあきらかにさとれることなし 七六―七八
さる學術にて赤道とよばれ、常に日と冬の間にありていと高くめぐる天の中帶は 七九―八一
汝の告ぐることわりにより、この處を北に距ること、希伯來人エブレオびとがこれをみしとき彼等を熱き地のかたに距れるに等し 八二―八四
されど我等いづこまで行かざるをえざるや、汝ねがはくは我にしらせよ、山高くそびえてわが目及ぶあたはざればなり。 八五―八七
彼我に。はじめ常に艱しといへども人の登るに從つてその勞を少うするはこれこの山の自然なり 八八―九〇
此故に汝これをたのしみ、のぼるの易きことあたかも舟にて流れを追ふごときにいたれば 九一―九三
すなはちこの徑路こみちく、汝そこにて疲れを休むることをうべし、わが汝に答ふるは是のみ、しかして我この事のまことなるを知る。 九四―九六
彼その言葉をへしとき、あたりに一の聲ありていふ。おそらくは汝それよりさきに坐せざるをえざるなるべし。 九七―九九
かくいふをききて我等各※(二の字点、1-2-22)ふりかへり、左に一の大いなる石を見ぬ、こは我も彼もさきに心をとめざりしものなりき 一〇〇―一〇二
我等かしこに歩めるに、そこには岩のうしろなる蔭にいこへるむれありてそのさま怠惰おこたりのため身を休むる人に似たりき 一〇三―一〇五
またそのひとりはよわれりとみえ、膝を抱いて坐し、顏を低くその間に垂れゐたり 一〇六―一〇八
我曰ふ。あゝうるはしきわが主、彼を見よ、かれ不精ぶせいを姉妹とすともかくおこたれるさまはみすまじ。 一〇九―一一一
この時彼我等のかたに對ひてその心をとめ、目をたゞもゝのあたりに動かし、いひけるは。いざ登りゆけ、汝は雄々をゝし。 一一二―一一四
我はこのときその誰なるやをしり、疲れ今もなほ少しくわがいきをはずませしかど、よくこの障礙しやうげにかちて 一一五―一一七
かれのもとにいたれるに、かれ殆んどかうべをあげず、汝は何故に日が左より車をはするをさとれりやといふ 一一八―一二〇
その無精ぶせいさまと短きことばとは、すこしくゑみをわが唇にうかばしむ、かくて我曰ふ。ベラックヮよ、我は今より 一二一―
また汝のために憂へず、されど告げよ、汝何ぞこゝに坐するや、導者を待つか、はたたゞ汝のりし習慣ならひに歸れるか。 ―一二六
彼。兄弟よ、登るも何の益かあらむ、門に坐する神の鳥は、我が苛責をうくるを許さざればなり 一二七―一二九
われ終りまで善き歎息なげきを延べたるにより、天はまづ門のそとにて我をめぐる、しかしてその時の長さは世にて我をめぐれる間と相等し 一三〇―一三二
若し恩惠めぐみのうちに生くる心のさゝぐる祈り(異祈あだしいのりは天聽かざれば何のかひあらむ)、これより早く我を助くるにあらざれば。 一三三―一三五
詩人既に我にさきだちて登りていふ。いざ來れ、見よ日は子午線に觸れ、夜は岸邊きしべより 一三六―一三八
はやその足をもてモロッコをおほふ。


   第五曲

我既にかの魂等とわかれてわが導者の足跡あしあとに從へるに、このとき一者ひとり後方うしろより我を指ざし 一―三
叫びていふ。見よ光下なるものの左を照さず、彼があたかも生者のごとく歩むとみゆるを。 四―六
我はこのことばを聞きて目をめぐらし、彼等のあやしみてわれひとり、ただわれひとりと、碎けし光とを目守まもるをみたり 七―九
師曰ふ。汝何ぞ心ひかれて行くことおそきや、彼等の私語さゝやき汝と何のかゝはりあらんや 一〇―一二
我につきて來れ、斯民このたみをその言ふにまかせよ、風吹くともいただきゆるがざるつよきやぐらの如く立つべし 一三―一五
そは思ひ湧き出でて思ひに加はることあれば、後の思ひ先の思ひの力をよわめ、人その目的めあてに遠ざかる習ひなればなり。 一六―一八
我行かんといふの外また何の答へかあるべき、人にしば/\ゆるしをえしむる色をうかめてわれ斯くいへり 一九―二一
かゝる間に、山の腰にそひ、横方よこあひより、かはる/″\憐れみたまへを歌ひつゝ、我等のすこしく前に來れる民ありき 二二―二四
彼等光のわが身にさへぎらるゝをみしとき、そのうたへる歌を長き嗄れたるあゝに變へたり 二五―二七
しかしてそのうちより使者つかひとみゆるものふたり、こなたにはせ來り、我等にこひていふ。汝等いかなるものなりや我等に告げよ。 二八―三〇
わが師。汝等たちかへり、汝等を遣はせるものに告げて、彼の身はまことの肉なりといへ 三一―三三
若しわがはかるごとく、彼の影を見て彼等止まれるならば、この答へにて足る、彼等に彼をあがめしめよ、さらば彼等益をえむ。 三四―三六
夜の始めに澄渡るそらを裂き、または日の落つるころ葉月はづき叢雲むらくもを裂く光といふとも、そのはやさ 三七―三九
かなたに歸りゆきし彼等には及ばじ、さてかしこに着くや彼等は殘れる者とともに恰も力のかぎり走るむれの如く足をこなたにめぐらせり 四〇―四二
詩人曰ふ。我等に押寄する民かず多し、彼等汝に請はんとて來る、されど汝止まることなく、行きつゝ耳をかたむけよ。 四三―四五
彼等來りよばはりていふ。あゝさいはひならんため生れながらの身と倶に行く魂よ、しばらく汝の歩履あゆみとゞめよ 四六―四八
我等の中に汝嘗て見しによりてその消息おとづれを世に傳ふるをうる者あるか、あゝ何すれぞ過行くや、汝何すれぞ止まらざるや 四九―五一
我等は皆そのかみ横死を遂げし者なり、しかして臨終いまはにいたるまで罪人つみびとなりしが、この時天の光我等をいましめ 五二―五四
我等は悔いつゝ赦しつゝ、神即ち彼を見るの願ひをもて我等の心をはげますものとやはらぎて世を去れるなり。 五五―五七
我。われよく汝等の顏をみれども、一だにしれるはなし、されど汝等の心にかなひわが爲すをうる事あらば、良日よきひもとに生れし靈よ 五八―六〇
汝等いへ、さらば我は、かゝる導者にしたがひて世より世にわが求めゆく平和を指してこれをなすべし。 六一―六三
一者ひとり曰ふ。汝誓はずとも我等みな汝の助けを疑はず、もし力及ばざるため意斷たるることなくば 六四―六六
この故に我まづひとりいひいでて汝に請ふ、汝ローマニアとカルロの國の間の國をみるをえば 六七―六九
汝の厚き志により、わがためにファーノの人々に請ひてよき祈りをささげしめ、我をしてわが重き罪を淨むるをえしめよ 七〇―七二
我はかしこの者なりき、されど我の宿れる血の流れいでし重傷ふかでをばわれアンテノリのふところに負へり 七三―七五
こはわがいと安全やすらかなるべしとおもへる處なりしを、エスティの者、正義の求むる範圍かぎりを超えて我を怨みこの事あるにいたれるなり 七六―七八
されどオリアーコにて追ひかるゝとき、若しはやくラ・ミーラのかたに逃げたらんには、我は息通いきかよふかなたに今もありしなるべし 七九―八一
われ澤に走りゆき、あしひぢとにからまりて倒れ、こゝにわが血筋ちすぢの地上につくれるうみを見ぬ。 八二―八四
この時また一者ひとりいふ。あゝねがはくは汝を引きてこの高山たかやまに來らしむる汝の願ひ成就せんことを、汝善きあはれみをもてわが願ひをたすけよ 八五―八七
我はモンテフェルトロの者なりき我はボンコンテなり、ジヨヴァンナも誰もわが事を思はず、此故にわれ顏を垂れて此等の者と倶に行く。 八八―九〇
我彼に。汝の墓の知られざるまで、カムパルディーノより汝を遠く離れしめしは、そも/\何の力何の運ぞや。 九一―九三
彼答ふらく。あゝカセンティーノの麓に、横さまに流るゝ水あり、隱家かくれがの上なるアペンニノより出で、名をアルキアーノといふ 九四―九六
われ喉を刺されし後、かちにて逃げつゝ野を血に染めて、かの流れの名消ゆる處に着けり 九七―九九
わが目こゝに見えずなりぬ、わが終焉をはりの詞はマリアの名なりき、われこゝに倒れ、殘れるものはたゞわが肉のみ 一〇〇―一〇二
われまことを汝に告げむ、汝これを生者しやうじやに傳へよ、神の使者つかひ我を取れるに地獄の使者よばはりて、天に屬する者よ 一〇三―
汝何ぞ我物を奪ふや、唯一しづくの涙の爲に彼我を離れ、汝彼の不朽の物を持行くとも我はその殘りをばわが心のまゝにあしらはんといふ ―一〇八
濕氣空に集りて昇り、冷えて凝る處にいたれば、直ちに水にかへること、汝のさだかに知るごとし 一〇九―一一一
さてかの者たゞ惡をのみ圖る惡意を智に加へ、そのさがよりうけし力によりて霧と風とを動かせり 一一二―一一四
かくて日暮れしとき、プラートマーニオよりかの大いなる連山にいたるまで、彼霧をもて溪を蔽ひ、上なる天を包ましむれば 一一五―一一七
密雲變じて水となり、雨りぬ、その地に吸はれざるものみな狹間はざまに入れ 一一八―一二〇
やがて多くの大いなる流れと合し、たふとき川に向ひて下るに、その馳することいとはやくして、何物もこれをひきとむをえざりき 一二一―一二三
たくましきアルキアーンははや強直こはばりしわが體をその口のあたりに見てこれをアルノに押流し、わが苦しみにたへかねしとき 一二四―
身をもて造れる十字架を胸の上より解き放ち、岸に沿ひまた底に沿ひて我をまろばし、遂に己が獲物えものをもて我を被ひ且つ卷けり。 ―一二九
この時第三の靈第二の靈に續いて曰ふ。あゝ汝世に歸りて遠き族程たびぢの疲れより身を休めなば 一三〇―一三二
われピーアを憶へ、シエーナ我を造りマレムマ我をこぼてるなり、こはえにしの結ばるゝころまづ珠の指輪をば 一三三―一三五
我に與へしものぞしるなる 一三六―一三八


   第六曲

ヅァーラの遊戲あそび果つるとき、敗者まくるものは悲しみて殘りつゝ、くりかへし投げて憂ひの中に學び 一―三
人々は皆勝者かつものとともに去り、ひとりまへに行きひとりうしろよりこれをひかへひとりかたへよりこれに己を憶はしむるに 四―六
かの者止まらず、彼に此に耳を傾け、また手を伸べて與ふればその人再び迫らざるがゆゑに、かくして身をまもりて推合おしあふことをく 七―九
我亦斯の如く、かのこみあへるむれの中にてかなたこなたにわが顏をめぐらし、約束をもてそのきづなを絶てり 一〇―一二
こゝにはアレッツオびとにてギーン・ディ・タッコのたけかひなに死せるもの及び追ひて走りつゝ水に溺れし者ゐたり 一三―一五
こゝにはフェデリーゴ・ノヴェルロ手を伸べて乞ひ、善きマルヅッコにその強きをあらはさしめしピサの者またしかなせり 一六―一八
我は伯爵コンテオルソを見き、また自らいへるごとく犯せる罪の爲にはあらで怨みと嫉みの爲に己がからだより分たれし魂を見き 一九―二一
こはピエール・ダ・ラ・ブロッチアの事なり、ブラバンテの淑女はこれがためこれより惡しきむれの中に入らざるやう世に在る間に心構こゝろがまへせよ 二二―二四
さてすべてこれ等の魂即ちはやくその罪を淨むるをえんとてたゞ人の祈らんことを祈れる者を離れしとき 二五―二七
我曰ひけるは。あゝわが光よ、汝はあきらかに詩の中にて、祈りが天のさだめを枉ぐるを否むに似たり 二八―三〇
しかしてこの民これをのみ請ふ、さらば彼等の望み空なるか、さらずば我よく汝のことばをさとらざるか。 三一―三三
彼我に。すこやかなる心をもてよくこの事を思ひみよ、わが筆し易く、彼等の望みあだならじ 三四―三六
そは愛の火たとひこゝにおかるゝもののたらはすべきことをたゞしばしのまに滿すとも、審判さばきの頂垂れざればなり 三七―三九
またわがこのことわりを陳べし處にては、祈り、神より離れしがゆゑに、祈れど虧處おちど補はれざりき 四〇―四二
されどかく奧深き疑ひについては、まことさとりの間の光となるべき淑女汝に告ぐるにあらずば心を定むることなかれ 四三―四五
汝さとれるや否や、わがいへるはベアトリーチェのことなり、汝はこの山のいただきに、さいはひにしてほゝゑめる彼の姿をみるをえむ。 四六―四八
我。主よいそぎてゆかむ、今は我さきのごとく疲れを覺えず、また山のはやその陰を投ぐるをみよ。 四九―五一
答へて曰ふ。我等は日のある間に、我等の進むをうるかぎりすゝまむ、されど事汝の思ふところと違ふ 五二―五四
いまだ巓にいたらざるまに、汝は今山腹にかくれて汝のためにその光を碎かれざる物また歸り來るを見む 五五―五七
されど見よ、かしこにたゞひとりゐて我等のかたをながむる魂あり、かの者我等にいと近き路を教へむ。 五八―六〇
我等これが許にいたりぬ、あゝロムバルディアの魂よ、汝の姿は軒昂けだかくまたいかめしく、汝の目はおごそかにまたゆるやかに動けるよ 六一―六三
かの魂何事をもいはずして我等を行かしめ、たゞ恰もやすらふ獅子のごとく我等を見たり 六四―六六
されどヴィルジリオこれに近づき、登るにいと易きところを我等に示さむことを請へるに、その問ひに答へず 六七―六九
たゞ我等に我等の國と状態ありさまをたづねき、このときうるはしき導者マントヴァ……といひかくれば、己ひとりを世とせし魂 七〇―七二
立ちて彼のかたにむかひてそのゐし處をはなれつゝ、あゝマントヴァ人よ、我は汝のまちの者ソルデルロなりといひ、かくて二者ふたり相抱きぬ 七三―七五
あゝ屈辱のイタリアよ、憂ひの客舍、劇しき嵐の中の水夫かこなき船よ、汝は諸州くに/″\の女王にあらずして汚れの家なり 七六―七八
かのたふとき魂は、たゞ己が生れしまちの麗しき名のよばるゝをきき、かく歡びてこの處に同郷人ふるさとびとを迎へしならずや 七九―八一
しかるに今汝の中には生者しやうじや敬ひをやむる時なく、一の垣一の濠に圍まるゝもの相互あひたがひに噛むことをなす 八二―八四
さちなきものよ、岸をめぐりて海のほとりの地をたづね、後汝のふところを見よ、汝のうちに一なりとも平和を樂しむ處ありや 八五―八七
かのユスティニアーノ汝のためにくつわ調とゝのへしかど、鞍空しくば何の益あらむ、この銜なかりせば恥は却つてすくなかるべし 八八―九〇
あゝ眞心まごゝろをもて神をあがめかつチェーザレを鞍に載すべき(汝等もしよく神のことばをさとりなば)人々よ 九一―九三
汝等手綱をとれるよりこのかた、拍車によりてめらるゝことなければ、見よこの獸のいかばかりたけくなれるやを 九四―九六
あゝドイツびとアルベルトよ、汝は鞍に跨るべき者なるに、この荒き御しがたき獸を棄つ 九七―九九
ねがはくは正しき審判さばき星より汝の血の上に降り、くすしく且つ顯著あらはにて、汝の後をくる者恐れをいだくにいたらんことを 一〇〇―一〇二
そは汝も汝の父も貪焚むさぼりのためにかの地にめられ、帝國の園をその荒るゝにまかせたればなり 一〇三―一〇五
來りて見よ、思慮なき人よ、モノテッキとカッペルレッティ、モナルディとフィリッペスキを、彼等既に悲しみ此等はおそる 一〇六―一〇八
來れ、無情の者よ、來りて汝の名門のしひたげらるゝを見、これをその難より救へ、汝またサンタフィオルのいかに安全やすらかなるやをみん 一〇九―一一一
來りて汝のローマを見よ、かれ寡婦やもめとなりてひとり殘され、晝も夜も泣き叫びて、わがチェーザレよ汝何ぞ我と倶にゐざるやといふ 一一二―一一四
來りて見よ、斯民このたみの相愛することいかに深きやを、若し我等を憐れむの心汝を動かさずば、汝己が名に恥ぢんために來れ 一一五―一一七
また斯く言はんもかしこけれど、あゝいと尊きジョーヴェ、世にて我等の爲に十字架にかゝり給へる者よ、汝正しき目をほかの處にむけたまふか 一一八―一二〇
はたこは我等の全く悟る能はざる福祉さいはひのためいと深き聖旨みむねの奧に汝の設けたまふそなへなるか 一二一―一二三
そは專横の君あまねくイタリアの諸邑まち/\に滿ち、匹夫朋黨に加はりてみなマルチェルとなればなり 一二四―一二六
わがフィオレンツァよ、汝この他事あだしことをきくともこは汝に干係かゝはりなければまことに心安からむ、汝をこゝにいたらしむる汝の民は讚むべきかな 一二七―一二九
義を心に宿す者多し、されど漫りに弓を手にするなからんためその射ること遲きのみ、然るに汝の民はこれを口のはしに置く 一三〇―一三二
公共おほやけの荷を拒むもの多し、然るに汝の民は招かれざるにはやくも身を進めて我自ら負はんとさけぶ 一三三―一三五
いざ喜べ、汝しかするはうべなればなり、汝富めり、汝泰平なり、汝さとし、わがこのことばの僞りならぬは事實よくこれをあかしす 一三六―一三八
文運かの如く開け、且つ古の律法おきてをたてしアテーネもラチェデーモナも、汝にくらぶればたゞさゝやかなる治國の道を示せるのみ 一三九―
汝の律法おきての絲はこまやかなれば、汝が十月につむぐもの、十一月のなかばまで保たじ ―一四四
げに汝が汝のおぼゆる時の間に律法おきてぜに職務つとめ習俗ならはしを變へ民を新たにせること幾度いくたびぞや 一四五―一四七
汝若しよく記憶をたどりかつ光をみなば、汝は自己おのれがあたかも病める女の軟毛わたげの上にやすらふ能はず、身を左右にめぐらして 一四八―一五〇
苦痛いたみを防ぐに似たるを見む 一五一―一五三


   第七曲

ふさはしきうれしき會釋ゑしやく三度みたび四度よたびに及べる後、ソルデルしざりて汝は誰なりやといふ 一―三
登りて神のみもとにいたるを魂等未だこの山にむかはざりしさきに、オッタヴィアーンわが骨を葬りき 四―六
我はヴィルジリオなり、ほかの罪によるにあらずたゞ信仰なきによりてわれ天を失へり。導者この時斯く答ふ 七―九
ふと目の前に物あらはるればその人あやしみて、こは何なり否あらずといひ、信じてしかして疑ふことあり 一〇―一二
かの魂もまたかくのごとくなりき、かくて目を垂れ、再びうや/\しく導者に近づき、しもべの抱くところをいだきて 一三―一五
いひけるは。あゝラチオびとさかえよ――汝によりて我等の言葉その力のきはみをあらはせり――あゝわが故郷ふるさと永遠とこしへの實よ 一六―一八
我を汝に遭はしめしは抑※(二の字点、1-2-22)何の功徳何の恩惠めぐみぞや我若し汝のことばを聞くのさいはひをえば請ふ告げよ汝地獄より來れるかそは何のかこひの内よりか。 一九―二一
彼これに答ふらく。我は悲しみの王土のうちなる諸※(二の字点、1-2-22)ひとやをへてこゝに來れり、天の威力ちから我を動かしぬ、しかしてわれこれとともに行く 二二―二四
爲すによるにあらず爲さざるによりて我は汝の待望み我の後れて知るにいたれる高き日を見るをえざるなり 二五―二七
下に一の處あり、苛責のために憂きにあらねどたゞ暗く、そこにきこゆる悲しみの聲は歎息ためいきにして叫喚さけびにあらず 二八―三〇
かしこに我は、人の罪よりかれざりしさきに死の齒に噛まれし稚兒をさなごとともにあり 三一―三三
かしこに我は、三の聖なる徳を着ざれど惡を離れほかの諸※(二の字点、1-2-22)の徳を知りてすべてこれを行へる者とともにあり 三四―三六
されど汝路をしりかつ我等に示すをうべくば、請ふ我等をして淨火のまことの入口にとくいたるをえせしめよ。 三七―三九
答へて曰ふ。我等は定まれる一の場所におかるゝにあらず、のぼるも※(「廴+囘」、第4水準2-12-11)めぐるも我これを許さる、われ導者となりて汝と倶に 四〇―
わが行くをうる處までゆくべし、されど見よ日は既に傾きぬ、夜登る能はざれば、我等うるはしき旅宿やどりを求めむ ―四五
右のかたなる離れし處に魂のむれあり、汝うけがはば我は汝を彼等の許に導かむ、汝彼等を知るを喜びとせざることあらじ。 四六―四八
答へて曰ふ。いかにしてこの事ありや、夜登らんとおもふ者はほかの者にさまたげらるゝかさらずば力及ばざるため自ら登る能はざるか。 四九―五一
善きソルデルロ指にて地をりていふ。見よ、このすぢをだに日入りて後は汝越えがたし 五二―五四
されどのぼり障礙しやうげとなるもの夜の闇のほかにはあらず、この闇能力ちからを奪ひて意志をさまたぐ 五五―五七
天涯晝をとぢこむる間は、汝げに闇とともにこゝをくだりまたは迷ひつゝ山の腰をめぐるをうるのみ。 五八―六〇
この時わが主驚くがごとくいひけるは。さらば請ふ我等を導き、汝の我等に喜びてとゞまるをうべしといへる處にいたれ。 六一―六三
我等少しくかしこを離れしとき、我は山の窪みてあたかも世の大溪おほたにの窪むに似たるところを見たり 六四―六六
かの魂曰ふ。かなたに山腹のみづからふところをつくるところあり、我等かしこにゆきて新たなる日を待たむ 六七―六九
忽ちけはしく忽ちたひらかなる一條の曲路我等を導いてかのあなほとりふちなかばより多く失せし處にいたらしむ 七〇―七二
金、純銀、朱、白鉛、光りてあざやかなるインドの木、碎けし眞際まぎはの新しき縁の珠も 七三―七五
※(二の字点、1-2-22)その色を比ぶれば、かの懷の草と花とに及ばざることなほ小の大に及ばざるごとくなるべし 七六―七八
自然はかしこをいろどれるのみならず、また千のかをりをもて一の奇しきわけ難きにほひを作れり 七九―八一
我見しにこゝには溪のため外部そとよりみえざりし多くの魂サルウェ・レーギーナを歌ひつゝ縁草あをくさの上また花の上に坐しゐたり 八二―八四
我等をともなへるマントヴァびといふ。たゞしばしの日全くその巣に歸るまでは、汝等我に導かれてかしこにゆくをねがふなかれ 八五―八七
汝等窪地くぼちにくだりてかの衆と倶にあらんより、この高臺パルツオにありて彼等を見なば却つてよくその姿と顏を認むるをえむ 八八―九〇
いと高き處に坐し、その責務つとめを怠りしごとくみえ、かつともの歌にあはせて口を動かすことをせざる者は 九一―九三
皇帝ロドルフォなりき、かれイタリアの傷を癒すをえたりしにその死ぬるにまかせたれば、人再びこれを生かさんとするともおそし 九四―九六
また彼を慰むるごとくみゆるは、モルタ、アルビアに、アルビア、海におくる水の流れいづる地を治めし者にて 九七―九九
名をオッタケッルロといへり、その襁褓むつきつゝまれし頃も、淫樂安逸をむさぼるその子ヴェンチェスラーオの鬚ある頃より遙に善かりき 一〇〇―一〇二
姿いとたふとき者としたしく相かたらふさまなるかの鼻の小さき者は百合の花をしをれしめつゝ逃げ走りて死したりき 一〇三―一〇五
かしこにこれのしきりに胸をうつをみよ、また彼のなげきつゝそのたなごゝろをもて頬の床となすを見よ 一〇六―一〇八
彼等はフランスの禍ひの父と舅なり、彼等彼のよこしまにして穢れたる世を送れるを知りこれがためにかく憂ひに刺さる 一〇九―一一一
身かの如く肥ゆとみえ、かつかの鼻の雄々しきともふしをあはせて歌ふ者はその腰に萬の徳の紐を纏ひき 一一二―一一四
若し彼のうしろに坐せる若き者その王位を繼ぎてながらへたりせば、この徳まことにうつはより器に傳はれるなるべし 一一五―一一七
但しほか嗣子よつぎについてはかくいひがたし、ヤーコモとフェデリーゴ今かの國を治む、いと善きものをばそのひとりだに繼がざりき 一一八―一二〇
それ人の美徳は枝を傳ひてのぼること稀なり、こはこれを與ふるもの、その己より出づるを知らしめんとてかく定めたまふによる 一二一―一二三
かの鼻の大いなる者も彼と倶にうたふピエルと同じくわがいへるところにかなふ、此故にプーリアもプロヴェンツァも今悲しみの中にあり 一二四―一二六
げにコスタンツァが今もその夫に誇ること遠くベアトリーチェ、マルゲリータの上に出づる如くに、樹は遠く種に及ばじ 一二七―一二九
簡易の一生を送れる王、イギリスのアルリーゴのかしこにひとり坐せるを見よ、かれの枝にはまされるあり 一三〇―一三二
彼等のうち地のいと低きところに坐して仰ぎながむる者は侯爵マルケーゼグイリエルモなり、彼の爲なりきアレッサンドリアとそのいくさとが 一三三―一三五
モンフェルラートとカナヴェーゼとを歎かしむるは。 一三六―一三八


   第八曲

なつかしき友に別れを告げし日、海行く者の思ひ歸りて心やはらぎ、また暮るゝ日をいたむがごとく 一―三
鐘遠くより聞ゆれば、はじめて異郷の旅にある人、愛に刺さるゝ時とはなりぬ
我は何の聲をもきかず、一の魂の立ちて手をもて請ひて、耳をかたむけしむるを見たり 七―九
この者手を合せてこれをあげ、目を東のかたにそゝぎぬ、そのさま神にむかひて、われ思ひをほかに移さずといふに似たりき 一〇―一二
テー・ルーキス・アンテその口よりいづるに、信念あらはれ調しらべうるはしくして悉くわが心を奪へり 一三―一五
かくて全衆これに和し、目を天球にむかはしめつゝ、聲うるはしく信心深くこの聖歌をうたひをはりき 一六―一八
讀者よ、いざ目を鋭くしてまことを見よ、そは被物おほひはげに今いと薄く、内部うちをうかがふこと容易なればなり 一九―二一
我はかのきはたかき者のむれの、やがて色あをざめ且つへりくだり、何者をか待つごとくにもだして仰ぎながむるを見き 二二―二四
またさきの削りとられし二の焔のつるぎをもち、高き處よりいでて下り來れるふたりの天使を見き 二五―二七
そのころもは、今えいでし若葉のごとく縁なりき、縁の羽に打たれあふられて彼等の後方うしろに曳かれたり 二八―三〇
そのひとりは我等より少しく上方うへにとゞまり、ひとりは對面むかひの岸にくだり、かくして民をその間にはさめり 三一―
我は彼等のかうべなる黄金こがねの髮をみとめしかど、その顏にむかへば、あたかも度を超ゆるによりて能力ちから亂るゝごとくわが目くらみぬ ―三六
ソルデルロ曰ふ。彼等ふたりは溪をまもりて蛇をふせがんためマリアのふところより來れるなり、この蛇たゞちにあらはれむ。 三七―三九
我これを聞きてそのいづれの路よりなるを知らざればあたりをみまはし、わが冷えわたる身をかの頼もしき背に近寄せぬ 四〇―四二
ソルデルロまた。いざ今より下りてかの大いなる魂のむれに入り、彼等に物言はむ、彼等はいたく汝等を見るを悦ぶなるべし。 四三―四五
下ることたゞ三歩ばかりにて我はやくも底につきしに、こゝにひとり、わが誰なるを思出さんと願ふ如く、たゞ我をのみ見る者ありき 四六―四八
はや次第に空の暮行く時なりしかど、その暗さははじめかくれたりしものを彼の目とわが目の間にあらはさざるほどにあらざりき 四九―五一
彼わがかたに進み我彼の方に進めり、貴き國司ニーンよ、汝が罪人つみびとの中にあらざるを見て、わが喜べることいかばかりぞや 五二―五四
我等うるはしき會釋ゑしやくの數をつくせしとき、彼問ひていふ。汝はるかに水を渡りて山の麓に來れるよりこの方いくばくの時をか經たる。 五五―五七
我彼に曰ふ。あゝ悲しみの地を過ぎてわが來れるは今朝けさの事なり、我は第一の生をうく、かく旅して第二の生をえんとすれども。 五八―六〇
わが答を聞けるとき、俄に惑へる人々のごとく、ソルデルロもかれもあとにしざりぬ 六一―六三
そのひとりはヴィルジリオに向へり、またひとり彼處かしこに坐せる者にむかひ、起きよクルラード、來りて神の惠深き聖旨みむねより出し事を見よと叫び 六四―六六
後我にむかひ。わたるべき處なきまで己が最初はじめ故由ゆゑよしめたまふものに汝の負ふ稀有けうの感謝を指して請ふ 六七―六九
大海おほうみのかなたに歸らば、わがジョヴァンナに告げて、罪なき者の祈り聽かるゝところにわがために聲をあげしめよ 七〇―七二
おもふに彼の母はその白き※(「巾+白」、第4水準2-8-83)かしらぎぬを變へしよりこのかた(あはれ再びこれを望まざるをえず)また我を愛せざるなり 七三―七五
人このためしをみてげにたやすくさとるをえむ、女の愛なるものは見ること觸るゝことによりて屡※(二の字点、1-2-22)燃やされずば幾何いくばくも保つ能はざるを 七六―七八
ミラーノびとを戰ひのにはにみちびく蝮蛇まむしも、ガルルーラの鷄のごとくはかの女の墓を飾らじ。 七九―八一
ほどよく心の中に燃ゆるたゞしきあつき思ひの印を姿にしてかれ斯くいへり 八二―八四
わが飽かざる目は天にのみ、あたかも軸いとちかき輪のごとく星のめぐりのいとおそき處にのみ行けり 八五―八七
わが導者。子よ何をか仰ぎながむるや。我彼に。かの三の燈火ともしびなり、南極これが爲にこと/″\く燃ゆ。 八八―九〇
彼我に。今朝けさ汝が見たる四のあざやかなる星かなたに沈み、此等は彼等のありし處にのぼれるなり。 九一―九三
彼語りゐたるとき、ソルデルロ彼をひきよせ、我等の敵を見よといひて指ざしてかなたをみせしむ 九四―九六
かの小さき溪のかこひなきところに一の蛇ゐたり、こは昔エーヴァににが食物くひものを與へしものとおそらくは相似たりしなるべし 九七―九九
身をなめらかならしむる獸のごとくしば/\頭を背にめぐらしてねぶりつゝ草と花とを分けてかの禍ひのひもぬ 一〇〇―一〇二
天の鷹の飛立ちしさまは我見ざればいひがたし、されど我は彼も此も倶に飛びゐたるをさだかに見たり 一〇三―
縁の翼そらを裂く響きをききて蛇逃げさりぬ、また天使等は同じ早さに舞ひのぼりつゝその定まれる處に歸れり ―一〇八
國司に呼ばれてその傍にゐたる魂は、この爭ひのありし間、片時かたときも瞳を我より離すことなかりき 一〇九―一一一
さていふ。願はくは汝を高きに導く燈火ともしび、汝の自由の意志のうちにて、かの※藥えうやく の巓に到るまで盡きざるばかりの多くの蝋をえんことを 一一二―
汝若しヴァル・ディ・マーグラとそのあたりの地のまことの消息おとづれをしらば請ふ我に告げよ、我は昔かしこにて大いなる者なりき ―一一七
われ名をクルラード・マラスピーナといへり、かのらうにあらずしてそのすゑなり、己が宗族うからにそゝげるわが愛今こゝにきよめらる。 一一八―一二〇
我彼に曰ふ。我は未だ汝等の國を過ぎたることなし、されどエウロパ全洲の中苟も人住む處にそのきこえなきことあらんや 一二一―一二三
汝等の家をたかむる美名よきなは、君をあらはし土地をあらはし、かしこにゆけることなきものもまた能くこれを知る 一二四―一二六
我汝に誓ひて曰はむ(願はくはわれ高きに達するをえんことを)、汝等の尊き一族やからは財布とつるぎにおけるほまれの飾を失はず 一二七―一二九
習慣ならはしと自然これに特殊の力を與ふるがゆゑに、罪あるかしら世をぐれどもひとり直く歩みてよこしまの道をかろんず。 一三〇―一三二
彼。いざゆけ、牡羊をひつじ四の足をもて蔽ひ跨がる臥床ふしどの中に、日の七度なゝたびやすまざるまに 一三三―一三五
ねんごろなるこの意見おもひは、人のことばよりも大いなる釘をもて汝のかうべ正中たゞなかに釘付けらるべし 一三六―一三八
審判さばき進路ゆくて支へられずば。 一三九―一四一


   第九曲

年へしティトネのそばめそのうるはしき友のかひなをはなれてはや東のうてなしらみ 一―三
そのひたひは尾をもて人を撃つ冷やかなる生物いきものかたどれる多くのたまに輝けり 四―六
また我等のゐたる處にては、夜はそののぼりの二歩を終へ、第三歩もはやその翼を下方に枉げたり 七―九
このとき我はアダモのゆづりを受くるによりて睡りに勝たれ、我等五者いつたりみな坐しゐたりし草の上に臥しぬ 一〇―一二
そのかみの憂ひを憶ひ起すなるべし可憐いとほしの燕朝近く悲しき歌をうたひいで 一三―一五
また我等の心、肉を離るゝこと遠く思にとらはるゝこと少なくして、その夢あたかもしんに通ずるごとくなる時
我は夢に、黄金こがねの羽ある一羽の鷲の、翼をひらきてそらかゝり、降らんとするをみきとおぼえぬ 一九―二一
また我はガニメーデがさらはれて神集かんづとひにゆき、そのともあとに殘されしところにゐたりとおぼえぬ 二二―二四
我ひそかに思へらく、この鳥恐らくはその習ひによりて餌をこゝにのみ求むるならむ、恐らくはこれをほかの處に得てもち舞上まひのぼるを卑しむならむと 二五―二七
さてしばらく※(「廴+囘」、第4水準2-12-11)めぐりて後、このもの電光いなづまのごとく恐ろしく下り來りて我をとらへ、火にいたるまで昇るに似たりき 二八―三〇
鳥も我もかの處にて燃ゆとみえたり、しかして夢の中なる火燒くことはげしかりければわが睡りおのづから破れぬ 三一―三三
かのアキルレが、目覺めてそのあたりを見、何處いづこにあるやをしらずして身をゆるがせしさまといふとも 三四―三六
(こはその母これをキロネより奪ひ、己がかひなにねむれる間にシロに移せし時の事なり、その後かのギリシアびとこれにかしこを離れしむ) 三七―三九
ねむり顏よりげしときわがうちふるひしさまに異ならじ、我はあたかも怖れのため氷に變る人の如くに色あをざめぬ 四〇―四二
わが傍には我を慰むる者のみゐたり、日は今高きこと二時ふたときにあまれり、またわが顏は海のかたにむかひゐたりき 四三―四五
わが主曰ふ。おそるゝなかれ、心を固うせよ、よき時來りたればなり、汝の力をみなあらはしておさふるなかれ 四六―四八
汝は今淨火に着けり、その周邊まはりをかこむ岩をみよ、岩分るゝとみゆる處にその入口あるをみよ 四九―五一
今よりしばさき、晝にさきだつ黎明あけぼのの頃、汝の魂かの溪を飾る花の上にて汝の中に眠りゐたるとき 五二―五四
ひとりの淑女來りて曰ふ、我はルーチアなり、我にこの眠れる者を齎らすを許せ、我斯くしてその路を易からしめんと 五五―五七
ソルデルとほかの貴き魂は殘れり、淑女汝を携へて日の出づるとともに登り來り、我はその歩履あゆみに從へり 五八―六〇
彼汝をこゝに置きたり、その美しき目はまづ我にかの開きたる入口を示せり、しかして後彼も睡りもともに去りにき。 六一―六三
まことあらはるゝに及び、疑ひ解けて心やすんじ、恐れを慰めに變ふる人のごとく 六四―六六
我は變りぬ、わが思ひわづらふことなきをみしとき、導者岩に沿ひて登り、我もつづいて高處たかみにむかへり 六七―六九
讀者よ、汝よくわが詩材のいかに高くなれるやを知る、されば我さらに多くのわざをもてこれを支へ固むるともあやしむなかれ 七〇―七二
我等近づき、一の場所にいたれるとき、さきにわが目に壁を分つわれめに似たる一のひまありとみえしところに 七三―七五
我は一の門と門にいたらんためその下に設けし色異なれる三のきだと未だ物言はざりしひとりの門守かどもりを見たり 七六―七八
またわが目いよ/\かなたを望むをうるに從ひ、我は彼が最高ききだの上に坐せるをみたり、されどその顏をばわれみるに堪へざりき 七九―八一
彼手に一の白刃しらはを持てり、この物光をうつしてつよく我等の方に輝き、我屡※(二の字点、1-2-22)目を擧ぐれども益なかりき 八二―八四
彼曰ふ。汝等何を欲するや、その處にてこれをいへ、導者いづこにかある、漫りに登り來りて自ら禍ひを招く勿れ。 八五―八七
わが師彼に答へて曰ふ。此等の事にくはしき天の淑女今我等に告げて、かしこにゆけそこに門ありといへるなり。 八八―九〇
門守かどもりねんごろに答へていふ。願はくは彼さいはひの中に汝等の歩みを導かんことを、さらば汝等我等のきだまで進み來れ。 九一―九三
我等かなたにすゝみて第一のきだのもとにいたれり、こは白き大理石にていと清くつややかなれば、わが姿そのまゝこれにうつりてみえき 九四―九六
第二の段は色ペルソより濃き、あらき燒石にて縱にも横にも罅裂ひゞありき 九七―九九
上にありて堅き第三の段は斑岩はんがんとみえ、脈より迸る血汐のごとく赤くきらめけり 一〇〇―一〇二
神の使者つかひ兩足もろあしをこの上に載せ、金剛石とみゆる閾のうへに坐しゐたり 一〇三―一〇五
この三の段をわが導者は我をきてよろこびて登らしめ、汝うやうやしく彼に※(「戸の旧字/炯のつくり」、第3水準1-84-68)とざしをあけんことを請へといふ 一〇六―一〇八
我まづ三度みたびわが胸を打ち、後つゝしみて聖なる足の元にひれふし、慈悲をもてわがために開かんことを彼に乞へり 一〇九―一一一
彼七のつるぎさきにてわが額にしるし、汝内に入らば此等の疵を洗へといふ 一一二―一一四
灰または掘上ほりあげし乾ける土はその衣と色等しかるべし、彼はかゝる衣の下より二のかぎ引出ひきいだせり 一一五―一一七
その一は金、一は銀なりき、初め白をもて次に黄をもて、かれ門をわが願へるごとくにひらき 一一八―一二〇
さて我等にいひけるは。この鑰のうち一若し缺くる處ありてほどよく※(「戸の旧字/炯のつくり」、第3水準1-84-68)とざしなかにめぐらざればこの入口ひらかざるなり 一二一―一二三
一はことに價たふとし、されど一はむすびほぐすものなるがゆゑにあくるにあたりて極めて大なるわざさとりもとむ 一二四―一二六
我此等をピエルより預かれり、彼我に告げて、民わが足元にひれふさば、むしろ誤りて開くとも誤りてぢおく勿れといへり。 一二七―一二九
かくて聖なる門の扉を押していひけるは。いざ入るべし、されど汝等わが誡めを聞け、すべて後方うしろを見る者はそとに歸らむ。 一三〇―一三二
聖なる門のなりよき強き金屬かね肘金ひぢがね肘壺ひぢつぼの中にまはれるときにくらぶれば 一三三―一三五
かの良きメテルロを奪はれし時のタルペーアも(この後これがために瘠す)その叫喚わめきあらがへることなほこれに若かざりしなるべし 一三六―一三八
我は最初はじめの響きに心をとめてかなたにむかひ、うるはしき調しらべにまじれる聲のうちにテー・デウム・ラウダームスを聞くとおぼえぬ 一三九―一四一
わが耳にきこゆるものは、あたかも人々立ちてがくうつはにあはせてうたひその詞きこゆることあり 一四二―一四四
きこえざることある時の響きに似たりき 一四五―一四七


   第十曲

我等門の閾の内に入りし後(魂の惡き愛ゆがめる道をなほく見えしむるためこの門開かるゝこと稀なり) 一―三
我は響きをききてその再び閉されしことを知りたり、我若し目をこれにむけたらんには、いかなるわびも豈この咎にふさはしからんや 四―六
我等は右に左に紆行うねりてそのさまあたかも寄せては返す波に似たる一の石の裂目さけめを登れり 七―九
わが導者曰ふ。我等は今ふちの逼らざるところを求めてかなたこなたに身を寄するため少しくわざを用ゐざるをえず。 一〇―一二
この事我等の歩みをおそくし、虧けたる月安息やすみを求めてその床に歸れる後 一三―一五
我等はじめてかの針眼はりのめを出づるをえたり、されど山後方しりへにかたよれる高き處にいたりて、我等自由に且つゆるやかになれるとき 一六―一八
われ疲れ、彼も我も定かに路をしらざれば、われらは荒野あらのの道よりさびしき一の平地ひらちにとゞまれり 一九―二一
空處にとなれるそのへりと、たえず聳ゆる高き岸のもととの間は、人の身長みのたけたびはかるに等しかるべし 二二―二四
しかしてわが目その翼をはこぶをうるかぎり右にても左にてもこのうてなすべてかくの如く見えき 二五―二七
我等の足未だその上を踏まざるさきに、我は垂直にして登るあたはざるまはりの岸の 二八―三〇
純白の大理石より成り、かのポリクレートのみならず、自然もなほ恥づるばかりの彫刻ほりものをもて飾らるゝをみたり 三一―三三
天を開きてその長きいましめを解きし平和(許多あまたの年の間、世の人泣いてこれを求めき)を告げしらせんとて地に臨める天使の 三四―三六
うるはしき姿との處にきざまれ、ものいはぬ像と見えざるまで眞に逼りて我等の前にあらはれぬ 三七―三九
誰か彼がさちあれといひゐたるを疑はむ、そは尊き愛を開かんとて鑰を※(「廴+囘」、第4水準2-12-11)まはせる女のかたちかしこにあらはされたればなり 四〇―四二
しかしてはしため見よといふ言葉、あたかも蝋に印影かたさるゝごとくあざやかにその姿にられき 四三―四五
汝思ひを一の處にのみ寄する勿れ。人の心臟こゝろのあるかたに我をおきたるうるはしき師斯くいへり 四六―四八
我即ち目をめぐらして見しに、マリアの後方うしろ、我を導ける者のゐたるかなたに 四九―五一
岩に彫りたるほかの物語ありき、このゆゑに我はこれをわが目のさきにあらしめんとてヴィルジリオを超えて近づきぬ 五二―五四
そこには同じ大理石の上に、かの聖なるはこを曳きゐたる事と牛ときざまれき(人この事によりてゆだねられざる職務つとめを恐る) 五五―五七
その前には七の組に分たれし民見えたり、彼等はみなわが官能の二のうち、一に否と一に然り歌ふといはしむ 五八―六〇
これと同じく、わが目と鼻の間には、かしこにゑりたる薫物たきものの煙について然と否との爭ひありき 六一―六三
かしこに謙遜へりくだれる聖歌の作者きぬひき※(「寨」の「木」に代えて「衣」、第3水準1-91-84)かゝげて亂れ舞ひつゝ恩惠めぐみうつはにさきだちゐたり、この時彼は王者わうじやに餘りて足らざりき 六四―六六
むかひかたには大いなる殿とのの窓のほとりにゑがかれしミコル、蔑視さげすみ悲しむ女の如くこれをながめぬ 六七―六九
我わが立てる處をはなれ、ミコルの後方うしろに白く光れる一の物語をわが近くにみんとて足をはこべば 七〇―七二
こゝには己が徳によりてグレゴーリオを動かしこれに大いなる勝利かちをえしめしローマの君の榮光高き事蹟を寫せり 七三―七五
わが斯くいへるは皇帝トラヤーノの事なり、ひとりの寡婦やもめ涙と憂ひを姿にあらはし、その轡のほとりに立てり 七六―七八
君のまはりには多くの騎馬武者むらがりて押しあふごとく、またその上には黄金こがねの中なる鷲風にたゞよふごとく見えたり 七九―八一
すべてこれらの者のなかにてかのさちなき女、主よわがためにわが子の仇を報いたまへ、彼死にてわが心いたくいたむといひ 八二―八四
彼はこれに答へて、まづわが歸るまで待てといふに似たりき、また女、あたかも歎きのために忍ぶあたはざる人の如く、我主よ 八五―八七
若し歸り給はずばといひ、彼、我に代る者汝の爲に報いんといひ、女又、汝己の爲すべき善を思はずば人善を爲すとも汝に何のかゝはり在らん 八八―
といひ、彼聞きて、今は心を安んぜよ、我わが義務つとめを果して後行かざるべからず、正義これを求め、慈悲我をむといふに似たりき ―九三
未だ新しき物を見しことなきもの、この見るをうべき詞を造りたまへるなり、こは世にあらざるがゆゑに我等にめづらし 九四―九六
かく大いなる謙遜を表はしその造主つくりぬしの故によりていよ/\たふときこれらのかたちをみ、われ心を喜ばしゐたるに 九七―九九
詩人さゝやきていふ。見よこなたに多くの民あり、されどそのあゆみは遲し、彼等われらに高ききざはしにいたる路を教へむ。 一〇〇―一〇二
ながむることにのみれるわが目も、その好む習ひなるめづらしき物をみんとて、たゞちに彼のかたにむかへり 一〇三―一〇五
讀者よ、げに我は汝が神何によりて負債おひめを償はせたまふやを聞きて己の善き志より離るゝを願ふにあらず 一〇六―一〇八
心を苛責の状態ありさまにとむるなかれ、その成行なりゆきを思へ、そのいかにあしくとも大なる審判さばきの後まで續かざることを思へ 一〇九―一一一
我曰ふ。師よ、こなたに動くものをみるに姿人の如くならず、されどわが目迷ひて我その何なるを知りがたし。 一一二―一一四
彼我に。苛責の重荷おもに彼等を地にかゞましむ、されば彼等の事につきわが目もはじめ爭へるなり 一一五―一一七
されど汝よくかしこをみ、かの石の下になりて來るものをみわくべし、汝は既におのおののいかになやむやを認むるをえむ。 一一八―一二〇
※(二の字点、1-2-22)たかぶる基督教徒クリステイアンよ、さちなき弱れる人々よ、汝等精神たましひの視力衰へ、後退あとじさりして進むとなす 一二一―一二三
知らずや人は、はだかのまゝ飛びゆきて審判さばきをうくる靈體の蝶を造らんとて生れいでし蟲なることを 一二四―一二六
汝等は羽ある蟲のまつたからず、這ふ蟲の未だ成り終らざるものに似たるに、汝等の精神たましひ何すれぞ高く浮び出づるや 一二七―一二九
天井または屋根を支ふるため肱木ひぢきに代りてをりふし一の像の膝を胸にあて 一三〇―一三二
まことならざる苦しみをもて眞の苦しみを見る人に起さしむることあり、われ心をとめて彼等をみしにそのさままた斯の如くなりき 一三三―一三五
但し背に負ふ物の多少に從ひ、彼等の身を縮むること一樣ならず、しかして最も忍耐強しのびづよしと見ゆる者すら 一三六―一三八
なほ泣きつゝ、我堪へがたしといふに似たりき 一三九―一四一


   第十一曲

限らるゝにあらず、高き處なる最初はじめ御業みわざをいと潔く愛したまふがゆゑに天にいます我等の父よ 一―三
願はくは萬物よろづのものうるはしき聖息みいきに感謝するのふさはしきをおもひ、聖名みな聖能みちからめたたへんことを 四―六
爾國みくにの平和を我等のもとに來らせたまへ、そは若し來らずば、我等こゝろばせを盡すとも自ら到るあたはざればなり 七―九
天使等みつかひたちオザンナを歌ひつゝ己が心を御前みまへにさゝげまつるなれば、人またその心をかくのごとくにさゝげんことを 一〇―一二
今日けふも我等に日毎のマンナを與へたまへ、これなくば、この曠野あらのをわけて進まんとて、最もつとむる者も退く 一三―一五
我等のうけしそこなひをわれら誰にも赦すごとく、汝も我等の功徳くどくを見たまはず、聖惠みめぐみによりて赦したまへ 一六―一八
いとよわき我等の力を年へし敵のこゝろみにあはせず、巧みにこれをそゝのかす者よりねがはくは救ひ出したまへ 一九―二一
この最後をはりの事は、愛する主よ、我等ぎまつるに及ばざれども、かくするはげに己の爲にあらずしてあとに殘れる者のためなり。 二二―二四
斯く己と我等のためにさち多き旅を祈りつゝ、これらの魂は、人のをりふし夢に負ふごとき重荷おもにを負ひ 二五―二七
等しからざる苦しみをうけ、みな疲れ、世の濃霧こききりを淨めつゝ第一のうてなの上をめぐれり 二八―三〇
彼等もし我等のためにかしこにたえずさいはひを祈らば、己が願ひに良根よきねを持つ者、こゝに彼等のために請ひまた爲しうべき事いかばかりぞや 三一―三三
我等は彼等が清く輕くなりて諸※(二の字点、1-2-22)の星の輪にいたるをえんため、よく彼等を助けて、そのこゝよりもたらせし汚染しみを洗はしむべし 三四―三六
あゝ願はくは正義と慈悲速かに汝等の重荷おもにを取去り、汝等翼を動かして己が好むがまゝに身を上ぐるをえんことを 三七―三九
請ふいづれの道のきざはしにいとちかきやを告げよ、またもしこみち一のみならずば、けはしからざるものを教へよ 四〇―四二
そは我にともなふこの者、アダモの肉のころも重荷おもにあるによりて、心いそげど登ることおそければなり。 四三―四五
我を導く者斯くいへるとき、彼等の答への誰より出でしやはあきらかならざりしかど 四六―四八
その言にいふ。岸を傳ひて我等とともに右によ、さらば汝等は生くる人の登るをうべきこみちを見ん 四九―五一
我若しわが傲慢たかぶりうなじめ、たえずわが顏を垂れしむるこの石に妨げれずば 五二―五四
名は聞かざれど今も生くるその者に目をとめ、わが彼を知るや否やをみ、この荷のために我を憐ましむべきを 五五―五七
我はラチオの者にて、一人ひとりの大いなるトスカーナびとより生れぬ、グイリエルモ・アルドブランデスコはわが父なりき、この名汝等の間に 五八―
聞えしことありや我知らず、わが父祖の古き血とむべきわざ我を僭越ならしめ、我は母の同じきをおもはずして ―六三
何人をもいたく侮りしかばそのために死しぬ、シエーナびとこれを知り、カムパニヤティーコの稚兒をさなごもまたこぞりてこれをしる 六四―六六
我はオムベルトなり、たゞ我にのみ傲慢たかぶり害をなすにあらず、またわが凡ての宗族うからをば禍ひの中にひきいれぬ 六七―六九
神の聖心みこゝろやはらぐ日までわれ此罪のためにこゝにこの重荷を負ひ、生者しやうじやの間に爲さざりしことを死者の間になさざるべからず。 七〇―七二
我は聞きつゝかうべを垂れぬ、かれらのひとり(語れる者にあらず)そのわづらはしき重荷の下にて身をゆがめ 七三―七五
我を見て誰なるやを知り、彼等と倶に全くかゞみて歩める我に辛うじて目を注ぎつゝ我を呼べり 七六―七八
我彼に曰ふ。あゝ汝はアゴッビオのほまれ巴里パリージにて色彩しきさいとなへらるゝわざの譽なるオデリジならずや。 七九―八一
彼曰ふ。兄弟よ、ボローニアびとフランコの描けるもののはなやかなるには若かじ、彼今すべてのほまれをうく、我のうくるは一部のみ 八二―八四
わが生ける間は我しきりに人をしのがんことをねがひ、心これにのみむかへるが故に、げにかくゆづるあたはざりしなるべし 八五―八七
我等こゝにかゝる傲慢たかぶり負債おひめを償ふ、もし罪を犯すをうるときわれ神に歸らざりせば、今もこの處にあらざるならむ 八八―九〇
あゝ人力のさかえむなし、衰へる世の來るにあはずばそのいたゞきの縁いつまでか殘らむ 九一―九三
繪にてはチマーブエ、覇を保たんとおもへるに、今はジオットの呼聲よびごゑ高く、彼の美名よきなかすかになりぬ 九四―九六
また斯の如く一のグイード他のグイードより我等の言語ことばの榮光を奪へり、しかしてこの二者ふたりを巣より逐ふ者恐らくは生れ出たるなるべし 九七―九九
夫れ浮世うきよ名聞きこえは今此方こなたに吹き今彼方かなたに吹き、その處を變ふるによりて名を變ふる風の一息ひといきに外ならず 一〇〇―一〇二
汝たとひ年へし肉を離るゝため、パッポ、ディンディを棄てざるさきに死ぬるよりは多く世にしらるとも 一〇三―一〇五
千年ちとせに亙らむや、しかも千年を永劫に較ぶればその間の短きこと一のまたゝきをいとおそくめぐる天に較ぶるより甚し 一〇六―
路をきざみてわが前をゆく者はかつてその名をあまねくトスカーナに響かせき、しかるに今はシエーナにても(その頃たかぶり今けがるゝフィレンツェの劇しきいかり亡ぼされし時彼はかしこの君なりき)殆んど彼のことをさゝやく人なし ―一一四
汝等の名は草の色のあらはれてまたきゆるに似たり、しかして草をやはらかに地よりいでしむるものまたその色をうつろはす。 一一五―一一七
我彼に。汝のまことことば善き謙遜をわが心にそゝぎ、汝わが大いなるほこりをしづむ、されど汝が今語れるは誰の事ぞや。 一一八―一二〇
答へて曰ふ。プロヴェンツァン・サルヴァーニなり、彼心驕りてシエーナを悉くその手に握らんとせるがゆゑにこゝにあり 一二一―一二三
彼は死にしより以來このかたかくのごとく歩みたり、また歩みてやすらふことなし、凡て世にきものあまりにふとき者かゝる金錢かねを納めてあがなひしろとす。 一二四―一二六
我。生命いのちの終り近づくまで悔ゆることをせざりし靈かの低き處に殘り、善き祈りの助けによらでは 一二七―
そのよはひに等しき時過ぐるまで、こゝに登るあたはずば、彼何ぞかく來るを許されしや。 ―一三二
彼曰ふ。彼榮達を極めし頃、一切の恥を棄て、自ら求めてシエーナのカムポにとゞまり 一三三―一三五
その友をカルロのひとやの中にうくる苦しみの中より救ひいださんとて、己が全身をかしこに震はしむるにいたれり 一三六―一三八
我またいはじ、我わがことばの暗きを知る、されど少時しばらくせば汝の隣人となりびと等その爲すところによりて汝にこれをさとるをえしめむ 一三九―一四一
このおこなひなりき彼のためにかの幽閉を解きたるものは。 一四二―一四四


   第十二曲

我はかの重荷を負へる魂と、あたかもくびきをつけてゆく二匹の牡牛のごとく並びて、うるはしき師の許したまふ間歩めり 一―三
されど師が、彼をあとに殘して行け、こゝにては人各※(二の字点、1-2-22)帆と櫂をもてその力のかぎり船を進むべしといへるとき 四―六
我は行歩あゆみ要求もとめに從ひ再び身をなほくせり、たゞわが思ひはもとのごとく屈みてかつ低かりき 七―九
我既に進み、よろこびてわが師の足にしたがひ、彼も我も既に身のいかに輕きやをあらはしゐたるに 一〇―一二
彼我に曰ふ。目を下にむけよ、道をたのしからしめむため、汝の足を載するゆかを見るべし。 一三―一五
められし者の思出おもひでにとて、その上なる平地ひらちの墓に、ありし昔の姿きざまれ 一六―一八
たゞ有情うじやうの者をのみ蹴る記憶のはりの痛みによりてしば/\涙を流さしむることあり 一九―二一
我見しに、山より突出つきいでて路を成せるかの處みなまた斯の如く、かたちをもて飾られき、されどわざにいたりては巧みなることその比に非ず 二二―二四
我は一側かたがはに、萬物よろづのもののうち最も尊く造られし者が天より電光いなづまのごとく墜下おちくだるを見き 二五―二七
また一側に、ブリアレオが、天の矢にあたり、死にひやされて重く地に伏せるを見き 二八―三〇
我はティムプレオを見き、我はパルラーデとマルテを見き、彼等猶武器をとりその父の身邊まはりにゐて巨人等の切放たれしからだ凝視みつむ 三一―三三
我はネムブロットが、あたかも惑へるごとく、かの大いなる建物たてもののほとりに、己と共にセンナールにてたかぶれる民をながむるをみき 三四―三六
あゝニオベよ、殺されし汝の子七人なゝたりと七人の間に彫られし汝の姿を路にみしときわが目はいかにうれはしかりしよ 三四―三六
あゝサウルよ、汝の己がつるぎに伏してジェルボエ(この山この後雨露あめつゆをしらざりき)に死せるさまさながらにこゝに見ゆ 四〇―四二
あゝ狂へるアラーニエよ、我また汝が既になかば蜘蛛となり、さちなく織りたる織物の截餘きれの上にて悲しむを見き 四三―四五
あゝロボアムよ、こゝにては汝の姿も、はやおびやかすあたはじとみえ、未だ人に追はれざるにいたく恐れて車を走らす 四六―四八
硬き鋪石しきいしはまたアルメオンが、かの不吉なるかざりの價のたふとさをその母にしらしめしさまを示せり 四九―五一
またセンナケリプをその子等神宮みやの中にて襲ひ、その死するや、これをかしこに殘して去れるさまを示せり 五二―五四
またタミーリの行へる殘害そこなひむごほふりを示せり――この時彼チロにいふ、汝血に渇きたりき、我汝に血を滿さんと 五五―五七
またオロフェルネの死せるとき、アッシーリアびとの敗れ走れるさまと殺されし者の遺物かたみを示せり 五八―六〇
我は灰となりいはやとなれるトロイアを見き、あゝイーリオンよ、かしこにみえし彫物ほりものかたちは汝のいかに低くせられ衰へたるやを示せるよ 六一―六三
すぐるゝ才ある者といふとも誰とて驚かざるはなきかげすぢとをあらはせるは、げにいかなる畫筆ゑふでまたは墨筆すみふでの妙手ぞや 六四―六六
死者は死するに生者は生くるに異ならず、まのあたり見し人なりとて、わがかゞみて歩める間に踏みし凡ての事柄を我よりよくは見ざりしなるべし 六七―六九
エーヴァの子等よいざ誇れ、汝等かうべを高うして行き、己が禍ひの路を見んとて目をひくく垂るゝことなかれ 七〇―七二
つなぎはなれぬわが魂のさとれるよりも、我等はなほ多く山をめぐり、日はさらに多くその道をゆきしとき 七三―七五
常に心を用ゐて先に進めるものいひけるは。かうべが擧げよ、時足らざればかく思ひに耽りてゆきがたし 七六―七八
見よかなたにひとりの天使ありて我等のもとに來らんとす、見よ第六の侍婢はしための、晝につかふること終りて歸るを 七九―八一
うやまひをもて汝の姿容すがたかたちを飾れ、さらば天使よろこびて我等を上に導かむ、この日再びあしたとならざることをおもへ。 八二―八四
我は時を失ふなかれとの彼の誡めに慣れたれば、彼のこの事について語るところ我に明かならざるなかりき 八五―八七
美しき者こなたに來れり、そのころもは白く、顏はさながらまたゝく朝の星のごとし 八八―九〇
かひなをひらきまた羽をひらきていふ。來れ、この近方ちかくきざはしあり、しかして汝等今より後は登り易し。 九一―九三
それ來りてこの報知しらせを聞く者甚だまれなり、高く飛ばんために生れし人よ、汝等すこしの風にあひてかく墜ちるは何故ぞや 九四―九六
彼我等を岩の截られたる處にみちびき、こゝに羽をもてわが額を打ちて後、我にのぼりの安らかなるべきことを約せり 九七―九九
ルバコンテの上方かみてに、めでたく治まるまちをみおろす寺ある山に登らんため、右にあたりて 一〇〇―一〇二
のぼりの瞼しさきだ(こは文書ふみ樽板たるいたの安全なりし世に造られき)に破らる 一〇三―一〇五
こゝにても次の圓よりいと急に垂るゝ岸、かゝる手段てだてによりてゆるまりぬ、されど右にも左にも身は高き石に觸る 一〇六―一〇八
我等かしこにむかへるとき、聲ありて、靈の貧しき者は福なりと歌へり、そのさま詞をもてあらはすをえじ 一〇九―一一一
あゝこれらのこみちの地獄のそれと異なることいかばかりぞや、こゝにては入る者歌に伴はれ、かしこにては恐ろしき歎きの聲にともなはる 一一二―一一四
我等既に聖なるきだを踏みて登れり、また我はさきに平地ひらちにありしときより身のはるかに輕きを覺えき 一一五―一一七
是に於てか我。師よ告げよ、何の重き物我より取られしや、我行けども殆んど少しも疲勞つかれを感ぜず。 一一八―一二〇
答へて曰ふ。消ゆるばかりになりてなほ汝の顏に現れる、その一のごとく全く削り去らるゝ時は 一二一―一二三
汝の足善き願ひに勝たるゝがゆゑに疲勞つかれをしらざるのみならず上方うへに運ばるゝをよろこぶにいたらむ。 一二四―一二六
頭に物を載せてあゆみ自らこれを知らざる人、ほかの人々の素振そぶりをみてはじめてあやしみの心をおこせば 一二七―一二九
手は疑ひをはらさんため彼を助けさぐり得て、目の果し能はざるつとめを行ふ、この時わが爲せることまたかゝる人に似たりき
我はわがひらける右手めての指によりて、かの鑰を持つもののわが額にきざめる文字たゞ六となれるをしりぬ 一三三―一三五
導者これをみて微笑ほゝゑみたまへり


   第十三曲

我等きざはしの頂にいたれば、登りて罪を淨むる山、こゝにふたゝび截りとられ 一―三
一のうてなをかを卷くこと第一の圈の如し、たゞ異なるはその弧線アルコのいよ/\はやくまがるのみ 四―六
こゝにはかたあやもみえず、岸も路もなめらかにみえて薄黒き石の色のみあらはる 七―九
詩人曰ふ。我等路を尋ねんためこゝにて民を待たば、我は我等の選ぶことおそきに過ぐるあらんを恐る。 一〇―一二
かくて目を凝らして日を仰ぎ、身をその右の足に支へ、左のわきをめぐらして 一三―
いふ。あゝ麗しき光よ、汝に頼恃よりたのみてこの新らしき路に就く、願はくは汝我等を導け、そは導く者なくば我等この内に入るをえざればなり ―一八
汝世をあたゝめ、汝その上に照る、若し故ありて妨げられずば我等は汝の光をもて常に導者となさざるべからず。 一九―二一
心進むによりて時立たず、我等かの處よりゆくこと既にこの世の一ミーリアにあたる間におよべり 二二―二四
この時多くの靈の、愛の食卓つくゑに招かんとて懇に物いひつゝこなたに飛來る音きこえぬ、されど目には見えざりき 二五―二七
飛過ぎし第一の聲は、彼等に酒なしと高らかにいひ、これをくりかへしつゝ後方うしろに去れり 二八―三〇
この聲未だ遠く離れて全く聞えざるにいたらざるまに、いま一つの聲、我はオレステなりと叫びて過行き、これまた止まらず 三一―三三
我曰ふ。あゝ父よ、こは何の聲なりや。かく問へる時しもあれ、見よ第三の聲、汝等をしひたげし者を愛せといふ 三四―三六
この時善き師。この圈嫉妬ねたみの罪をむちうつ、このゆゑにむちの紐愛よりらる 三七―三九
くつわは必ず響きを異にす、我のはかるところによれば、汝これをゆるしこみちに着かざるさきに聞くならむ 四〇―四二
されど目をゑてよくかなたを望め、我等の前に坐する民あり、各※(二の字点、1-2-22)岩にもたれて坐せり。 四三―四五
このとき我いよ/\大きく目を開きてわが前方まへを望み、その色石と異なることなきころもを着たる魂を見き 四六―四八
我等なほ少しく先に進める時、マリアよ我等の爲に祈り給へとよばはりまたミケーレ、ピエル及び諸※(二の字点、1-2-22)の聖徒よと喚ばはる聲を我は聞きたり 四九―五一
思ふに今日地上を歩むいかにかたくななる人といふとも、このときわがみしものをみて憐憫あはれみに刺されざることはあらじ 五二―五四
我彼等に近づきてその姿をさだかに見しとき、重き憂ひは涙をわが目よりしぼれり 五五―五七
彼等はあらき毛織を纏へる如くなりき、互ひに身を肩にて支へ、しかして皆岸にさゝへらる 五八―六〇
生活なりはひの途なきめしひ等が赦罪の日物乞はんとてあつまり、かれ頭をこれに寄せ掛け 六一―六三
詞のふしによるのみならず、その外見みえによりてこれに劣らず心に訴へ、早くあはれみを人に起さしめんとするもそのさままたかくの如し 六四―六六
また日が瞽の益とならざるごとく、わがいま語れるところにては、天の光魂に己を施すを好まず 六七―六九
くろがねの絲凡ての者のまぶたを刺し、これを縫ふこと恰もしづかならざる鷹を馴らさんとする時に似たりき 七〇―七二
我はわが彼等を見、みづから見られずして行くの非なるをおもひてわがさと議者はからひびとにむかへるに 七三―七五
彼能くいはざる者のいはんと欲するところをしり、わが問ひを待たずしていふ。語れつづまやかにかつふさはしく。 七六―七八
ヴィルジリオはうてな外側そとがはふち高くめぐるにあらねば落下る恐れあるところを行けり 七九―八一
わが左には信心深き多くの魂ありき、その恐ろしき縫線ぬひめより涙はげしく洩れいでて頬を洗へり 八二―八四
我彼等にむかひていふ。己が願ひのたゞ一の目的めあてなる高き光を必ず見るをうる民よ 八五―八七
願はくは恩惠めぐみ速かに汝等の良心の泡沫あわを消し、記憶の流れこれを傳ひて清く下るにいたらむことを 八八―九〇
汝等の中にラチオびとの魂ありや、我に告げよ、我そのしらせをで喜ばむ、また我これを知らば恐らくはその者に益あらむ。 九一―九三
あゝわが兄弟よ、我等は皆一のまことの都の民なり、汝のいへるは族客たびびととなりてイタリアに住める者のことならむ。 九四―九六
わが立てるところよりやゝ先にこの答へきこゆるごとくなりければ、我わが聲をかなたにひゞくにいたらしむ 九七―九九
我は彼等の中にわがことばを待つさまなる一の魂を見き、若し人いかなる状ぞと問はば、めしひの習ひに從ひてそのおとがひを上げゐたりと答へむ 一〇〇―一〇二
我曰ふ。登らむために己をむる魂よ、我に答へし者汝ならば、處または名を告げて汝の事を我に知らせよ。 一〇三―一〇五
答へて曰ふ。我はシエーナびとなりき、我これらの者と共にこゝに罪の生命いのちを淨め、御前みまへに泣きて恩惠めぐみを求む 一〇六―一〇八
われ名をサピーアといへるも智慧なく、人の禍ひをよろこぶこと己が福ひよりもなほはるかに深かりき 一〇九―一一一
汝我に欺かると思ふなからんため、わがみづからいふごとく愚なりしや否やを聞くべし、わが齡の坂路さかみちはやくだりとなれるころ 一一二―一一四
わがまちの人々その敵とコルレのあたりに戰へり、このときわれ神に祈りてその好みたまへるものを求めき 一一五―一一七
彼等かしこに敗れてさちなくもぐれば、我はその追はるゝを見、身にためしなき喜びをおぼえて 一一八―一二〇
あつかましくも顏を上げつゝ神にむかひ、さながら一時ひとときの光にあへる黒鳥メルロのごとく、今より後我また汝を恐れずと叫べり 一二一―一二三
我わが生命いのちはてに臨みてはじめて神とやはらがんことを願へり、またもしピエル・ペッティナーイオその慈愛の心よりわがために悲しみその聖なる祈りの中にわが身の上を憶はざりせば、わが負債おひめは今も猶苦楚くるしみらさるゝことなかりしなるべし 一二四―一二六
されど汝は誰ぞや――汝我等の状態ありさまをたづね、氣息いきをつきて物いふ、またおもふに目にきづななし。 一三〇―一三二
我曰ふ。わが目もいつかこゝにて我より奪はるゝことあらむ、されどそは暫時しばしのみ、その嫉妬ねたみのために動きて犯せる罪すくなければなり 一三三―一三五
この下なる苛責の恐れはなほはるかに大いにしてわが魂を安からざらしめ、かしこの重荷いま我をす。 一三六―一三八
彼我に。汝かなたに歸るとおもはば、誰か汝を導いてこゝに登り我等の間に入らしめしや。我。我と倶にゐて物言はざる者ぞ是なる 一三九―一四一
我は生く、されば選ばれし靈よ、汝若し我の己が死すべき足をこの後汝のために世に動かすことをねがはば我に請へ。 一四二―一四四
答へて曰ふ。あゝこは耳にいと新しき事にて神の汝をめで給ふ大いなる休徴しるしなれば、汝をりふしわがために祈りて我を助けよ 一四五―一四七
我また汝のせちに求むるものを指して請ふ、若しトスカーナの地を踏むことあらば、わが宗族うからの中に汝再びわが名を立てよ 一四八―一五〇
汝は彼等をタラモネに望みを寄する虚榮の民の間に見む(この民その望みを失ふことディアーナを求めしときより大いならむ 一五一―一五三
されどかしこにてこと危險あやふきを顧みざるは船手をぶる人々なるべし)。 一五四―一五六


   第十四曲

死いまだ羽を與へざるに我等の山をめぐり、己がこゝろのまゝに目を開きまた閉づる者は誰ぞや。 一―三
誰なりや我知らず、我たゞその獨りならざるをしる、汝彼に近ければ自ら問ふべし、快く彼を迎へてものいはしめよ。 四―六
たがひにもたれし二の靈右のかたにてかくわが事をいひ、さて我に物いはむとて顏をあげたり 七―九
その一者ひとり曰ふ。あゝ肉體につゝまれて天にむかひてゆく魂よ、請ふ愛のために我等を慰め、我等に告げよ 一〇―一二
汝いづこより來りしや、また誰なりや、我等汝の恩惠めぐみをみていたく驚く、たえてためしなきことのかく驚かすはうべなればなり。 一三―一五
我。トスカーナの中部をわけてさまよふ一の小川あり、ファルテロナよりいで、流るゝこと百ミーリアにしてなほ足れりとなさず 一六―一八
そのほとりより我はこの身をはこべるなり、我の誰なるを汝等に告ぐるは、わが名未だつよく響かざれば、空しくことばを費すに過ぎず。 一九―二一
はじめ語れるものこの時我に答へて曰ふ。我よく智をもて汝の意中を穿つをえば、汝がいへるはアルノの事ならむ。 二二―二四
そのとも彼に曰ふ。この者何ぞかの流れの名を匿すこと恰も恐るべきことを人のかくすごとくするや。 二五―二七
かく問はれし魂その負債おひめつぐのひていふ。我知らず、されどかゝる溪の名はげに滅び失するをよしとす 二八―三〇
そはその源、ペロロを斷たれし高山たかやまの水ゆたかなる處(かの山のうちこれよりゆたかなる處少なし)より 三一―三三
海より天の吸上ぐる物(諸※(二の字点、1-2-22)の川これによりてその中に流るゝものを)を返さんとて、その注ぐ處にいたるまで 三四―三六
地のさちなきによりてなるか、または惡しき習慣ならはしにそゝのかさるゝによりてなるか、人皆徳を敵と見做して逐出おひいだすこと蛇の如し 三七―三九
此故にかのあはれなる溪に住む者、いちじるしくそのさがを變へ、あたかもチルチェにはるゝに似たり 四〇―四二
人の爲に造られし食物くひものよりは橡實つるばみを喰ふにふさはしききたなき豚の間に、この川まづその貧しき路を求め 四三―四五
後くだりつゝむらがる小犬の己が力をかへりみずして吠え猛るを見ていやしとし、その顏を曲げて彼等をはなる 四六―四八
くだり/\て次第に水嵩みづかさを増すに從ひ、この詛はるゝ不幸のみぞ、犬の次第に狼に變はるをみ 四九―五一
後また多くの深き淵を傳ひてくだり、智の捕ふるを恐れざるばかりに欺罔たばかり滿ちたる狐のむれにあふ 五二―五四
われ聞く者あるがために豈口を噤まんや、この者この後まことの靈の我にあらはすところを想はば益をえむ 五五―五七
我汝の孫を見るに、彼猛き流れの岸にかの狼を獵り、かれらをこと/″\く怖れしむ 五八―六〇
彼その肉を生けるまゝにて賣り、後これを屠ること老いたる獸に異ならず、多くの者の生命いのちを奪ひ自ら己がほまれをうばふ 六一―六三
彼血にまみれつゝかの悲しき林を出づれば、林はいたくあれすたれて今より千年ちとせにいたるまで再びもとのさまにかへらじ。 六四―六六
いたましき禍ひのしらせをうくれば、その難いづれのところより襲ふとも、聞く者顏を曇らすごとく 六七―六九
むきなほりて聞きゐたるかの魂もまたこの詞にうたれ、氣色をかへて悲しみぬ 七〇―七二
一者ひとりことばと一者の容子けはひは、彼等の名を知らんとの願ひを我に起させき、我はかつ問ひかつ請へり 七三―七五
最初はじめに我に物いへる靈即ち曰ふ。汝は汝のわがために爲すを好まざることを、枉げて我に爲さしめんとす 七六―七八
されど神の聖旨みむねによりてかく大いなる恩惠めぐみ汝の中に輝きわたれば我も汝に寄にやぶさかならじ、知るべし我はグイード・デル・ドゥーカなり 七九―八一
わが血は嫉妬ねたみのために湧きたり、我若し人の福ひを見たらんには、汝は我の憎惡にくしみの色におほはるゝをみたりしなるべし 八二―八四
我自ら種を蒔きて今かゝる藁を刈る、あゝ人類よ、ともを除かざるをえざるところに何ぞ汝等の心を寄するや 八五―八七
此はリニエールとてカールボリ家の誇また譽なり、彼の力をぐものその後かしこよりいでざりき 八八―九〇
ポーと山と海とレーノの間にて、まことと悦びに缺くべからざる徳をかくにいたれるものたゞその血統ちすぢのみならず 九一―九三
有毒うどく雜木ざつぼくこれらの境界さかひの内に滿つれば、今はたとひ耕すともたやすくのぞき難からむ 九四―九六
善きリーチオ、アルリーゴ・マナルディ、ピエール・トラヴェルサーロ、グイード・ディ・カルピーニア今何處いづこにかある、噫※(二の字点、1-2-22)庶子となれる 九七―
ローマニアびと等よ、フアッブロの如き者いつか再びボローニアに根差ねざさむ、賤しき草の貴き枝ベルナルディン・ディ・フォスコの如き者
いつか再びファーエンツァよりいでむ、トスカーナびとよ、かのグイード・ダ・プラータ、我等と住めるウゴリーン・ダッツォ
フェデリーゴ・ティニヨーソ及びそのとも、トラヴェルサーラ家アナスタージ(いづれのやからも世繼なし)
また淑女騎士、人の心かく惡しくなりし處にて愛と義氣にはげまされて我等が求めし苦樂を憶ひ出づる時、我泣くともあやしむなかれ ―一一一
あゝブレッティノロよ、汝のやからと多くの民は罪を避けてはや去れるに、汝何ぞ亡びざるや 一一二―一一四
バーニアカヴァールは善し、再び男子なんしを生まざればなり、カストロカーロは惡し、而してコーニオは愈※(二の字点、1-2-22)あし、今もつとめてかゝる伯等きみたちを 一一五―
生めばなり、パガーニはその鬼去るの後よからむ、されど無垢むくしるしをあとに殘すにいたらじ ―一二〇
あゝウゴリーン・デ・ファントリーンよ、汝の名は安し、そは父祖に劣りてこれをはづかしむる者いづるの憂ひなければなり 一二一―一二三
いざ往けトスカーナ人よ、われらの談話ものがたりいたく心を苦しめたれば、今はわれ語るよりなほはるかに泣くをよろこぶ。 一二四―一二六
我等はかの愛する魂等がわれらの足音を聞けるを知れり、されば彼等のもだすをみて路の正しきを疑はざりき 一二七―一二九
我等進みてたゞふたりとなりしとき、空をつんざ電光いなづまのごとき聲前より來り 一三〇―一三二
およそ我に遇ふ者我を殺さむといひ、雲にはかに裂くればおとほそりてきゆるいかづちのごとく過ぐ 一三三―一三五
この聲我等の耳に休歇やすみをえさせし程もなく見よまた一の聲、く續く雷に似て高くはためき 一三六―一三八
我は石となれるアグラウロなりといふ、この時われ身を近く詩人に寄せんとて一歩あとに(まへに進まず)退きぬ 一三九―一四一
四方よもの空はや靜かになりぬ、彼我に曰ふ。これは硬きくつわにて己が境界さかひの内に人をとどめおくべきものなり 一四二―一四四
しかるに汝等は餌をくらひ、年へし敵の魚釣はりにかゝりてその許に曳かれ、くつわよびも殆んど益なし 一四五―一四七
天は汝等を招き、その永遠とこしへに美しき物を示しつゝ汝等をめぐる、されど汝等の目はたゞ地を見るのみ 一四八―一五〇
是に於てか萬事よろづのことをしりたまふもの汝等を撃つ。 一五一―一五三


   第十五曲

くれにむかひてすゝむ日のなほ殘せる路の長さは、たえず戲るゝこと稚子をさなごのごとき球のうち 一―
晝の始めより第三時の終りに亙りてあらはるゝところと同じとみえたり、かしこはゆふべこゝは夜半よはなりき ―六
我等既に多く山をめぐり、いまはまさしく西にむかひて歩めるをもて光まともに我等をてらしゐたりしに 七―九
我はそのかゞやきひときは重くわが額をすをおぼえしかば、事のくすしきにおどろきて 一〇―一二
雙手もろてを眉のあたりにかざし、つよきに過ぐる光をらす一の蔽物おほひをわがために造れり 一三―一五
水または鏡にあたりて光反する方にぬれば、くだるとおなじさまにてのぼり 一六―
その間隔あはひをひとしうして垂線をはなるゝは、學理と經驗によりてしらる ―二一
我もかゝる時に似て、わが前に反映てりかへす光に射らるゝごとくおぼえき、さればわが目はたゞちに逃げぬ 二二―二四
われいふ。やさしき父よ、かの物何ぞや、我これを防ぎて目を護らんとすれども益なし、またこはこなたに動くに似たり。 二五―二七
答へて我に曰ふ。天のやから今なほ汝をまばゆうすともあやしむなかれ、こは人を招きて登らしめんために來れる使者つかひなり 二八―三〇
これらのものをみること汝のうれへとならずして却つて自然が汝に感ずるをえさするかぎりの悦樂たのしみとなる時速かにいたらむ。 三一―三三
我等さいはひなる天使の許にいたれるに、彼喜ばしき聲にていふ。汝等こゝより入るべし、さきのきざはしよりははるかに易き一の階そこにあり。 三四―三六
我等既にかしこを去りて登れるとき、慈悲ある者は福なり、また、悦べ汝勝者かつものよとうたふ聲うしろに起れり 三七―三九
わが師と我とはたゞふたりにて登りゆけり、我は行きつゝ師のことばをききて益をえんことをおもひ 四〇―四二
これにむかひていひけるは。かのローマニアの魂が除くといひといへるは抑※(二の字点、1-2-22)何のこゝろぞや。 四三―四五
是に於てか彼我に。彼は己の最大いとおほいなる罪より來る損害そこなひを知る、此故にこれを責めて人のなげきを少なからしめんとすともあやしむに足らず 四六―四八
それ汝等の願ひの向ふ處にては、侶とわかてば分減ずるがゆゑに、嫉妬ねたみふいごを動かして汝等に大息といきをつかしむれども 四九―五一
至高いとたかき球の愛汝等の願ひを上にむかはしむれば、汝等の胸にこのおそれなし 五二―五四
そはかしこにては、我等の所有もちものとなふる者愈※(二の字点、1-2-22)多ければ、各自おの/\くるさいはひ※(二の字点、1-2-22)多く、かの僧院に燃ゆる愛亦愈※(二の字点、1-2-22)多ければなり。 五五―五七
我曰ふ。我若しはじめよりもだしたりせば、斯くらはぬことなかりしものを、今は却つて多くの疑ひを心に集む 五八―六〇
一のさいはひを頒つにあたり、これを享くる者多ければ、享くる者少なき時より所得多きは何故ぞや。 六一―六三
彼我に。汝は心を地上の物にのみとむるがゆゑにまことの光より闇を摘む 六四―六六
かの高きにいましてきはみなくかつ言ひ難きさいはひは、恰も光線のつやある物に臨むがごとく、馳せて愛にいたり 六七―六九
熱に應じて己を與ふ、されば愛の大いなるにしたがひ永劫の力いよ/\その上に加はる 七〇―七二
心を天に寄する民愈※(二の字点、1-2-22)多ければ、深く愛すべき物愈※(二の字点、1-2-22)多く、彼等の愛亦愈※(二の字点、1-2-22)多し、而して彼等の互ひに己をうつすこと鏡に似たり 七三―七五
若しわが説くところ汝のうゑしづめずば、汝ベアトリーチェを見るべし、さらば彼は汝のために全くこれらの疑ひを解かむ 七六―七八
今はたゞ、痛みの爲にふさがる五のきずの、とくかの二のごとく消ゆるにいたる途を求めよ。 七九―八一
我はこのとき我よくさとるといはんとおもひしかど、わがすでに次の圓に着けるを見しかば、目の願ひのためにもだせり 八二―八四
こゝにて我俄かにわが官能をはなれて一のまぼろしの中に曳かれ、多くの人を一の神殿みやの内にみしごとくなりき 八五―八七
母たる者のやさしさを姿にあらはせしひとりの女、入口に立ち、わが子よ、何ぞ我等にかくなしたるや 八八―九〇
見よ、汝の父と我と憂へて汝を尋ねたりといひ、いひをはりてもだせしとき、第一の異象消ゆ 九一―九三
次にまたひとりの女わが前にあらはれき、はげしき怒りより生るゝとき憂ひのしたたらす水その頬をくだれり 九四―九六
彼曰ふ。汝まことにかゝる都――これが名について神々の間にかのごとき爭ひありき、また凡ての知識の光この處よりきらめきいづ――の君ならば 九七―九九
ピシストラートよ、我等のむすめが抱きたる不敵のかひなに仇をむくいよ。されど君は寛仁柔和の人とみえ 一〇〇―一〇二
さわぐ氣色けしきもなくこれに答へて、我等己を愛する者を罪せば、我等の禍ひを求むる者に何をなすべきやといふごとくなりき 一〇三―一〇五
我また民が怒りの火に燃え、殺せ/\とのみ聲高く叫びあひつゝ石をもてひとりの少年わかものを殺すをみたり 一〇六―一〇八
死はいま彼を壓しつゝ地にむかひてかゞましむれど、彼はたえず目を天の門となし 一〇九―一一一
かゝる爭ひのうちにも憐憫あはれみく姿にてたふとき主に祈り、己をしひたぐる者のために赦しを乞へり 一一二―一一四
わが魂外部そとにむかひ、その外部そとなるまことの物に歸れる時、我は己の僞りならざる誤りをみとめき 一一五―一一七
わが導者は、眠りさむる人にひとしきわが振舞をみるをえていふ。汝いかにせる、何ぞ自ら身をさゝふるあたはずして 一一八―一二〇
半レーガ餘の間、目を閉ぢ足をよろめかし、あたかも酒や睡りになやむ人のごとく來れるや。 一二一―一二三
我曰ふ。あゝやさしきわが父よ、汝耳をかたむけたまはば、我かくはぎを奪はれしときわが前にあらはれしものを汝に告ぐべし。 一二四―一二六
彼。汝たとひ百の假面めんにて汝の顏を覆ふとも、汝の思ひのいと微小さゝやかなるものをすら、我にかくすことあたはじ 一二七―一二九
それかのものの汝に見えしは、汝が言遁いひのがるゝことなくしてかの永遠とこしへの泉よりあふれいづる平和の水に心を開かんためなりき 一三〇―一三二
わがいかにせると汝に問へるも、こは魂肉體を離るれば視る能はざる目のみをもて見るものの問ふごとくなせるにあらず 一三三―一三五
たゞ汝の足に力をえさせんとて問へるなり、總て怠惰にて覺醒めざめ己に歸るといへどもこれを用ゐる事遲き者はかくして勵ますを宜しとす。 一三六―一三八
我等はゆふべの間、まばゆきくれの光にむかひて目の及ぶかぎり遠く前途ゆくてを見つゝ歩みゐたるに 一三九―一四一
見よ夜の如く黒き一團の煙しづかに/\こなたに動けり、しかして避くべきところなければ 一四二―一四四
我等は目と澄める空氣をこれに奪はれき 一四五―一四七


   第十六曲

地獄の闇または乏しきそらに雲みち/\て暗き星なきの闇といふとも 一―三
我等をおほへる烟のごとく厚きあら※(「巾+白」、第4水準2-8-83)かほおほひを造りてわが目を遮りわが官に觸れしことはあらじ 四―六
われ目をひらくあたはざれば、さとたのもしきわが導者は我にちかづきてその肩をかしたり 七―九
我はめしひが路をあやまりまたは己をそこなふか殺しもすべき物にうちあたるなからんためその相者てびきに從ふごとく 一〇―一二
からき濁れる空氣をわけ、わが導者の、汝我と離れざるやう心せよとのみいへることばに耳を傾けて歩めり 一三―一五
こゝに多くの聲きこえぬ、各※(二の字点、1-2-22)平和と慈悲とを、かの罪を除きたまふ神のこひつじに祈るに似たりき 一六―一八
祈りはたえずアーグヌス・デイーにはじまり、詞も節もみな同じ、さればすべての聲全く相和せるごとくなりき 一九―二一
我曰ふ。師よ、かくうたふは靈なりや。彼我に。汝のはかるところ正し、彼等は怒りのむすびを解くなり。 二二―二四
我等の烟を裂き、いまだ時を月に分つ者のごとく我等の事を語る者よ、汝は誰ぞや。 二五―二七
一の聲斯く曰へり、是に於てかわが師曰ふ。汝答へよ、しかして登りの道のこなたにありや否やを問ふべし。 二八―三〇
我。あゝ身を麗しうして己が造主つくりぬしに歸らんため罪を淨むる者よ、汝我にともなはばくすしき事を聽くをえむ。 三一―三三
答へて曰ふ。我汝に從ひてわが行くをうる間はゆかむ、烟は見るを許さずとも聞くことこれに代りて我等を倶にあらしめむ。 三四―三六
このとき我曰ふ。我は死の解く纏布まきぎぬをまきて登りゆくなり、地獄の苦しみを過ぎてこゝに來れり 三七―三九
神はわがその王宮を、近代ちかきよに全くためしなき手段てだてによりて見るをよみしたまふまで、我をその恩惠めぐみにつゝみたまへるなれば 四〇―四二
汝死なざるさきは誰なりしや請ふ隱さず我に告げよ、また我のかくゆきてこみちにいたるや否やを告げて汝の言を我等のしるべとならしめよ。 四三―四五
我はロムバルディアの者にて名をマルコといへり、我よく世の事を知り、今はひとりだにねらふ人なき徳を慕へり 四六―四八
汝登らんとてこなたにゆくはよし。かく答へてまたいふ。高き處にいたらば請ふ汝わがために祈れ。 四九―五一
我彼に。我は誓ひて汝の請ふところをなさむ、たゞ我に一の疑ひあり、我もしこれを解かずば死すべし 五二―五四
こは初めひとへなりしも今二重ふたへとなりぬ、そは汝のことば、これとつらなる事のまことなるをこゝにもかしこにも定かに我に示せばなり 五五―五七
世はげに汝のいふごとく全く一切の徳を失ひ、邪惡を孕みてかつこれにおほはる 五八―六〇
されど請ふ我にその原因もと指示さししめし、我をして自らこれを見また人にみするをえしめよ、そは或者これを天に歸し或者地に歸すればなり。 六一―六三
憂ひのあゝに終らしむる深き歎息ためいきをつきて後彼曰ひけるは。兄弟よ、世はめしひなり、しかして汝まことにかしこより來る 六四―六六
汝等生者は一切の原因もとをたゞ上なる天にのみ歸し、この物必然の力によりてよく萬事を定むとなす 六七―六九
若し夫れ然らば自由の意志汝等の中に滅ぶべく、善のために喜び惡のために悲しみを得るは正しき事にあらざるべし 七〇―七二
天は汝等の心のうごき最初はじめ傾向かたむきを與ふれども、凡てに於て然るにあらず、また假りに然りと見做すも汝等には善惡を知るの光と 七三―七五
自由の意志と與へらる(この意志もしはじめて天と戰ふ時の疲勞つかれに堪へ後善く養はるれば凡ての物に勝つ) 七六―七八
汝等は天の左右しあたはざる智力を汝等の中に造るもの即ち天より大いなる力、まされるさがもとに屬して而して自由を失はず 七九―八一
此故に今の路を誤らば、その原因もと汝等の中にあり、汝等己が中にたづねよ、我またこの事について今明かに汝に告ぐべし 八二―八四
それ純なるをさなき魂は、たゞ己を樂しますものに好みてむかふ(喜悦よろこびの源なる造主つくりぬしよりいづるがゆゑに)ほか何事をも知らず 八五―
あたかも泣きつゝ笑ひつゝ遊び戲るゝ女童めのわらはのごとくにて、その未だあらざるさきよりこれをめづる者の手を離れ ―九〇
まづさゝやかなるさいはひを味ひてこれに欺かれ、導者かくつわその愛を枉げずば即ち馳せてこれを追ふ 九一―九三
是に於てか律法おきてを定めて銜となし、またせめてまことの都の塔を見分くる王を立てざるあたはざりき 九四―九六
律法なきに非ず、されど手をこれにつくる者は誰ぞや、一人ひとりだになし、これかみに立つ牧者※(「齒+台」、第4水準2-94-79)にれがむことをうれどもそのつめ分れざればなり 九七―九九
このゆゑに民は彼等の導者が彼等の貪るさいはひにのみ心をとむるをみてこれをみ、さらに遠く求むることなし 一〇〇―一〇二
汝今よく知りぬらむ、世のよこしまになりたる原因もとは、汝等の中の腐れしさがにあらずして惡しきみちびきなることを 一〇三―一〇五
善き世を造れるローマには、世と神との二の路をともに照らせし二の日あるを常とせり 一〇六―一〇八
一はほかの一を消しぬ、つるぎは杖と結ばれぬ、かくして二を一にすとも豈よろしきをうべけんや 一〇九―一一一
これ結びては互ひに恐れざればなり、汝もし我を信ぜずば穗を思ひみよ、草はすべて種によりて知らる 一一二―一一四
アディーチェとポーの濕ほす國にては、フェデリーゴがいまだ爭ひを起さざりしころ、常に武あり文ありき 一一五―一一七
今は善き人々と語りまたは彼等に近づくことを恥ぢて避くる者かしこをやすらかに過ぐるをう 一一八―一二〇
されど古をもて今を責め、神の己をまさる生命いのちかへし給ふを遲しとおもふ三人みたりおきななほまことにかしこにあり 一二一―一二三
クルラード・ダ・パラッツオ、善きゲラルド及びフランスびとの習ひにりて素樸のロムバルドの名にて知らるゝグイード・ダ・カステル是なり 一二四―一二六
汝今より後いふべし、ローマの寺院は二の主權を己の中に亂せるにより、泥士におちいりて己と荷とを倶にけがすと。 一二七―一二九
我曰ふ。あゝわがマルコよ、汝の説くところし、我は今レーヴィの子等がかの産業に與かるあたはざりしゆゑをしる 一三〇―一三二
されど汝が、消えにし民の記念かたみに殘りて朽廢くちすたれしを責むといへるゲラルドとは誰の事ぞや。 一三三―一三五
答へて曰ふ。汝のことば我を欺くかはた我を試むるか、汝トスカーナの方言くにことばにて我と語りて而して少しも善きゲラルドの事をしらざるに似たり 一三六―一三八
我彼に異名いみやうあるをしらず――若し我これをそのむすめガイアより取らずば――願はくは神汝と倶にあれ、我こゝにて汝と別れむ 一三九―一四一
烟をわけてはや白くす光を見よ、天使かしこにあり、我はわが彼に見えざるさきに去らざるをえず。 一四二―一四四
斯くいひて身をめぐらし、わがいふところを聞かんともせざりき 一四五―一四七


   第十七曲

讀者よ、霧峻嶺たかねにて汝を襲ひ、汝物を見るあたかも※(「鼬」の「由」に代えて「晏」、第3水準1-94-84)もぐらが膜を透してみるごとくなりしことあらば、おもへ 一―三
しめりて濃き水氣の薄らぎはじむるころ、日の光微かにその中に入り來るを 四―六
しかせば汝の想像はわが第一に日(このとき沈みかゝりぬ)を再び見しさまを容易たやすく見るにいたるべし 七―九
我は斯くわが歩履あゆみをわが師のたのもしきあゆみにあはせてかゝる雲をいで、はや低き水際みぎはに死せる光にむかへり 一〇―一二
あゝ千の喇叭らっぱあたりに響くもしらざるまでに人をしば/\外部そとより奪ふ想像の力よ 一三―一五
若し官能汝に物を與へずば誰ぞや汝を動かすは、天にて形造かたちづくらるゝ光或ひは自ら或ひはこれを地に導く意志によりて汝を動かす 一六―一八
歌ふを最もよろこぶ鳥に己が形を變へたる女の殘忍なりし事のあとわが想像の中にあらはれぬ 一九―二一
このときわが魂はみな己の中にあつまり外部そとより來るところのものを一だに受けざりき 二二―二四
次にひとりの十字架にかゝれる者わが高まれる想像の中にりぬ、侮蔑と兇猛を顏にあらはし、死に臨めどもこれを變へず 二五―二七
そのまはりには大いなるアッスエロとその妻エステル、及びことばおこなひ倶に全き義人マルドケオゐたり 二八―三〇
あたかもおほへる水の乏しくなれる一のあわのごとくこのかたちおのづから碎けしとき 三一―三三
わが幻の中にひとりの處女をとめあらはれ、いたく泣きつゝいひけるは。あゝ王妃よ、何とて怒りのために無に歸するを願ひたまひたる 三四―三六
汝ラヴィーナを失はじとて身を殺し、今我を失ひたまへり、母上よ、かの人の死よりさきに汝の死をいたむものぞ我なる。 三七―三九
新しき光閉ぢたる目を俄かに射れば睡りは破れ、破れてしかしてその全く消えざるさきにゆらめくごとく 四〇―四二
我等の見慣るゝ光よりもなほはるかに大いなるものわが顏にあたるに及びてかの想像のかたち消えたり 四三―四五
我はわがいづこにあるやを知らんとて身をめぐらせるに、この時一の聲、登る處はこゝぞといひて凡てのほかの思ひよりわが心を引離し 四六―四八
語れる者の誰なるをみんとのわが願ひを、顏を合すにあらざれば絶えてしづまることなきばかり深くせしかど 四九―五一
あたかも我等の視力をあつし、強きに過ぐる光によりてその形を被ひかくす日にむかふ時のごとくにわが力足らざりき 五二―五四
こは天の靈なり、己が光の中にかくれ、我等の請ふを待たずして我等にのぼりの道を示す 五五―五七
彼人をあしらふこと人の自己おのれをあしらふに似たり、そは人は乏しきを見て乞はるゝを待つ時、その惡しき心より早くも拒まんとすればなり 五八―六〇
いざ我等かゝる招きに足をあはせて暮れざるさきにいそぎ登らむ、暮れなば再び晝となるまでしかするあたはじ。 六一―六三
わが導者かくいへり、我は彼と、足を一のきざはしにむけたり、かくてわれ第一のきだを踏みしとき 六四―六六
我は身のほとりに翼の如く動きてわが顏を扇ぐものあるを覺え、また、平和を愛する者(惡しき怒りを起さざる)は福なりといふ聲をききたり 六七―六九
夜をともなふ最後の光ははや我等をはなれて高き處を照し、かなたこなたに星あらはれぬ 七〇―七二
あゝわが能力ちからよ、汝何ぞかく消ゆるや。我自らかくいへり、そは我わがはぎ作用はたらきむを覺えたればなり 七三―七五
我等はかのきざはし登り果てしところに立てり、しかして動かざること岸に着ける船に似たりき 七六―七八
また我はこの新しき圓に音する物のあらんをおもひてしばし耳を傾けし後、わが師にむかひていふ 七九―八一
わがやさしき父よ告げたまへ、この圓に淨めらるゝは何の咎ぞや、たとひ足はとゞめらるとも汝のことばをとどむるなかれ。 八二―八四
彼我に。さいはひを愛する愛、その義務つとめに缺くるところあればこゝにておぎなはる、怠りておそくせるかいこゝにて再び早めらる 八五―八七
されど汝なほ明かにさとらんため心を我にむかはしめよ、さらば我等の止まる間に汝善きを摘むをうべし。 八八―九〇
かくて又曰ふ。子よ、造主つくりぬしにも被造物つくられしものにも未だ愛なきことなかりき、これに自然の愛あり、魂より出づる愛あり、汝これを知る 九一―九三
自然の愛は常に誤らず、されど他はよからぬ目的めあてまたは強さの過ぐるか足らざるによりて誤ることあり 九四―九六
愛第一のさいはひをめざすか、ほどよく第二の幸をめざす間は、不義の快樂けらく原因もとたるあたはず 九七―九九
されどれて惡に向ふか、または幸を追ふといへどもその熱よろしきを失ひて或ひは過ぎ或ひは足らざる時は即ち被造物つくられしもの己を造れる者にさからふ 一〇〇―一〇二
是故に汝さとるをうべし、愛は必ず汝等の中にて凡ての徳の種となり、また罰をうくるに當るすべての行爲おこなひの種となるを 一〇三―一〇五
さてまた愛はその主體の福祉より目をめぐらすをえざるがゆゑにいかなる物にも自ら憎むの恐れあるなく 一〇六―一〇八
いかなる物も第一者とわかれて自ら立つの理なきがゆゑにその情はみなこれを憎むことより斷たる 一〇九―一一一
わがかく説分ときわくる處正しくば、愛せらるゝ禍ひは即ち隣人となりびとの禍ひなる事亦おのづから明かならむ、而して汝等のひぢの中にこの愛の生ずるさま三あり 一一二―一一四
己が隣人の倒るゝによりて自ら秀でんことを望み、たゞこのためにその高きより墜つるを希ふ者あり 一一五―一一七
人の高く登るを見て己がちからめぐみほまれ及び名を失はんことをおそれ悲しみてその反對うらを求むる者あり 一一八―一二〇
また復讐を貪るほどに損害そこなひを怨むとみゆる者あり、かゝる者は必ず人の禍ひをくはだつ 一二一―一二三
この三樣の愛この下に歎かる、汝これよりいま一の愛即ち程度ほどを誤りて幸を追ふもののことを聞け 一二四―一二六
それ人各※(二の字点、1-2-22)己が魂を安んぜしむる一の幸をおぼろにみとめてこれを望み、皆爭ひてこれにかんとす 一二七―一二九
これを見または求むるにあたりて汝等を引くところの愛にぶければ、このうてなは汝等を、正しく悔いし後に苛責す 一三〇―一三二
また一のさいはひあり、こは人を幸にせざるものにてまことの幸にあらず、凡ての幸のまたその根なる至上の善にあらず 一三三―一三五
かゝる幸に溺るゝ愛この上なる三の圈にて歎かる、されどその三に分るゝ次第は 一三六―一三八
我いはじ、汝自らこれをたづねよ。 一三九―一四一


   第十八曲

説きをはりて後たふとき師わが足れりとするや否やをしらんと心をとめてわが顏を見たり 一―三
我はすでに新しきかわきに責められたれば、そともだせるもうちに曰ふ。恐らくは問ふこと多きに過ぎて我彼をわづらはすならむ。 四―六
されどかのまことの父はわが臆してひらかざる願ひをさとり、自ら語りつゝ、我をはげましてかたらしむ 七―九
是に於てか我。師よ、汝の光わが目をつよくし、我は汝のことばの傳ふるところまたは陳ぶるところをみな明かに認むるをう 一〇―一二
されば請ふ、わが愛する麗しき父よ、すべての善惡の行のもとなりと汝がいへる愛の何物なるやを我にときあかしたまへ。 一三―一五
彼曰ふ。智の鋭き目をわが方にむけよ、しかせば汝は、かの己を導者となすめしひ等の誤れることをさだかに見るべし 一六―一八
夫れ愛し易く造られし魂樂しみのためにさめてそのはたらきを起すにいたればたゞちに動き、凡て己を樂します物にむかふ 一九―二一
汝等の會得ゑとくの力は印象を實在よりとらへ來りて汝等のうちにあらはし魂をこれにむかはしむ 二二―二四
魂これにむかひ、しかしてこれに傾けば、このかたむきは即ち愛なり、樂しみによりて汝等の中に新たに結ばるゝ自然なり 二五―二七
かくて恰も火がそのたいの最や永く保たるゝところに登らんとする素質によりて高きにむかひゆくごとく 二八―三〇
とらはれし魂は靈のうごきなる願ひの中に入り、愛せらるゝものこれをよろこばすまでは休まじ 三一―三三
汝是に依りてさとるをえむ、いかなる愛にても愛そのものはむべきものなりと斷ずる人々いかにまことに遠ざかるやを 三四―三六
これ恐らくはその客體常によしと見ゆるによるべし、されどたとひ蝋は良とも印影かた悉くよきにあらず。 三七―三九
我答へて彼に曰ふ。汝のことばとこれに附隨つきしたがへるわが智とは我に愛をあらはせり、されどわが疑ひは却つてこのためにいよ/\深し 四〇―四二
そは愛外部そとより我等に臨み、魂ほかの足にて行かずば、直く行くも曲りてゆくも己がごふにあらざればなり。 四三―四五
彼我に。理性のこれについて知るところは我皆汝に告ぐるをう、それより先は信仰にかゝはる事なればベアトリーチェを待つべし 四六―四八
それ物質と分れてしかしてこれと結び合ふ一切の靈體は特殊の力をその中にあつむ 四九―五一
この力はその作用によらざれば知られず、あたかも草木くさき生命いのち縁葉みどりのはに於ける如くそのくわによらざれば現はれず 五二―五四
是故に最初の認識の智と、慾の最初の目的めあてを求むる情とは恰も蜜を造る本能蜂の中にある如く汝等の中にありて 五五―
そのいづこより來るや人知らず、しかしてこの最初の願ひはほめをもそしりをもうくべきものにあらざるなり ―六〇
さてこれにほかの凡ての願ひの集まるためには、謀りて而して許諾うけがひしきみをまもるべき力自然に汝等の中に備はる 六一―六三
是即ち評價のみなもとなり、是が善惡二の愛をあつめ且つるの如何によりて汝等の價値かち定まるにいたる 六四―六六
理をもて物を究めし人々この本然の自由を認めき、このゆゑに彼等徳義を世界にのこせるなり 六七―六九
かかればたとひ汝等のうちに燃ゆる愛みな必須より起ると見做すも、汝等にはこれをおさふべき力あり 七〇―七二
ベアトリーチェはこの貴き力をよびて自由の意志といふ、汝これを憶ひいでよ、彼若しこの事について汝に語ることあらば。 七三―七五
夜半よは近くまでおくれし月は、その形白熱の釣瓶つるべのごとく、星を我等にまれにあらはし 七六―七八
ローマの人がサールディニアとコルシーカの間に沈むを見る頃の日の炎をあぐる道に沿ひ天に逆ひて走れり 七九―八一
マントヴァのまちよりもピエートラを名高くなせる貴き魂わが負はせし荷をはやときおろし 八二―八四
我わが問ひをもてあきらかにしてし易き説をはや刈り收めたれば、我は恰も睡氣ねむけづきて思ひ定まらざる人の如く立ちゐたり 八五―八七
されど此時後方うしろよりはやこなたにめぐり來れる民ありて忽ちわが睡氣ねむけをさませり 八八―九〇
テーベびと等バッコの助けを求むることあれば、イスメーノとアーソポがそのかみ夜その岸邊きしべに見しごとき狂熱と雜沓とを 九一―九三
我はかの民に見きとおぼえぬ、彼等は善き願ひと正しき愛に御せられつゝかの圓に沿ひてその歩履あゆみを曲ぐ 九四―九六
かの大いなるむれこと/″\く走り進めるをもて、彼等たゞちに我等の許に來れり、さきの二者ふたり泣きつゝ叫びていひけるは。 九七―九九
マリアはいそぎて山にはせゆけり。また。チェーザレはイレルダをしたがへんとて、マルシリアを刺しし後イスパニアに走れり。 一〇〇―一〇二
衆つゞいてさけびていふ。とく來れとく、愛の少なきために時を失ふなかれ、善行よきおこなひをつとめて求めて恩惠めぐみを新たならしめよ。 一〇三―一〇五
あゝ善を行ふにあたりて微温ぬるみのためにあらはせし怠惰おこたり等閑なほざりを恐らくは今強き熱にて償ふ民よ 一〇六―一〇八
この生くる者(我決して汝等を欺かず)登り行かんとてたゞ日の再び輝くを待つ、されば請ふこみちに近きはいづ方なりや我等に告げよ。 一〇九―一一一
是わが導者の詞なりき、かの靈の一曰ふ。我等と同じかたに來れ、しかせば汝徑を見む 一一二―一一四
進むの願ひいと深くして我等止まることをえず、このゆゑに我等の義務つとめもし無禮むらいとみえなばゆるせ 一一五―一一七
我は良きバルバロッサが(ミラーノ彼の事を語れば今猶愁ふ)帝國に君たりし頃ヴェロナのサン・ヅェノの院主なりき 一一八―一二〇
既に隻脚かたあしを墓に入れしひとりの者程なくかの僧院のために歎き、權をその上にふるひしことを悲しまむ 一二一―一二三
彼はその子の身全からず、心さらにあしく、うまれ正しからざるものをそのまことの牧者に代らしめたればなり。 一二四―一二六
彼既に我等を超えて遠く走り行きたれば、そのなほ語れるやまたはもだせるや我知らず、されどかくいへるをきき喜びてこれを心にとめぬ 一二七―一二九
すべて乏しき時のわがたすけなりし者いふ。汝こなたにむかひて、かのふたりの者の怠惰おこたりを噛みつゝ來るを見よ。 一三〇―一三二
凡ての者の後方うしろにて彼等いふ。ひらかれし海をわたれる民は、ヨルダンがその嗣子よつぎを見ざりしさきに死せり。 一三三―一三五
また。アンキーゼの子とともに終りまで勞苦を忍ばざりし民は、はえなき生に身を委ねたり。 一三六―一三八
かくてかの魂等遠く我等を離れて見るをえざるにいたれるとき、新しき想ひわが心に起りて 一三九―一四一
多くの異なる想ひを生めり、我彼より此とさまよひ、迷ひのためにわが目を閉づれば 一四二―一四四
想ひは夢に變りにき 一四五―一四七


   第十九曲

晝のあつさ地球のために、またはしば/\土星のために消え、月のさむさをはややはらぐるあたはざるとき 一―三
地占者ゼオマンテイ等が、夜の明けざるさきに、その大吉とづくるものの、ほどなく白む道を傳ひて、東に登るを見るころほひ 四―六
ひとりの女夢にわが許に來れり、口どもり目すがみ足まがり手たれ色蒼し 七―九
われこれに目をとむれば、夜のこゞえしむる身に力をつくる日のごとくわが目その舌をかろくし 一〇―
後また程なくその全身を直くし、そのあをざめし顏を戀の求むるごとく染めたり ―一五
さてかく詞の自由をえしとき、彼歌をうたひいづれば、我わが心をほかに移しがたしとおもひぬ 一六―一八
その歌にいふ。我はうるはしきシレーナなり、耳を樂しましむるもの我に滿ちみつるによりて海の正中たゞなか水手かこ等を迷はす 一九―二一
我わが歌をもてウリッセをその漂泊さすらひの路より引けり、およそ我と親しみて後去る者少なし、心にたらはぬところなければ。 二二―二四
その口未だ閉ぢざる間に、ひとりの聖なる淑女、これをはぢしめんとてわがかたへにあらはれ 二五―二七
あゝヴィルジリオよ、ヴィルジリオよ、これ何者ぞやとあららかにいふ、導者即ち淑女にのみ目をそゝぎつゝ近づけり 二八―三〇
さてかの女をとらへ、ころもの前を裂き開きてその腹を我に見すれば、惡臭をしうこれよりいでてわが眠りをさましぬ 三一―三三
われ目を善き師にむかはしめたり、彼いふ。少なくも三たび我汝を呼びぬ、起きて來れ、我等は汝の過ぎて行くべき門を尋ねむ。 三四―三六
我は立てり、高き光ははや聖なる山の諸※(二の字点、1-2-22)の圓に滿てり、我等は新しき日を背にして進めり 三七―三九
我は彼に從ひつゝ、わが額をば、あたかもこれに思ひを積み入れ身を反橋そりはしなかばとなす者のごとく垂れゐたるに 四〇―四二
この人界にては開くをえざるまでやはらかくやさしく、來れ、道こゝにありといふ聲きこえぬ 四三―四五
かく我等に語れるもの、白鳥のそれかとみゆる翼をひらきて、硬き巖の二の壁の間より我等を上にむかはしめ 四六―四八
後羽を動かして、哀れむ者はその魂なぐさめの女主となるがゆゑに福なることを告げつつ我等をあふげり 四九―五一
我等ふたり天使をはなれて少しく登りゆきしとき、わが導者我にいふ。汝いかにしたりとて地をのみ見るや。 五二―五四
我。あらたなるまぼろしはわが心をこれにかたむかせ、我この思ひを棄つるをえざれば、かく疑ひをいだきてゆくなり。 五五―五七
彼曰ふ。汝はこの後唯一者ひとりにて我等の上なる魂を歎かしむるかの年へし妖女を見しや、人いかにしてこれがきづなを斷つかを見しや 五八―六〇
足れり、いざ汝歩履あゆみをはやめ、永遠とこしへの王が諸天をめぐらして汝等に示す餌に目をむけよ。 六一―六三
はじめは足をみる鷹も聲かゝればむきなほり、心食物くひもののためにかなたにひかれ、これをえんとの願ひを起して身を前に伸ぶ 六四―六六
我亦斯の如くになりき、かくなりて、かの岩の裂け登る者に路を與ふるところを極め、めぐりはじむる處にいたれり 六七―六九
第五の圓にいでしとき、我見しにこゝに民ありき、彼等みな地にうつむき伏して泣きゐたり 七〇―七二
わが魂は塵につきぬ、我はかく彼等のいへるをききしかど、詞ほとんどしがたきまでその歎息なげき深かりき 七三―七五
あゝ神に選ばれ、義と望みをもて己が苦しみをかろむる者等よ、高き登の道あるかたを我等にをしへよ。 七六―七八
汝等こゝに來るといへども伏すの憂ひなく、たゞいとすみやかに道に就かんことをねがはば、汝等の右を常にそととせよ。 七九―八一
詩人斯く請ひ我等かく答へをえたり、こは我等の少しく先にきこえしかば、我そのことばによりてかのかくれたる者を認め 八二―八四
目をわが主にむけたるに、主は喜悦よろこび休徴しるしをもて、顏にあらはれしわが願ひの求むるところを許したまへり 八五―八七
我わが身を思ひのまゝになすをえしとき、かの魂即ちはじめ詞をもてわが心を惹ける者にちかづき 八八―九〇
いひけるは。神のみもとに歸るにあたりて缺くべからざるところの物を涙にましむる魂よ、わがために少時しばらく汝の大いなるこゝろばせを抑へて 九一―九三
我に告げよ、汝誰なりしや、汝等何ぞ背を上にむくるや、汝わが汝の爲に世に何物をか求むるを願ふや、我はいきながら彼處かしこよりいづ。 九四―九六
彼我に。何故に我等の背を天が己にむけしむるやは我汝に告ぐべきも、汝まづ我はペトルスの繼承者なりしことを知るべし 九七―九九
一の美しき流れシェストリとキアーヴェリの間をくだる、しかしてわが血族やから稱呼となへはその大いなる誇をばこの流れの名に得たり 一〇〇―一〇二
月を超ゆること數日、我は大いなる法衣ころもが、これをひぢに汚さじとつとむる者にはいと重くして、いかなる重荷もたゞ羽と見ゆるをしれり 一〇三―一〇五
わが歸依はあはれおそかりき、されどローマの牧者となるにおよびて我は生の虚僞いつはり多きことをさとれり 一〇六―一〇八
かく高き地位をえて心なほしづまらず、またかの生をうくる者さらに高くのぼるをえざるをみたるがゆゑにこの生の愛わがうちに燃えたり 一〇九―一一一
かの時にいたるまで、我はさちなき、神を離れし、全く慾深き魂なりき、今は汝の見るごとく我このためにこゝに罰せらる 一一二―一一四
貪婪むさぼりの爲すところのことは我等悔いし魂の罪を淨むるさまにあらはる、そも/\この山にこれよりにがき罰はなし 一一五―一一七
我等の目地上の物に注ぎて、高く擧げられざりしごとくに、正義はこゝにこれを地に沈ましむ 一一八―一二〇
貪婪むさぼり善を求むる我等の愛を消して我等の働をとゞめしごとくに、正義はこゝに足をも手をもからめとらへて 一二一―
かたく我等をおさふ、正しき主の好みたまふ間は、我等いつまでも身を伸べて動かじ。 ―一二六
我は既に跪きてゐたりしが、このとき語らんと思へるに、わが語りはじむるや彼ただ耳を傾けて我の尊敬うやまひをあらはすをしり 一二七―一二九
いひけるは。汝何ぞかく身をかゞむるや。我彼に。汝のきはたかければわが良心は我の直く立つを責めたり。 一三〇―一三二
彼答ふらく。兄弟よ、足を直くして身を起すべし、誤るなかれ、我も汝等とおなじく一の權威ちからしもべなり 一三三―一三五
汝若しまた嫁せずといへる福音の聲をきけることあらば、またよくわがかく語る所以ゆゑんをさとらむ 一三六―一三八
いざけ、我は汝の尚長く止まるを願はず、我泣いて汝のいへるところのものをましむるに汝のこゝにあるはそのさまたげとなればなり 一三九―一四一
我には世に、名をアラージヤといふひとりのめひあり、わがうからの惡に染まずばその氣質こゝろばへはよし 一四二―一四四
わがかしこに殘せる者たゞかの女のみ。 一四五―一四七


   第二十曲

一の意これにまさる意と戰ふも利なし、是故に我は彼を悦ばせんためわが願ひに背きて飽かざる海絨うみわたを水よりあげぬ 一―三
我は進めり、わが導者はたえず岩に沿ひて障礙しやうげなき處をゆけり、そのさま身を女墻ひめがきに寄せつゝ城壁の上をゆく者に似たりき 四―六
そは片側かたがはには、全世界にはびこる罪を一しづくまた一滴、目より注ぎいだす民、あまりにふち近くゐたればなり 七―九
禍ひなるかな汝年へし牝の狼よ、汝ははてしなきゑのために獲物えものをとらふること凡ての獸の上にいづ 一〇―一二
あゝ天よ(人或ひは下界の推移を汝の運行に歸するに似たり)、これを逐ふ者いつか來らむ 一三―一五
我等はおそくしづかに歩めり、我は魂等のいたはしく歎き憂ふる聲をききつゝこれに心をとめゐたるに 一六―一八
ふと我等の前に、うみにくるしむ女のごとく悲しくさけぶ聲きこえて、うるはしきマリアよといひ 一九―二一
續いてまた、汝の貧しかりしことは汝が汝の聖なる嬰兒をさなごを臥さしめしかの客舍にあらはるといひ 二二―二四
また次に、あゝ善きファーブリツィオよ、汝は不義と大いなる富を得んより貧と徳をえんと思へりといふ 二五―二七
これらの詞よくわが心にかなひたれば、我はかくいへりとみゆる靈の事をしらんとてなほさきに進めるに 二八―三〇
彼はまたニッコロが小女をとめ等の若き生命いのちを導きて貞淑みさをに到らしめんため彼等にをしまず物を施せしことをかたれり 三一―三三
我曰ふ。あゝかく大いなる善を語る魂よ、汝は誰なりしや、何ぞたゞひとりこれらのむべきわざを新たに陳ぶるや、請ふ告げよ 三四―三六
はてをめざして飛びゆく生命いのちの短き旅を終へんためわれ世に歸らば、汝の詞報酬むくいをえざることあらじ。 三七―三九
彼。我はかしこになぐさめをうるを望まざれども、かく大いなる恩惠めぐみいまだ死せざる汝の中に輝くによりてこれを告ぐべし 四〇―四二
一の惡しき木その蔭をもてすべてのクリスト數國をおほひ、良果よきみこれより採らるゝことまれなり、そも/\我はかの木の根なりき 四三―四五
されどドアジォ、リルラ、ガンド、及びブルーゼスの力足りなばむくい速かにこれに臨まむ、我また萬物をさばき給ふ者にこの報を乞ひ求む 四六―四八
我は世に名をウーゴ・チャペッタといへり、多くのフィリッピとルイージ我よりいでて近代ちかきよのフランスを治む 五二―五四
我は巴里パリージのとある屠戸にくやの子なりき、昔の王達はやみなかくれて、灰色の衣を着る者獨り殘れるのみなりし頃 五二―五四
我は王國の統御の手綱のかたくわが手にあるを見ぬ、また新たに得たる大いなる力とあふるゝばかりの友ありければ 五五―五七
わが子のかうべぬきんでられて、やもめとなれる冠を戴き、かの受膏じゅかうやから彼よりいでたり 五八―六〇
大いなる聘物おくりものプロヴェンツァがわが血族より羞恥の心を奪はざりし間は、これにむべきわざもなくさりとてあしき行ひもなかりしに 六一―六三
かの事ありしよりこの方、あらびいつはりをもてかすむることをなし、後あがなひのためにポンティ、ノルマンディア及びグアスコニアを取れり 六四―六六
カルロ、イタリアに來れり、しかして贖のためにクルラディーノを犧牲いけにへとなし、後また贖のためにトムマーゾを天に歸らしむ 六七―六九
我見るに、今より後程なく來る一の時あり、この時到らばほかのカルロは己と己がやからの事をなほよく人に知らせんとてフランスを出づべし 七〇―七二
かれ身を固めず、ジュダのためせし槍をひつさげてひとりかしこをいで、これにて突きてフィレンツェの腹をやぶらむ 七三―七五
かれかくして國を得ず、罪と恥をえむ、これらは彼がかゝる禍ひを輕んずるにより、彼にとりていよ/\重し 七六―七八
我見るに、嘗てとらはれて船を出でしことあるカルロは、己がむすめを賣りてその價を爭ふこと恰も海賊が女の奴隷をあしらふに似たり 七九―八一
あゝ貪慾むさぼりよ、汝わが血族ちすぢを汝の許にひきてこれに己が肉をさへ顧みざらしめしほどなれば、このうへ何をなすべきや 八二―八四
我見るに、過去こしかた未來ゆくすゑの禍ひをちひさくみえしめんとて、百合フイオルダリーゾの花アラーニアに入り、クリストその代理者の身にてとらはれたまふ 八五―八七
我見るに、彼はふたゝび嘲られ、ふたゝびとをめ、生ける盜人の間に殺されたまふ 八八―九〇
我見るに、第二のピラート心殘忍なればこれにてもなは飽かず、法によらずして強慾の帆をかの殿みやの中まで進む 九一―九三
あゝ我主よ、聖意みこゝろの奧にかくれつゝ聖怒みいかりをうるはしうする復讎を見てわがよろこぶ時いつか來らむ 九四―九六
聖靈のたゞひとりの新婦はなよめについてわが語り、汝をしてその解説ときあかしを聞かんためわが方にむかはしめしかの詞は 九七―九九
晝の間我等の凡ての祈りにつゞく唱和なり、されど夜いたれば我等これに代へてこれと反する聲をあぐ 一〇〇―一〇二
そのとき我等はかの黄金こがねをいたく貪りて背信、盜竊、殺人の罪を犯せるピグマリオンと 一〇三―一〇五
飽くなきの求めによりて患艱なやみをえ常に人の笑ひを招く慾深きミーダのことをくりかへし 一〇六―一〇八
また分捕物えものを盜みとれるため今もこゝにてヨスエの怒りに刺さるとみゆる庸愚おるかなるアーカンのことをおもひ 一〇九―一一一
次にサフィーラとその夫を責め、エリオドロの蹴られしことをむ、我等はまたポリドロを殺せるポリネストルの汚名をして 一一二―
あまねく山をめぐらしめ、さて最後にさけびていふ、クラッソよ、黄金こがねあぢはいかに、告げよ、汝知ればなりと ―一一七
ひとりの聲高くひとりの聲低きことあり、こは情の我等をむちうちて或ひはつよく或ひは弱く語らしむるによる 一一八―一二〇
是故に晝の間我等のこゝにて陳ぶべき徳を我今ひとりいへるにあらず、たゞこのあたりにては我より外に聲を上ぐる者なかりしのみ。 一二一―一二三
我等既に彼を離れ、今はわれらの力を盡して路に勝たんとつとめゐたるに 一二四―一二六
このとき我は山の震ひ動くこと倒るゝ物に似たるを覺えき、是に於てかわが身恰も死に赴く人の如く冷ゆ 一二七―一二九
げにラートナが天の二の目を生まんとて巣を營める時よりさきのデロといふともかく強くはゆるがざりしなるべし 一三〇―一三二
ついではげしき喊聲さけびごゑ四方に起れり、師即ち我に近づき、わが導く間は汝恐るゝなかれといふ 一三三―一三五
至高處いとたかきところには榮光神にあれ。衆皆斯くいひゐたり、かくいひゐたるを我は身に近くしてその叫びの聞分きゝわけうべき魂によりてさとれるなりき 一三六―一三八
我等はかの歌を最初に聞ける牧者のごとく、あやしみとゞまりて動かず、震動ふるひ止み歌終るにおよびて 一三九―一四一
こゝに再び我等の聖なる行路たびぢにいでたち、既にいつものなげきにかへれる多くの地に伏す魂をみたり 一四二―一四四
若しわが記憶に誤りなくば、いかなる疑ひもわがかの時の思ひのうちにありとみえしもののごとく大いなるいくさを起して 一四五―
その解説ときあかしを我に求めしことあらじ、されどいそぎのためにはゞかりてこれをたゞさず、さりとて自から何事をも知るをえざれば ―一五〇
我は臆しつゝ思ひ沈みて歩みにき 一五一―一五三


   第二十一曲

サマーリアの女の乞ひ求めたる水を飮まではとゞまることなき自然のかわきに 一―三
なやまされ、かつはいそぎむちうたれつゝ、我わが導者に從ひてさゝはり多き道を歩み、正しき刑罰を憐みゐたるに 四―六
見よ、はや墓窟はかあなより起き出でたまへるクリストが途をゆく二人ふたりの者に現はれしこと路加ルーカふみしるさるゝごとく 七―九
一の魂我等にあらはる、我等かの伏したるむれを足元に見ゐたりしときこの者うしろに來りしかど我等これを知らざりければ彼まづ語りて 一〇―一二
わが兄弟達よ、神平安を汝等に與へたまへといふ、我等直ちに身をめぐらしぬ、而してヴィルジリオはふさはしき表示しるしをもてこれに答へて 一三―一五
後曰ひけるは。我を永遠とこしへ流刑るけいに處せしまことの法廷願はくは汝を福なる集會つどひの中に入れ汝に平和を受けしめんことを。 一六―一八
そは如何いかに、汝等神に許されて登るをうる魂に非ずば誰に導かれてそのきだをこゝまで踏みしや。彼かくいひ、いふも我等はく行けり 一九―二一
わが師。この者天使の描くしるしを着く、汝これを見ば汝は彼が善き民と共に治むるにいたるをさだかに知らむ 二二―二四
されど夜晝つむ女神めがみは、クロートが人各※(二の字点、1-2-22)のために掛けかつ押固おしかたむる一たばを未だ彼のためにり終らざるがゆゑに 二五―二七
汝と我の姉妹なるその魂は登り來るにあたり獨りにて來る能はざりき、そは物を見ること我等と等しからざればなり 二八―三〇
是故に彼に路を示さんため我はかれて地獄のひろき喉を出づ、またわがをしへの彼を導くをうる間は我彼に路を示さむ 三一―三三
されど汝若し知らば我等に告げよ、山今かの如くゆるげるは何故ぞや、またそのるゝ据に至るまで衆ひとしく叫ぶと見えしは何故ぞや。 三四―三六
この問ひよくわが願ひのかなめにあたれり、されば望みをいだけるのみにてわがかわきはやうすらぎぬ 三七―三九
彼曰ふ。この山の聖なる律法おきてはすべて秩序なきことまたはその習ひにあらざることをゆるさず 四〇―四二
この地一切の變異をまぬかる、たゞその原因もととなるをうべきは天が自ら與へて自ら受くるところの者のみ、この外にはなし 四三―四五
是故に雨も雹も雪も露もまた霜も、かの三のきだより成れる短ききざはしのこなたに落ちず 四六―四八
き雲もうすき雲も電光いなづまも、またかの世に屡※(二の字点、1-2-22)處を變ふるタウマンテのむすめも現はれず 四九―五一
乾ける氣は、わがいへる三の段の頂、ピエートロの代理者がその足をおくところよりうへに登らず 五二―五四
かしこより下は或ひは幾許いくばくか震ひ動かむ、されど上は、我その次第を知らざれども、地にかくるゝ風のために震ひ動けることたえてなし 五五―五七
たゞ魂の中に己が清きを感ずる者ありてちまたは昇らんとして進む時、この地震ひ、かのごときさけび次ぐ 五八―六〇
清きことの證左あかしとなるものは意志のみ、魂既に全く自由にその侶を變ふるをうるにいたればこの意志におそはれ且つこれを懷くを悦ぶ 六一―六三
意志はげに始めよりあり、されど願ひこれを許さず、こはさきに罪を求めし如く今神の義に從ひ意志にさからひて苛責を求むる願ひなり 六四―六六
我この苦患なやみの中に伏すこと五百年餘に及びこゝにはじめてまされる里に到らんとの自由の望みをいだけるがゆゑに 六七―六九
汝地の震ふを覺え、また山の信心深き諸※(二の字点、1-2-22)の靈の主(願はくは速かに彼等に登るをえさせたまへ)をめまつるを聞けるなり。 七〇―七二
彼斯く我等にいへり、しかしてかわき劇しければ飮むの喜び亦從ひて大いなるごとく、彼の言は我にいひがたき滿足を與へき 七三―七五
さとき導者。汝等をこゝに捕ふる網、その解くるさま、地のこゝに震ふ所以、汝等の倶に喜ぶところの物、我今皆これを知る 七六―七八
いざねがはくは汝の誰なりしやを我にしらしめ、また何故にこゝに伏してかく多くのを經たるやを汝の詞にて我にあらはせ。 七九―八一
かの靈答へて曰ふ。いと高き王の助けをうけて善きティトがジユダの賣りし血流れ出たる傷の仇をむくいし頃 八二―
最も人にあがめられかつ長く殘る名をえて我ひろく世に知らる、されど未だ信仰なかりき ―八七
わが有聲うせいの靈の麗しければ我はトロサびとなるもローマに引かれ、かしこにミルトをもて額を飾るをうるにいたれり 八八―九〇
世の人わが名を今もスターツィオと呼ぶ、われテーべを歌ひ、後また大いなるアキルレをうたへり、されど第二の荷を負ひて路に倒れぬ 九一―九三
さてわが情熱の種は、千餘の心を燃やすにいたれるかの聖なる焔よりいでて我をあたゝめし火花なりき 九四―九六
わがかくいふは「エーネイダ」の事なり、こは我には母なりき詩の乳母めのとなりき、これなくば豈我に一ドラムマのおもさあらんや 九七―九九
我若しヴィルジリオとを同じうするをえたらんには、わが流罪るざいとき滿つること一年ひととせおくるゝともいとはざらんに。 一〇〇―一〇二
これらの詞を聞きてヴィルジリオ我にむかひ聲なき顏にてもだせといへり、されど意志は萬事よろづのことを爲しがたし 一〇三―一〇五
そはゑみも涙もまづその源なる情に從ひ、その人いよ/\誠實なればいよ/\意志に背けばなり 一〇六―一〇八
我たゞ微笑ほゝゑめるのみ、されどそのさま※(「目+旬」、第3水準1-88-80)めくばせする人に似たれば、かの魂口を噤み、心のいとよくあらはるゝ處なる目を見て 一〇九―一一一
いふ。願はくは汝さいはひの中にかく大いなる勞苦をふるをえんことを、汝の顏今ゑみひらめきを我に見せしは何故ぞや。 一一二―一一四
我今左右に檢束をうく、かなたは我にもだせといひ、こなたは我にいへと命ず、是に於てか大息すれば 一一五―
わが師さとりて我に曰ふ。汝語るをおそるゝなかれ、語りて彼にそのかく心をこめて尋ぬるところの事を告ぐべし。 ―一二〇
是に於てか我。年へし靈よ、思ふに汝はわがほゝゑめるをあやしむならむ、されど我汝の驚きをさらに大いならしめんとす 一二一―一二三
わが目を導いて高きに到らしむるこの者こそは、かのヴィルジリオ、人と神々をうたふにあたりて汝に力を與へし者なれ 一二四―一二六
若しわがゑみ原因もとと思へるもの他にあらば、まことならずとしてこれを棄て、彼が事をいへる汝のことばまこと原因もととおもふべし。 一二七―一二九
わが師の足を抱かんとて彼既に身をかゞめゐたりき、されど師彼に曰ふ。兄弟よ、しかするなかれ、汝も魂汝の見る者も魂なれば。 一三〇―一三二
立上たちあがりつゝ。今汝は汝のために燃ゆるわが愛の大いなるをさとるをえむ、そは我等の身の空しきを忘れて 一三三―一三五
我はあたかも固體のごとく魂をあしらひたればなり 一三六―一三八


   第二十二曲

我等すでに天使をあとにす(こは我等を第六の圓にむかはせ、わが顏より一の疵をとりのぞける天使なり 一―三
彼は我等に義を慕ふ者の福なることを告げたり、而してその詞はたゞシチウントをもてこれを結びき) 四―六
また我はほかこみちを通れる時より身輕ければ、疲勞つかれを覺ゆることなくしてかの足早き二の靈に從ひつゝ歩みゐたるに 七―九
このときヴィルジリオ曰ふ。徳の燃やせし愛はその焔一たび外にあらはるればまた他の愛を燃やすを常とす 一〇―一二
是故にジヨヴェナーレが地獄のリムボの中なる我等の間にくだりて汝の情愛を我にあかせし時よりこの方 一三―一五
汝に對してわれ大いなる好意よしみを持てり、げにこれより固くはまだ見ぬ者と結べる人なし、かかれば今は此等のきだも我に短しと見ゆるなるべし 一六―一八
されど告げよ――若し心安きあまりにわが手綱ゆるみなば請ふ友として我を赦し、今より友いとして我とかたれ 一九―二一
貪婪むさぼりはいかで汝の胸の中、汝の勵みによりて汝に滿ちみちしごとき大なる智慧の間に宿るをえしや。 二二―二四
これらの詞をききてスターツィオまづ少しく笑を含み、かくて答へて曰ひけるは。汝の言葉はみな我にとりて愛のなつかしき表象しるしなり 二五―二七
それまことのことわりかくるゝがゆゑに我等に誤りて疑ひを起さしむる物げにしば/\現はるゝことあり 二八―三〇
汝が我をば世に慾深かりし者なりきと信ずることは汝の問ひよく我にあかしす、これ思ふにわがかの圈にゐたるによらむ 三一―三三
知るべし、我は却つてあまりに貪婪むさぼりに遠ざかれるため、幾千の月この放縱を罰せるなり 三四―三六
我若し汝が恰も人の性を憤るごとくさけびて、あゝ黄金わうごんの不淨の饑ゑよ汝人慾を導いていづこにか到らざらんと 三七―
いへる處に心をとめ、わが思ひを正さざりせば、今はまろばしつゝき牴觸を感ずるものを ―四二
かの時我はつひやすにあたりて手のあまりにひろく翼を伸ぶるをうるを知り、これを悔ゆることほかの罪の如くなりき 四三―四五
それ無智のために生くる間も死に臨みてもこの罪を悔ゆるあたはず、のち髮を削りて起き出づるにいたる者その數いくばくぞ 四六―四八
汝また知るべし、一の罪とともに、まさしくこれと相反する咎、そのみどりをこゝにらすを 四九―五一
是故にわれ罪を淨めんとてかの貪婪むさぼりのために歎く民の間にありきとも、これと反するとがのゆゑにこそこの事我に臨めるなれ。 五二―五四
牧歌の歌人いひけるは。汝ヨカスタの二重ふたへの憂ひのむごき爭ひを歌へるころは 五五―五七
クリオがこの詩に汝と關渉かゝりあふさまをみるに、善行よきおこなひにかくべからざる信仰未だ汝を信ある者となさざりしに似たり 五八―六〇
若し夫れ然らばいかなる日またはいかなるともしびぞや、汝がその後かの漁者に從ひて帆を揚ぐるにいたれるばかりに汝の闇を破りしは。 六一―六三
彼曰ふ。汝まづ我をパルナーゾのかたにみちびきてそのいはやに水をむすぶをえしめ、後また我を照して神のみもとに向はしめたり 六四―六六
汝の爲すところはあたかも夜燈火ともしびを己がうしろに携へてゆき、自ら益を得ざれどもあとなる人々をさとくする者に似たりき 六七―六九
そは汝のいへる詞に、世改まり義と人の古歸り新しきやから天より降るとあればなり 七〇―七二
我は汝によりて詩人となり汝によりて基督教徒クリスティアーノとなれり、されどわが概略おほよそゑがける物を尚良く汝に現はさんため我今手をべて彩色いろどらん 七三―七五
まことの信仰は永久とこしへの國の使者等つかひたちに播かれてすでにあまねく世に滿ちたりしに 七六―七八
わが今引ける汝のことば、新しき道を傳ふる者とその調しらべを同じうせしかば、彼等をおとづるることわが習ひとなり 七九―八一
かのドミチアーンが彼等を責めなやまししとき、わが涙彼等のなげきにともなふばかりに我は彼等を聖なる者と思ふにいたれり 八二―八四
われは世に在る間彼等をたすけぬ、彼等の正しき習俗ならはしは我をしてほかの教へをあなどらしめぬ 八五―八七
かくてわが詩にギリシアびとを導きてテーべの流れに到らざるさきにわれ洗禮バッテスモをうけしかど、おほやけ基督教徒クリスティアーンとなるをおそれて 八八―九〇
久しく異教のもとにかくれぬ、この微温ぬるみなりき我に四百年餘の間第四の圈をめぐらしめしは 九一―九三
されば汝、かゝるさいはひをかくしし葢をわがためにひらける者よ、若し知らば、我等が倶に登るをうべき道ある間に、我等の年へし 九四―
テレンツィオ、チェチリオ、プラウト及びヴァリオの何處いづこにあるやを我に告げよ、告げよ彼等罪せらるゝや、そは何の地方に於てぞや。 ―九九
わが導者答ふらく。彼等もペルシオも我もその他の多くの者も、かのムーゼより最も多く乳を吸ひしギリシアびととともに 一〇〇―一〇二
無明むみやうひとやの第一の輪の中にあり、我等は我等の乳母めのと等の常にとゞまる山のことをしばしばかたる 一〇三―一〇五
エウリピデ、アンティフォンテ、シモニーデ、アガートネそのほかそのかみ桂樹ラウロをもて額を飾れる多くのギリシア人かしこに我等と倶にあり 一〇六―一〇八
汝が歌へる人々のうちにては、アンティゴネ、デイフィレ、アルジア及び昔の如く悲しむイスメーネあり 一〇九―一一一
ランジアを示せる女あり、ティレジアのむすめとテーティ、デイダーミアとその姉妹等あり。 一一二―一一四
登りをはりて壁を離れしふたりの詩人は、ふたゝびあたりを見ることに心ひかれて今ともにもだし 一一五―一一七
晝の四人よたり侍婢はしためははやあとに殘されて、第五の侍婢ながえのもとにその燃ゆるさきをばたえず上げゐたり 一一八―一二〇
このときわが導者。思ふに我等は右の肩をふちにむけ、山を※(「廴+囘」、第4水準2-12-11)めぐること常の如くにせざるをえざらむ。 一二一―一二三
習慣ならはしはかしこにてかく我等のしるべとなれり、しかしてかの貴き魂のうけがへるため我等いよいよ疑はずして路に就けり 一二四―一二六
彼等はさきに我ひとりあとよりゆけり、我は彼等のかたる言葉に耳を傾け、詩作についての教へをきくをえたりしかど 一二七―一二九
このうるはしき物語たゞちにやみぬ、そは我等路の中央たゞなかに、にほひやはらかくして良きある一本ひともとの木を見たればなり 一三〇―一三二
あたかももみの、枝また枝と高きに從つて細きが如く、かの木は思ふに人の登らざるためなるべし、低きに從つて細かりき 一三三―一三五
われらの路の塞がれるかたにては、清き水高き岩より落ちて葉の上にのみちらばれり 一三六―一三八
ふたりの詩人樹にちかづけるに、一の聲葉の中よりさけびていふ。汝等はこの食物くひものに事缺かむ。 一三九―一四一
又曰ふ。マリアは己が口(今汝等のために物言ふ)の事よりも、婚筵のたふとくして全からむことをおもへり 一四二―一四四
昔のローマの女等はその飮料のみものに水を用ゐ、またダニエルロは食物くひものをいやしみて知識をえたり 一四五―一四七
いにしへ黄金こがねの如く美しかりき、饑ゑてつるばみあぢよくし、渇きて小川を聖酒ネッタレとなす 一四八―一五〇
蜜と蝗蟲いなごとはかの洗禮者バテイスタ曠野あらのにやしなへるかてなりき、是故に彼榮え、その大いなること 一五一―一五三
聖史の中にあらはるゝごとし。 一五四―一五六


   第二十三曲

我はあたかも小鳥を逐ひて空しく日を送る者の爲すごとくかの青葉に目をとめゐたれば 一―三
父にまさる者いひけるは。子よ、いざ來れ、我等は定まれる時をわかちて善く用ゐざるをえざればなり。 四―六
われ目とあゆみひとしく移して聖達ひじりたちに從ひ、その語ることを聞きつゝ行けども疲れをおぼえざりしに 七―九
見よ、なげきと歌ときこえぬ、主よわが唇をと唱ふるさま喜びとともに憂ひを生めり 一〇―一二
あゝやさしき父よ、我にきこゆるものは何ぞや。我斯くいへるに彼。こは魂なり、おそらくは行きつゝその負債おひめむすびを解くならむ。 一三―一五
たとへば物思ふ異郷の族人たびびと、路にて知らざる人々に追及おひしき、ふりむきてこれをみれども、その足をとゞめざるごとく 一六―一八
信心深き魂の一むれ、もだしつゝ、我等よりもはやく歩みて後方うしろより來り、過ぎ行かんとして我等を目安まもれり 一九―二一
彼等はいづれもまなこ窪みて光なく、顏あをざめ、そのかは骨の形をあらはすほどに痩せゐたり 二二―二四
思ふにゑを恐るゝこといと大いなりしときのエリシトネといふともそのためにかく枯れて皮ばかりとはならざりしならむ 二五―二七
我わが心の中にいふ。マリアその子をついばみしときイエルサレムを失へる民を見よ。 二八―三〇
眼窩めあなたまなき指輪に似たりき、OMOオモを人の顏に讀む者Mエムメをさだかに認めしなるべし 三一―三三
若しその由來を知らずば誰か信ぜん、果實このみと水のかをり、劇しき慾を生みて、かく力をあらはさんとは 三四―三六
彼等の痩するとはだいたはしく荒るゝ原因もと未だあきらかならざりしため、その何故にかく饑ゑしやを我今あやしみゐたりしに 三七―三九
見よ、一の魂、かうべ深處ふかみより目を我にむけてつら/\視、かくて高くさけびて、こはわがためにいかなる恩惠めぐみぞやといふ 四〇―四二
我何ぞ顏を見て彼の誰なるを知るをえむ、されどその姿の毀てるものその聲にあらはれき 四三―四五
この火花はかの變れるかたちにかゝはるわが凡ての記憶を燃やし、我はフォレーゼの顏をみとめぬ 四六―四八
彼請ひていふ。あゝ、乾けるかさぶたわがはだの色を奪ひ、またわが肉乏しとも、汝これに心をとめず 四九―五一
故に汝の身の上と汝を導くかしこの二の魂の誰なるやを告げよ、我に物言ふを否むなかれ。 五二―五四
我答へて彼に曰ふ。しにてさきに我に涙を流さしめし汝の顏は、かく變りて見ゆるため、かの時に劣らぬ憂ひを今我に與へて泣かしむ 五五―五七
されば告げよ、われ神をして請ふ、汝等をかくらす物は何ぞや、わがあやしむ間我にはしむる勿れ、心にほかの思ひ滿つればその人いふ事よろしきをえず。 五八―六〇
彼我に。永遠とこしへ思量はからひによりて我等の後方うしろなるかの水の中樹の中に力くだる、わがかく痩するもこれがためなり 六一―六三
己が食慾に耽れるため泣きつゝ歌ふこの民はみな饑ゑ渇きてこゝにふたゝび己を清くす 六四―六六
果實このみより、また青葉にかゝる飛沫みづけぶりよりいづる香氣かをり飮食のみくひの慾を我等のうちに燃やすなり 六七―六九
しかして我等のこの處を※(「廴+囘」、第4水準2-12-11)めぐりて苦しみを新たにすることたゞ一たびにとゞまらず――われ苦しみといふ、まことになぐさめといはざるべからず 七〇―七二
そはクリストの己が血をもて我等を救ひたまへる時、彼をしてよろこびてエリといはしめし願ひ我等を樹下このもとに導けばなり。 七三―七五
我彼に。フォレーゼよ、汝世を變へてまさる生命いのちをえしよりこの方いまだ五とせの月日經ず 七六―七八
若し我等を再び神にとつがしむる善き憂ひの時到らざるまに、汝の罪を犯す力既に盡きたるならんには 七九―八一
汝いかでかこゝに來れる、我は汝を下なる麓、時の時をおぎなふところに今も見るならんとおもへるなりき。 八二―八四
是に於てか彼我に。わがネルラそのあふるゝ涙をもて我をみちびき、苛責の甘き※(「くさかんむり/陳」、第3水準1-91-23)いんちんを飮ましむ 八五―八七
彼心をこめし祈祷いのり歎息ためいきをもて、かの魂の待つ處なる山の腰より我を引きまた我を他の諸※(二の字点、1-2-22)の圓より救へり 八八―九〇
わが寡婦やもめわが深く愛せし者はその善行よきおこなひたぐひ少なきによりていよ/\神にめでよろこばる 九一―九三
そは婦人をんなつゝしみに於ては、サールディニアのバルバジアさへ、わがかの女を殘して去りしバルバジアよりはるかに上にあればなり 九四―九六
あゝなつかしき兄弟よ、我汝に何を告げんや、今を昔となさざる未來すでにわが前にあらはる 九七―九九
この時到らば教壇に立つ人、面皮めんぴ厚きフィレンツェの女等の、乳房ちぶさと腰をあらはしつゝそとに出るをいましむべし 一〇〇―一〇二
いかなる未開の女いかなるサラチーノの女なりとて、靈またはほか懲戒こらしめなきため身を被はずして出でしためしあらんや 一〇三―一〇五
されどかの恥知らぬ女等、若し※(「廴+囘」、第4水準2-12-11)めぐり早き天が彼等の爲に備ふるものをさだかに知らば、今既に口をひらきてをめくなるべし 一〇六―一〇八
そはわが先見に誤りなくば、今子守歌ナンナを聞きてしづかに眠る者の頬に鬚ひぬまに彼等悲しむべければなり 一〇九―一一一
あゝ兄弟よ、今は汝の身の上を我にかくすことなかれ、見よ我のみかは、これらの者皆汝が日を覆ふところを凝視みつむ。 一一二―一一四
我即ち彼に。汝若し汝の我と我の汝といかに世をおくれるやをおもひいでなば、その記憶は今も汝をくるしめむ 一一五―一一七
わが前にゆく者我にかゝる生を棄てしむ、こは往日さきつひこれの――かくいひて日をさし示せり――姉妹の圓く現はれし時の事なり 一一八―一二〇
彼我を彼に從ひてゆくこのまことの肉とともに導いてけしを過ぎ、まことの死者をはなれたり 一二一―一二三
我彼に勵まされてかしこをいで、汝等世の爲に歪める者を直くするこの山を登りつつまた※(「廴+囘」、第4水準2-12-11)りつゝこゝに來れり 一二四―一二六
彼はベアトリーチェのあるところにわがいたらん時まで我をともなはむといふ、かしこにいたらば我ひとり殘らざるをえず 一二七―一二九
かく我にいふはこの者即ちヴィルジリオなり(我彼を指ざせり)、またこれなるは汝等の王國を去る魂なり、この地今 一三〇―一三二
その隅々すみ/″\までもゆるげるは彼のためなりき。


   第二十四曲

ことばあゆみを、歩言をおそくせず、我等は語りつゝあたかも順風に追はるゝ船のごとくく行けり 一―三
再び死にし者に似たる魂等はわが生くるを知り、我を見て驚愕おどろきを目のあなより吐けり 四―六
我續いてかたりていふ。彼若し伴侶とものためならずは、おそらくはなほ速かに登らむ 七―九
されど知らば我に告げよ、ピッカルダはいづこにありや、また告げよ、かく我を視る民の中に心をとむべき者ありや。 一〇―一二
わが姉妹(その美その善いづれまされりや我知らず)は既に高きオリムポによろこびて勝利かちの冠をうく。 一三―一五
彼まづ斯くいひて後。我等の姿斷食のためにかくしぼり取らるゝがゆゑに、こゝにては我等が名をも告ぐるをう 一六―一八
此は――指ざしつゝ――ボナジユンタ、ルッカのボナジユンタなり、またその先のきはだちて憔悴やつれし顏は 一九―二一
かつて聖なる寺院を抱けり、彼はトルソの者なりき、いま斷食によりてボルセーナのうなぎとヴェルナッチヤを淨む。 二二―二四
そのほか多くの者の名を彼一々我に告ぐるに、彼等皆名をいはるゝを厭はじとみえ、その一者ひとりだにさまをなすはあらざりき 二五―二七
我はウバルディーン・デラ・ピーラと、杖にて多くの民を牧せしボニファーチョとが、饑ゑの爲に空しくその齒を動かすを見たり 二八―三〇
我はメッセル・マルケーゼを見たり、この者フォルリにありし頃はかく劇しきかわきなく且つ飮むに便宜たより多かりしかどなほ飽く事を知らざりき 三一―三三
されど恰も見てその中よりひとりを擇ぶ人の如く我はルッカの者をえらびぬ、彼我の事を知るをいと希ふさまなりければ 三四―三六
彼はさゝやけり、我は彼がかく彼等を痩せしむる正義の苦痛いたみを感ずるところにてゼントゥッカといふを聞きし如くなりき 三七―三九
我曰ふ。あゝかく深く我と語るを望むに似たる魂よ、請ふ汝のいへることを我にさとらせ、汝の言葉をもて汝と我の願ひを滿たせよ。 四〇―四二
彼曰ふ。女生れていまだ※(「巾+白」、第4水準2-8-83)かしらぎぬかづかず、この者わがまちを、人いかに誹るとも、汝の心にかなはせむ 四三―四五
汝この豫言を忘るゝなかれ、もしわが低語さゝやき汝の誤解を招けるならば、この後まことの事汝にこれをときあかすべし 四六―四八
されど告げよ、かの新しき詩を起し、戀を知る淑女等とそのはじめにいへる者是即ち汝なりや。 四九―五一
我彼に。愛我を動かせば我これに意を留めてそのわがうち口授くじゆするごとくうたひいづ。 五二―五四
彼曰ふ。あゝ兄弟よ、我今かのおほやけ證人あかしびととグイットネと我とをわが聞く麗はしき新しき調しらべのこなたにつなぐふしをみる 五五―五七
我よく汝等の筆が口授者くじゆしやにちかく附隨つきしたがひて進むをみる、われらの筆にはげにこの事あらざりき 五八―六〇
またなほ遠く先を見んとつとむる者も彼と此との調しらべ區別けぢめをこの外にはみじ。かくいひて心足れるごとくもだしぬ 六一―六三
ニーロのほとり冬籠ふゆごもる鳥、空にむらがつどひて後、なほも速かに飛ばんためつらなり行くことあるごとく 六四―六六
その痩すると願ひあるによりて身輕きかしこの民は、みなかうべをめぐらしつゝふたゝびその歩履あゆみをはやめぬ 六七―六九
また走りて疲れたる人その侶におくれ、ひとり歩みて腰のあへぎのしづまる時を待つごとく 七〇―七二
フォレーゼは聖なるむれをさきにゆかしめ、我とともにあとより來りていひけるは。我の再び汝に會ふをうるは何時いつぞや。 七三―七五
我彼に答ふらく。いつまで生くるや我知らず、されどわが歸ること早しとも、我わが願ひの中に、それよりはやくこの岸に到らむ 七六―七八
そはわが郷土ふるさととなりたる處は、日に日に自ら善を失ひ、そのいたましく荒るゝことはや定まれりとみゆればなり。 七九―八一
彼曰ふ。いざ行け、我見るに、この禍ひにかゝはりて罪の最も大いなるもの、一の獸の尾のもとにて曳かれ、罪赦さるゝためしなき溪にむかふ 八二―八四
獸はたえずはやさを増しつゝ一足毎にとくすゝみ、遂に彼を踏み碎きてその恥づべきむくろを棄つ 八五―八七
これらの輪未だ長く※(「廴+囘」、第4水準2-12-11)めぐらざるまに(かくいひて目を天にむく)、わがことばのなほよく説明ときあかす能はざるもの汝にあきらかなるにいたらむ 八八―九〇
いざ汝あとに殘れ、この王國にては時いと尊し、汝と斯く相並びてゆかば、わが失ふところ多きに過ぎむ。 九一―九三
たとへば先登さきがけの譽をえんとて、馬上のむれの中より一人ひとりの騎士、馳せ出づることあるごとく 九四―九六
彼足をはやめて我等を離れ、我は世の大いなる軍帥ぐんすゐなりし二者ふたりとともに路に殘れり 九七―九九
彼既に我等の前を去ること遠く、わが目の彼に伴ふさま、わが心の彼の詞にともなふごとくなりしとき 一〇〇―一〇二
いま一もとの樹の、ゆたかにして盛なる枝我にあらはる、また我この時はじめてかなたにめぐれるなればその處甚だ遠からざりき 一〇三―一〇五
我見しに民その下にて手を伸べつゝ葉にむかひて何事をかよばはりゐたり、罪なき嬰兒をさなご物を求めて 一〇六―
乞へども乞はるゝ人答へず、かへつて願ひを増さしめんためその乞ふ物をかくさずして高くもたぐるもこのたぐひなるべし ―一一一
かくて彼等はあたかも迷ひ覺めしごとく去り、我等はかく多くのこひと涙をしりぞくる巨樹おほきのもとにたゞちにいたれり 一一二―一一四
汝等過ぎゆきて近づくなかれ、エーヴァのくらへる木この上にあり、これはもとかの樹よりいづ。 一一五―一一七
誰ならむ小枝の間よりかくいふ者ありければ、ヴィルジリオとスターツィオと我とは互ひに近く身を寄せつゝ聳ゆる岸のほとりを行けり 一一八―一二〇
かの者またいふ。雲間に生れしのろひの子等即ち飽いてその二重ふたへの腰をもてテゼオと爭へる者を憶へ 一二一―一二三
また貪り飮みしため、マディアンにむかひて山を下れるゼデオンがその侶となさざりし希伯來人エブレオびとを憶へ。 一二四―一二六
かく我等は二のへりの一を傳ひて、さちなきむくいのともなへる多食の罪の事をきゝつゝこゝを過ぎ 一二七―一二九
後身をゆるやかにしてさびしき路を行き、いづれも言葉なく思ひに沈みてゆたかに千餘の歩履あゆみをはこべり 一三〇―一三二
汝等何ぞたゞみたり行きつゝかく物を思ふや。ふと斯くいへる聲ありき、是に於てか我は恰もおぢおそるゝ獸の如くふるひ 一三三―一三五
その誰なるやを見んとてかうべを擧ぐればひとりの者みゆ、爐の中なる玻璃または金屬かねといふとも斯く光り 一三六―
かく赤くみゆるはあらじ、彼曰ふ。汝等登らんことをねがはばこゝより折れよ、往いて平和をえんとする者みなこなたにむかふ。 ―一四一
彼の姿わが目の力を奪へるため、我は身をめぐらして、あたかも耳に導かるゝ人の如く、わがふたりの師のうしろにいたれり 一四二―一四四
曉告ぐる五月の輕風そよかぜゆたかに草と花とを含み、動きてを放つごとくに 一四五―一四七
うるはしき風わが額の正中たゞなかにあたれり、我は神饌アムプロージャにほひを我に知らしめし羽の動くをさだかにしれり 一四八―一五〇
また聲ありていふ。大いなる恩惠めぐみに照され、あぢはひの愛飽くなき慾を胸に燃やさず常によろしきに從ひて饑うる者はさいはひなり。 一五一―一五三


   第二十五曲

時はのぼりの遲きを許さず、そは子午線を日は金牛に夜は天蠍にはやわたしたればなり 一―三
さればあたかも必要のむちにむちうたるゝ人、いかなる物あらはるゝとも止まらずしてその路を行くごとく 四―六
我等はひとりづつこみちに入りてきざはしを登れり(階狹きため昇る者並び行くをえず) 七―九
たとへばこうづるの雛、飛ぶをねがひて翼をあぐれど、巣を離るゝの勇なくして再びこれを收むるごとく 一〇―一二
わが問はんと欲する願ひ燃えてまた消え、我はたゞいひいださんと構ふる者のさまをなすに過ぎざりき 一三―一五
あゆみ速かなりしかどもわがなつかしき父はもださで、汝やじりまでひきしぼれることばの弓を射よといふ 一六―一八
この時我これにはげまされ、口を啓きていふ。滋養やしなひをうくるに及ばざるものいかにして痩するを得るや。 一九―二一
彼曰ふ。汝若しメレアグロの身が、炬火たいまつの燃え盡くるにつれて盡きたるさまを憶ひ出でなば、この事故にさとりがたきにあらざるべく 二二―二四
また鏡にうつる汝等の姿が、汝等の動くにつれて動くを思はば、今硬くみゆるもの汝に軟かにみゆるにいたらむ 二五―二七
されど汝望むがまゝに心を安んずることをえんため、見よ、こゝにスターツィオあり、我彼を呼び彼に請ひて汝の傷を癒さしむべし。 二八―三〇
スターツィオ答ふらく。我この常世とこよ状態ありさまを汝のをる處にて彼に説明ときあかすとも、こは汝のこひをわが否む能はざるが爲なれば咎むるなかれ。 三一―三三
かくてまたいふ。子よ、汝の心わが詞を見てこれを受けなば、これは即ち汝のたゞす疑ひを照す光とならむ 三四―三六
それ血の完全にして、渇ける脈に吸はるゝことなく、あたかも食卓つくゑよりはこびさらるゝ食物くひもののごとく殘るもの 三七―三九
人の諸※(二の字点、1-2-22)の肢體を營む力をば心臟の中に、これ此等の物とならんため脈を傳ひて出づるにいたるものなればなり 四〇―四二
いよ/\清くなるに及びて、この血は人のいふを憚かる處にくだり、後又そこより自然のうつはの中なる異なる血の上にしたゝり 四三―四五
二の血こゝに相合ふ、その一には堪ふるさがあり、また一にはその出づる處全きがゆゑに行ふ性あり 四六―四八
これ彼と結びてはたらき、まづ凝固こりかたまらせ、後己が材としてそのかたとゝのへる物に生命いのちを與ふ 四九―五一
活動の力恰も草木の魂の如きものとなりて(但し一は道程にあり一は彼岸に達す、異なるところたゞこれのみ)後 五二―五四
なほその作用はたらきをとゞめず、この物動きかつ感ずること海の菌の如きにいたれば、さらに己を種として諸※(二の字点、1-2-22)の力を組立てはじむ 五五―五七
子よ、生む者の心臟即ち自然が諸※(二の字点、1-2-22)の肢體に意を用ゐる處よりいづる力は今や既に弘がりて延ぶ 五八―六〇
されど汝は未だ生物のいかにして人間となるやを聞かず、こは汝よりさとかりし者の嘗て誤れる一の點なり 六一―六三
そは彼靜智に當つべき何の機官をも見ざるによりて、その教への中にこれを魂より離れしめたればなり 六四―六六
汝わが陳ぶるまことにむかひて胸をひらき、而して知るべし、胎兒における腦の組織くみたて全く成り終るや否や 六七―六九
第一の發動者、自然のかく大いなるわざをめでてこれにむかひ、力滿ちたる新しき靈を嘘入ふきいれたまひ 七〇―七二
靈はかしこにはたらきゐたるものを己が實體の中にひきいれ、たゞ一の魂となりて、且つ生き且つ感じ且つ自ら己をめぐる 七三―七五
汝このことばをふかくあやしむなからんため、思ひみよ、太陽の熱葡萄の樹よりしたゝる汁と相混あひまじりて酒となるを 七六―七八
ラケージスの絲盡くる時は、この魂、肉のつなぎを離れ、人と神とに屬するものをその實質において携ふ 七九―八一
ほか能力ちからはみなもだせども、記憶、了知及び意志の作用はたらきは却つてはるかに前よりも強し 八二―八四
かくて止まらずしてあやしくも自ら岸の一に落ち、こゝにはじめて己が行くべき路を知る 八五―八七
處一たび定まれば、構成いとなみの力たゞちにあたりを輝かし、そのさまもそのほども、生くる肢體におけるに同じ 八八―九〇
しかしてたとへば空氣雨を含むとき、日の光これにうつるによりて多くの色に飾らるるごとく 九一―九三
あたりの空氣はそこにとゞまれる魂が己の力によりてその上にす形をうく 九四―九六
かくてあたかも火の動くところ焔これにともなふごとく、新しき形靈にともなふ 九七―九九
この物この後これによりてその姿を現すがゆゑにオムブラと呼ばれ、またこれによりて凡ての官能をとゝのへ、見ることをさへ得るにいたる 一〇〇―一〇二
我等これによりて物言ひ、これによりて笑ふ、またこれによりて我等に涙あり歎息なげきあり(汝これをこの山の上に聞けるなるべし) 一〇三―一〇五
※(二の字点、1-2-22)の願ひまたはその他の情の我等に作用はたらきを及ぼすにしたがひ、影も亦姿を異にす、是ぞ汝のあやしとする事の原因もとなる。 一〇六―一〇八
我等はこの時はや最後の曲路にいたりて右にむかひ、心をほかにとめゐたり 一〇九―一一一
こゝにては岸焔の矢を射、ふちは風を上におくりてこれを追返さしめ、そこに一の路をく 一一二―一一四
されば我等は開きたる處を傳ひてひとり/″\に行かざるをえざりき、我はこなたに火を恐れかなたに下におつるをおそれぬ 一一五―一一七
わが導者曰ふ。かたく目の手綱をめてこゝを過ぎよ、たゞすこしの事のために足を誤るべければなり。 一一八―一二〇
この時こよなき憐憫あはれみの神と猛火のふところにうたふ聲我にきこえてわが心をばまたかなたにもむかはしむ 一二一―一二三
かくて我見しに焔の中をゆく多くの靈ありければ、我は彼等を見またわが足元あしもとをみてたえずわが視力をわかてり 一二四―一二六
聖歌終れば、彼等は高くわれ夫を知らずとさけび、後低く再びこの聖歌をうたひ 一二七―一二九
これを終ふればまた叫びて、ディアーナ森にとゞまりて、かのヴェーネレの毒を嘗めしエリーチェを逐へりといふ 一三〇―一三二
かくて彼等歌に歸り、後またさけびて、徳とえにしの命ずる如く貞操みさをを守れる妻と夫の事を擧ぐ 一三三―一三五
おもふに火に燒かるゝ間は、彼等たえずかく爲すなるべし、かゝる藥かゝる食物くひものによりてこそ 一三六―一三八
そのきずつひにふさがるなれ 一三九―一四一


   第二十六曲

我等かくふちを傳ひ一列ひとつらとなりて歩める間に、善き師しば/\いふ。心せよ、わが誡めを空しうするなかれ。 一―三
はや光をもて西をあまねく蒼より白に變ふる日は、わが右の肩にあたれり 四―六
我は影によりて焔をいよ/\赤く見えしめ、また多くの魂のかゝる表徴しるしにのみ心をとめつゝ行くを見たり 七―九
彼等のわが事を語るにいたれるもこれが爲なりき、かれらまづ、彼はむなしき身のごとくならずといふ 一〇―一二
かくていくたりか、燒かれざる處に出でじとたえず心を用ゐつゝ、その進むをうるかぎりわがかたに來れる者ありき 一三―一五
あゝ汝おそき歩履あゆみのためならずして恐らくはうやまひのために侶のあとより行く者よ、かわきと火に燃ゆる我に答へよ 一六―一八
汝の答を求むる者我獨りに非ず、此等の者皆これに渇く、そのはげしきにくらぶればインドびと又はエチオピア人のつめたき水にかわくも及ばじ 一九―二一
請ふ我等に告げよ、汝未だ死のあみの中に入らざるごとく、身を壁として日をさへぎるはいかにぞや。 二二―二四
そのひとり斯く我にいへり、また若しこの時新しき物現はれて心をひくことなかりせば、我は既にわが身の上をあかせしなるべし 二五―二七
されどこの時顏をこの民にむけ燃ゆる路の正中たゞなかをあゆみて來る民ありければ、我は彼等をみんとて詞をとゞめぬ 二八―三〇
我見るにかなたこなたの魂みないそぎ、たがひに接吻くちづけすれども短き會釋ゑしやくをもて足れりとして止まらず 三一―三三
あたかも蟻がその黒めるむれの中にてたがひに口を觸れしむる(こはその路とさちとをさぐるためなるべし)に似たり 三四―三六
したしみの會釋をはれば、未だ一歩も進まざるまに、いづれも競うてその聲を高くし 三七―三九
新しきむれは、ソッドマ、ゴモルラといひ、殘りの群は、牡牛をさそひて己の慾を遂げんためパシフェの牝牛の中に入るといふ 四〇―四二
かくてたとへば群鶴むらづるの、一部はリフエの連山やま/\にむかひ、また一部は砂地すなぢにむかひ、これ氷をかれ日を厭ひて飛ぶごとく 四三―四五
民の一むれかなたにゆき、一群こなたに來り、みな泣きつゝ、さきにうたへる歌と、彼等にいとふさはしき叫びに歸れり 四六―四八
また我に請へるかの魂等は、聽くの願ひをその姿にあらはしつゝ前の如く我に近づきぬ 四九―五一
我斯く再び彼等の望みを見ていひけるは。あゝいつか必ず平安を享くる魂等よ 五二―五四
めるも熟まざるもわが身かの世に殘るにあらず、その血その骨節ふしみな我とともにこゝにあり 五五―五七
我こゝより登りてわがめしひを癒さんとす、我等の爲に恩惠めぐみを求むる淑女天に在り、是故にわれ肉體を伴ひて汝等の世を過ぐ 五八―六〇
ねがはくは汝等の大望速かに遂げ、愛の滿ち/\且ついと廣く弘がる天汝等をすまはしむるにいたらんことを 六一―六三
請ふ我に告げてこの後紙にしるすをえしめよ、汝等は誰なりや、また汝等のかたにゆくむれは何ぞや。 六四―六六
粗野なる山人やまびと都に上れば、心奪はれ思ひ亂れて、あたりをみつゝ言葉なし 六七―六九
かの魂等またみなかくのごとく見えき、されど驚愕おどろき(貴き心の中にてはそのしづまること早し)の重荷おろされしとき 七〇―七二
さきに我に問へる者またいひけるは。福なる哉汝生を善くせんとてこの地の經驗を船に載す 七三―七五
我等と共に來らざる民の犯せる罪は、そのかみ勝誇れるチェーザルをして王妃といへる罵詈のゝしりの叫びを聞くにいたらしめしものなりき 七六―七八
是故に汝等の聞けるごとく彼等自ら責めてソッドマとさけびて去り、その恥をもて焔をたすく 七九―八一
我等の罪は異性によれり、されど獸の如く慾に從ひ、人の律法おきてを守らざりしがゆゑに 八二―八四
我等彼等とわかるゝ時は、かの獸となれる板の内にて獸となれる女の名を讀み、自ら己をはづかしむ 八五―八七
汝既に我等の行爲おこなひと我等の犯せる罪を知る、恐らくはさらに我等の名を知るを望むべけれど告ぐるに時なく又我しかするをえざるなるべし 八八―九〇
たゞわが身については我汝の願ひを滿みたさむ、我はグイード・グィニツェルリなり、未だ最後いまはとならざる先に悔いしため今既に罪を淨む。 九一―九三
我及び我にまさりて愛のうるはしきけだかき調しらべかなでしことある人々の父かく己が名をいふを聞きしとき 九四―
我はさながらリクルゴの憂ひのうちに再び母をみしときの二人ふたりの男の子の如くなりき、されど彼等のごとく激せず ―九九
たゞ物を思ひつゝ長く彼を見てあゆみ、聞かず語らず、また火をおそれてかなたに近づくことをせざりき 一〇〇―一〇二
かくてわが目飽くにおよび、われかたく誓ひをたてて彼のために能くわが力を盡さんと告ぐれば 一〇三―一〇五
彼我に。わが汝より聞ける事の我心にとゞむる痕跡あといとあざやかなるをもてレーテもこれを消しまたは朦朧おぼろならしむるあたはず 一〇六―一〇八
されど今の汝の詞我にまことを誓へるならば、請ふ告げよ、汝の我を愛すること目にもことばにもかくあらはるゝは何故ぞや。 一〇九―一一一
我彼に。汝のうるはしき歌ぞそれなる、近世ちかきよの習ひつゞくかぎりは、その文字もじ常に愛せらるべし。 一一二―一一四
彼曰ふ。あゝ兄弟よ、わが汝にさししめす者は(前なる一の靈を指ざし)我よりもよくその國語くにことばきたへし者なり 一一五―一一七
戀の詩散文の物語にてはかれ衆にぬきんず、レモゼスの人をもてこれにまさるとなすは愚者なり、彼等をそのいふにまかせよ 一一八―一二〇
彼等はまことよりもうはさをかへりみ、わざことわりを問はざるさきにはやくも己が説を立つ 一二一―一二三
多くの舊人ふるきひとのグイットネにおけるも亦斯の如し、さらに多くの人を得てまことの勝つにいたれるまでは彼等たゞ響きを傳へて彼のみをめぬ 一二四―一二六
さて汝ゆたかなる恩惠めぐみをうけて、僧侶のかしらにクリストを戴くかの僧院に行くことをえば 一二七―一二九
わが爲に彼に向ひて一遍の主のパーテルノストロを唱へよ、但しこの世界にて我等の求むる事にて足る、こゝにては我等また罪を犯すをえざれば。 一三〇―一三二
かくいひて後、後方うしろに近くゐたる者を己に代らしむるためなるべし、恰も水底みなそこ深く沈みゆく魚の如く火に入りて見えざりき 一三三―一三五
我は指示されし者のかたに少しく進みて、わが願ひ彼の名のためにゆかしき處を備へしことを告ぐれば 一三六―一三八
彼こゝろよく語りて曰ふ。汝の問ひのねんごろなるにめでて、我は己を汝にかくすこと能はず、またしかするをねがはざるなり 一三九―一四一
我はアルナルドなり、泣きまた歌ひてゆく、われ過去こしかたをみてわがおろかなりしを悲しみ、行末ゆくすゑをみてわが望む日の來るを喜ぶ 一四二―一四四
このきざはしの頂まで汝を導く權能ちからをさして今我汝に請ふ、時到らばわが苦患なやみおもへ。 一四五―一四七
かくいひ終りて彼等を淨むる火の中にかくれぬ 一四八―一五〇


   第二十七曲

今や日はその造主つくりぬし血を流したまへるところに最初はじめの光をそゝぐ時(イベロは高き天秤はかりの下にあり 一―
ガンジェの浪は亭午まひるに燒かる)とその位置を同じうし、晝既に去らんとす、この時喜べる神の使者つかひ我等の前に現はれぬ ―六
彼焔のそと岸の上に立ちて、心の清き者は福なりとうたふ、その聲さわやかにしてはるかにこの世のものにまされり 七―九
我等近づけるとき彼曰ひけるは。聖なる魂等よ、まづ火に噛まれざればこゝよりさきに行くをえず 一〇―
汝等この中に入りまたかなたにうたふ歌に耳を傾けよ。かくいふを聞きしとき我はあたかも穴にいけらるゝ人の如くになりき ―一五
手を組合くみあはせつゝ身をその上より前に伸べて火をながむれば、わが嘗て見し、人のからだの燒かるゝありさま、あざやかに心に浮びぬ 一六―一八
善き導者等わが方にむかへり、かくてヴィルジリオ我に曰ふ。我子よ、こゝにては苛責はあらむ死はあらじ 一九―二一
おもへ、憶へ……ジェーリオンに乘れる時さへ我汝を安らかに導けるに、神にいよいよ近き今、しかするをえざることあらんや 二二―二四
汝かたく信ずべし、たとひこの焔の腹の中に千年ちとせの長き間立つとも汝は一すぢの髮をも失はじ 二五―二七
若しわがことばの僞なるを疑はば、焔にちかづき、己が手に己が衣の裾をとりてみづからこれを試みよ 二八―三〇
いざ棄てよ、一切の恐れを棄てよ、かなたにむかひて心安く進みゆくべし。かくいへるも我なほ動かずわが良心に從はざりき 三一―三三
わがなほかたくなにして動かざるをみて彼少しく心をなやまし、子よ、ベアトリーチェと汝の間にこの壁あるを見よといふ 三四―三六
眞紅しんくとなりしとき、死に臨めるピラーモがティスベの名を聞き目を開きてつらつら彼を見しごとく 三七―三九
わが思ひの中にたえずき出づる名を聞くや、わが固き心やはらぎ、我はさとき導者にむかへり 四〇―四二
是に於てか彼かうべを振りて、我等此方こなたに止まるべきや如何いかにといひ、恰も一の果實このみに負くる稚兒をさなごにむかふ人の如くにほゝゑみぬ 四三―四五
かくて彼我よりさきに火の中に入り、またこの時にいたるまでながく我等の間をわかてるスターツィオに請ひて我等のあとより來らしむ 四六―四八
我火の中に入りしとき、その燃ゆることかぎりなく劇しければ、煮え立つ玻璃の中になりとも身を投入れてひやさんとおもへり 四九―五一
わがやさしき父は我をはげまさんとて、ベアトリーチェの事をのみ語りてすゝみ、我既に彼の目を見るごとくおぼゆといふ 五二―五四
かなたにうたへる一の聲我等を導けり、我等はこれにのみ心をとめつゝ登るべきところにいでぬ 五五―五七
わが父に惠まるゝ者よ來れ。かしこにありてわが目をまばゆうし我に見るをえざらしめたる一の光の中にかくいふ聲す 五八―六〇
またいふ。日は入りゆふべが來る、とゞまるなかれ、西の暗くならざる間に足をはやめよ。 六一―六三
路直く岩を穿ちて東の方にのぼるがゆゑに、すでに低き日の光を我はわが前より奪へり 六四―六六
しかしてわが影消ゆるを見て我もわが聖等ひじりたちも我等の後方うしろに日の沈むをしりたる時は、我等の試みしきだなほ未だ多からざりき 六七―六九
はてしなくひろき天涯未だこぞりて一の色とならず、夜その闇をことごとく頒ち與へざるまに 七〇―七二
我等各一のきだを床となしぬ、そはこの山のさが、登るの願ひよりもその力を我等より奪へばなり 七三―七五
食物くひものをえざるさきには峰の上に馳せ狂へる山羊も、日のいと熱き間蔭にやすみて聲をもいださず 七六―
その牧者(彼杖にもたれ、もたれつゝそのむれふ)にまもられておとなしく倒嚼にれがむことあり ―八一
またそとに宿る牧人、そのしづかなる群のあたりに夜をすごして、野の獸のこれを散らすを防ぐことあり 八二―八四
我等みたりもまたみなかくの如くなりき、我は山羊に彼等は牧者に似たり、しかして高き岩左右より我等をかこめり 八五―八七
そとはたゞ少しく見ゆるのみなりしかど、我はこの少許すこしの處に、常よりもあざやかにしてかつ大なる星を見き 八八―九〇
我かく倒嚼にれがみ、かく星をながめつゝ睡りに襲はる、即ち事をそのいまだ出來いでこぬさきにに屡※(二の字点、1-2-22)告知らす睡りなり 九一―九三
たえず愛の火に燃ゆとみゆるチテレアがはじめてその光を東の方よりこの山にそゝぐ頃かとおもはる 九四―九六
我は夢に、若き美しきひとりの淑女の、花を摘みつゝ野を分けゆくを見しごとくなりき、かの者うたひていふ 九七―九九
わが名を問ふ者あらば知るべし、我はリーアなり、我わがために一の花圈はなかざりを編まんとて美しき手を動かして行く 一〇〇―一〇二
鏡にむかひて自ら喜ぶことをえんため我こゝにわが身を飾り、わが妹ラケールは終日ひねもす坐してその鏡を離れず 一〇三―一〇五
われ手をもてわが身を飾るをねがふごとくに彼その美しき目を見るをねがふ、見ること彼の、行ふこと我の心をたらはす。 一〇六―一〇八
異郷の旅より歸る人の、わがにちかく宿るにしたがひ、いよ/\づるあかつきの光 一〇九―一一一
はや四方より闇を逐ひ、闇とともにわが睡りを逐へり、我即ち身をおこせば、ふたりの大いなる師この時既に起きゐたり 一一二―一一四
げに多くの枝によりて人のしきりに尋ね求むる甘きは今日汝のゑをしづめむ。 一一五―一一七
ヴィルジリオかく我にいへり、またこれらのことばのごとく心にかなたまものはあらじ 一一八―一二〇
わが登るの願ひ願ひに加はり、我はこの後一足毎に羽えいでて我に飛ばしむるをおぼえき 一二一―一二三
我等きざはしをこと/″\く渡り終りて最高いとたかきだの上に立ちしとき、ヴィルジリオ我にその目をそゝぎて 一二四―一二六
いふ。子よ、汝既に一時ひとときの火と永久とこしへの火とを見てわが自から知らざるところに來れるなり 一二七―一二九
われさとりわざをもて汝をこゝにみちびけり、今より汝は好む所を導者となすべし、汝けはしき路を出で狹き路をはなる 一三〇―一三二
汝の額を照す日を見よ、地のおのづからこゝに生ずる若草と花と木とを見よ 一三三―一三五
涙を流して汝の許に我を遣はせし美しき目のよろこびて來るまで、汝坐するもよし、これらの間を行くもよし 一三六―一三八
わがことばをも表示しるしをもこの後望み待つことなかれ、汝の意志は自由にして直く健全すこやかなればそのむかふがまゝに行はざれば誤らむ 一三九―一四一
是故にわれ冠と帽を汝に戴かせ、汝を己が主たらしむ。


   第二十八曲

あらたに出し日の光を日にやはらかならしむる茂れる生ける神の林の内部うちをも周邊まはりをもさぐらんとて 一―三
我ためらはず岸を去り、しづかに/\野を分けゆけば、地はいたるところ佳香よきかを放てり 四―六
うるはしき空氣變化かはりなく動きてわが額を撃ち、そのさまさながら軟かき風の觸るゝに異ならず 七―九
※(二の字点、1-2-22)の枝これに靡きてふるひつゝ、みな聖なる山がその最初はじめの影を投ぐるかたにかゞめり 一〇―一二
されどはなはだしくたわむにあらねば、こずゑの小鳥その一切のわざを棄つるにいたらず 一三―一五
いたくよろこびて歌ひつゝ、そよふく朝風を葉の間にうけ、葉はエオロがシロッコを解き放つとき 一六―
キアッシの岸の上なる松の林の枝より枝に集まるごとき音をもてその調しらべにあはせぬ ―二一
しづかなる歩履あゆみ我を運びて年へし林の中深く入らしめ、我既にわがいづこより入來れるやを見るあたはざりしとき 二二―二四
見よわが行手を遮れる一の流れあり、その細波さゞなみをもて、ふちえ出し草を左に曲げぬ 二五―二七
日にも月にもかしこを照すをゆるさざる永劫の蔭に蔽はれ、黒み黒みて流るれども 二八―
一物として隱るゝはなきかの水にくらぶれば、世のいと清き水といふともみなまじりありとみゆべし ―三三
わが足とどまり、わが目は咲ける木々の花のたぐひ甚だ多きを見んとて小川のかなたに進めるに 三四―三六
このときあたかも物不意にあらはれて人を驚かし、ほかの思ひをすべて棄てしむることあるごとくかしこにあらはれし 三七―三九
たゞひとりの淑女あり、歌をうたひて歩みつゝ、その行道ゆくみちをこと/″\くいろどれる花また花を摘みゐたり 四〇―四二
我彼に曰ふ。あゝ美しき淑女よ、心のあかしとなる習ひなる姿に信を置くをうべくば愛の光にあたゝまる者よ 四三―
ねがはくは汝の歌の我に聞ゆるにいたるまで、この流れのかたにすゝみきたれ ―四八
汝は我にプロセルピーナが、その母彼を彼春を失へるとき、いづこにゐしやいかなるさまにありしやを思ひ出でしむ。 四九―五一
たとへば舞をまふ女の、その二のあしうらを地にまた互ひに寄せてすゝみ、ほとんど一足かたあしを一足の先に置かざるごとく 五二―五四
彼は紅と黄の花を踏みてこなたにすゝみ、そのさま目をしとやかにたるゝ處女をとめに異ならず 五五―五七
かくて麗はしき聲その詞とともに我に聞ゆるまで近づきてわが願ひを滿たせり 五八―六〇
まさしく草がかの美しき流れの波に洗はるゝところに來るやいなや、彼わがためにその目を擧げぬ 六一―六三
思ふにヴェーネレのあやまちてわが子に刺されし時といふとも、その眉の下に輝ける光かく大いならざりしなるべし 六四―六六
彼は種なきにかの高きをかに生ずる色をなほも己が手をもて摘みつゝ、右の岸に微笑ほゝゑみゐたり 六七―六九
流れは三歩我等を隔てき、されどセルセの渡れる(このこと今も人のすべての誇りを誡しむ)エルレスポントが 七〇―七二
セストとアビードの間の荒浪のためにレアンドロよりうけし怨みも、かの流れが、かの時開かざりしために我よりうけし怨みにはまさらじ 七三―七五
彼曰ふ。汝等は今初めて來れる者なれば、人たる者の巣に擇ばれしこの處に我のほほゑむをみて 七六―七八
驚きかつあやしむならむ、されど汝我を樂しませ給へりといへる聖歌は光を與へて汝等の了知さとりの霧を拂ふに足るべし 七九―八一
また汝先に立つ者我に請へる者よ、聞くべきことあらばいへ、我はいかなる汝の問ひにもたらはぬ事なく答へんと心構こゝろがまへして來れるなれば。 八二―八四
我曰ふ。水と林の響きとはあらたに起せるわが信を攻む、そはわが聞けるところ今見るところと異なればなり。 八五―八七
是に於てか彼。我は汝のあやしむものにそのいで來る原因もとあるを陳べて汝を蔽ふ霧をきよめむ 八八―九〇
それ己のみ己が心にかなふ至上の善は人を善にまた善行の爲に造り、この處をこれに與へて限りなき平和の契約となせり 九一―九三
人己が越度をちどによりてたゞ少時しばらくこゝにとゞまり、己が越度によりて正しき笑ひと麗はしき悦びを涙と勤勞ほねをりに變らせぬ 九四―九六
水より地よりたちのぼりてその力の及ぶかぎり熱に從ひゆくもののこの下に起すみだれが 九七―九九
人と戰ふなからんため、この山かく高く天に聳えき、しかしてそのとざさるゝところより上はみなこれを免かる 一〇〇―一〇二
さて空氣は、若しその※(「廴+囘」、第4水準2-12-11)まはることいづこにか妨げられずば、こと/″\く第一の囘轉とともに圓を成してめぐるがゆゑに 一〇三―一〇五
かゝる動き、純なる空氣の中にありて全くほだしなやこの高嶺たかねを撃ち、林に聲を生ぜしむ、これその繁きによりてなり 一〇六―一〇八
また撃たれし草木くさきにはそのさがを風に滿たすの力あり、この風その後吹きめぐりてこれをあたりに散らし 一〇九―一一一
かなたの地は己が特質と天の利にしたがひて孕み、さが異なる諸※(二の字点、1-2-22)の木を生む 一一二―一一四
かゝればわがこのことばを聞く者、たとひ見ゆべき種なきにかしこに萌えいづる草木を見るとも、世の不思議とみなすに足らず 一一五―一一七
汝知るべし、この聖なる廣野ひろのには一切の種滿ち、かの世に摘むをえざるのあることを 一一八―一二〇
また汝の今見る水は、みなぎるゝ河のごとくに、冷えて凝れる水氣のおぎなふ脈より流れいづるにあらず 一二一―一二三
變らず盡きざる泉よりいづ、而して泉は神の聖旨みむねによりて、その二方の口よりそゝぐものをば再び 一二四―一二六
こなたには罪の記憶を奪ふ力をもちてくだりゆき、かなたには諸※(二の字点、1-2-22)善行よきおこなひを憶ひ起さしむ 一二七―一二九
こなたなるはレーテと呼ばれ、かなたなるをエウノエといふ、この二の水まづ味はれざればその功徳くどくなし 一三〇―一三二
こはほかの凡てのあぢはひにまさる、我またさらに汝に教ふることをせずとも、汝のかわきはや全くやみたるならむ、されど 一三三―一三五
己がこのみにまかせてなほ一の事を加へむ、思ふにわがことばたとひ約束の外にいづとも汝の喜びに變りはあらじ 一三六―一三八
いにしへ黄金こがねとそのさち多きさまを詩となせる人々、恐らくはパルナーゾにて夢にこの處を見しならむ 一三九―一四一
こゝに罪なくして人住みぬ、こゝにとこしへの春とすべてのあり、彼等の所謂ネッタレは是なり。 一四二―一四四
我はこの時身を後方うしろにめぐらしてわがふたりの詩人にむかひ、彼等が笑を含みつゝこの終りの言をきけるを見 一四五―一四七
後ふたゝび目をかの美しき淑女にむけたり 一四八―一五〇


   第二十九曲

彼かたりをはれるとき、戀する女のごとく歌ひて、罪をおほはるゝものは福なりといひ 一―三
かくてたとへばひとりは日を見ひとりはこれを避けんとて林の蔭をあゆみゆきしさびしきニンファのむれのごとくに 四―六
岸をつたひ流れにさかのぼりて進み、また我はわが歩みをこまかにしてそのこまかなる歩みにあはせ、これと相並びて行けり 七―九
ふたりの足數合せて百とならざるさきに、岸兩つながら等しくその方向むきを變へたれば、我は再び東にむかへり 一〇―一二
またかくしてゆくことなほ未だ遠からざりしに、淑女全くわが方にむかひて、わが兄弟よ、視よ、耳を傾けよといふ 一三―一五
このとき忽ち一の光かの大なる林の四方に流れ、我をして電光いなづまなるかと疑はしめき 一六―一八
されど電光はその現はるゝごとく消ゆれど、この光は長くつゞきていよ/\輝きわたりたれば、我わが心の中に是何物ぞやといふ 一九―二一
また一のうるはしき聲あかるき空をわけて流れぬ、是に於てか我は正しき憤りよりエーヴァの膽のふときを責めたり 二二―二四
彼は造られていまだ程なきたゞひとりの女なるに、天地あめつち神にしたがへるころ、被物おほひの下に、しのびてとゞまることをせざりき
彼その下に信心深くとゞまりたりせば、我は早くまた永くこのいひがたき樂しみを味へるなるべし 二八―三〇
かぎりなき樂しみの初穗かく豐かなるに心奪はれ、たゞいよ/\大いなる喜びをうるをねがひつゝ、我その間を歩みゐたるに 三一―三三
我等の前にて縁の技の下なる空氣燃ゆる火のごとくかゞやき、かのうるはしきおと今は歌となりて聞えぬ 三四―三六
あゝげに聖なる處女をとめ等よ、我汝等のために饑ゑ、寒さ、または眠りをしのびしことあらば、今そのむくいを請はざるをえず 三七―三九
いざエリコナよわがためにそゝげ、ウラーニアよ、歌の侶とともに我をたすけて、おもふだに難き事をば詩となさしめよ 四〇―四二
さてその少しく先にあたりてあらはれし物あり、我等と是とはなほ離るゝこと遠かりければ、誤りて七の黄金こがねの木と見えぬ 四三―四五
されど相似て官能を欺く物その時性の一をも距離へだゝりのために失はざるまで我これに近づけるとき 四六―四八
理性に物をわかたしむる力は、これの燭臺なるとうたへる歌のオザンナなるをさとりたり 四九―五一
この美しき一組の燭臺、上より焔を放ちてそのあざやかなること澄みわたれる夜半よはの空の望月もちづきよりもはるかにまされり 五二―五四
我はいたくおどろきて身をめぐらし、善きヴィルジリオにむかへるに、我に劣らざる怪訝あやしみを顏にあらはせる外答へなかりき 五五―五七
我即ちふたゝび目をかのたふとき物にむくれば、新婦はなよめにさへ負くるならんとおもはるゝほどいとゆるやかにこなたにすゝめり 五八―六〇
淑女我を責めていふ。汝いかなればかくたゞ生くる光のさまに心を燃やし、その後方うしろより來るものを見ざるや。 六一―六三
このとき我見しに、白き衣を着(かくばかり白き色世にありしためしなし)、己が導者に從ふごとく後方うしろより來る民ありき 六四―六六
水はわが左にかゞやき、我これを視れば、あたかも鏡のごとくわが身の左の方をうつせり 六七―六九
われ岸のこなた、たゞ流れのみ我をへだつるところにいたれるとき、なほよくみんと、わが歩みをとゞめて 七〇―七二
視しに、焔はそのうしろに彩色いろどれる空氣を殘してさきだちすゝみ、さながら流るゝ小旗のごとく 七三―七五
空氣は七のすぢにわかたれ、これに日の弓、デリアの帶のすべての色あり 七六―七八
これらのはたうしろかたに長く流れてわが目及ばず、またわがはかるところによれば左右のはしにあるものの相離るゝこと十歩なりき 七九―八一
かく美しきさにおほはれ、二十四人の長老、百合フイオルダリーゾの花の冠をつけてふたりづつならび來れり 八二―八四
みなうたひていふ。アダモの女子むすめのうちにて汝は福なる者なり、ねがはくは汝の美にとこしへの福あれ。 八五―八七
かの選ばれし民、わが對面むかひなるかなたの岸の花と新しき草をはなれしとき 八八―九〇
あたかも天にて光光に從ふごとく、そのうしろより四の生物いきもの※(二の字点、1-2-22)かしらに縁の葉をいただきて來れり 九一―九三
皆六の翼をもち、目その羽に滿つ、アルゴの目若し生命いのちあらばかくのごとくなるべし 九四―九六
讀者よ、彼等の形をしるさんとて我またさらに韻語を散らさじ、そは他のつひえへられてこの費を惜しまざること能はざればなり 九七―九九
エゼキエレを讀め、彼は彼等が風、雲、火とともに寒き處より來るを見てこれをゑがけり 一〇〇―一〇二
わがこゝにみし彼等のさまもまたかれのふみにいづるものに似たり、但し羽については、ジヨヴァンニ彼と異なりて我と同じ 一〇三―一〇五
これらの四の生物いきものの間を二の輪ある一の凱旋車占む、一頭のグリフォネその頸にてこれを曳けり 一〇六―一〇八
この者二の翼を、中央なかの一と左右の三のすぢの間に伸べたれば、その一をもたずそこなはず 一〇九―一一一
翼はさきの見えざるばかり高くあがれり、その身のうちに鳥なるところはすべて黄金こがねにてほかはみな紅まじれる白なりき 一一二―一一四
アフリカーノもアウグストもかく美しき車をもてローマを喜ばせしことなきはいふに及ばず、日の車さへこれに比ぶればはえなからむ 一一五―一一七
(即ち路をあやまれるため、信心深きテルラの祈りによりてジョーヴェのくすしき罰をうけ、燒盡されし日の車なり) 一一八―一二〇
右の輪のほとりには、舞ひめぐりつゝ進み來れるみたりの淑女あり、そのひとりは、火の中にては見分け難しと思はるゝばかりに赤く 一二一―一二三
次なるは、肉も骨も縁の玉にて造られしごとく、第三なるは、新たにれる雪に似たり 一二四―一二六
或時は白或時は赤ほかのふたりをみちびくと見ゆ、しかしてその歌にあはせて、侶のゆくこと或ひはおそく或ひははやし 一二七―一二九
左の輪のほとりには、紫の衣を着てたのしく踊れるよたりの淑女あり、そのひとり頭に三の目ある者ほかのみたりをみちびきぬ 一三〇―一三二
かく擧げ來れる凡てのむれうしろに、我はふたりの翁を見たり、その衣は異なれどもおごそかにしておちつきたる姿は同じ 一三三―一三五
ひとりは己がかのいと大いなるイッポクラテ(即ち自然がその最愛の生物のために造れる)の流れを汲むものなるをあらはし 一三六―一三八
またひとりは、川のこなたなる我にさへ恐れをいだかしめしほど光りて鋭き一の劒を持ちて、これと反する思ひをあらはせり 一三九―一四一
我は次に外見みえの劣れるよたりの者と、凡ての者のうしろよりたゞひとりにて眠りて來れる氣色鋭き翁を見たり 一四二―一四四
この七者なゝたりは衣第一の組と同じ、されど頭を卷ける花圈はなわ百合にあらずして 一四五―一四七
薔薇とその他の紅の花なりき、少しく離れしところにてもすべての者の眉の上にまさしく火ありと見えしなるべし 一四八―一五〇
くるまわが對面むかひにいたれるときいかづちきこえぬ、是に於てかかのたふとき民はまた進むをえざるごとく 一五一―一五三
最初の旌とともにかしこにとゞまれり 一五四―一五六


   第三十曲

第一天の七星(出沒いるいづるを知らず、罪よりほかの雲にかくれしこともなし 一―三
しかしてかしこにをる者に各※(二の字点、1-2-22)その任務つとめをしらしめしこと恰も低き七星の、港をさして舵取るものにおけるに似たりき) 四―六
とゞまれるとき、是とグリフォネの間に立ちて先に進めるまことの民、己が平和にむかふごとく、身をめぐらして車にむかへば 七―九
そのひとりは、天より遣はされしものの如く、新婦はなよめよリバーノより來れ三度みたびうたひてよばはり、ほかの者みなこれに傚へり 一〇―一二
最後の喇叭らつぱの響きとともに、すべてめぐまるゝ者、再び衣を着たる聲をもてアレルヤをうたひつゝその墓より起出づるごとく 一三―一五
かの大いなるおきなの聲をきゝて神の車の上にたちあがれる永遠とこしへ生命いのちしもべ使者つかひ百ありき 一六―一八
みないふ。來たる者よ汝は福なり。また花を上とあたりに散らしつゝ。百合を手に滿たして。 一九―二一
我かつて見ぬ、晝の始め、東の方こと/″\く赤く、殘りの空すみてうるはしきに 二二―二四
日のおもて曇りて出で、目のながくこれに堪ふるをうるばかり光水氣にやはらげらるゝを 二五―二七
かくのごとく、天使の手より立昇りてふたゝび内外うちそとに降れる花の雲の中に 二八―三〇
白き※(「巾+白」、第4水準2-8-83)かほおほひの上には橄欖を卷き、縁の表衣うはぎの下には燃ゆる焔の色の衣を着たるひとりの淑女あらはれぬ 三一―三三
わが靈は(はやかく久しく彼の前にて驚異おどろきのために震ひつゝくじかるゝことなかりしに) 三四―三六
目の能くこれに教ふるをまたず、たゞ彼よりいづるしき力によりて、昔の愛がその大いなる作用はたらきを起すを覺えき 三七―三九
わがわらべの時過ぎざるさきに我を刺し貫けるたふとき力わが目を射るや 四〇―四二
我はあたかも物に恐れまたは苦しめらるゝとき、走りてその母にすがる稚兒をさなごの如き心をもて、たゞちに左にむかひ 四三―四五
しづくだに震ひ動かずしてわが身に殘る血はあらじ、昔の焔の名殘をば我今知るとヴィルジリオにいはんとせしに 四六―四八
ヴィルジリオ、いとなつかしき父のヴィルジリオ、わが救ひのためにわが身を委ねしヴィルジリオははや我等を棄去れり 四九―五一
昔の母の失へるすべてのものも、露に淨められし頬をして、涙にふたゝび汚れしめざるあたはざりき 五二―五四
ダンテよ、ヴィルジリオ去れりとて今泣くなかれ今泣くなかれ、それよりほかのつるぎに刺されて汝泣かざるをえざればなり。 五五―五七
己が名(我已むをえずしてこゝにしるせり)の呼ばるゝを聞きてわれ身をめぐらせしとき、我はさきに天使の撒華さんげにおほはれて 五八―
我にあらはれしかの淑女が、さながら水軍ふなての大將の、ともに立ちへさきに立ちつゝあまたの船につかはるゝ人々を見てこれをはげまし
よくそのわざをなさしむるごとく、車の左のふちにゐて、流れのこなたなる我に目をそそぐを見たり ―六六
ミネルヴァの木葉このはに卷かれし※(「巾+白」、第4水準2-8-83)かほおほひそのかうべより垂るゝがゆゑに、我さだかに彼を見るをえざりしかど 六七―六九
凛々りゝしく、氣色けしきなほもおごそかに、あたかも語りつゝいとあつことばをばしばしひかふる人の如く、彼續いていひけるは 七〇―七二
よく我を視よ、げに我は我はげにベアトリーチェなり、汝如何いかしてこの山に近づくことをえしや汝は人がさいはひをこゝに受くるを知らざりしや。 七三―七五
わが目は澄める泉に垂れぬ、されどそこに己が姿のうつれるをみて我これを草に移しぬ、恥いと重く額をせしによりてなり 七六―七八
母たる者の子にいかめしとみゆる如く彼我にいかめしとみゆ、きびしき憐憫あはれみあぢ苦味にがみを帶ぶるものなればなり 七九―八一
彼は默せり、また天使等は忽ちうたひて、主よわが望みは汝にありといへり、されどわが足をの先をいはざりき 八二―八四
スキアヴォーニアの風に吹寄せられてイタリアの背なる生くる梁木うつばりの間にかたまれる雪も 八五―八七
陰を失ふ國氣を吐くときは、火にあへる蝋かとばかり、溶け滴りて己の内に入るごとく 八八―九〇
つねにとこしへの球の調しらべにあはせてしらぶる天使等いまだうたはざりしさきには、我に涙も歎息なげきもあらざりしかど 九一―九三
かのうるはしき歌をきゝて、彼等の我を憐むことを、淑女よ何ぞかく彼を叱責さいなむやと彼等のいふをきかんよりもなほあきらかに知りし時 九四―九六
わが心のまはりに張れる氷は、いきと水に變りて胸をいで、苦しみて口と目を過ぎぬ 九七―九九
彼なほくるまの左のふちに立ちてうごかず、やがてかの慈悲深きむれにむかひていひけるは 一〇〇―一〇二
汝等とこしへの光の中に目をさましをるをもて、よるも睡りも、世がその道に踏みいだす一足をだに汝等にかくさじ 一〇三―一〇五
是故にわが答への求むるところは、むしろかしこに泣く者をしてわがことばをさとらせ、罪と憂ひのはかりを等しからしむるにあり 一〇六―一〇八
すべて生るゝ者をみちびきその侶なる星にしたがひて一の目的めあてにむかはしむる諸天のはたらきによるのみならず 一〇九―一一一
また神の恩惠めぐみ(その雨のもとなる水氣はいと高くして我等の目近づくあたはず)のゆたかなるによりて 一一二―一一四
彼は生命いのちの新たなるころまことの力すぐれたれば、そのすべての良き傾向かたむきは、げにめざましきあかしとなるをえたりしものを 一一五―一一七
種を擇ばず耕さざる地は、土の力のいよ/\さかんなるに從ひ、いよ/\惡くいよ/\荒る 一一八―一二〇
しばらくは我わが顏をもて彼をさゝへき、わが若き目を彼に見せつゝ彼をみちびきて正しきかたにむかはせき 一二一―一二三
我わが第二のよはひしきみにいたりて生を變ふるにおよび、彼たゞちに我をはなれ、身を他人あだしびとにゆだねぬ 一二四―一二六
われ肉より靈に登りて美も徳も我に増し加はれるとき、彼却つて我を愛せず、かへつて我をよろこばす 一二七―一二九
いかなる約束をもはたすことなき空しきさいはひかたちを追ひつゝそのあゆみまことならざる路にむけたり 一三〇―一三二
我また乞ひて默示をえ、夢幻ゆめまぼろしの中にこれをもて彼を呼戻さんとせしも益なかりき、彼これに心をとめざりければなり 一三三―一三五
彼いと深く墜ち、今はかの滅亡ほろびの民を彼に示すことを措きてはその救ひの手段てだてみな盡きぬ 一三六―一三八
是故にわれ死者の門をひ、彼をこゝに導ける者にむかひて、泣きつゝわが乞ふところを陳べぬ 一三九―一四一
若し夫れ涙をそゝぐくい負債おひめつぐのはざるものレーテを渡りまたその水を味ふをうべくば 一四二―一四四
神のたふときさだめは破れむ。


   第三十一曲

あゝ汝聖なる流れのかなたに立つ者よ、いへ、この事まことなりや否や、いへ、かくきびしきわがせめに汝の懺悔のともなはでやは 一―三
彼はさへしとみえしそのことばきつさきを我にむけつゝ、たゞちに續いてまた斯くいひぬ 四―六
わが能力ちから作用はたらきいたく亂れしがゆゑに、聲は動けどその官を離れてそとにいでざるさきに冷えたり 七―九
彼しばらく待ちて後いふ。何を思ふや、我に答へよ、汝の心の中の悲しき記憶を水いまだそこなはざれば。 一〇―一二
惑ひと怖れあひまじりて、目を借らざれば聞分けがたき一のシをわが口より逐へり 一三―一五
たとへばいしゆみを放つとき、これをくことつよきに過ぐれば、つる切れ弓折れて、矢の的に中る力のるごとく 一六―一八
とめどなき涙大息といきとともにわれかの重荷おもにの下にひしがれ、聲はいまだ路にあるまに衰へぬ 一九―二一
是に於てか彼我に。われらの望みの終極いやはてなるかのさいはひを愛せんため汝を導きしわが願ひの中に 二二―二四
いかなる堀またはいかなる鏈を見て、汝はさきにすゝむの望みをかく失ふにいたれるや 二五―二七
またほかの幸の額にいかなるなぐさめまたは益のあらはれて汝その前をはなれがたきにいたれるや。 二八―三〇
一のくるしき大息といきの後、我にほとんど答ふる聲なく、唇からうじてこれをつくれり 三一―三三
我泣きて曰ふ。汝の顏のかくるゝや、眼前めのまへに在る物その僞りの快樂けらくをもてわが歩履あゆみを曲げしなり 三四―三六
彼。汝たとひもだしまたは今の汝の懺悔をいなみきとすとも汝のとが何ぞかくれ易からん、かのごとき士師さばきづかさ知りたまふ 三七―三九
されど罪を責むることば犯せる者の口よりいづれば、我等の法廷しらすにて、輪はさかさまににむかひてめぐる 四〇―四二
しかはあれ汝今己が過ちを恥ぢ、この後シレーネの聲を聞くとも心を固うするをえんため 四三―四五
涙の種を棄てて耳をかたむけ、葬られたるわが肉の汝を異なる方にむかしむべかりし次第を聞くべし 四六―四八
さきに我を包みいま地にちらばる美しき身のごとく汝を喜ばせしものは、自然もわざも嘗て汝にあらはせることあらざりき 四九―五一
わが死によりてこのこよなき喜び汝に缺けしならんには、そも/\世のいかなる物ぞその後汝の心をきてこれを求むるにいたらしめしは 五二―五四
げに汝は假初かりそめの物の第一の矢のため、はやかゝる物ならざりし我に從ひて立昇るべく 五五―五七
をさなき女そのほか空しきはかなきものの矢を待ちて翼をひくく地に低るべきにあらざりき 五八―六〇
それ二の矢三の矢を待つは若き小鳥の事ぞかし、羽あるものの目のまへにて網を張り弓をくは徒爾いたづらなり。 六一―六三
我はあたかもはぢて言なく、目を地にそゝぎ耳を傾けて立ち、己が過ちをさとりて悔ゆるわらべのごとく 六四―六六
立ちゐたり、彼曰ふ。汝聞きて憂ふるか、鬚を上げよ、さらば見ていよ/\憂へむ。 六七―六九
たくましき樫の木の、本土ところの風またはヤルバの國より吹く風に拔き倒さるゝ時といふとも、そのこれにさからふこと 七〇―七二
わが彼の命をきゝておとがひをあげしときに及ばじ、彼顏といはずして鬚といへるとき、我よくその詞の毒を認めぬ 七三―七五
我わが顏をあげしとき、わが目は、かのはじめて造られし者等が、ふりかくることをやめしをさとり 七六―七八
また(わが目なほ定かならざりしかど)ベアトリーチェが、身たゞ一にてさが二ある獸のかたにむかふを見たり 七九―八一
※(「巾+白」、第4水準2-8-83)かほおほひにおほはれ、流れのかなたにありてさへ、彼はその未だ世にありし頃世の女たちまされるよりもさらに己が昔の姿にまされりとみゆ 八二―八四
くい刺草いらくさいたく我を刺ししかば、すべてのものの中にて最も深く我を迷はしわが愛を惹けるものわが最も忌嫌いみきらふものとはなりぬ 八五―八七
我かく己が非をさとる心の痛みに堪へかねて倒れき、此時我のいかなるさまにてありしやは我をこゝにいたらしめし者ぞ知るなる 八八―九〇
かくてわが心その能力ちから外部そとに還せし時、我は先に唯獨りにて我に現れし淑女をば我うへかたに見たり、彼曰ふ。我をとらへよ我をとらへよ。 九一―九三
彼は流れの中に既に我を喉まで引入れ、今己がうしろより我を曳きつゝ、のごとく輕く水の上を歩めるなりき 九四―九六
われさいはひの岸に近づけるとき、汝我に注ぎ給へといふ聲聞えぬ、その麗はしさたぐひなければ思出づることだに能はず何ぞしるすをうべけんや 九七―九九
かの美しき淑女かひなをひらきてわがかうべが抱き、なほも我を沈めて水を飮まざるをえざらしめ 一〇〇―一〇二
その後我をひきいだして、よたりの美しき者の踊れるなかに、かく洗はれしわが身をおき、彼等は各※(二の字点、1-2-22)そのかひなをもて我を蔽へり 一〇三―一〇五
こゝには我等ニンフェなり、天には我等星ぞかし、ベアトリーチェのまだ世に降らざるさきに、我等は定まりきその侍女はしためと 一〇六―一〇八
我等汝を導いて彼の目のほとりに到らむ、されどそのうちなる悦びの光を見んため、物を見ること尚深き彼處かしこ三者みたり汝の目をば強くせむ。 一〇九―一一一
かくうたひて後、彼等は我をグリフォネの胸のほとり、ベアトリーチェの我等にむかひて立ちゐたるところに連行つれゆき 一一二―一一四
いひけるは。汝見ることを惜しむなかれ、我等は汝を縁の珠の前におけり、愛かつて汝を射んとてその矢をこれより拔きたるなりき。 一一五―一一七
火よりも熱き千々ちゞの願ひわが目をしてかのたえずグリフォネの上にとまれる光ある目にそゞがしむれば 一一八―一二〇
二樣の獸は忽ち彼忽ち此の姿態みぶりをうつしてその中にかゞやき、そのさま日輪の鏡におけるに異なるなかりき 一二一―一二三
讀者よ、物みづから動かざるにそのうつれるかたち變るを視しとき我のあやしまざりしや否やを思へ 一二四―一二六
いたくおどろき且つまた喜びてわが魂この食物くひもの(飽くに從ひていよ/\慾を起さしむ)を味へる間に 一二七―一二九
かのみたりの女、姿にきはのさらにすぐれてたかきをあらはし、その天使の如き舞のしらべにつれてをどりつゝ進みいでたり 一三〇―一三二
むけよベアトリーチェ、汝に忠實まめやかなるものに汝の聖なる目をむけよ、彼は汝にあはんとてかく多くの歩履あゆみをはこべり 一三三―
ねがはくは我等のために汝の口を彼にあらはし、彼をして汝のかくす第二の美をわきまへしめよ。是彼等の歌なりき ―一三八
あゝ生くるとこしへの光のかゞやきよ、パルナーゾの蔭に色あをざめまたはその泉の水をいかに飮みたる者といふとも 一三九―一四一
汝がひろき空氣の中に汝の※(「巾+白」、第4水準2-8-83)かほおほひぎて天のその調しらべをあはせつゝ汝の上を覆ふ處に現はれし時の姿をば寫し出さんとするにあたり 一四二―一四四
豈その心を亂さざらんや


   第三十二曲

十年ととせかわきをしづめんため、心をこめてわが目をとむれば、他の官能はすべて眠れり 一―三
またこの目には左右に等閑なほざりの壁ありき、聖なる微笑ほゝゑみ昔の網をもてかくこれを己の許に引きたればなり 四―六
このときかの女神等めがみたち、汝あまりに凝視みつむるよといひてしひてわが目を左の方にむかはしむ 七―九
日の光に射られし目にてたゞちに物を見る時のごとく、我やゝ久しくみることあたはざりしかど 一〇―一二
視力もとかへりてちひさきかゞやきに堪ふるに及び(わがこれを小さしといへるはしひてわが目を離すにいたれる大いなる輝に比ぶればなり) 一三―一五
我は榮光の戰士つはもの等が身をめぐらして右にむかひ、日と七の焔の光を顏にうけつゝ歸るを見たり 一六―一八
たとへば一の隊伍の、己を護らんとてたてにかくれ、その擧りて方向むきを變ふるをえざるまに、旗を持ちつゝめぐるがごとく 一九―二一
かの先に進める天の王國の軍人いくさびと等は、車がいまだそのながえを枉げざるまに、皆我等の前を過ぐ 二二―二四
是に於てか淑女等は輪のほとりに歸り、グリフォネはその羽の一をもゆるがさずしてたふとき荷をうごかし 二五―二七
我をひきて水を渉れる美しき淑女とスターツィオと我とは、わだちに殘せし弓の形の小さきかたなる輪に從ひ 二八―三〇
かくしてかの高き林、蛇を信ぜし女の罪に空しくなりたる地をわけゆけば、天使のうたふ一の歌我等の歩履あゆみとゝのへり 三一―三三
き放たれし矢の飛ぶこと三たびにして屆くとみゆるところまで我等進めるとき、ベアトリーチェはおりたちぬ 三四―三六
衆皆聲をひそめてアダモといひ、やがて枝に花も葉もなき一もとの木のまはりを卷けり 三七―三九
その髭は森の中なるインドびとをも驚かすばかりに高く、かつ高きに從ひていよ/\伸びひろがれり 四〇―四二
福なるかなグリフォネよ、この木口に甘しといへどもいたく腹をなやますがゆゑに汝これをついばまず。 四三―四五
たくましき木のまはりにて衆かくよばはれば、かの二樣の獸は、すべての義の種かくのごとくにして保たるといひ 四六―四八
曳き來れるながえにむかひつゝこれを裸なる幹のもとにひきよせ、その小枝をもてこれにつなげり 四九―五一
大いなる光天上の魚のうしろにかゞやく光にまじりて降るとき、わが世の草木くさき 五二―五四
膨れいで、日がその駿馬しゆんめを他の星の下に裝はざるまに、各※(二の字点、1-2-22)その色をもて姿を新たにするごとく 五五―五七
さきに枝のさびれしこの木、薔薇ばらよりうすく菫より濃き色をいだして新たになりぬ 五八―六〇
このときかの民うたへるも我その歌のこゝろせず――世にうたはるゝことあらじ――またよく終りまで聞くをえざりき 六一―六三
我若しかの非情の目、そのまもりきびしきために高き價を拂へる目が、シリンガの事を聞きつゝ眠れるさまを寫すをうべくば 六四―
我自らの眠れるさまを、恰も樣式かたを見てゑがく畫家の如くにしるさんものを、巧みに睡りを現はす者にあらざればこの事望み難きがゆゑに ―六九
わがめさめし時にたゞちにうつりて語るらく、とある光のきらめきと起きよ汝何を爲すやとよばはる聲とはわが睡りの幕を裂きたり 七〇―七二
林檎(諸※(二の字点、1-2-22)の天使をしてそのをしきりに求めしめ無窮の婚筵を天にいとなむ)の小さき花を見んため 七三―七五
ピエートロとジヨヴァンニとヤーコポと導かれて氣を失ひ、さらに大いなる睡りを破れる言葉をきゝて我にかへりて 七六―七八
その侶の減りたる――モイゼもエリアもあらざれば――とその師の衣の變りたるとをみしごとく 七九―八一
我もまた我にかへりてかの慈悲深き淑女、さきに流れに沿ひてわが歩履あゆみをみちびけるもののわがほとりに立てるを見 八二―八四
いたくあやしみていひけるは。ベアトリーチェはいづこにありや。彼。新しき木葉このはの下にてその根の上に坐するを見よ 八五―八七
彼をかこめるくみをみよ、他はみないよ/\うるはしき奧深き歌をうたひつゝグリフォネのあとより昇る。 八八―九〇
我は彼のなほかたれるや否やをしらず、そはわが心を塞ぎてほかにむかはしめざりし女既にわが目に入りたればなり 九一―九三
彼はかの二樣の獸の繋げるくるまをまもらんとてかしこに殘るもののごとくひとりまことの地の上に坐し 九四―九六
七のニンフェは北風アクイロネ南風アウストロも消すあたはざる光を手にし、彼のまはりに身をもてまろきかこひをつくれり 九七―九九
汝はこゝに少時しばらく林の人となり、その後かぎりなく我と倶にかのローマ即ちクリストをローマびとの中にかぞふる都の民のひとりとなるべし 一〇〇―一〇二
さればもとれる世を益せんため、目を今くるまにとめよ、しかして汝の見ることをかなたに歸るにおよびてしるせ。 一〇三―一〇五
ベアトリーチェ斯く、また我はつゝしみてその命に從はんとのみ思ひゐたれば、心をも目をもその求むるところにむけたり 一〇六―一〇八
いと遠きところより雨の落つるとき、濃き雲の中より火の降るはやしといへども 一〇九―一一一
わが見しジョーヴェの鳥に及ばじ、この鳥木をわけ舞ひくだりて花と新しき葉と皮とをくだき 一一二―一一四
またその力を極めてくるまを打てば、輦はゆらぎてさながら嵐の中なる船の、浪にゆすられ、忽ち右舷忽ち左舷に傾くに似たりき 一一五―一一七
我また見しにすべての良き食物くひものに饑うとみゆる一匹の牝狐かの凱旋車の車内にかけいりぬ 一一八―一二〇
されどわが淑女はそのけがらはしき罪を責めてこれを逐ひ、肉なき骨のこれに許すかぎりわしらしむ 一二一―一二三
我また見しにかの鷲はじめのごとく舞下りて車のはこの内に入り己が羽をかしこにちらして飛去りぬ 一二四―一二六
この時なやめる心よりいづるごとき聲天よりいでていひけるは。ああわが小舟をぶねよ、汝の積める荷はいかにあしきかな。 一二七―一二九
次にはわれ輪と輪の間の地ひらくがごときをおぼえ、またその中より一の龍のいで來るをみたり、この者尾をあげてくるまを刺し 一三〇―一三二
やがてはりを收むる蜂のごとくその魔性の尾を引縮め車底の一部を引出ひきいだして紆曲うねりつつ去りゆけり 一三三―一三五
殘れる物は肥えたる土の草におけるがごとく羽(おそらくは健全すこやかにして厚き志よりさゝげられたる)に 一三六―一三八
おほはれ、左右の輪及びながえもまたたゞちに――その早きこと一の歎息ためいきの口を開く間にまされり――これにおほはる 一三九―一四一
さてかく變りて後この聖なる建物たてものその處々ところ/″\より頭を出せり、即ち轅よりは三、かどよりはみな一を出せり 一四二―一四四
前の三には牡牛のごとき角あれども後の四には額に一の角あるのみ、げにかくくすしき物かつてあらはれしためしなし 一四五―一四七
その上には高山たかやまの上の城のごとく安らかに坐し、しきりにあたりをみまはしゐたるひとりのしまりなき遊女あそびめありき 一四八―一五〇
我また見しにあたかもかの女の奪ひ去らるゝを防ぐがごとく、ひとりの巨人その傍に立ちてしば/\これと接吻くちづけしたり 一五一―一五三
されど女がその定まらずみだりなる目を我にむくるや、かの心猛き馴染なじみ頭より足にいたるまでこれをむちうち 一五四―一五六
かくて嫉みと怒りにたへかね、異形いぎやうの物を釋き放ちて林の奧に曳入るれば、たゞこの林たてとなりて 一五七―一五九
遊女あそびめくすしき獸も見えざりき 一六〇―一六二


   第三十三曲

神よ異邦人ことくにびとは來れり、淑女等涙を流しつゝ、忽ちみたり忽ちよたり、かはる/″\詞を次ぎてうるはしき歌をうたひいづれば 一―三
ベアトリーチェは憐み歎きて、さながら十字架のほとりのマリアのごとく變りつゝ、彼等に耳をかたむけぬ 四―六
されどかの處女をとめ等彼にそのものいふをりを與へしとき、色あたかも火のごとく、たちあがりて 七―九
わが愛する姉妹等よ、少時しばらくせば汝等我を見ずまたしばらくせば我を見るべしと答へ 一〇―一二
七者なゝたりをこと/″\くその前におき、我と淑女と殘れるひじりとをたゞ表示しるしによりてそのうしろにおくれり 一三―一五
彼かくして進み、その第十歩の足いまだ地につかじとおもはるゝころ、己が目をもてわが目を射 一六―一八
かたちを和らげて我に曰ふ。とく來れ、さらば我汝とかたるに、汝我に近くしてよくわがことばを聽くをえむ。 一九―二一
我その命にしたがひて彼の許にいたれるとき、彼たゞちにいふ。兄弟よ、汝今我と倶にゆきて何ぞ敢て我に問はざるや。 二二―二四
たとへば長者のまへに、敬ひはゞかりてものいふ人の、その聲をとゝのふるをえざるごとく 二五―二七
我もまた言葉を亂していひけるは。わが淑女よ、汝はわが求むるものとこれにふさはしきものとを知る。 二八―三〇
彼我に。汝今より後怖れと恥の縺れをはなれよ、さらば再び夢見る人のごとくものいふなからむ 三一―三三
知るべし蛇の破れるうつははさきにありしもいまあらず、されど罪ある者をして、神の復讐がサッピを恐れざるを信ぜしめよ 三四―三六
羽をくるまに殘してこれを異形いぎやうの物とならしめその後獲物えものとならしめし鷲は常に世繼なきことあらじ 三七―三九
そは一切の妨碍障礙を離れし星の、一の時を來らせんとてはや近づくを我あきらかに見ればなり(此故に我これを告ぐ) 四〇―四二
この時來らば神より遣はされし一の五百と十と五とは、かの盜人をばこれと共に罪を犯す巨人とともに殺すべし 四三―四五
おそらくはわが告ぐることテミ、スフィンジェの如くおぼろにて、その智を暗ますさままた彼等と等しければ汝さとるをえじ 四六―四八
されどこの事速かに起りてナイアーデとなり、羊、穀物こくもつ損害そこなひなくしてこのむづかしき謎を解かむ 四九―五一
心にとめよ、しかして死までの一走ひとはしりなる生をうけて生くる者等にこれらのことばをわがいへるごとく傳へよ 五二―五四
またこれをしるすとき、こゝにて既に二たびまでも掠められたる樹についてすべて汝の見しことを隱すべからざるを忘るゝなかれ 五五―五七
凡そこれを掠め又はこれを折る者は行爲おこなひ謗※ばうとく をもて神に逆らふ、そは神はたゞ己のためにとてこれを聖なる者に造りたまひたればなり 五八―六〇
これを噛めるがゆゑに第一の魂は、噛める罪の罰を自ら受けしものを待ちつゝ、苦しみと願ひの中に五千年餘の時を經たりき 六一―六三
若しことさらなる理によりてこの樹かく秀でその頂かくうらがへるを思はずば汝の才は眠れるなり 六四―六六
また若し諸※(二の字点、1-2-22)の空しきおもひ汝の心の周邊まはりにてエルザの水とならず、この想より起る樂しみ桑を染めしピラーモとならざりせば 六七―六九
たゞかく多くの事柄によりて、汝はこの樹の禁制いましめのうちに神の正義のまことの意義を認めしものを 七〇―七二
我見るに汝の智石に變り、石となりてかつ黒きがゆゑに、わがことばの光汝の目をしてまばゆからしむ、されどわがなほ汝に望むところは 七三―
汝がこの言を心にゑがきて(たとひしるさざるも)こゝより携へ歸るにあり、かくするは巡禮が棕櫚にて卷ける杖を持つとそのことわり相同じ。 ―七八
我。あたかも印の形をとゞめてこれを變へざる蝋のごとく、わが腦は今汝のせしかたをうく 七九―八一
されどなつかしき汝の言の高く飛びてわが目およはず、いよ/\みんとつとむればいよ/\みえざるは何故ぞや。 八二―八四
彼曰ふ。こは汝が汝の學べるところのものをかへりみて、その教へのわがことばにともなふをうるや否やを見 八五―八七
しかして汝等の道の神の道に遠ざかることかのいと高き疾き天の地を離るゝごとくなるをさとるをえんためぞかし。 八八―九〇
是に於てか我答へて彼に曰ふ。我は一たびも汝を離れしことあるを覺えず、良心我を責めざるなり。 九一―九三
みつゝ答へて曰ふ。汝覺ゆるあたはずば、いざ思ひいでよ今日けふこの日汝がレーテの水を飮めるを 九四―九六
それ烟をみて火あるを知る、かく忘るゝといふことはほかに移りし汝の思ひに罪あることをさだかにあかしす 九七―九九
げにこの後はわが詞いとあらはになりて、汝のあらき目にもみゆるにふさはしかるべし。 一〇〇―一〇二
光いよ/\はげしくしてあゆみいよ/\遲き日は、見る處の異なるにつれてこゝかしこにあらはるゝ亭午の圈を占めゐたり 一〇三―一〇五
この時あたかも導者となりてむれよりさきにゆく人が、みなれぬものをその路に見てとゞまるごとく 一〇六―一〇八
七人なゝたりの淑女は、とある仄闇ほのぐらき蔭(縁の葉黒き枝の下なる冷やかなる流れの上にアルペの投ぐる陰に似たる)はつる處にとゞまれり 一〇九―一一一
我は彼等の前にエウフラーテスとティーグリと一の泉より出で、わかれてゆくのおそきこと友のごときを見しとおぼえぬ 一一二―一一四
あゝ光よ、すべて人たる者の尊榮さかえよ、かく一の源よりあふれいでてわかれ流るゝ水は何ぞや。 一一五―一一七
わがこの問ひに答へて曰ふ。マテルダに請ひ彼をしてこれを汝に告げしめよ。この時かの美しき淑女、罪を辨解いひひらく人のごとく 一一八―
答ふらく。さきに我この事をもほかの事をも彼に告げたり、またレーテの水いかでかこれを忘れしめんや。 ―一二三
ベアトリーチェ。さらにつよく心をきてしば/\記憶を奪ふもの、彼のさとりの目をくらませしなるべし 一二四―一二六
されど見よかしこに流るゝエウノエを、汝かなたに彼をみちびき、汝の常に爲す如く、そのえたる力をふたゝび生かせ。 一二七―一二九
たとへば他人ひとの願ひ表示しるしとなりて外部そとにあらはるゝとき、たふとき魂言遁いひのがるゝことをせず、たゞちにこれを己が願ひとなすごとく 一三〇―一三二
美しき淑女我をきてすゝみ、またスターツィオにむかひてしとやかに、彼と倶によといふ 一三三―一三五
讀者よ、我に餘白の滿みたすべきあらば、飮めども飽かざる水のうまさをいさゝかなりともうたはんものを 一三六―一三八
第二の歌にてし紙はやみなこゝに盡きたるがゆゑに、技巧の手綱にとゞめられて我またさきにゆきがたし 一三九―一四一
さていと聖なる浪より歸れば、我はあたかも若葉のいでて新たになれる若木のごとく、すべてあらたまり 一四二―一四四
清くして、諸※(二の字点、1-2-22)の星にいたるにふさはしかりき 一四五―一四七






天国篇



   第一曲

萬物を動かす者の榮光あまねく宇宙を貫くといへどもそのかゞやきの及ぶこと一部に多く一部に少し 一―三
我は聖光みひかりいと多く受くる天にありて諸※(二の字点、1-2-22)の物を見たりき、されど彼處かしこれてくだる者そを語るすべを知らずまたしかするをえざるなり 四―六
これわれらの智、己が願ひに近きによりていと深く進み、追思もこれにともなふあたはざるによる 七―九
しかはあれ、かの聖なる王國たついてわが記憶に秘藏ひめをさめしかぎりのことゞも、今わが歌の材たらむ 一〇―一二
あゝきアポルロよ、この最後いやはてわざのために願はくは我を汝の徳のうつはとし、汝の愛するアルローロをうくるにふさはしき者たらしめよ 一三―一五
今まではパルナーゾの一のいたゞきにてりしかど、今は二つながら求めて殘りの馬場に入らざるべからず 一六―一八
願はくは汝わが胸に入り、かつてマルシーアをその身のさやより拔き出せる時のごとくに氣息いきけ 一九―二一
あゝいと聖なる威力ちからよ、汝我をたすけ、我をしてわが腦裏にされたる祝福めぐみの國のうすれしかたあらはさしめなば 二二―二四
汝はわが汝のめづる樹のもとにゆきてその葉を冠となすを見む、詩題と汝、我にかくするをえしむればなり 二五―二七
父よ、皇帝チェーザレまたは詩人のほまれのためにまるゝことのいとまれなれば(人の思ひの罪と恥なり) 二八―三〇
ペネオのむすめの葉人をして己にかはかしむるときは、悦び多きデルフォの神に喜びを加へざることあらじ 三一―三三
それ小さき火花にも大いなる焔ともなふ、おそらくは我より後、我にまさる馨ありてぎ、チルラのこたへをうるにいたらむ 三四―三六
世界のともしび多くのことなる處よりのぼりて人間にあらはるれども、四の圈相合して三の十字を成す處より 三七―三九
出づれば、その道まさり、その伴ふ星またまさる、しかしてその己がさがに從ひて世の蝋をとゝのかたすこといよ/\いちじるし 四〇―四二
かしこをあしたこゝをゆふべとなしゝ日は殆どかゝる處よりいで、いまやかの半球みな白く、そのほかは黒かりき 四三―四五
この時我見しに、ベアトリーチェは左に向ひて目を日にとめたり、鷲だにもかくばかりこれを凝視みつめしことあらじ 四六―四八
第二の光線常に第一のそれよりいでゝ再び昇る、そのさま歸るを願ふ異郷の客に異ならず 四九―五一
かくのごとく、彼のす所――目を傳ひてわが心の内に入りたる――よりわが爲す所いで、我は世の常をえて目を日に注げり 五二―五四
元來もとより人の住處すまひとして造られたりしところなれば、こゝにてはわれらの力に餘りつゝかしこにてはわれらが爲すをうること多し 五五―五七
わが目のこれにふるをえしはたゞすこしの間なりしも、そがあたかも火よりいづる熱鐡の如く火花をあたりにちらすを見ざる程ならざりき 五八―六〇
しかして忽ち晝晝に加はり、さながらしかすることをうる者いま一の日輪にて天を飾れるごとく見えたり 六一―六三
ベアトリーチェはその目をひたすら永遠とこしへの輪にそゝぎて立ち、我はわが目を上より移して彼にそゝげり 六四―六六
かれの姿を見るに及び、わがうちあたかもかのグラウコが己を海の神々の侶たらしむるにいたれる草を味へる時の如くになりき 六七―六九
※(二の字点、1-2-22)そも/\超人の事たるこれを言葉にあらはし難し、是故に恩惠めぐみによりてこれがためしべき者この例をもてれりとすべし 七〇―七二
天を統治すべをさむる愛よ、我は汝が最後に造りし我の一部に過ぎざりしか、こは聖火みひかりにて我を擧げし汝の知り給ふ所なり 七三―七五
慕はるゝにより汝が無窮となしゝ運行、汝のとゝのへかつわかつそのうるはしき調しらべをもてわが心を引けるとき 七六―七八
日輪の焔いとひろく天をもやすと見えたり、雨または河といふともかくひろがれるうみはつくらじ 七九―八一
おとくすしきと光の大いなるとは、その原因もとにつき、未だ感じゝことなき程に強き願ひをわが心にもやしたり 八二―八四
是においてか、我を知ることわがごとくなりし淑女、わが亂るゝ魂をしづめんとて、我の未だ問はざるさきに口をひらき 八五―八七
いひけるは。汝あやまれる思ひをもて自ら己をおろかならしむ。是故にこれを棄つれば見ゆるものをも汝は見るをえざるなり 八八―九〇
汝は汝の信ずるごとく今地上にあるにあらず、げに己が處を出でゝする電光いなづまはやしといへども汝のこれに歸るに及ばじ。 九一―九三
わが第一の疑ひはこれらの微笑ほゝゑめる短きことばによりて解けしかど、一のあらたなる疑ひ起りていよ/\いたく我をからめり 九四―九六
我即ちふ。かの大いなる驚異あやしみにつきてはわが心既に足りて安んず、されどいかにしてわれ此等の輕き物體をえてのぼるや、今これをあやしとす 九七―九九
是においてか彼、一の哀憐あはれみ大息といきの後、狂へる子を見る母のごとく、目をわが方にむけて 一〇〇―一〇二
いふ。およそありとしあらゆる物、皆その間に秩序を有す、しかしてこれは、宇宙を神の如くならしむる形式ぞかし 一〇三―一〇五
※(二の字点、1-2-22)の尊く造られし物、永遠とこしへ威能ちから(これを目的めあてとしてかゝるのりは立てられき)の跡をこの中に見る 一〇六―一〇八
わがいふ秩序の中に自然はすべて傾けども、そのぶんことなりて、己が源にいと近きあり然らざるあり 一〇九―一一一
是故にみな己が受けたる本能に導かれつゝ、存在の大海おほうみをわたりて多くの異なるみなとにむかふ 一一二―一一四
火を月の方に送るもこれ、滅ぶる心を動かすも是、地を相寄せて一にするもまた是なり 一一五―一一七
またこの弓は、たゞ了知さとりなきものゝみならず、智あり愛あるものをも射放つ 一一八―一二〇
かく萬有の次第を立つる神の攝理は、いとくめぐる天をつゝむ一の天をば、常にその光によりてしづかならしむ 一二一―一二三
今やかしこに、己が射放つ物をばすべて樂しきまとにむくるつるの力我等を送る、あたかもさだまれる場所におくるごとし 一二四―一二六
されどげに、材もだしてこたへざるため形しば/\技藝の工夫くふうはざるごとく 一二七―一二九
被造物つくられしものまたしば/\この路を離る、そはこれは、かくうながさるれども、もし最初の刺戟僞りの快樂けらくの爲にれて 一三〇―
これを地に向はしむれば、その行方ゆくへを誤る(あたかも雲より火のおつることあるごとく)ことをうればなり ―一三五
わがはかるところ正しくば、汝の登るはとある流れの高山よりふもとに下り行くごとし、何ぞあやしとするに足らんや 一三六―一三八
障礙しやうげを脱しつゝなほ下に止まらば、是かへつて汝における一の不思議にて、地上に靜なることの燃ゆる火における如くなるべし。 一三九―一四一
かくいひて再び顏を天にむけたり 一四二―一四四


   第二曲

あゝ聽かんとて小舟をぶねに乘りつゝ、歌ひて進むわが船のあとを追ひ來れる人等よ 一―三
立歸りて再び汝等の岸を見よ、沖に浮びいづるなかれ、恐らくは汝等我を見ずしてさまよふにいたるべければなり 四―六
わがわたりゆく水は人いまだ越えしことなし、ミネルヴァ氣息いきき、アポルロ我を導き、九のムーゼ我に北斗を指示す 七―九
また數少きも、天使のかて(世の人これによりて生くれどくにいたらず)にむかひてうなじげし人等よ 一〇―一二
水のおもての再び平らかならざるさきにわが船路ふなぢの跡をたどりつゝ海原うなばら遠く船を進めよ 一三―一五
イアソンが耕人たがやすひととなれるをコルコに渡れる勇士つはもの等の見し時にもまさりて汝等驚きあやしまむ 一六―一八
神隨かんながらの王國を求むる本然永劫えいごふかわきわれらを運び、その速なること殆ど天のめぐるに異ならず 一九―二一
ベアトリーチェは上方うへを、我は彼を見き、しかして矢のつるを離れ、飛び、とゞまるばかりの間に 二二―二四
我はくすしき物ありてわが目をこれにけるところに着きゐたり、是においてかわが心の作用はたらきをすべて知れる淑女 二五―二七
その美しさにおとらざる悦びをあらはしわが方にむかひていふ。われらを第一の星と合せたまひし神に感謝の心をさゝぐべし。 二八―三〇
日に照らさるゝ金剛石のごとくにて、光れる、き、固き、磨ける雲われらを蔽ふと見えたりき 三一―三三
しかしてこの不朽の眞珠は、あたかも水の分れずして光線を受け入るゝごとく、我等を己の内に入れたり 三四―三六
一の量のいかにして他の量をれたりし――體、體の中に入らばこの事なきをえざるなり――やは人知り難し、されば我もし 三七―
肉體なりしならんには、神入相結ぶ次第を顯はすかの至聖者を見んとの願ひ、愈※(二の字点、1-2-22)強くわれらをもやさゞるをえず ―四二
信仰にりて我等が認むる所の物もかしこにては知らるべし、但しあかしせらるゝにあらず、人の信ずる第一の眞理の如くこの物おのづから明らかならむ 四三―四五
我答ふらく。わが淑女よ、我は人間世界より我を移したまへる者に、わが眞心まごゝろを盡して感謝す 四六―四八
されど告げよ、この物體にありて、かの下界の人々にカインの物語をさしむる多くの黒きほしは何ぞや。 四九―五一
彼少しく微笑ほゝゑみて後いふ。官能のかぎの開くをえざる處にて人思ひ誤るとも 五二―五四
げに汝今驚きの矢に刺さるべきにはあらず、諸※(二の字点、1-2-22)の官能にともなふ理性の翼の短きを汝すでに知ればなり 五五―五七
されど汝自らこれをいかに思ふや、我に告げよ。我。こゝにてわれらにさま/″\に見ゆるものは、思ふに體の粗密に由來す。 五八―六〇
彼。もしよく耳をわが反論に傾けなば、汝は必ず汝の思ひの全く虚僞におちいれるを見む 六一―六三
それ第八の天球の汝等に示す光は多し、しかしてこれらはその質と量とにおいて各※(二の字点、1-2-22)あらはるゝ姿を異にす 六四―六六
もし粗密のみこれが原因もとならば、同じ一の力にてたゞわかたれし量を異にしまたはこれを等しうするものすべての光の中にあらむ 六七―六九
力の異なるは諸※(二の字点、1-2-22)の形式の原理の相異なるによらざるをえず、然るに汝の説に從へば、これらは一を除くのほか皆亡び失はるにいたる 七〇―七二
さてまた粗なること、汝のたづぬるかの斑點はんてん原因もとならば、この遊星には、その材の全く乏しき處あるか 七三―七五
さらずば一の肉體があぶらと肉とをわかつごとく、この物もまたそのふみの中にかさぬる紙を異にせむ 七六―七八
もし第一の場合なりせば、こは日蝕の時、光の射貫いぬく(他の粗なる物體に引入れらるゝ時の如く)ことによりて明らかならむ 七九―八一
されどこの事なきがゆゑに、殘るは第二の場合のみ、我もしこれを打消すをえば、汝の思ひの誤れること知らるべし 八二―八四
もしこの粗、穿うがつらぬくにいたらずば、必ず一の極限きはみあり、密こゝにこれをはゞみてそのさらに進むをゆるさじ 八五―八七
しかしてかしこより日の光の反映てりかへすこと、鉛を後方うしろにかくす※(「王+黎」、第3水準1-88-35)はりより色の歸るごとくなるべし 八八―九〇
是においてか汝はいはむ、奧深き方より反映てりかへすがゆゑに、かしこにてはほかの處よりも光暗しと 九一―九三
汝等の學術の流れのもととなるならはしなる經驗は――汝もしこれに徴せば――この異論より汝を解くべし 九四―九六
汝三の鏡をとりて、その二をば等しく汝より離し、殘る一をさらに離してさきの二の間に見えしめ 九七―九九
さてこれらにむかひつゝ、汝のうしろに一の光を置きてこれに三の鏡を照らさせ、その三より汝の方に反映てりかへらせよ 一〇〇―一〇二
さらば汝は、遠き方よりかへる光が、量において及ばざれども、必ず等しくかゞやくを見む 一〇三―一〇五
今や汝の智、あたかも雪の下にある物、暖き光に射られて、はじめの色とつめたさとを 一〇六―
失ふごとくなりたれば、汝の目にきらめきてみゆるばかりに強き光を我は汝にさとらしむべし ―一一一
それいと聖なる平安を保つ天の中に一の物體のめぐるあり、これに包まるゝすべての物の存在はみなこれが力にす 一一二―一一四
その次にあたりてあまたの光ある天は、かの存在を頒ちて、これを己と分たるれども己の中に含まるゝさま/″\の本質に與へ 一一五―一一七
他の諸※(二の字点、1-2-22)の天は、各※(二の字点、1-2-22)異なるさまにより、その目的めあてたねとにむかひて、己がうちなる特性をとゝのふ 一一八―一二〇
かゝればこれらの宇宙の機關は、上より受けて下に及ぼし、次第をひて進むこと、今汝の知るごとし 一二一―一二三
汝よく我を視、汝の求むる眞理にむかひてわがこの處を過ぎ行くさまに心せよ、さらばこの後ひとりにて淺瀬を渡るをうるにいたらむ 一二四―一二六
そも/\諸天の運行とその力とは、あたかも鍛工かぢより鐡槌つちわざのいづるごとく、諸※(二の字点、1-2-22)のたふとき動者うごかすものよりいでざるべからず 一二七―一二九
しかしてかのあまたの光に飾らるゝ天は、これをめぐらす奧深き心より印象かたを受けかつこれをす 一三〇―一三二
また汝等のちりの中なる魂がさま/″\の能力ちからに應じて異なる肢體したいにゆきわたるごとく 一三三―一三五
かの天をつかさどるもの、またその徳をあまたにしてこれを諸※(二の字点、1-2-22)の星に及ぼし、しかして自らいつなることをたもちてめぐる 一三六―一三八
さま/″\の力そのかすたふとき物體(力のこれと結びあふこと生命いのちの汝等におけるが如し)と合して造る混合物まぜものいつならじ 一三九―一四一
悦び多きさがより流れ出づるがゆゑに、このまじれる力、物體の中に輝き、あたかも生くる瞳の中に悦びのかゞやくごとし 一四二―一四四
光と光の間にて異なりと見ゆるものゝ原因もと、げに是にして粗密にあらず、是ぞ即ち形式の原理 一四五―
己が徳に從つてかの明暗を生ずる物なる。 ―一五〇


   第三曲

さきに愛をもてわが胸をあたゝめし日輪、とのあかしをなして、美しき眞理のたへなる姿を我に示せり 一―三
されば我は、わがはや誤らず疑はざるを自白せんため、物言はんとてほどよくかうべげしかど 四―六
このとき我に現はれし物あり、いとつよくわが心をきてこれを見るにもつぱらならしめ、我をしてわが告白を忘れしむ 七―九
きとほりてくもりなき玻※(「王+黎」、第3水準1-88-35)または清く靜にてしかして底の見えわかぬまで深きにあらざる水にうつれば 一〇―一二
われらのおもかげかすかに見えて、さながら白きひたひの眞珠のたゞちに瞳に入らざるに似たり 一三―一五
我また語るをねがふ多くのかゝる顏を見しかば、人と泉との間に戀をもやしたるその誤りの裏をかへしき 一六―一八
かの顏を見るや、我はこれらを物にうつれる姿なりとし、その所有者もちぬしの誰なるをみんとて直ちに目をめぐらせり 一九―二一
されど何をも見ざりしかば、再びこれを前にめぐらし、うるはしき導者――彼は微笑ほゝゑみ、その聖なる目輝きゐたり――の光に注げり 二二―二四
彼我に曰ふ。汝の思ひのをさなきをみて我のほゝゑむをあやしむなかれ、汝の足はなほいまだ眞理の上にかたく立たず 二五―二七
その常の如く汝をくうにむかはしむ、そも/\汝の見るものは、誓ひを果さゞりしためこゝに逐はれしまことの靈なり 二八―三〇
是故に彼等と語り、聽きて信ぜよ、彼等を安んずるまことの光は、己を離れて彼等の足の迷ふを許さゞればなり。 三一―三三
我は即ち最もせちに語るを求むるさまなりし魂にむかひ、あたかも願ひ深きに過ぎて心亂るゝ人の如く、いひけるは 三四―三六
あゝ生得しやうとくさちある靈よ、味はゝずして知るによしなき甘さをば、永遠とこしへ生命いのちの光によりてあぢはふ者よ 三七―三九
汝の名と汝等の状態ありさまとを告げてわが心をたらはせよ、さらば我悦ばむ。是においてか彼ためらはず、かつ目にゑみをたゝへつゝ 四〇―四二
我等の愛は、その門を正しき願ひの前に閉ぢず、あたかも己が宮人みやびと達のみな己と等しきをねがふ愛に似たり 四三―四五
我は世にて尼なりき、汝もしよく記憶をたどらば、昔にまさるわが美しさも我を汝にかくさずして 四六―四八
汝は我のピッカルダなることを知らむ、これらの聖徒達とともに我こゝに置かれ、いとおそき球の中にてさいはひを受く 四九―五一
さてまたわれらの情は、たゞ聖靈のこゝろかなふものにのみもやさるゝが故に、その立つる秩序によりてとゝのへらるゝことを悦ぶ 五二―五四
しかしてかくいたくおとりて見ゆる分のわれらに與へられたるは、われら誓ひを等閑なほざりにし、かつ缺く處ありしによるなり。 五五―五七
是においてか我彼に。汝等のくすしき姿の中には、何ならむ、いと聖なるものありて輝き、昔のかたち變りたれば 五八―六〇
たゞちに思ひ出るをえざりき、されど汝の我にいへること今我をたすけ我をして汝を認めやすからしむ 六一―六三
ふ告げよ、汝等こゝにてさいはひなる者よ、汝等はさらに高き處に到りてさらに多く見またはさらに多くの友を得るを望むや。 六四―六六
他の魂等とともに彼まづ少しく微笑ほゝゑみて後、初戀の火に燃ゆと見ゆるほど、いとよろこばしげに答ふらく 六七―六九
兄弟よ、愛の徳われらのこゝろしづめ、我等をしてわれらのつ物をのみ望みて他の物にかわくなからしむ 七〇―七二
我等もしさらに高からんことをねがはゞ、われらの願ひは、われらをこゝと定むる者のこゝろに違ふ 七三―七五
もし愛の中にあることこゝにて肝要ならば、また汝もしよくこの愛のさがば、汝はこれらの天にこの事あるをえざるを知らむ 七六―七八
げに常に神の聖意みこゝろの中にとゞまり、これによりて我等のこゝろ一となるは、これこのさいはひなる生のもとなり 七九―八一
されば我等がこの王國の諸天に分れをるさまは、王(我等の思ひを己が思ひにはしむる)の心にかなふ如く全王國の心に適ふ 八二―八四
聖意みこゝろはすなはちわれらの平和、その生み出だし自然の造る凡ての物の流れそゝぐ海ぞかし。 八五―八七
天のいづこも天堂にて、たゞかしこに至上の善の恩惠めぐみの一樣にらざるのみなること是時我に明らかなりき 八八―九〇
されど人もし一の食物くひものに飽き、なほ他に望む食物あれば、此を求めてしかして彼のために謝す 九一―九三
我も姿、ことばによりてまたかくの如くになしぬ、こは彼がいかなるはたを織るにあたりてを終りまで引かざりしやを彼より聞かんとてなりき 九四―九六
彼我にふ。完き生涯とすぐるゝ徳とはひとりの淑女をさらに高き天に擧ぐ、そののりに從ひて衣を※(「巾+白」、第4水準2-8-83)かほおほひつくる者汝等の世にあり 九七―九九
彼等はかくしてかの新郎はなむこ、即ち愛より出るによりて己が心にかなふ誓ひをすべてうけいるゝ者と死に至るまで起臥おきふしともにせんとす 一〇〇―一〇二
かの淑女に從はんため我若うして世をのがれ、身に彼の衣をまとひ、またわが誓ひをその派の道に結びたり 一〇三―一〇五
その後、善よりも惡に親しむ人々、かのうるはしき僧院より我を引放しにき、神知り給ふ、わが生涯のこの後いかになりしやを 一〇六―一〇八
またわが右にて汝に現はれ、われらの天のすべての光にもやさるゝこの一のかゞやきは 一〇九―一一一
わが身の上の物語を己が身の上の事と知る、彼も尼なりき、また同じさまにてそのかうべより聖なる※(「巾+白」、第4水準2-8-83)かしらぎぬかげを奪はる 一一二―一一四
されど己が願ひにそむきまたならはしに背きてげに世にかへれる後にも、未だかつて心の※(「巾+白」、第4水準2-8-83)かほおほひくことなかりき 一一五―一一七
こはソアーヴェの第二の風によりて第三の風即ち最後の威力ちからを生みたるかの大いなるコスタンツァの光なり。 一一八―一二〇
かく我に語りて後、かれはアーヴェ・マリーアを歌ひいで、さてうたひつゝ、深き水に重き物の沈む如く消失きえうせき 一二一―一二三
見ゆるかぎり彼のあとを追ひしわが目は、これを見るをえざるに及び、さらに大いなる願ひの目的めあてにかへり來りて 一二四―一二六
全くベアトリーチェにそゝげり、されど淑女いとつよくわが目にきらめき、視力みるちからはじめこれにへざりしかば 一二七―一二九
わが問これがためにおくれぬ。 一三〇―一三二


   第四曲

ひとしくへだたり等しくいざなふ二の食物くひものの間にては、自由の人、その一をも齒に觸れざるさきにゑて死すべし 一―三
かくの如く、二匹のたけき狼の慾と慾との間にては一匹のこひつじひとしくこれを恐れて動かず、二匹の鹿の間にては一匹の犬止まらむ 四―六
是故に、二の疑ひにひとしくうながされて、我もだせりとも、こはむをえざるにいづれば、我は己を責めもせじめもせじ 七―九
我は默せり、されどわが願ひとともにわが問は言葉に明らかに現はすよりもはるかに強くわが顏にゑがゝる 一〇―一二
ベアトリーチェはあたかもナブコッドノゾルの怒り(彼を殘忍非道となしたる)をしづめし時に當りてダニエルロのしゝ如くになしき 一三―一五
即ち曰ふ。我は汝が二の願ひに引かるゝにより、汝の思ひむすぼれて言葉に出でざるをさだかに見るなり 一六―一八
あげつらふらく、善き願ひだに殘らんには、何故にわが功徳の量、人の暴虐しへたげのためにるやと 一九―二一
加之しかのみならず、プラトネの教へしごとく、魂、星に歸るとみゆること、また汝に疑ひを起さしむ 二二―二四
この二こそ汝の思ひをひとしくすところのとひなれ、されば我まづ毒多きかたよりいはむ 二五―二七
セラフィーンの中にて神にいと近き者も、モイゼもサムエールもジョヴァンニ(汝いづれを選ぶとも)も、げにマリアさへ 二八―三〇
今汝に現はれし※(二の字点、1-2-22)もろ/\の靈と天をことにして座するにあらず、またその存在の年數としかずこれらと異なるにもあらず 三一―三三
すべての者みな第一の天を――飾る、たゞ永遠とこしへ聖息みいきを感ずるの多少に從ひ、そのうるはしき生に差別けぢめあるのみ 三四―三六
これらのこゝに現はれしは、この球がその分と定められたるゆゑならずしてその天界の最低いとひくきを示さんためなり 三七―三九
汝等の才にむかひてはかくして語らざるをえず、そは汝等の才は、のち智に照らすにいたる物をもたゞ官能の作用はたらきによりてればなり 四〇―四二
是においてか聖書は汝等の能力ちからに準じ、手と足とを神に附して他の意義に用ゐ 四三―四五
聖なる寺院は、ガブリエール、ミケール、及びかのトビアをいやしゝ天使をば人の姿によりて汝等にあらはす 四六―四八
ティメオが魂についてあげつらふところは、こゝにて見ゆる物に似ず、これ彼はそのいふごとく信ずと思はるゝによりてなり 四九―五一
即ち魂が、自然のこれに肉體を司らしめし時、己の星より分れ出たるものなるを信じて、彼はこの物再びかしこに歸るといへり 五二―五四
或は彼の説く所、そのことばの響と異なり、あなどるべからざる意義を有することあらむ 五五―五七
もしそれこれらの天にその影響のほまれそしりも歸る意ならば、その矢いくばくか眞理にあたらむ 五八―六〇
この原理誤りせられてそのかみ殆ど全世界をげ、これをして迷ひのあまりジョーヴェ、メルクリオ、マルテと名づけしむ 六一―六三
汝を惱ますいま一の疑ひは毒少し、そはその邪惡も、汝を導きて我より離すあたはざればなり 六四―六六
われらの正義が人間の目に不正とみゆるは即ち信仰の過程くわていにて異端邪説の過程にあらず 六七―六九
されど汝等の知慧よくこの眞理を穿うがつことをうるがゆゑに、我は汝の望むごとく汝に滿足をえさすべし 七〇―七二
もしあらびとは、ひらるゝ人いさゝかも強ふる人にくみせざる時生ずるものゝいひならば、これらの魂はこれによりて罪をのがるゝことをえじ 七三―七五
そは意志は自ら願ふにあらざれば滅びず、あたかも火が千度ちたび強ひてたわめらるともなほその中なる自然の力を現はす如く爲せばなり 七六―七八
是故に意志の屈するは、その多少を問はず、あらびにこれの從ふなり、しかしてこれらの魂は聖所せいじよに歸るをうるにあたりてかくなしき 七九―八一
鐡架てつきうの上の苦しみにへしロレンツォ、わが手につらかりしムツィオのごとく、彼等の意志まつたかりせば 八二―八四
彼等が自由となるに及び、この意志直ちに彼等をしてその強ひられて離れし路に再びかへらしめしなるべし、されどかく固き意志極めてまれなり 八五―八七
汝よくこれらの言葉を心にとめてさとれるか、さらばこの後汝をしば/\惱ますべかりし疑ひは、はや必ず解けたるならむ 八八―九〇
されど汝の眼前めのまへに今なほ横たはる一の路あり、こはいとかたき路なれば汝ひとりにてはこれを出でざるさきに疲れむ 九一―九三
我あきらかに汝に告げて、さいはひなる魂は常に第一のまことに近くとゞまるがゆゑにいつはるあたはずといへることあり 九四―九六
後汝はコスタンツァがその※(「巾+白」、第4水準2-8-83)かほおほひをばもとの如く慕へる事をピッカルダより聞きたるならむ、さればこれとわが今こゝにいふ事と相反すとみゆ 九七―九九
兄弟よ、人難をまぬがれんため、わが意にそむき、その爲すべきにあらざることをなしゝためしは世に多し 一〇〇―一〇二
アルメオネが父にはれて己が生の母を殺し、孝を失はじとて不孝となりしもその一なり 一〇三―一〇五
かゝる場合については、請ふ思へ、あらび意志とまじりて相共にはたらくがゆゑに、その罪いひのがるゝによしなきことを 一〇六―一〇八
絶對の意志は惡にくみせず、そのこれに與するは、こばみてかへつて尚大いなる苦難なやみにあふを恐るゝことの如何に準ず 一〇九―一一一
さればピッカルダはかく語りて絶對の意志をし、我は他の意志を指す、ふたりのいふところ倶にまことなり。 一一二―一一四
一切の眞理の源なる泉よりいでし聖なる流れかくその波をげ、かくして二の願ひをしづめき 一一五―一一七
我即ち曰ふ。あゝ第一の愛に愛せらるゝ者よ、あゝいと聖なる淑女よ、汝のことば我をうるほし我を暖め、かくして次第に我を生かしむ 一一八―一二〇
されどわが愛深からねば汝の恩惠めぐみに謝するに足らず、願はくは全智全能者これにこたへ給はんことを 一二一―一二三
我よく是を知る、我等の智は、かのまこと(これより外には眞なる物一だになし)に照らされざれば、くことあらじ 一二四―一二六
智のこれに達するや、あたかも洞の中に野獸ののけものいこふ如く、直ちにその中にいこふ、またこはこれに達するをう、然らずばいかなる願ひも空ならむ 一二七―一二九
是故に疑ひは眞理の根より芽の如くに生ず、しかしてこは峰より峰にわれらを促しいたゞきにいたらしむる自然の途なり 一三〇―一三二
淑女よ、この事我を誘ひ我を勵まし、いま一の明らかならざる眞理についてうや/\しく汝に問はしむ 一三三―一三五
請ふ告げよ、人その破れる誓ひの爲、汝等の天秤はかりくるも輕からぬほど他の善をもて汝等にあがなひをなすことをうるや。 一三六―一三八
ベアトリーチェは愛の光のみち/\しいと聖なる目にて我を見き、さればわが視力みるちからこれに勝たれでうしろを見せ 一三九―一四一
我は目をれつゝ殆ど我を失へり。 一四二―一四四


   第五曲

われ世に比類たぐひなきまで愛の焔に輝きつゝ汝にあらはれ、汝の目の力に勝つとも 一―三
こは全き視力――その認むるに從つて、認めし善に進み入る――より出づるがゆゑにあやしむなかれ 四―六
われあきらかに知る、見らるゝのみにてたえず愛を燃す永遠とこしへの光、はや汝の智の中にかゞやくを 七―九
もし他の物汝等の愛を迷はさば、こはかの光の名殘がその中にし入りて見誤らるゝによるのみ 一〇―一二
汝の知らんと欲するは、はたされざりし誓ひをば人他のつとめによりてつぐのひ、魂をして論爭あらそひまぬがれしむるをうるやいなやといふ事是なり。 一三―一五
ベアトリーチェはかくこのカントをうたひいで、言葉をたざる人のごとく、聖なる教へを續けていふ。 一六―一八
それ神がそのゆたかなる恩惠めぐみにより造りて與へ給へる物にて最もその徳にかなひかつその最も重んじ給ふ至大のたまものは 一九―二一
即ち意志の自由なりき、知慧ある被造物は皆、またかれらに限り、昔これを受け今これを受く 二二―二四
いざ汝して知るべし、人うけがひて神また肯ひかくして誓ひ成るならんには、そのいととほときものなることを 二五―二七
そは神と人との間に契約を結ぶにあたりては、わがいふ如く貴きこの寶犧牲いけにへとなり、かつかくなるも己が作用はたらきによればなり 二八―三〇
されば何物をもてつぐのひとなすことをえむ、捧げし物を善く用ゐんと思ふは是※物ぞうぶつ をもて善事を爲さんとねがふなり 三一―三三
汝既に要點を會得ゑとくす、されど聖なる寺院は誓ひよりき、わが汝にあらはしゝ眞理にそむくとみゆるがゆゑに 三四―三六
汝なほ食卓つくゑに向ひてしばらく坐すべし、汝のくらへるかた食物くひものはその消化こなるゝ爲になほ助けをもとむればなり 三七―三九
心を開きて、わが汝に示すものを受け、これをその中に收めよ、聽きてたもたざるは知識をうるの道にあらじ 四〇―四二
それ二の物相合してこの犧牲いけにへの要素を成す、一はその作らるゝもととなるもの一は即ち契約なり 四三―四五
後者は守るにあらざれば消えず、但しこれについては我既にいとさだかに述べたり 四六―四八
是故に希伯來人エブレオびとは、捧ぐる物の如何によりこれをふるをえたれども(汝必ず是を知らん)、なほ献物さゝげものをなさゞるをえざりき 四九―五一
前者即ち汝に材とし知らるゝものは、これを他の材にふとも必ずとがとなるにはあらず 五二―五四
されど黄白二のかぎのめぐるなくば何人もその背にへる荷を、心のまゝにとりかふべからず 五五―五七
かつ取らるゝ物が置かるゝ物をるゝことあたかも六の四における如くならずば、いかに易ふともいたづらなるを信ずべし 五八―六〇
是故に己が價値ねうちによりていと重くいかなる天秤はかりをも引下ひきさぐる物にありては、他のつひえをもてつぐなふことをえざるなり 六一―六三
人よ誓ひを戲事たはぶれごととなす勿れ、これに忠なれ、されどイエプテのその最初の供物くもつにおけるごとく輕々しくこれを立るなかれ 六四―六六
守りてしかしてまされる惡を爲さんより、彼はよろしく我あしかりきといふべきなりき、汝はまたギリシアびとの大將のかくおろかなりしをみむ 六七―六九
さればイフィジェニアはそのみめよきがために泣き、かゝる神事じんじを傳へ聞きたる賢者愚者をしてまた彼の爲に泣かしむ 七〇―七二
基督教徒クリスティアーニよ、おも/\しく身を動かし、いかなる風にも動く羽のごとくなるなかれ、いかなる水も汝等を洗ふと思ふなかれ 七三―七五
汝等に舊約新約あり、寺院の牧者の導くあり、汝等これにて己が救ひを得るに足る 七六―七八
もし邪慾汝等に他のみちすゝめなば、汝等人たれ、おろかなる羊となりて汝等の中の猶太人ジュデーアびとに笑はるゝなかれ 七九―八一
己が母の乳を棄て、思慮こゝろなく、うかれつゝ、好みて自ら己と戰ふこひつじのごとく爲すなかれ。 八二―八四
わがこゝにしるすごとく、ベアトリーチェかく我に、かくていとなつかしき氣色けしきにて、宇宙の最も生氣に富める處にむかへり 八五―八七
その沈默と變貌かはれるすがたとは、わがくなきの智、はや新しき問を起しゐたりしわが智にもだせと命じき 八八―九〇
しかしてあたかもつるのしづかならざる先にまとあたる矢のごとく、われらはせて第二の王國にいたれり 九一―九三
われ見しに、かの天の光の中に入りしとき、わが淑女いたくよろこび、かの星自らそがためいよ/\輝きぬ 九四―九六
星さへ變りてほゝゑみたりせば、己がさがのみによりていかなるさまにも變るをうる我げにいかになりしぞや 九七―九九
しづかなる清き池の中にて、魚もしその餌とみゆる物のそとより入來るをみれば、これがほとりにはせよるごとく 一〇〇―一〇二
千餘の輝われらの方にはせよりき、おの/\いふ。見よわれらの愛をますべきものを。 一〇三―一〇五
しかして各※(二の字点、1-2-22)われらのもとに來るに及び、我は魂が、その放つ光のあざやかなるによりて、あふるゝ悦びをあらはすを見たり 一〇六―一〇八
讀者よ、この物語續かずばその先を知るあたはざる汝の苦しみいかばかりなるやを思へ 一〇九―一一一
さらば汝自ら知らむ、これらのものわが目に明らかに見えし時、彼等よりその状態ありさまを聞かんと思ふわが願ひのいかに深かりしやを 一一二―一一四
あゝ良日よきひもとに生れ、戰ひ未だ終らざるに恩惠めぐみに許されて永遠とこしへの凱旋の諸※(二の字点、1-2-22)寶座くらゐを見るを得る者よ 一一五―一一七
あまねく天に滿つる光にわれらはもやさる、是故にわれらの光をうくるをねがはゞ、汝心のまゝにけ。 一一八―一二〇
信心深きかの靈の一我にかくいへるとき、ベアトリーチェ曰ふ。いへ、いへ、おくするなかれ、かれらを神々の如く信ぜよ。 一二一―一二三
我よく汝が己の光の中にくひて目よりこれを出すをみる、汝笑へば目きらめくによりてなり 一二四―一二六
されど尊き魂よ、我は汝の誰なるやを知らず、また他の光に蔽はれて人間に見えざる天のさちをば何故にうくるやを知らず。 一二七―一二九
さきに我に物言へる光にむかひて我かくいへり、是においてかそのかゞやくこと前よりはるかに強かりき 一三〇―一三二
あたかも日輪が(き水氣の幕その熱に噛盡かみつくさるれば)そのいと強き光に己をかくすごとく 一三三―一三五
かの聖なる姿は、まさる悦びのため己が光の中にかくれ、さてかく全くこもりつゝ、我に答へき 一三六―一三八
次のカントの歌ふごとく 一三九―一四一


   第六曲

コスタンティーンが鷲をして天の運行にさからはしめし(ラヴィーナをめとれる昔人むかしのひとに附きてこの鷲そのかみこれにしたがへり)時より以來このかた 一―三
二百年餘の間、神の鳥はエウローパの際涯はて、そがさきに出でし山々に近き處にとゞまり 四―六
かしこにてその聖なる翼の陰に世を治めつゝ、手より手に移り、さてかく變りてわが手に達せり 七―九
我は皇帝チェーザレなりき、我はジュスティニアーノなり、今わが感ずる第一の愛の聖旨みむねによりてわれ律法おきての中より過剩あまれるもの無益物えきなきものとを除きたり 一〇―一二
未だこのわざに當らざりしさき、われはクリストにたゞ一のさがあるを信じ、かつかゝる信仰をもてれりとなしき 一三―一五
されど至高の牧者なるアガピート尊者、その言葉をもて我を正しき信仰に導けり 一六―一八
我は彼を信じたり、しかして今我彼の信ずる所をあきらかに見ることあたかも汝が一切の矛盾むじゅんの眞なり僞やなるを見るごとし 一九―二一
われ寺院と歩みを合せて進むに及び、神はその恩惠めぐみにより我を勵ましてこの貴きわざを爲さしむるをよしとし、我は全く身をこれに捧げ 二二―二四
武器をばわがベリサルに委ねたりしに、天の右手めで彼に結ばりて、わが休むべき休徴しるしとなりき 二五―二七
さて我既に第一の問に答へ終りぬ、されどこの答のさがひられ、なほ他の事を加ふ 二八―三〇
こは汝をしていかに深きことわりによりてかのいと聖なる旗に、これを我有わがものとなす者もはたこれにはむかふ者も、ともにさからふやを見しめん爲なり 三一―三三
パルランテがこれに王國を與へんとて死にし時を始めとし、見よいかなる徳のこれをあがむべき物とせしやを 三四―三六
汝知る、この物三百年餘の間アルバにとゞまり、その終り即ち三人みたりの三人とさらにこれがため戰ふ時に及べることを 三七―三九
また知る、この物サビーニの女達の禍ひよりルクレーチアの憂ひに至るまで七王の代に附近あたりの多くの民に勝ちていかなるわざをなしゝやを 四〇―四二
知る、この物秀でしローマ人等の手にありてブレンノ、ピルロ、その他の君主等及び共和の國々と戰ひ、いかなるわざをなしゝやを 四三―四五
(是等の戰ひにトルクァート、己が蓬髮おどろのかみちなみて名を呼ばれたるクインツィオ、及びデーチとファービとはわが悦びていたたふとほまれを得たり) 四六―四八
アンニバーレに從ひて、ポーよ汝の源なるアルペの岩々を越えしアラビアびと等の誇りをくじけるもこの物なりき 四九―五一
この物のもとに、シピオネとポムペオとは年若うして凱旋したり、また汝の郷土にのぞみてそびゆる山にはこの物つらしと見えたりき 五二―五四
後、天が全世界を己の如く晴和のどかならしめんと思ひし時に近き頃、ローマの意に從ひて、チェーザレこれを取りたりき 五五―五七
ヴァーロよりレーノに亘りてこの物の爲しゝことをばイサーラもエーラもセンナも見、ローダノを滿たすすべてのたにもまた見たり 五八―六〇
ラヴェンナを出でゝルビコンを越えし後このものゝ爲しゝ事はいとはやければ、ことばも筆もともなあたはじ 六一―六三
士卒をめぐらしてスパーニアに向ひ、後ドゥラッツオにむかひ、またファルサーリアをちて熱きニーロにも痛みを覺えしむるにいたれり 六四―六六
そが出立ちし處なるアンタンドロとシモエンタ、またかのエットレのやすらふところを再び見、後、身をふるはして禍ひをトロメオに與へ 六七―六九
そこよりイウバのもとひらめき下り、後、汝等の西にめぐりてかしこにポムペオのらつぱを聞けり 七〇―七二
次の旗手と共にこの物の爲しゝことをば、ブルートとカッシオ地獄にあかしす、このものまたモーデナとペルージヤとを憂へしめたり 七三―七五
うれはしきクレオパトラは今もこの物の爲に泣く、彼はその前より逃げつゝ、蛇によりてにはかなるむごき死をげき 七六―七八
かの旗手とともにこの物遠く紅の海邊うみべに進み、彼とともに世界をば、イアーノの神殿みやとざさるゝほどいと安泰やすらかならしめき 七九―八一
されどわが語種かたりぐさなるこの旗が、これに屬する世の王國の全體すべてに亘りて、さきに爲したりし事も後に爲すべかりし事も 八二―八四
さゝやかにかつおぼろに見ゆるにいたらむ、人この物を、目を明らかにし思ひを清うして、第三のチェーザレの手に視なば 八五―八七
そはこの物彼の手にありしとき、我をはげます生くる正義は、己が怒りにむくゆるのほまれをこれに與へたればなり 八八―九〇
いざ汝わが反復語くりかへしごとを聞きてあやしめ、この後この物ティトとともに、昔の罪を罰せんために進めり 九一―九三
またロンゴバルディの齒、聖なる寺院をみしとき、この物の翼の下にて勝ちつゝ、カルロ・マーニオこれを救へり 九四―九六
今や汝は、わがさきに難じし如き人々の何者なるやとすべて汝等の禍ひの本なる彼等の罪のいかなるやとを自らはかり知るをえむ 九七―九九
かれ黄の百合をおほやけの旗にさからはしむればこれ一黨派の爲にこれを己がものとなす、いづれか最も非なるを知らず 一〇〇―一〇二
ギベルリニをして行はしめよ、他の旗のもとにその術を行はしめよ、この旗を正義と離す者何ぞくこれに從ふことあらむ 一〇三―一〇五
またこの新しきカルロをして己がグエルフィと共にこれを倒さず、かれよりも強き獅子より皮を奪ひしその爪を恐れしめよ 一〇六―一〇八
子が父の罪の爲に泣くこと古來例多し、彼をして神その紋所を彼の百合の爲に變へ給ふと信ぜしむるなかれ 一〇九―一一一
さてこの小さき星は、進みて多くのわざを爲しゝ諸※(二の字点、1-2-22)の善き靈にて飾らる、彼等のかく爲しゝは譽と美名よきなをえん爲なりき 一一二―一一四
しかして願ひ斯く路を誤りてかなたに昇れば、上方うへに昇るまことの愛、光を減ぜざるをえじ 一一五―一一七
されどわれらのむくいが功徳と量を等しうすることわれらの悦びの一部を成す、われら彼の此より多からず少からざるを見ればなり 一一八―一二〇
生くる正義はこの事によりてわれらの情をうるはしうし、これをして一たびゆがみて惡に陷るなからしむ 一二一―一二三
さま/″\の聲下界にてうるはしきふしとなるごとく、さま/″\のくらゐわが世にてこの諸※(二の字点、1-2-22)の球の間のうるはしきしらべとゝのふ 一二四―一二六
またこの眞珠の中にはロメオの光の光るあり、彼の美しき大いなるわざは正しくむくいられざりしかど 一二七―一二九
彼を陷れしプロヴェンツァびと等笑ふをえざりき、是故に他人ひとの善行をわが禍ひとなす者は即ち邪道を歩む者なり 一三〇―一三二
ラモンド・ベリンギエーリには四人よたりむすめありて皆王妃となれり、しかしてこは賤しき旗客ロメオの力によりてなりしに 一三三―一三五
のちかれ讒者の言に動かされ、この正しき人(十にて七と五とをえさせし)に清算を求めき 一三六―一三八
是においてか老いて貧しき身をもちて彼去りぬ、世もし一口ひとくち一口と食を乞ひ求めし時のその固き心を知らば 一三九―一四一
(今もいたくむれども)今よりもいたく彼をほむべし。 一四二―一四四


   第七曲

オザンナ、萬軍の聖なる神、己が光をもてこれらの王國の惠まるゝ火を上より照らしたまふ者。 一―三
二重ふたへの光をかさまとひしかの聖者は、そのふしにあはせてめぐりつゝ、かく歌ふと見えたりき 四―六
しかしてこれもその他の者もみなまた舞ひいで、さていとはやき火花の如く、忽ちへだゝりてわが目にかくれぬ 七―九
われ疑ひをいだき、心の中にいひけるは。いへ、いへ、わが淑女にいへ、彼甘きしづくをもてわがかわきをとゞむるなれば。 一〇―一二
されどたゞ「ベ」と「イーチェ」のみにて我を統治すべをさむるうやまひ我をして睡りに就く人の如く再びわがかうべを垂れしむ 一三―一五
ベアトリーチェはたゞ少時しばし我をかくあらしめし後、火の中にさへ人をさいはひならしむる微笑ほゝゑみをもて我を照らしていひけるは 一六―一八
わがはかるところ(こはあやまることあらじ)によれば、汝思へらく、正しき罰いかにして正しく罰せらるゝをうるやと 一九―二一
されど我は速に汝の心を釋放ときはなつべし、いざ耳を傾けよ、そはわがことば、大いなる教へを汝にさづくべければなり 二二―二四
それかの生れしにあらざる人は、己が益なる意志のくつわへかねて、己を罪しつゝ、己がすべての子孫を罪せり 二五―二七
是においてか人類は、大いなる迷ひの中に、幾世の間、病みて下界にししかば、神のことば遂に世に降るをよしとし 二八―三〇
その永遠とこしへの愛の作用はたらきのみにより、かの己が造主つくりぬしより離れしさがを、かしこに神結かみむすびにて己と合せ給ひたり 三一―三三
いざ汝わが今語るところに心をとめよ、己が造主と結合むすびあへるこの性は、その造られし時の如く純にして善なりしかど 三四―三六
眞理の道とおのが生命いのちに遠ざかり、自ら求めてかの樂園よりはれたりき 三七―三九
是故に合せられたるさがより見れば、十字架のもたらしゝ刑罰は、正しく行はれしこと他にたぐひなし 四〇―四二
されどこれを受けし者、かゝる性をあはせし者の爲人ひととなりより見れば、正しからざることまた他に類なし 四三―四五
されば一の行爲おこなひより樣々さま/″\の事出でぬ、そは一の死、神の聖意みこゝろにも猶太人ジュデーアびとの心にも適ひたればなり、この死の爲に地は震ひ天は開きぬ 四六―四八
今や汝はさとりがたしと思はぬならむ、正しき罰後にいたりて正しき法廷しらすに罰せられきといふを聞くとも 四九―五一
されど我は今汝の心が、思ひより思ひに移りて一の※(「(米/糸)+頁」、第4水準2-84-60)ふしの中にむすぼれ、それより解放ときはなたれんことをばしきりに願ひつゝ待つを見るなり 五二―五四
汝いふ、我よくわが聞けるところをさとる、されど我は神が何故にわれらのあがなひのためこの方法てだてをのみ選び給へるやを知らずと 五五―五七
兄弟よ、智もし愛の焔の中に熟せざればいかなる人もこのさだめ會得ゑとくせじ 五八―六〇
しかはあれ、この目標しるしは多く見られて少しくさとらるゝものなれば、我は何故にかゝる方法てだての最もふさはしかりしやを告ぐべし 六一―六三
それ己より一切のねたみをしりぞくる神の善は、己が中に燃えつゝ、光を放ちてその永遠とこしへの美をあらはす 六四―六六
是より直にしたゝるものはその後滅びじ、これが自ら印をすとき、かた消ゆることなければなり 六七―六九
是より直に降下ふりくだるものは全く自由なり、新しき物の力に服從つきしたがふことなければなり 七〇―七二
かゝるものは最も是にたぐふが故に最も是が心にかなふ、萬物を照らす聖なる焔は最も己に似る物の中に最も強く輝けばなり 七三―七五
しかしてこれらのさちはみな、人たる者の受くるところ、一つ缺くれば、人必ずそのたふとさを失ふ 七六―七八
人の自由を奪ひ、これをして至上の善に似ざらしめ、その光に照らさるること從つて少きにいたらしむるものは罪のみ 七九―八一
もしそれ正しき刑罰を不義の快樂けらくむかはしめつゝ、罪のつくれる空處を滿みたすにあらざれば、人その尊さに歸ることなし 八二―八四
汝等のさがは、その種子たねによりてこと/″\く罪ををかすに及び、樂園とともにこれらの尊き物を失ひ 八五―八七
淺瀬の一を渡らずしては、いかなる道によりても再びこれを得るをえざりき(汝よく思ひをらさばさとるなるべし) 八八―九〇
淺瀬とは、神がたゞその恩惠めぐみによりてゆるし給ふか、または人が自らその愚をあがなふか即ち是なり 九一―九三
いざ汝力のかぎり目をわが詞にちかくよせつゝ、永遠とこしへ思量はからひの淵深く見よ 九四―九六
そも/\人は、その限りあるによりて、あがなひをなす能はざりき、そは後神にしたがひ心をひくうしてくだるとも、さきに逆きて 九七―
上らんとせし高さに應ずるあたはざればなり、人自らあがなふの力なかりしことわりげにこゝに存す ―一〇二
是故に神は己が道――即ちその一かまたは二――をもて、人をその完き生にかへしたまふのほかなかりき 一〇三―一〇五
されど行ふ者の行は、これがいづる心の善をあらはすに從ひ、いよ/\悦ばるゝがゆゑに 一〇六―一〇八
宇宙に印影かたす神の善は、再び汝等を上げんため、己がすべての道によりて行ふを好めり 一〇九―一一一
また最終いやはての夜と最始いやさきの晝との間に、これらの道のいづれによりても、かくたふとくかくおほいなるわざは爲されしことなし爲さるゝことあらじ 一一二―一一四
そは神は人をして再び身をあぐるにふさはしからしめん爲己を與へ給ひ、たゞ自ら赦すにまさ恩惠めぐみをば現し給ひたればなり 一一五―一一七
神の子己をひくうして肉體となり給はざりせば、ほかのいかなる方法てだてといふとも正義に當るに足らざりしなるべし 一一八―一二〇
さて我は今、汝の願ひをすべてよく滿たさんため、さかのぼりて一の事を説き示し、汝をしてわが如くこれを見るをえしめむ 一二一―一二三
汝いふ、我視るに、地水火風及びそのまじりあへるものみな滅び、永くたもたじ 一二四―一二六
しかるにこれらは被造物つくられしものなり――是故にわがいへることまことならばこれらには滅ぶるのうれへあるべきならず――と 一二七―一二九
兄弟よ、諸※(二の字点、1-2-22)の天使と、汝が居る處の純なる國とは、現在いまのごとき完き状態さまにて造られきといふをうれども 一三〇―一三二
汝の名指なざしゝ諸※(二の字点、1-2-22)の元素およびこれより成る物は、造られし力これをとゝのふ 一三三―一三五
造られしはかれらの物質、造られしはかれらをめぐるこの諸※(二の字点、1-2-22)の星のうちのとゝのふる力なり 一三六―一三八
※(二の字点、1-2-22)の聖なる光の輝と※(「廴+囘」、第4水準2-12-11)めぐりとは、すべての獸及び草木くさきの魂をば、これとなりうべき原質よりひきいだせども 一三九―一四一
至上の慈愛は、たゞちに汝等の生命いのちふき入れ、かつこれをして己を愛せしむるが故に、この物たえずこれを慕ひ求むるにいたる 一四二―一四四
さてまたこのことわりよりさらに推し及ぼして汝は汝等の更生よみがへりを知ることをえむ、もし第一の父母ちゝはゝともに造られし時 一四五―一四七
人の肉體のいかに造られしやを思ひみば


   第八曲

世は、その危ふかりし頃、美しきチプリーニアが第三のエピチクロをめぐりつゝ痴情の光を放つと信ずるならはしなりき 一―三
さればいにしへの人々その古の迷ひより、いけにへそなへ誓願をかけて彼をあがめしのみならず 四―六
またディオネとクーピドをも崇めて彼をその母とし此をその子とし、かついへり、この子かつてディドの膝の上に坐しきと 七―九
かれらはまた、日輪に或ひはうしろ或ひはまへより秋波しうはをおくる星の名を、わがかく歌の始めにうたふかの女神めがみより取れり 一〇―一二
かの星の中に登れることを我は知らざりしかど、その中にありしことをば、わが淑女のいよ/\美しくなるを見て、かたく信じき 一三―一五
しかして火花焔のうちに見え、聲々のうちにわかたるゝ(一動かず一往來ゆききするときは)ごとく 一六―一八
我はかの光の中に、他の多くの光、輪を成して※(「廴+囘」、第4水準2-12-11)めぐるを見たり、但し早さに優劣まさりおとりあるはその永劫えいごふの視力の如何によりてなるべし 一九―二一
見ゆる風や見えざる風の、冷やかなる雲よりくだるはやしとも、これらのいと聖なる光が 二二―二四
尊きセラフィーニの中にまづ始まりし舞を棄てつゝ我等に來るを見たらん人には、たゞ靜にて遲しと思はれむ 二五―二七
さて最も先に現はれし者のなかにオザンナ響きぬ、こはいとたへなりければ、我は爾後そののち再び聞かんと願はざることたえてなかりき 二八―三〇
かくてその一われらにいよ/\近づき來り、單獨たゞひとりにていふ。われらみな汝の好む所に從ひ汝を悦ばしめんとす 三一―三三
われらは天上の君達と圓を一にし、※(「廴+囘」、第4水準2-12-11)めぐりを一にし、かわきを一にしてまはる、汝かつて世にて彼等にいひけらく 三四―三六
汝等了知さとりをもて第三の天を動かす者よと、愛我等に滿つるが故に、汝の心にかなはせんとて少時しばらくしづまるとも我等の悦びることあらじ。 三七―三九
われ目をうや/\しくわが淑女にそゝぎ、その思ひをさだかに知りてわが心を安んじゝ後 四〇―四二
再びこれをかの光――かく大いなることを約しゝ――にむかはせ、せつなる情を言葉にこめつゝ汝等は誰なりや告げよといへり 四三―四五
われ語れる時、新たなる喜び己が喜びに加はれるため、かの光が、その量と質とにおいて、まさりしことげにいかばかりぞや 四六―四八
さてかく變りて我に曰ふ。世はたゞしばし我を宿やどしき、もし時さらに長かりせば、來るべき多くの禍ひは避けられしものを 四九―五一
わが身のまはりに輝き出づるわが喜びは我を汝の目に見えざらしめ、我を隱してあたかも己が絹に卷かるゝ蟲の如くす 五二―五四
汝深く我を愛しき、是またうべなり、我もし下界に長生ながらへたりせば、わが汝にあらはす愛は葉のみにとゞまらざりしなるべし 五五―五七
ローダノがソルガとまじりし後に洗ふ左の岸は、時に及びてわがその君となるを望み 五八―六〇
バーリ、ガエタ及びカートナ際涯はてを占め、トロント、ヴェルデの流れて海に入る處なるアウソーニアのつのもまたしか望みき 六一―六三
はやわがひたひには、ドイツの岸を棄てし後ダヌービオのうるほす國の冠かゞやきゐたり 六四―六六
またエウロに最もわづらはさるゝ灣のほとりパキーノとペロロの間にて、ティフェオの爲ならずそこに生ずる硫黄の爲にけむる 六七―
かの美しきトリナクリアは、カルロとリドルフォのすゑ我よりいでゝその王となるを今も望み待ちしなるべし ―七二
民の心を常に荒立あらだつる虐政パレルモを動かして、死せよ死せよと叫ばしむるにいたらざりせば 七三―七五
またわが兄弟にして豫めこれを見たらんには、カタローニアの慾と貪とをはやくも避けて、その禍ひを自ら受くるにいたらざりしなるべし 七六―七八
そはげに彼にてもあれほかの人にてもあれ、はや荷の重き彼の船にさらに荷を積むなからんため備へを成さゞるをえざればなり 七九―八一
物惜しみせぬさがより出でゝやぶさかなりし彼の性は、貨殖に心專ならざる部下を要せむ。 八二―八四
わが君よ、我は汝のことばの我に注ぐ深き喜びが、一切の善の始まりかつ終る處にて汝に見らるゝことわがこれを見る如しと 八五―
信ずるがゆゑに、その喜びいよ/\深し、我また汝が神を見てしかしてこれをさとるをづ ―九〇
汝我に悦びをえさせぬ、さればまた教へをえさせよ(汝語りて我に疑ひを起さしめたればなり)――にがき物いかにして甘き種より出づるや。 九一―九三
我かく彼に、彼即ち我に。我もし汝に一の眞理を示すをえば、汝は汝のたづぬる事に顏をむくること今背をむくる如くなるべし 九四―九六
汝の昇る王國をあまねくめぐらしかつ悦ばすところの善は、これらの大いなる物體において、己が攝理を力とならしむ 九七―九九
また諸※(二の字点、1-2-22)の自然のみ、おのづから完きこゝろの中にとゝのへらるゝにあらずして、かれらとともにその安寧もまたしかせらる 一〇〇―一〇二
是故にこの弓の射放つものは、みなあらかじめ定められたる目的めあてにむかひて落ち、あたかも己がまとにむけられし物の如し 一〇三―一〇五
もしこの事なかりせば、今汝の過行く天は、そのを技藝に結ばずして破壞にむすぶにいたるべし 一〇六―一〇八
しかしてこはある事ならじ、もし此等の星を動かす諸※(二の字点、1-2-22)の智備はらず、またかく此等を完からしめざりし第一の智に缺處かくるところあるにあらずば 一〇九―一一一
汝この眞理をなほも明かにせんと願ふや。我。いなしからず、我は自然が必要の事に當りて疲るゝ能はざるを知ればなり。 一一二―一一四
彼即ちまた。いざいへ、世の人もし一市民たらずば禍ひなりや。我答ふ。然り、そのことわりは我問はじ。 一一五―一一七
人各※(二の字点、1-2-22)世に住むさまを異にし異なる職務つとめをなすにあらずして市民たることを得るや、汝等の師のしるす所正しくばしからず。 一一八―一二〇
かく彼論じてこゝに及び、さて結びていふ。かゝれば汝等のわざの根も、また異ならざるをえず 一二一―一二三
是故に一人ひとりはソロネ、一人はセルゼ、一人はメルキゼデク、また一人はそらを飛びつゝわが子を失へる者とし生る 一二四―一二六
人なる蝋に印をす諸※(二の字点、1-2-22)の天の力は、善く己がわざを爲せども彼家かのや此家このや差別けじめを立てず 一二七―一二九
是においてかエサウはヤコブとたねを異にし、またクイリーノは人がこれをマルテに歸するにいたれるほど父のいやしき者なりき 一三〇―一三二
もし神の攝理勝たずば、生れしさがは生みたるものと常に同じ道に進まむ 一三三―一三五
汝のうしろにありしもの今前にあり、されど汝と語るわが悦びを汝に知らしめんため、われなほ一の事を加へて汝の表衣うはぎとなさんとす 一三六―一三八
それさがは、命運これにはざれば、あたかも處を得ざる種のごとく、その終りを善くすることなし 一三九―一四一
しかして下界もしその心を自然のうるもとゐにとめてこれに從はゞその民さかえむ 一四二―一四四
しかるに汝等は、劒を腰に帶びんがために生れし者をげて僧とし、のりを説くべき者を王とす 一四五―一四七
是においてか汝等の歩履あゆみ道を離る。 一四八―一五〇


   第九曲

美しきクレメンツァよ、汝のカルロはわが疑ひを解きし後、我にその子孫のあふべき欺罔たばかりの事を告げたり 一―三
されどまた、默して年をその移るに任せよといひしかば、我は汝等の禍ひの後に正しき歎き來らんといふのほか何をもいふをえざるなり 四―六
さてかの聖なる光の生命いのちは、萬物を足らはす善の滿たす如く己を滿たす日輪にはや再びむかひゐたりき 七―九
あゝ迷へる魂等よ、不信心なる被造物等よ、心をかゝる善にそむけてかうべを空しき物にむくとは 一〇―一二
時に見よ、いま一の光、わが方に進み出で、我を悦ばせんとの願ひを外部そとの輝に現はせり 一三―一五
さきのごとく我に注げるベアトリーチェの目は、うれしくもわが願ひをるゝことをばさだかに我に知らしめき 一六―一八
ふ。あゝさいはひなる靈よ、ふ速にわが望みをかなへ、わが思ふ所汝にうつりて見ゆとのあかしを我にえさせよ。 一九―二一
是においてか未だ我に知られざりしかの光、さきに歌ひゐたる處なる深處ふかみより、あたかも善行を悦ぶ人の如く、續いていふ 二二―二四
よこしまなるイタリアの國の一部、リアルトとブレンタ、ピアーヴァの源との間の地に 二五―二七
いと高しといふにあらねど一の山のそびゆるあり、かつて一の炬火たいまつこゝより下りていたくこの地方を荒しき 二八―三〇
我とこれとは一の根より生れたり、我はクニッツァと呼ばれにき、わがこゝに輝くはこの星の光に勝たれたればなり 三一―三三
されど我今喜びて自らわが命運の原因もとゆるし、心せこれになやまさじ、こは恐らくは世俗の人にさとりがたしと見ゆるならむ 三四―三六
われらの天の中のこの光りて貴きたま、我にいと近き珠の名は今も高く世に聞ゆ、またその滅びざるさきに 三七―三九
この第百年はなほ五度いつたびも重ならむ、見よ人たる者己をすぐるゝ者となし、第二の生をば第一の生に殘さしむべきならざるやを 四〇―四二
さるにターリアメントとアディーチェに圍まるゝ現在いま群集ぐんじゆうこれを思はず、たるれどもなほいじ 四三―四五
されどパードヴァは、その民かたくなにして義にそむくにより、程なく招のほとりにて、かのヴィチェンツァを洗ふ水を變へむ 四六―四八
またシーレとカニアーンの落合ふ處は、或者これを治め、頭を高うして歩めども、彼を捕へんとて人はや網を造りたり 四九―五一
フェルトロもまたその非道の牧者の罪の爲に泣かむ、かつその罪はいと惡くしてマルタに入れられし者にさへたぐひを見ざる程ならむ 五二―五四
己が黨派に忠なることを示さんとてこのやさしき僧の與ふるフェルラーラびとの血は、げにいと大いなる桶ならでは ―五五
これをるゝをえざるべく、オンチャ に分けてこれをはからばその人疲れむ、しかしてかゝる贈物おくりもの本國ところ慣習ならはしかなふなるべし ―六〇
※(二の字点、1-2-22)の鏡上方うへにあり、汝等これを寶座ツローニといふ、審判さばきの神そこより我等を照らすがゆゑに我等皆これらの言葉をまこととす。 六一―六三
かくいひてもだし、さきのごとく輪に加はりてめぐりつゝ、心をほかにむくるに似たりき 六四―六六
名高き者とはやわが知りしかの殘りの喜びは、日の光に當る紅玉あかだまの如くわが目に見えたり 六七―六九
上にては悦びによりて、強き光のえらるゝこと、世にて笑のえらるゝ如し、されど下にては心の悲しきにつれて魂黒くそとにあらはる 七〇―七二
我曰ふ。福なる靈よ、神萬物を見給ひ、汝の目神に入る、是故にいかなる願ひも汝にかくるゝことあらじ 七三―七五
もしそれ然らば、六の翼を緇衣となす信心深き火とともに歌ひてとこしへに天を樂します汝の聲 七六―七八
何ぞわが諸※(二の字点、1-2-22)の願ひを滿たさゞる、もしわが汝のうちに入ること汝のわが衷に入るごとくならば、我あに汝の問を待たんや。 七九―八一
このとき彼曰ふ。地を卷く海をのぞきては、水たゝふるたにの中にていと大いなるもの 八二―八四
相容あひいれざる二の岸の間にて、日にさからひて遠く延びゆき、さきに天涯となれる所を子牛線しごせんとなす 八五―八七
我はこの溪のほとり、エブロとマークラ(短き流れによりてゼーノヴァびととトスカーナ人とを分つ)の間に住める者なりき 八八―九〇
そのかみ己が血をもて湊を熱くせしわが故郷ふるさとはブッジェーアと殆ど日出ひので日沒ひのいりを同うす 九一―九三
わが名を知れる人々我をフォルコと呼べり、我今かたをこの天にす、この天我にしゝごとし 九四―九六
そはシケオとクレウザとをしひたげしベロのむすめも、デモフォーンテに欺かれたるロドペーアも、またイオレを心に 九七―
包める頃のアルチーデも、としふさはしかりし間の我より強くは、思ひに燃えざりければなり ―一〇二
しかはあれ、こゝにては我等いず、たゞ笑ふ、こは罪の爲ならで(再び心に浮ばざれば)、定め、とゝのふる力のためなり 一〇三―一〇五
こゝにては我等、かく大いなる御業みわざを飾る技巧を視、天界に下界を治めしむる善を知る 一〇六―一〇八
されどこの球の中に生じゝ汝の願ひこと/″\く滿たされんため、我なほことばがざるべからず 一〇九―一一一
汝はがこの光(あたかも清き水に映ずる日の光の如くわがかたへひらめくところの)の中にあるやを知らんと欲す 一一二―一一四
いざ知るべし、ラアブこのうちにやすらふ、彼われらの組に加はりその印をこれに捺すこと他にたぐひなし 一一五―一一七
人の世界の投ぐる影、とがれるはしとなる處なるこの天は、クリストの凱旋に加はる魂の中彼をば最も先に受けたり 一一八―一二〇
左右のたなごゝろにてたる尊き勝利のしるしとして彼を天の一におくは、げにふさはしき事なりき 一二一―一二三
そは彼ヨスエを聖地――今やこの地殆ど法王の記憶に觸れじ――にたすけてその最初の榮光をこれにえさせたればなり 一二四―一二六
はじめて己が造主つくりぬしそむき、ねたみによりて深き歎きを殘せる者の建てたりし汝のまちは 一二七―一二九
のろひの花を生じて散らす、こは牧者を狼となして、羊、こひつじをさまよはしゝもの 一三〇―一三二
これがために福音と諸※(二の字点、1-2-22)の大いなる師とは棄てられ、人專ら寺院の法規おきてを學ぶことその紙端かみのはしにあらはるゝ如し 一三三―一三五
これにこそ法王もカルディナレもその心をとむるなれ、彼等の思ひはガブリエルロが翼をべし處なるナツァレッテに到らじ 一三六―一三八
されどヴァティカーノ、その他ローマの中の選ばれし地にてピエートロに從へる軍人いくさびと等の墓となりたる所はみな 一三九―一四一
この姦淫より直ちに釋放たるべし。 一四二―一四四


   第十曲

言ひ難き第一の力は、己が子を、彼と此との永遠とこしへいきなる愛とともにうちまもりつゝ 一―三
心または處にめぐるすべての物をば、いとたへなる次第を立てゝ造れるが故に、これを見る者必ずかの力を味ふ 四―六
讀者よされば目を擧げて我とともに天球にむかひ、一の運行の他と相觸あひふるゝところを望み 七―九
よろこびて師のわざを見よ、師はその心の中に深くこれを愛し、目をこれより離すことなし 一〇―一二
見よ諸※(二の字点、1-2-22)の星をたづさふる一の圈、かれらを呼求むる世を足らはさんとて、なゝめにかしこよりわかれ出づるを 一三―一五
もしかれらの道傾斜なぞへならずば、天の力多くは空しく、下界の活動はたらき殆どみな止まむ 一六―一八
またもし直線とこれとの距離へだゝり今より多きか少きときは、宇宙の秩序は上にも下にも多く缺くべし 一九―二一
いざ讀者よ、未だ疲れざるさきに疾く喜ぶをえんと願はゞ、汝の椅子に殘りて、わが少しく味はしめしことを思ひめぐらせ 二二―二四
我はや汝の前に置きたり、汝今より自らむべし、わが筆のさゝげられたる歌題はわが心をこと/″\くこれに傾けしむればなり 二五―二七
自然のいと大いなるしもべにて、天の力を世界にし、かつ己が光をもてわれらのために時をはかるもの 二八―三〇
わがさきにいへる處と合し、かの螺旋らせん即ちそが日毎ひごとに早く己を現はすそのすぢを傳ひてめぐれり 三一―三三
我この物とともにありき、されど登れることを覺えず、あたかも思ひ始むるまでは思ひの起るを知らざる人の如くなりき 三四―三六
かく一の善よりこれにまさる善に導き、しかして己が爲す事の、時を占むるにいたらざるほどいと早きはベアトリーチェなり 三七―三九
わが入りし日の中にさへ色によらで光によりて現はるゝとは、げにそのものゝ自ら輝くこといかばかりなりけむ 四〇―四二
たとひわれ、才と技巧と練達を呼び求むとも、これを語りて人をして心に描かしむるをえんや、人たゞ信じて自ら視るを願ふべし 四三―四五
またわれらの想像の力低うしてかゝる高さに到らずともあやしむに足らず、そは未だ日よりも上に目の及べることなければなり 四六―四八
尊き父の第四のやからかゝる姿にてかしこにありき、父は氣息いきさまと子を生むさまとを示しつゝ絶えずこれをかしめ給ふ 四九―五一
ベアトリーチェ曰ふ。感謝せよ、恩惠めぐみによりて汝を擧げつゝこの見ゆべき日にいたらんめし諸※(二の字点、1-2-22)の天使の日に感謝せよ。 五二―五四
人の心いかに畏敬の念に傾き、またいかに喜び進みて己を神に棒げんとすとも 五五―五七
これらのことばを聞ける時のわがさまに及ばじ、わが愛こと/″\く神に注がれ、ベアトリーチェはそがために少時しばし忘られき 五八―六〇
されど怒らず、いとうつくしく微笑ほゝゑみたれば、そのゑめる目の耀かゞやきはわが合ひし心をわかちて多くの物にむかはしむ 六一―六三
われ見しに多くの生くるすぐるゝ光、われらを中心となし己を一の輪となしき、その聲のうるはしきこと姿の輝くにまさりたり 六四―六六
空氣みごもり、帶となるべき糸をたもつにいたるとき、われらは※(二の字点、1-2-22)しば/″\ラートナのむすめの亦かくの如く卷かるゝを見る 六七―六九
そも/\天の王宮(かしこより我は歸りぬ)には、いと貴く美しくして王土のそともたらすをえざる寶多し 七〇―七二
これらの光の歌もその一なりき、かしこに飛登るべき羽を備へざる者は、かなたの消息おとづれおふしに求めよ 七三―七五
これらの燃ゆる日輪、かくうたひつゝわれらを三度みたび、動かざる極に近き星のごとくに※(「廴+囘」、第4水準2-12-11)めぐれる時 七六―七八
かれらはあたかも踊り終らぬ女等が、新しきふしを聞くまで耳傾けつゝ、もだして止まるごとく見えたり 七九―八一
かくてその一の中より聲いでゝ曰ふ。まことの愛をもやしかつ愛するによりて増し加はる恩惠めぐみの光 八二―八四
汝のうちにつよく輝き、後また昇らざる者の降ることなきかのきざはしを傳ひ汝を上方うへに導くがゆゑに 八五―八七
己が壜子とくりの酒を與へて汝のかわきをとゞむることをせざる者は、その自由ならざること、海にそゝがざる水に等し 八八―九〇
汝はこの花圈はなわ(汝を強うして天に登らしむる美しき淑女を圍み、悦びてこれを視る物)がいかなる草木くさきの花に飾らるゝやを知らんとす 九一―九三
我はドメーニコに導かれ、迷はずばよくゆるところなる道を歩む聖なるむれこひつじの一なりき 九四―九六
右にて我にいと近きはわが兄弟たり師たりし者なり、彼はコローニアのアルベルトといひ、我はアクイーノのトマスといへり 九七―九九
このほかすべての者の事を汝かくさだかにせんと思はゞ、わが言葉に續きつゝこの福なる花圈はなわにそひて汝の目を※(「廴+囘」、第4水準2-12-11)めぐらすべし 一〇〇―一〇二
次の焔はグラツィアーンの笑ひより出づ、彼は天堂においてよみせらるゝほど二の法廷を助けし者なり 一〇三―一〇五
またそのかたへにてわれらの組を飾る焔はピエートロ即ちかの貧しき女にならひ己が寶を聖なる寺院に捧げし者なり 一〇六―一〇八
われらの中の最美物いとうつくしきものなる第五の光は、下界こぞりてその消息おとづれうゝるほどなる戀より吹出づ 一〇九―一一一
そがなかにはいと深き知慧を受けたる尊き心あり、眞もし眞ならば、智においてこれと並ぶべき者興りしことなし 一一二―一一四
またそのかたへなるかの蝋燭の光を見よ、こは肉體の中にありて、天使のさがとそのつとめとをいと深く見し者なりき 一一五―一一七
次のちひさき光のなかには、己がふみをアウグスティーンのもちゐにそなへしかの信仰の保護者ほゝゑむ 一一八―一二〇
さてわが讚詞ほめことばひて汝の心の目を光より光に移さば、汝は既に第八の光にかわきつゝあらむ 一二一―一二三
そがなかには、己がことばを善く聽く人に、虚僞いつはりの世を現はす聖なる魂、一切の善を見るによりて悦ぶ 一二四―一二六
このものゝ追はれて出でし肉體はいまチェルダウロにあり、己は殉教と流鼠りゆうそとよりこの平安に來れるなりき 一二七―一二九
その先に、イシドロ、ベーダ及び想ふこと人たる者の上に出でしリッカルドのいきの、燃えて焔を放つを見よ 一三〇―一三二
またにて我にいと近きは、その深き思ひの中にて、死の來るを遲しと見し一の靈の光なり 一三三―一三五
これぞわらまちにて教へ、ねたまるゝべき眞理をあかしせしシジエーリのとこしへの光なる。 一三六―一三八
かくてあたかも神の新婦はなよめが朝の歌をば新郎はなむこの爲にうたひその愛を得んとて立つ時われらを呼ぶ時辰儀じしんぎの 一三九―一四一
一部他の一部を、きかつ押して音妙おとたへにチン/\と鳴り、神に心向へる靈を愛にてあふれしむるごとく 一四二―一四四
我は榮光の輪のめぐりつゝ、喜び限りなき處ならでは知るあたはざる和合と美とにその聲々をあはすを見たり。 一四五―一四七


   第十一曲

あゝ人間のおろかなる心勞こゝろづかひよ、汝をして翼をちて下らしむるは、そも/\いかに誤り多き推理ぞや 一―三
一人ひとりは法に一人は醫に走り、ひとりは僧官を追ひ、ひとりは暴力または詭辯きべんによりて治めんとし 四―六
一人ひとりは奪ひ取らんとし、一人は公務に就かんとし、一人は肉の快樂けらくに迷ひてこれに耽り、ひとりは安佚あんいつむさぼれる 七―九
に、我はすべてこれらの物よりかれ、ベアトリーチェとともに、かくはな/″\しく天に迎へ入れられき 一〇―一二
さていづれの靈もかの圈の中、さきにそのありし處に歸れるとき、動かざることあたかも燭臺に立つ蝋燭ろうそくの如くなりき 一三―一五
しかしてさきに我に物言へる光、いよ/\あざやかになりてほゝゑみ、内より聲を出してふ 一六―一八
われ永遠とこしへの光を視て汝の思ひの出來いできたもとを知る、なほかの光に照らされてわれ自ら輝くごとし 一九―二一
汝はさきにわが「よくゆるところ」といひまた「これと並ぶべき者生れしことなし」といへるをあやしみ 二二―
汝の了解さとりふさはしきまで明らかなるゆきわたりたる言葉にてその説示されんことを願ふ、げにこゝにこそつぶさくべき事はあるなれ ―二七
それ被造物つくられしものの目の視きはむる能はざるまでいと深き思量はからひをもて宇宙を治むる神の攝理は 二八―三〇
かの新婦はなよめ――即ち大聲おほごゑによばはりつゝ尊き血をもてこれとえにしを結べる者の新婦――をしてそのいつくしむ者のもとくにあたり 三一―三三
心を安んじかつ彼にいよ/\忠實まめやかならしめんとて、これがためにその左右の導者となるべき二人ふたりの君を定めたり 三四―三六
その一人ひとりは熱情全くセラフィーノのごとく、ひとりは知慧によりてケルビーノの光を地上に放てり 三七―三九
我その一人ひとりの事をいはむ、かれらのわざ目的めあては一なるがゆゑに、いづれにてもひとりをむるはふたりをほむることなればなり 四〇―四二
トゥピーノと、ウバルド尊者に選ばれし丘よりくだる水との間に、とある高山たかやまより、肥沃の坂のるゝあり 四三―四五
(この山よりペルージアは、ポルタ・ソレにて暑さ寒さを受く、また坂の後方うしろにはノチェーラとグアルドと重きくびきの爲に泣く) 四六―四八
この坂の中けはしさのいたく破るゝ處より、一の日輪世に出でたり――あたかもこれがをりふしガンジェより出るごとく 四九―五一
是故にこの處のことをいふ者、もしふさはしくいはんと思はゞ、アーシェージといはずして(ことば足らざれば)東方オリエンテといふべし 五二―五四
昇りて久しからざるに、彼は早くもその大いなる徳をもて地に若干そこばくの勵みを覺えしむ 五五―五七
そは彼若き時、ひとりだに悦びの戸を開きて迎ふる者なき(死を迎へざるごとく)女の爲に父と爭ひ 五八―六〇
而して己が靈の法廷しらすに、父の前にて、これとえにしを結びし後、日毎ひごとに深くこれを愛したればなり 六一―六三
それかのをんなは、最初はじめの夫を失ひてより、千百年餘の間、蔑視さげすまれうとんぜられて、彼の出るにいたるまで招かるゝことあらざりき 六四―六六
かの女が、アミクラーテとともにありて、かの全世界を恐れしめたる者の聲にも驚かざりきといふ風聞うはささへこれに益なく 六七―六九
かの女が、心堅かた膽大きもふとければ、マリアを下に殘しつゝ、クリストとともに十字架にのぼりし事さへこれが益とならざりき 七〇―七二
されどわが物語あまりにおぼろに進まざるため、汝は今、わがこの長きことばの中なる戀人等の、フランチェスコと貧なるを知れ 七三―七五
かれらの和合とそのよろこべる姿とは、愛、驚、及び敬ひを、聖なる思ひの原因もとたらしめき 七六―七八
かゝれば尊きベルナルドは第一にくつをぬぎ、かく大いなる平安をひて走り、走れどもなほおそしとおもへり 七九―八一
あゝ未知のとみ肥沃ひよく財寶たからよ、エジディオ沓をぎ、シルヴェストロ沓をぬぎて共に新郎はなむこに從へり、新婦はなよめいたく心にかなひたるによる 八二―八四
かくてかの父たり師たりし者は己が戀人及びはやいやしきひもを帶とせし家族やからとともに出立いでたてり 八五―八七
またピエートロ・ベルナルドネの子たりし爲にも、くすしくさげすまるべき姿の爲にも、心の怯額おくれさず 八八―九〇
王者の如くインノチェンツィオにそのいかめしきくはだてあかし、己が分派わかれのために彼より最初の印を受けたり 九一―九三
貧しき民の彼――そのいとたへなる生涯はむしろ天の榮光の中に歌はるゝかたよかるべし――に從ふ者増しゝ後 九四―九六
永遠とこしへの靈は、オノリオの手を經て、この法主ほふしゆの聖なる志に第二の冠を戴かしめき 九七―九九
さて彼殉教に渇き、おごるソルダンの目前めのまへにて、クリストとその從者等のことを宣べしも 一〇〇―一〇二
民心熟せず、歸依者きえしやなきを見、空しく止まらんよりはイタリアの草の實をえんとて歸り、その時 一〇三―一〇五
テーヴェロとアルノの間のあらき巖の中にて最後の印をクリストより受け、二年ふたとせの間これを己が身にびき 一〇六―一〇八
彼を選びてかゝるさいはひに到らしめ給ひし者、彼を召し、身をひくうして彼の得たるむくいをば與ふるをよしとし給へる時 一〇九―一一一
正しき嗣子よつぎ等にすゝむるごとく彼その兄弟達に己が最愛の女を薦め、まめやかにこれを愛せと命じ 一一二―一一四
かくして尊き魂は、かの女のふところを離れて己が王國に歸るを願へり、またその肉體の爲に他のひつぎを求めざりき 一一五―一一七
いざ思へ、大海おほうみに浮ぶピエートロの船の行方ゆくへを誤らしめざるにあたりて彼のりよたるにふさはしき人のいかなる者にてありしやを 一一八―一二〇
是ぞわれらの教祖なりける、かゝれば汝は、およそ彼に從ひてその命ずる如く爲す者の者の、良貨よきしろものを積むをさとらむ 一二一―一二三
されど彼のむれは新しき食物くひものをいたく貪り、そがためかなたこなたの山路やまぢに分れ散らざるをえざるにいたれり 一二四―一二六
しかして彼の羊遠く迷ひていよ/\彼を離るれば、いよ/\乳に乏しくなりてをりに歸る 一二七―一二九
げにその中には害を恐れ牧者に近く身を置くものあり、されど少許すこしの布にてかれらの僧衣ころもを造るに足るほどその數少し 一三〇―一三二
さてもしわが言葉かすかならずば、またもし汝心をとめて聽きたらんには、しかしてわが既にいへることを再び心に想ひ起さば 一三三―一三五
汝の願ひの一部は滿つべし、そは汝けづられし木を見、何故に革紐かはひもまとふ者が「迷はずばよくゆるところ」と 一三六―一三八
あげつらふやを知るべければなり。


   第十二曲

かの福なる焔最終をはりことばをいへるとき、聖なる碾石ひきうすたゞちに※(「廴+囘」、第4水準2-12-11)めぐりはじめたり 一―三
しかしてその未だ一周ひとめぐりせざるまに、いま一の碾石まろくこれをかこみつゝ、舞をば舞に歌をば歌にあはせたり 四―六
この歌は、かのうるはしき笛よりいで、さながら元のかゞやきうつれる光にまさる如く、われらのムーゼわれらのシレーネにまさる 七―九
イウノネその侍女はしために命ずれば、相並び色も等しき二の弓、やはらかき雲の中に張られ 一〇―一二
そとの弓うちの弓より生る、そのさまかの流離さすらひの女、日の爲に消ゆる霧かとばかり戀の爲に消たる者の言葉に似たり) 一三―一五
世の人々をして、神がノエと立て給ひし契約にもとづき、世界にふたゝび洪水なきをぼくせしむ 一六―一八
かくの如く、これらの不朽の薔薇の二の花圈はなわはわれらの周圍まはりをめぐり、またかくの如く、その外の内の圈と相適あひかなひたり 一九―二一
喜びの舞と尊き大いなるいはひ――光、光と樂しく快くかつ歌ひかつ照しあふ――とが 二二―二四
あたかもその好むところに從つて共に閉ぢ共に開かざるをえざる目の如く、時と意志とを同うしてともに靜になりし後 二五―二七
新しき光の一のなかよりとある聲出で、我をば星を指す針のごとくそなたにむかしめき 二八―三〇
いふ。我を美しうする愛我を促して今一人いまひとりの導者の事を語らしむ――彼の爲に、わが師いまかくたゝへられたり 三一―三三
ひとりのをる處には他もまたしやうぜられ、さきに二人ふたりが心をあはせて戰へる如く、その榮光をもともに輝かすをよろしとす 三四―三六
いと高き價を拂ひて武器を新にしたるクリストの軍隊が、旗のうしろより、遲く、ぢつゝ、まばらになりて進みゐしころ 三七―三九
永遠とこしへに治め給ふみかどは、かのおぼつかなき軍人いくさびと等の爲に、かれらの徳によるにあらでたゞ己が恩惠めぐみによりてそなへをなし 四〇―四二
さきにいはれしごとく二人ふたり勇士ますらをおくりて己が新婦はなよめたすけ給へり、かれらのことばおこなひとにより迷へる人々道に歸りき 四三―四五
若葉をひらきこれをもてエウローパのころもを新ならしめんためさわやかなる西風ゼツヒロの起るところ 四六―四八
浪打際なみうちぎは――日は時として長くはやく進みて後、かの浪のかなたにて萬人よろづのひとの目にかくる――よりいと遠くはあらぬあたりに 四九―五一
さち多きカラロガあり、從ひ從ふる獅子をあらはすかの大いなるたてにまもらる 五二―五四
かしこに、クリストの信仰を慕ふ戀人、味方にやさしく敵につれなき聖なる剛者つはもの生れたり 五五―五七
かれの心はその造られし時、いくる力をもてたゞちに滿たされたりしかば、母に宿やどりゐてこれを豫言者たらしめき 五八―六〇
彼と信仰の間のえにし聖盤サクロフォンテのほとりに結ばれ、かれらかしこにて相互かたみの救ひをその聘物おくりものとなしゝ後 六一―六三
かれに代りてうけがへる女は、かれとその嗣子よつぎ等とより出づるにいたるしきを己が眠れる間に見たり 六四―六六
しかして彼の爲人ひとゝなりことばの形にあらはさんため、靈この處よりくだり、彼は全く主のものなればその意をとりて名となせり 六七―六九
彼即ちドメーニコと呼ばれき、我は彼をば、クリストにえらばれその園にてこれをたすけし農夫にたとへむ 七〇―七二
げに彼はクリストの使つかひまたその弟子なることを示せり、かれに現はれし最初の愛はクリストの與へ給ひし第一のさとしに向ひたればなり 七三―七五
かれの乳母めのとは、かれが屡※(二の字点、1-2-22)目を醒しつゝ默して地に伏し、そのさま我このために生るといふが如きを見たり 七六―七八
あゝ彼の父こそまことにフェリーチェ、かれの母こそ眞にジョヴァンナ(若しこれに世のく如き意義あらば)といふべけれ 七九―八一
人々が今、かのオスティアびとまたはタッデオのあとひつゝ勞して求むる世の爲ならで、まことのマンナの愛の爲に 八二―八四
彼は程なく大いなる師となり、葡萄の園――園丁にはつくりあしくばたゞちに白まむ――をめぐりはじめき 八五―八七
彼が法座(正しき貧者ひんじやを今は普の如くいたはらず、されどこはこれに坐するおとれる者の罪にして法座その物の罪ならじ)に求めしは 八八―九〇
六をえて二三をわかつことにあらず、最初にきたる官をうるのさちにもあらず、また神の貧者に屬する什一にもあらで 九一―九三
汝をかこむ二十四本の草木くさきもとなる種のために、かの迷へる世と戰ふのもとなりしぞかし 九四―九六
かくてかれは教理、意志、及び使徒の任務つとめをもてあたかも激流の、高き脈より押出さるゝごとくに進み 九七―九九
たけく異端邪説の雜木ざつぼくを打ち、さからふ力のいと大いなる處にては打つことまたいと強かりき 一〇〇―一〇二
この後さま/″\の流れ彼より出でたり、カトリックの園これによりてうるほひ、その叢樹こだちいよ/\榮ゆ 一〇三―一〇五
聖なる寺院が自らまもりかつ戰場にその内亂をしづめしとき乘りし車の一の輪げにかくの如くならば 一〇六―一〇八
殘の輪――わが來らざるさきにトムマのいたくたゝへたる――の秀づること必ずや汝にあきらかならむ 一〇九―一一一
されどこの輪の周圍まはりのいと高きところの殘しゝあとを人かへりみず、良酒よきさけのありしところにかび生ず 一一二―一一四
彼の足跡あしあとを踏み傳ひて直く進みしかれの家族やからは全くその方向むきを變へ、指をかゝとの方に投ぐ 一一五―一一七
しかしてかくあしく耕すことのいかなる收穫かりいれに終るやは、程なく知られむ、その時至らばはぐさ穀倉くらを奪はるゝをかこつべければなり 一一八―一二〇
しかはあれ、人もしわれらのふみ一枚ひとひらまた一枚としらべなば、我はありし昔のまゝなりとしるさるゝ紙の今なほあるを見む 一二一―一二三
されどこはカザールまたはアクアスパルタよりならじ、かしこより來りてかの文書かきものたづさはる者或ひはこれを避け或ひはこれをちゞむ 一二四―一二六
さて我はボナヴェントゥラ・ダ・バーニオレジオの生命いのちなり、大いなる職務つとめを果さんためわれ常に世の心勞こゝろづかひあとにせり 一二七―一二九
イルルミナートとアウグスティンこゝにあり、彼等は紐によりて神の友となりたる最初の素足すあしの貧者の中にありき 一三〇―一三二
ウーゴ・ダ・サン・ヴィットレ彼等とともこゝにあり、またピエートロ・マンジァドレ及び世にて十二のまきに輝くピエートロ・イスパーノあり 一三三―一三五
豫言者ナタン、きやうの僧正クリソストモ、アンセルモ、及び第一の學術に手を下すをいとはざりしドナートあり 一三六―一三八
ラバーノこゝにあり、また豫言の靈を授けられたるカーラブリアの僧都ジョヴァッキーノわがかたへにかゞやく 一三九―一四一
フラア・トムマーゾの燃ゆるまこととそのふさはしきことばとは我を動かしてかく大いなる武士ものゝふきそめしめ 一四二―一四四
かつ我とともにこれらの侶を動かしたりき。 一四五―一四七


   第十三曲

わが今視し物をよくさとらむとねがふ人は、心の中に描きみよ(しかしてわが語る間、その描ける物をかたいはほの如くにたもて) 一―三
空氣いかに密なりともなほこれに勝つばかりいとあざやかなる光にてこゝかしこに天をかす十五の星を 四―六
われらの天のふところをもて夜も晝も足れりとし、ながえをめぐらしつゝかくれぬ北斗を描きみよ 七―九
またかの車軸――第一の輪これがまはりをめぐる――のはしより起る角笛つのぶえの口をゑがきみよ 一〇―一二
即ちこれらのもの己をもてあたかもミノスのむすめが死のつめたさを覺えし時に造れるごとき徴號しるしを二つ天につくり 一三―一五
一はその光を他の一の内に保ち、かつ相共にめぐりつゝ一はさきに一はあとより行くさまを 一六―一八
さらばまこと星宿ほしのやどりと、わが立處たちどをかこみめぐる二重ふたへの舞とをおぼろに認めむ 一九―二一
そはこれがわが世のならひゆること、さながら諸天の中のいときものゝ※(「廴+囘」、第4水準2-12-11)めぐる早さがキアーナの水の流れにまさる如くなればなり 二二―二四
かしこにかれらの歌へるはバッコにあらずペアーナにあらず、三一みつひとつ言る神のさが、及び一となれる神人かみひと二のさがなりき 二五―二七
歌も舞も終りにいたれば、これらの聖なる光は、その心をわれらにとめつゝ、彼より此と思ひを移すを悦べり 二八―三〇
かの神の貧しき人のしき一生を我に語れる光、相和する聖徒のなかにて、このとき靜寂しづかさを破りて 三一―三三
曰ふ。一の穗碎かれ、その實すでにたくはへらるゝがゆゑに、うるはしき愛我を招きてさらに殘の穗を打たしむ 三四―三六
汝思へらく、己があぢはひのため全世界をしてあたひを拂はしめし女の美しき頬を造らんとて肋骨あばらぼねを拔きし胸にも 三七―三九
槍に刺され、一切の罪の重さにまさるあがなひをそのあとさきになしゝ胸にも 四〇―四二
この二を造れる威能ちからは、凡そ人たる者の受くるをうるかぎりの光をこと/″\そゝぎ入れたるなりと 四三―四五
是故に汝は、さきに我汝に告げて、かの第五の光につゝまるゝさいはひには並ぶ者なしといへるをあやしむ 四六―四八
いざ目を開きてわが答ふるところを望め、さらば汝は汝の思ひとわがことばとが眞理において一となること圓の中心の如きを見む 四九―五一
それ滅びざるものも滅びうるものも、みな愛によりてわれらの主の生みたまふ觀念の耀かゞやきにほかならず 五二―五四
そはかの活光いくるひかり、即ち己が源の光よりいでゝこれを離れずまたこれらと三一に結ばる愛を離れざるもの 五五―五七
自ら永遠とこしへに一となりて殘りつゝ、その恩惠めぐみによりて己が光線を、あたかも鏡にうつす如く、九の物に集むればなり 五八―六〇
さてこの光線こゝより降りて最もおとれる物に及ぶ、しかしてかくわざより業に移るに從ひ力愈※(二の字点、1-2-22)弱く遂には只はかなき苟且かりそめの物をのみ造るにいたる 六一―六三
苟且かりそめの物とは※(「廴+囘」、第4水準2-12-11)めぐる諸天が種によりまたは種によらずして生ずる所の産物をいふ 六四―六六
またかゝる物の蝋とこの蝋を整ふるものとは一樣にあらず、されば觀念に印せられてその中に輝く光或ひは多く或ひは少し 六七―六九
是においてか類において同じ木も善果よきみ惡果あしきみを結び、汝等もまた才を異にして生るゝにいたる 七〇―七二
蝋もし全く備はり、天の及ぼす力いとつよくば、印の光みなあらはれむ 七三―七五
されど自然は常に乏しき光を與ふ、即ちそのはたらくさまあたかもわざくはしけれど手の震ふ技術家の如し 七六―七八
もしそれ熱愛材をとゝのへ、第一の力のあざやかなる視力を印せば、物みな極めて完全ならむ 七九―八一
さればこそ土は往昔そのかみ生物の極めて完全なるにふさはしく造られ、また處女をとめみごもりしなれ 八二―八四
是故に人たるものゝさががこの二者ふたりの性の如くになれること先にもあらず後にもあらずと汝の思ふを我はよしとす 八五―八七
さて我もしさらに説進まずば、汝はまづ、さらばかの者いかでその此類たぐひを見ずやといはむ 八八―九〇
されどあらはれざる事の明らかに顯はれん爲、彼の何人なりしやを思へ、またその求めよといはれし時彼を動かしてはしめし原因もとを思へ 九一―九三
わがいへるところおぼろなりとも汝なほさだかに知らむ、彼の王者なりし事を、またその知慧を求めしは即ち良王よきわうとならん爲にて
天上の動者うごかすものの數を知らん爲にも、必然と偶然とが必然を造ることありやいなやを知らん爲にも 九七―九九
第一のうごき有無うむを知らん爲にも、はたまた一の直角なき三角形が半圓の内に造らるゝをうるや否やを知らん爲にもあらざりしを 一〇〇―一〇二
是故に汝もしさきにわがいへることゝ此事とを思ひみなば、わがふところの比類たぐひなき智とは王者の深慮ふかきおもんばかりを指すをみむ 一〇三―一〇五
またもし明らかなる目を興りしといふことばにむけなば、こは數多くして良者よきものまれなる王達にのみかゝはるをみむ 一〇六―一〇八
かくわかちてわがことばを受けよ、さらばそは第一の父及びわれらの愛する者についての汝の信仰と並び立つべし 一〇九―一一一
汝この事をもて常に足の鉛とし、汝の見ざるしかいなとにむかひては疲れし人の如くしづかに進め 一一二―一一四
うべなふべき時にてもまたいなむべき時にても、彼と此とを別たずしてしかする者はいみじき愚者にほかならず 一一五―一一七
そは輕々しく事を斷ずれば誤りやすく、情またいで智をほだすにいたればなり 一一八―一二〇
眞理をあさりて、わざを有せざる者は、その歸るや出立つ時とさまを異にす、あにむなしく岸を離れ去るのみならんや 一二一―一二三
パルメニーデ、メリッソ、ブリッソ、そのほか行きつゝ行方ゆくへを知らざりし多くの人々みな世にむかひて明かにこれがあかしをなす 一二四―一二六
サベルリオ、アルリオ及びあたかも劒の如く聖書をうつしてそのなほき顏をゆがめし愚者またしかり 一二七―一二九
されば人々餘りに安んじて事を判じ、さながらはたにある穗をばその熟せざるさきに評價ねぶみする人の如くなるなかれ 一三〇―一三二
そはわれいばらが、冬の間はかたく恐ろしく見ゆれども、後そのこずゑ薔薇しやうびの花をいたゞくを見 一三三―一三五
また船がなほく海を渡りて航路ふなぢを終へつゝ、遂に港の入口に沈むを見しことあればなり 一三六―一三八
ドンナ・ベルタもセル・マルティーノも、一人ひとり盜み一人物をさゝぐるを見て、神の審判さばきかれらにあらはると思ふなかれ 一三九―一四一
恐らくは彼起き此倒るゝことあらむ。 一四二―一四四


   第十四曲

まるうつはの中なる水、そとまたはうちより打たるれば、その波動中心よりふちにまたは縁より中心に及ぶ 一―三
トムマーゾのたふとき生命いのちもだしゝとき、この事たちまちわが心に浮べり 四―六
こは彼のことばと彼に續いて物言へるベアトリーチェの言とよりこれに似たる事生じゝによる、淑女曰ふ 七―九
いまひとつの眞理をばこの者求めて根に到らざるをえず、されど聲はもとより未だ思ひによりてさへこれを汝等にいはざるなり 一〇―一二
ふ彼に告げよ、汝等靈體を飾る光は、今のごとくとこしへに汝等とともに殘るやいなやを 一三―一五
またもし殘らば、請ふ告げよ、汝等が再び見ゆるにいたる時、その光いかにして汝等の目をそこなはざるをうべきやを。 一六―一八
たとへば輪に舞ふ人々が、悦び増せば、これにうながされ引かれつゝ、相共に聲を高うし、姿に樂しみを現はすごとく 一九―二一
かの二の聖なる圓は、急なるうや/\しき願ひをきゝて、その※(「廴+囘」、第4水準2-12-11)めぐるさまとたへなるふしとに新なる悦びを現はせり 二二―二四
およそ人の天に生きんとて地に死ぬるを悲しむ者は、永劫の雨のさわやかなるを未だかしこに見ざる者なり 二五―二七
さてかの一と二と三、即ち永遠とこしへに生き、かつとこしへに三と二と一にて治め、限られずして萬物を限り給ふものをば 二八―三〇
かの諸※(二の字点、1-2-22)の靈いづれも三たびうたひたり、そのたへなる調しらべはげにいかなる功徳のむくいとなすにもふさはしかるべし 三一―三三
我また小きかたの圓の中なるいと神々しき光の中に一の柔かき聲を聞たり、マリアに語れる天使の聲もかくやありけむ 三四―三六
その答ふる所にいふ。天堂の樂しみ續くかぎり、我等の愛光を放ちてかゝる衣をわれらのまはりに現はさむ 三七―三九
そのあざやかさは愛の強さに伴ひ、愛の強さは視力みるちからに伴ひ、しかして是またその功徳を超えて受くるところの恩惠めぐみに準ず 四〇―四二
尊くせられきよめられし肉再びわれらに着せらるゝ時、われらの身はその悉く備はるによりて、いよ/\めづべき物となるべし 四三―四五
是故に至上の善が我等にめぐむすべての光、われらに神を視るをえしむる光は増さむ 四六―四八
是においてか視力みるちから増し、これにもやさるゝ愛も増し、愛よりいづる光も増さむ 四九―五一
されど炭が焔を出し、しかして白熱をもてこれに勝ちつゝ己が姿をまもるごとく 五二―五四
この耀――今われらを包む――は、たえず地におほはるゝ肉よりも、そのあらはるゝさま劣るべし 五五―五七
またかく大いなる光と雖、われらを疲れしむる能はじ、そは肉體の諸※(二の字点、1-2-22)の機關強くして、我等を悦ばす力あるすべての物にふればなり。 五八―六〇
いとくいちはやくかの歌の組二ながらアーメンといひ、死にたるからだをうるの願ひをあきらかに示すごとくなりき 六一―六三
またこの願ひは恐らくは彼等自らの爲のみならず、父母ちゝはゝその他彼等が未だ不朽の焔とならざる先に愛しゝ者の爲なりしならむ 六四―六六
時に見よ、一樣にあざやかなる一の光あたりに現はれ、かしこにありし光のかなたにてさながら輝く天涯に似たりき 六七―六九
また日の暮初くれそむる頃、新に天に現はれ出づるものありて、その見ゆるはまことか否かわきがたきごとく 七〇―七二
我はかしこに多くの新しき靈ありて、かの二の輪のそとに一の圓を造りゐたるを見きとおぼえぬ 七三―七五
あゝ聖靈のまこときらめきよ、その不意にしてかつ輝くこといかばかりなりけむ、わが目くらみて堪ふるをえざりき 七六―七八
されどベアトリーチェは、記憶の及ぶあたはざるまでいと美しくかつ微笑ほゝゑみて見えしかば 七九―八一
わが目これより力を受けて再び自ら擧ぐるをえ、我はたゞわが淑女とともにいよいよ尊き救ひに移りゐたるを見たり 八二―八四
わがさらに高く昇れることを定かに知りしは、常よりもあかくみえし星の、燃ゆる笑ひによりてなりき 八五―八七
我わが心を盡し、萬人よろづのひとのひとしく用ゐる言葉にて、この新なる恩惠めぐみふさはしき燔祭はんさいを神にさゝげ 八八―九〇
しかして供物くもつの火未だわが胸の中に盡きざるさきに、我はこの獻物さゝげもの嘉納かなふせられしことを知りたり 九一―九三
そは多くの輝二の光線の中にて我に現はれ、あゝかくかれらを飾るエリオスよとわがいへるほどあざやかにかつ赤かりければなり 九四―九六
たとへば銀河が、大小さま/″\の光をつらねて宇宙の兩極の間に白み、いと賢き者にさへ疑ひをいだかしむるごとく 九七―九九
かの光線は、星座となりつゝ、火星の深處ふかみに、象限しやうげん相結びて圓の中に造るその貴き標識しるしをつくれり 一〇〇―一〇二
さてこゝに到りてわが記憶才に勝つ、そはかの十字架の上にクリストかゞやき給ひしかど我はふさはしきたとへを得るをえざればなり 一〇三―一〇五
されど己が十字架をとりてクリストに從ふ者は、いつかかの光明の中にひらめくクリストを見てわがかくはぶくを責めざるならむ 一〇六―一〇八
けたより桁にまたいたゞきあしとの間に諸※(二の字点、1-2-22)の光動き、相會ふ時にも過ぐるときにもかれらは強くきらめけり 一〇九―一一一
己をまもらんためさとりわざとをもて人々の作る陰を分けつゝをりふしすぢを引く光の中に、長き短き極微の物體 一一二―
或ひはなほく或ひはゆがみ、或ひは疾く或ひは遲く、たえずそのかたちを變へて動くさままたかくの如し ―一一七
またたとへば多くのいとにて調子しらべを合せし琵琶びわや琴が、ふしを知らざる者にさへ、鼓音ひくねたへにきこゆるごとく 一一八―一二〇
かしこにあらはれし諸※(二の字点、1-2-22)の光より一のうるはしきおと十字架の上にあつまり、歌をしえざりし我もこれに心を奪はれき 一二一―一二三
されど我よくそが尊き讚美なるを知りたり、そはちて勝てといふ詞、解せざれどなは聞く人に聞ゆる如く、我に聞えたればなり 一二四―一二六
わが愛これに燃やされしこといかばかりぞや、げに是時にいたるまで、かくうるはしききづなをもて我をつなげるもの一だになし 一二七―一二九
恐らくはわがこのことば、かの美しき目(これを視ればわが願ひ安んず)の與ふる樂をかろんじ、餘りに輕率かるはずみなりと見えむ 一三〇―一三二
されど人もし一切の美をす諸※(二の字点、1-2-22)の生くる印がその高きに從つて愈※(二の字点、1-2-22)強く働く事と、わが未だ彼處かしこにてかの目に向はざりし事とを思はゞ 一三三―一三五
わが辯解いひひらかんため自ら責むるその事をもて我を責めず、かつわがまことを告ぐるを見む、そはかの聖なる樂しみをわれ今除きていへるに非ず 一三六―一三八
これまたその登るに從つていよ/\清くなればなり 一三九―一四一


   第十五曲

慾を惡意のあらはすごとくまつたき愛をつねにあらはす善意によりて 一―三
かのうるはしき琴はもだし、天の右手めでゆるべてむる聖なるいとはしづまりき 四―六
そも/\これらの靈體は、我をして彼等に請ふの願ひを起さしめんとて皆ひとしくもだしゝなれば、いかで正しきこひに耳を傾けざらんや 七―九
苟且かりそめの物を愛するため自ら永遠とこしへにこの愛を失ふ人のはてしなく歎くにいたるもむべなるかな 一〇―一二
靜なる、清き、晴和のどけそらに、ゆくりなき火しば/\流れて、やすらかなりし目を動かし 一三―一五
位置を變ふる星と見ゆれど、たゞその燃え立ちし處にては失せし星なくかつその永く保たぬごとくに 一六―一八
かの十字架の右のけたより、かしこに輝く星座の中の星一つ馳せ下りてあしにいたれり 一九―二一
またこのたまは下るにあたりてその紐を離れず、光のすぢを傳ひて走り、さながら雪花石アラバストロうしろの火の如く見えき 二二―二四
アンキーゼの魂が淨土エリジオにてわが子を見いとやさしく迎へしさまも(われらのいと大いなるムーザに信をおくべくば)かくやありけむ 二五―二七
あゝわが血族うからよ、あゝ上より注がれし神の恩惠めぐみよ、汝の外誰の爲にかあめの戸の二たび開かれしことやある。 二八―三〇
かの光かく、是に於てか我これに心をとめ、のち目をめぐらしてわが淑女を見れば、わが驚きは二重ふたへとなりぬ 三一―三三
そは我をしてわが目にてわが恩惠めぐみわが天堂の底を認むと思はしむるほどの微笑ほゝゑみその目のうちに燃えゐたればなり 三四―三六
かくてかの靈、聲姿ともにゆかしく、その初のことばに添へて物言へり、されど奧深くしてさとるをえざりき 三七―三九
但しこは彼が、好みて我より隱れしにあらず、むをえざるにいづ、人間のまとよりもその思ふところ高ければなり 四〇―四二
しかしてその熱愛の弓冷えゆき、そがためそのことば人智の的のかたに下るにおよび 四三―四五
わがさとれる第一の事にいふ。むべき哉三一みつひとつにいます者、汝わが子孫をかくねんごろに眷顧かへりみたまふ。 四六―四八
また續いて曰ふ。白きも黒きも變ることなき大いなるふみを讀みてより、樂しくも久しくうゑを覺えしに 四九―五一
子よ汝はこれをこの光(我このうちにて汝に物言ふ)のなかにてしづめぬ、こはかく高く飛ばしめんため羽を汝に着せし淑女の恩惠めぐみによれり 五二―五四
汝信ずらく、汝の思ひは第一の思ひより我に移り、そのさまあたかもいちなる數の知らるゝ時五と六とこれより分れ出るに似たりと 五五―五七
さればこそわが誰なるやまた何故にこの樂しきむれの中にてことによろこばしく見ゆるやを汝は我に問はざるなれ 五八―六〇
汝の信ずる所正し、そは大いなるもちひさきもすべてこの生をくる者は汝の思ひが未だ成らざるさきに現はるゝかの鏡を見ればなり 六一―六三
されど我をして目をさましゐて永遠とこしへに見しめまたうるはしき願ひにかはかしむる聖なる愛のいよ/\げられんため 六四―六六
恐れずはゞからずかつ悦ばしき聲をもて思ひを響かし願ひをひゞかせよ、わが答ははや定まりぬ。 六七―六九
我はベアトリーチェにむかへり、この時淑女わが語らざるにはやくも聞きて、我に一のしるしを與へ、わが願ひの翼を伸ばしき 七〇―七二
我即ち曰ふ。第一の平等者びやうとうじや汝等に現はるゝや、汝等各自おの/\の愛と智とはそのおもさ等しくなりき 七三―七五
これ熱と光とをもて汝等を照らしかつ暖めし日輪が、これにたぐふに足る物なきまでその平等を保つによる 七六―七八
されど人間にありては、汝等のよく知る理由ことわりにもとづき、おもふこととあらはす力とその翼同じからず 七九―八一
是故に人間の我、自らこの不同を感ずるにより、父の如く汝のよろこび迎ふるをたゞ心にて謝するのみ 八二―八四
我誠に汝にふ、この貴き寶を飾る生くる黄玉わうぎよくよ、汝の名を告げてわが願ひを滿たせ。 八五―八七
あゝわが葉よ。汝を待つさへわが喜びなりき、我こそ汝の根なりけれ。彼まづかく我に答へ 八八―九〇
後またひけるは。汝の家族やからの名のもとにて、第一のうてなに山を※(「廴+囘」、第4水準2-12-11)めぐることはや百年餘もゝとせあまりに及べる者は 九一―九三
我には子汝には曾祖父そうそふなりき、汝すべからく彼の爲にその長き勞苦をば汝のわざによりて短うすべし 九四―九六
それフィオレンツァはその昔の城壁――今もかしこより第三時と第九時との鐘聞ゆ――の内にて平和を保ち、かつひかへかつつつしめり 九七―九九
かしこにくさりも冠もなく、飾れるくつ穿く女も、締むる人よりなほ目立つべき帶もなかりき 一〇〇―一〇二
まだその頃は女子によし生るとも父の恐れとならざりき、その婚期ときその聘禮おくりものいづれものりえざりければなり 一〇三―一〇五
かしこに人の住まざる家なく、しつの内にてらるゝことを教へんとてサルダナパロの來れることもあらざりき 一〇六―一〇八
まだその頃は汝等のウッチェルラトイオもモンテマーロにまさらざりき――今そのさかえのまさるごとく、この後おとろへもまたまさらむ 一〇九―一一一
我はベルリンチオーン・ベルティが革紐かわひもと骨との帶を卷きて出で、またその妻が假粧けさうせずして鏡を離れ來るを見たり 一一二―一一四
またネルリの家長いへをさとヴェッキオの家長いへをさとが皮のみの衣をもて、その妻等が紡錘つむと麻とをもて、心にれりとするを見たり 一一五―一一七
あゝさち多き女等よ、彼等は一人だにその墓につきて恐れず、また未だフランスの故によりてひと臥床ふしどに殘されず 一一八―一二〇
ひとりは目をさめしゐて搖籃ゆりかごを守り、またあやしつゝ、父母ちゝはゝの心をばまづ樂しますことばを用ゐ 一二一―一二三
ひとりは絲をつむぎつゝ、わがの人々と、トロイアびと、フィエソレ、ローマの物語などなしき、チアンゲルラや 一二四―
ラーポ・サルテレルロの如き者その頃ありしならんには、チンチンナートやコルニーリアの今における如く、いとあやしとせられしなるべし ―一二九
かく平穩やすらかにかく美しくまちの人々の住みゐたるなかに、かく頼もしかりし民、かくうるはしかりし客舍に 一三〇―一三二
マリア――唱名の聲高きを開きて――我を加へ給へり、汝等の昔の授洗所にて我は基督教徒クリスティアーノとなり、カッチアグイーダとなりたりき 一三三―一三五
わが兄弟なりし者にモロントとエリゼオとあり、わが妻はポーのたによりわがもとに來れり、汝のうぢかの女より出づ 一三六―一三八
後われ皇帝クルラードにつかへ、その騎士の帶をさづけられしほどいさをによりていと大いなる恩寵めぐみをえたり 一三九―一四一
我彼に從ひて出で、牧者達の過のため汝等の領地をおかす人々の不義の律法おきてと戰ひ 一四二―一四四
かしこにてかのけがれし民の手にかゝりて虚僞いつはりの世――多くの魂これを愛するがゆゑに穢る――より解かれ 一四五―一四七
殉教よりこの平安に移りにき。 一四八―一五〇


   第十六曲

あゝ人の血統ちすぢのたゞさゝやかなる尊貴たふとさよ、情の衰ふるところなる世に、汝人々をして汝に誇るにいたらしむとも 一―三
かさねてこれをあやしとすることあらじ、そは愛欲のれざるところ即ち天にて我自ら汝に誇りたればなり 四―六
げに汝は短くなりやすき衣のごとし、日に日に補ひ足されずば、時ははさみをもて周圍まはりをめぐらむ 七―九
ローマの第一に許しゝことばしかしてそのやからの中にて最もすたれし語なるヴォイを始めに、我再び語りいづれば 一〇―一二
少しく離れゐたりしベアトリーチェは、ゑみを含み、さながらふみに殘るかのジネーヴラの最初のとがを見てしはぶきし女の如く見えき 一三―一五
ひけらく。ヴォイはわが父なり、汝いたく我をはげまして物言はしめ、また我を高うして我にまさる者とならしむ 一六―一八
いと多くの流れにより嬉しさわが心に滿つれば、心は自らそのやぶれずしてこれにふるをうるを悦ぶ 一九―二一
さればわが愛する遠祖とほつおやよ、ふ我に告げよ、汝の先祖達は誰なりしや、汝わらべなりし時、年は幾何いくばくの數をか示せる 二二―二四
請ふ告げよ、サンジョヴァンニの羊のをりはその頃いかばかり大いなりしや、またその内にて高座かみざに就くにふさはしき民は誰なりしや。 二五―二七
たとへば炭風に吹かれ、燃えて焔を放つごとく、我はかの光のわが媚ぶることばをきゝて輝くを見たり 二八―三〇
しかしてこの物いよ/\美しくわが目に見ゆるに從ひ、いよ/\うるはしきやはらかき聲にて(但し近代ちかきよの言葉を用ゐで) 三一―三三
我に曰ひけるは。アーヴェのいはれし日より、今は聖徒なるわが母、子を生み、宿やどしゝ我を世にいだせる時までに 三四―三六
この火は五百八十囘己が獅子の處にゆき、その足の下にてあらたに燃えたり 三七―三九
またわが先祖達と我とは、汝等の年毎の競技にあづかりて走る者がかのまちの最後の區劃わかちを最初に見る處にて生れき 四〇―四二
わが列祖の事につきては汝これを聞きて足れりとすべし、彼等の誰なりしやまた何處いづこよりこゝに來りしやはむしろ言はざるをむべとす 四三―四五
その頃マルテと洗禮者バッティスタとの間にありて武器をるをえし者は、すべて合せて、今住む者の五一なりき 四六―四八
されど今カムピ、チェルタルド、及びフェギーネとまじれる斯民このたみ、その頃はいと賤しき工匠たくみにいたるまで純なりき 四九―五一
あゝこれらの人々皆隣人となりびとにして、ガルルッツォとトレスピアーノとに汝等の境あらんかた、かれらをれてかのアグリオンの賤男しづのを 五二―
またはシーニアの賤男(公職おおやけのつとめを賣らんとはや目を鋭うする)の惡臭をしうを忍ぶにまさることいかばかりぞや ―五七
もし世の最もおとれる人々、チェーザレとまゝしからず、あたかも母のわが兒におけるごとくこまやかなりせば 五八―六〇
かの今フィレンツェびととなりて兩替しかつ商賣あきなひするひとりの人は、その祖父が物乞へる處なるシミフォンテに歸りしなるべく 六一―六三
モンテムルロは今も昔の伯等きみたちに屬し、チェルキはアーコネの寺領に殘り、ボンデルモンティは恐らくはヴァルディグレーヴェに殘れるなるべし 六四―六六
人々の入亂るゝことは、食に食を重ぬることの肉體における如くにて、常にこのまちの禍ひの始めなりき 六七―六九
めしひの牡牛は盲のこひつじよりもく倒る、ひとつつるぎいつにまさりて切味きれあぢよきことしば/\是あり 七〇―七二
汝もしルーニとウルビサーリアとがはや滅び、キウーシとシニガーリアとがまたそのあとを追ふを見ば 七三―七五
家族やからの消失するを聞くともあやしみいぶかることなからむ、まちさへ絶ゆるにいたるをおもひて 七六―七八
そも/\汝等に屬する物はみな汝等の如くつ、たゞ永く續く物にありては、汝等の生命いのちの短きによりて、この事隱るゝのみ 七九―八一
しかして月天の運行が、たえずなぎさをば、おほふてはまたあらはす如く、命運フィオレンツァをあしらふがゆゑに 八二―八四
美名よきなを時の中に失ふ貴きフィレンツェびとについてわが語るところのこともあやしと思はれざるならむ 八五―八七
我はウーギ、カテルリニ、フィリッピ、グレーチ、オルマンニ、及びアルベリキ等なだゝる市民のはや倒れかゝるを見 八八―九〇
またラ・サンネルラ及びラルカの家長いへをさ、ソルダニエーリ、アルディンギ、及びボスティーキ等のそのふるきがごとく大いなるを見たり 九一―九三
今新なるいと重き罪を積み置く――その重さにてたゞちに船を損ふならむ――かの門のほとりには 九四―九六
ラヴィニアーニ住み居たり、伯爵コンテグイード、及びその後貴きベルリンチオーネの名をげる者皆これより出づ 九七―九九
ラ・プレッサの家長いへをさは既に治むる道を知り、ガリガーイオは黄金裝こがねづくりつかつばとを既にその家にて持てり 一〇〇―一〇二
「ヴァイオ」の柱、サッケッティ、ジユオキ、フィファンティ、バルッチ、ガルリ、及びかの桝目の爲に赤らむ家族やからいづれも既に大なりき 一〇三―一〇五
カルフッチの出でし木の根もまた既に大なりき、シツィイとアルリグッチとは既にたかき座に押されたり 一〇六―一〇八
かの己が傲慢たかぶりの爲遂に滅ぶにいたれる家族やからもわが見し頃はいかなりしぞや、黄金こがねたまはそのすべての偉業をもてフィオレンツァを飾り 一〇九―一一一
汝等の寺院のくごとに相集あひつどひて身をやす人々の父もまたかくなしき 一一二―一一四
逃ぐる者をば龍となりて追ひ、齒や財布を見する者にはこひつじのごとく柔和おとなしきかの僭越のうから 一一五―一一七
既に興れり、されど素姓うぢ賤しかりしかば、ウベルティーン・ドナートはその後舅が彼をばかれらの縁者となしゝを喜ばざりき 一一八―一二〇
カーポンサッコは既にフィエソレを出でゝ市場いちばにくだり、ジウダとインファンガートとは既によき市民となりゐたり 一二一―一二三
今我信じ難くして而してまことなる事を告げむ、ラ・ペーラの家族やからちなみて名づけし門より人かの小さき城壁の内に入りし事即ち是なり 一二四―一二六
トムマーゾの祭によりて名と徳とをたえずあらはすかの大いなる領主バーロネの美しき紋所を分け用ゐる者は、いづれも 一二七―一二九
騎士の位と殊遇とを彼より受けき、たゞへりにてこれを卷くもの今日庶民と相結ぶのみ 一三〇―一三二
グアルテロッティもイムポルトゥーニも既に榮えき、もし彼等に新なる隣人となりびとなかりせば、ボルゴは今愈※(二の字点、1-2-22)よ靜なりしならむ 一三三―一三五
義憤ただしきいかりの爲に汝等を殺し汝等の樂しき生活をち、かくして汝等の嘆を生み出せる家は 一三六―一三八
その所縁ゆかり家族やからともあがめられき、あゝブオンデルモンテよ、汝が人のすゝめをれ、これとえにしを結ぶを避けしはげにいかなるわざはひぞや 一三九―一四一
汝はじめてこのまちに來るにあたり神汝をエーマに與へ給ひたりせば、多くの人々今悲しまで喜べるものを 一四二―一四四
フィオレンツァはその平和終る時、犧牲いけにへをば、橋をまもるかの缺石かけいしに獻げざるをえざりしなりき 一四五―一四七
我はフィオレンツァにこれらの家族やからと他の諸※(二の字点、1-2-22)の家族とありて、歎くべき謂れなきまでそのいと安らかなるを見たり 一四八―一五〇
またこれらの家族やからありて、その民榮えかつ正しかりければ、百合は未ださかさに竿に着けられしことなく 一五一―一五三
分離の爲紅に變ることもなかりき一五四


   第十七曲

なほ父をして子にむかひてやぶさかならしむる者、人の己をそしるを聞き、事のまことさだかにせんためクリメーネのもとに行きしことあり 一―三
我また彼の如くなりき、而してベアトリーチェも、また先にわがために處を變へしかの聖なるともしびも、わが彼の如くなりしを知りき 四―六
是故に我淑女我に曰ふ。汝の願ひの焔を放て、そが汝の心のかたをあざやかにうけていづるばかりに 七―九
されどこは汝のことばによりてわれらの知識の増さん爲ならず、汝がかわきを告ぐるにれ、人をして汝に飮ますをえしめん爲なり。 一〇―一二
あゝ愛するわが根よ(汝いと高くせられ、あたかも人智が一の三角の内に二の鈍角のれられざるを知るごとく 一三―一五
苟且かりそめの事をその未だ在らざるさきに知るにいたる、これ時の現在いまならぬはなき一の點を視るがゆゑなり) 一六―一八
われヴィルジリオとともにありて、諸※(二の字点、1-2-22)の魂をいやす山に登り、また死の世界にくだれる間に 一九―二一
わが將來ゆくすゑの事につきて諸※(二の字点、1-2-22)のいたましきことばを聞きたり、但し命運我をつとも我よく自らとれにふるをうるを覺ゆ 二二―二四
是故にいかなるわざはひのわが身にせまるやを聞かばわが願ひ滿つべし、これあらかじめ見ゆる矢はその中る力弱ければなり。 二五―二七
さきに我に物言へる光にむかひて我かくいひ、ベアトリーチェの望むごとくわが願ひをあかしたり 二八―三〇
※(二の字点、1-2-22)の罪を取去る神のこひつじ未だ殺されざりし昔、おろかなる民をまどはしゝそのことばの如くおぼろならず 三一―三三
明らかにいひ定かに語りてかの父の愛、己が微笑ほゝゑみの中に隱れかつあらはれつゝ、答ふらく 三四―三六
それ苟且かりそめの事即ち汝等の物質のふみより外に延びざる事はみな永遠とこしへの目に映ず 三七―三九
されど映ずるが爲にこの事必ず起るにあらず、船流れを下りゆけどもそのうつる目の然らしむるにあらざるに似たり 四〇―四二
この永遠の目より汝の行末のわが目に入り來ることあたかも樂器よりうるはしき和合の音の耳に入り來る如し 四三―四五
イッポリートが無情邪險の繼母まゝはゝの爲にアテーネを去れるごとく、汝フィオレンツァを去らざるべからず 四六―四八
日毎ひごとにクリストの賣買うりかひせらるゝ處にてこれを思ひめぐらす者これを願ひかつはや企圖たくみぬ、さればまた直ちにこれを行はむ 四九―五一
しひたげられし人々に世はその常の如く罪を歸すべし、されど刑罰はこれをわかち與ふるものなるまことの爲のあかしとならむ 五二―五四
いと深く愛する物をば汝こと/″\く棄て去らむ、是即ち流罪るざいの弓の第一に射放つ矢なり 五五―五七
他人ひと麺麭パンのいかばかりにが他人ひと階子はしご昇降のぼりくだりのいかばかりつらきやを汝自らためしみむ 五八―六〇
しかして最も重く汝の肩をすものは、汝とともにこのたにに落つる邪惡庸愚の侶なるべし 六一―六三
かれら全く恩を忘れ狂ひたけりて汝にそむかむ、されどかれら(汝にあらず)はこれが爲に程なく顏を赤うせむ 六四―六六
かれらの行爲おこなひは獸の如きそのさがあかしとならむ、されば汝唯一人たゞひとりを一の黨派たらしむるかた汝にとりてかるべし 六七―六九
汝の第一の避所さけどころ第一の旅舍やどりは、聖なる鳥を梯子はしごの上におくかの大いなるロムバルディアびとなさけならむ 七〇―七二
彼汝にむかひて深き好意よしみつが故に、爲す事と求むる事とのうち他の人々の間にてはいと遲きものも汝等二人ふたりの間にては先となるべし 七三―七五
己がいさをの世にあらはるゝにいたるばかりこの強き星の力を生るゝ時に受けたる者をば汝彼のもとに見む 七六―七八
人々未だこの者を知らじ、そはその年若く諸天のこれをめぐれることたゞ九年こゝのとせのみなればなり 七九―八一
されどかのグアスコニアびとが未だ貴きアルリーゴをあざむかざるさきにその徳の光は、かねをもつかれをも心にとめざる事において現はれむ 八二―八四
その諸※(二の字点、1-2-22)はえあるわざはこの後あまねく世に知られ、その敵さへこれについて口をつぐむをえざるにいたらむ 八五―八七
汝彼と彼の恩惠めぐみとを望み待て、彼あるによりて多くの民改まり、貧富かたみに地をへむ 八八―九〇
汝また彼の事を心に記してたづさへ行くべし、されど人に言ふなかれ。かくて彼はまのあたり見る者もなほ信ずまじきことどもを告げ 九一―九三
後加ふらく。子よ、汝が聞きたる事の解説ときあかしは即ち是なり、是ぞ多からぬ年の後方うしろにかくるゝ係蹄わななる 九四―九六
されど汝の隣人となりびと等をねたむなかれ、汝の生命いのちはかれらの邪惡の罰よりも遙に遠き未來に亘るべければなり。 九七―九九
かの聖なる魂もだし、たていとを張りてわが渡したる織物によこいとを入れ終りしことをあらはせる時 一〇〇―一〇二
あたかも疑ひをいだく者が、智あり徳あり愛ある人の教へをねがふごとく、我いひけるは 一〇三―一〇五
わが父よ、我よく時の我に打撃を與へんとてわがかたに急ぎ進むを見る、しかしてこは思慮なき人にいと重く加へらるべき打撃なり 一〇六―一〇八
是故にわれ先見をもて身をかたむるをしとす、さらばたとひ最愛の地を奪はるともその他の地をばわが歌の爲に失ふことなからむ 一〇九―一一一
はてしなき苦しみの世にくだり、またわが淑女の目に擧げられて美しき巓をばわが離れしその山をめぐり 一一二―一一四
後また光より光に移りつゝ天をてわが知るをえたる事を我もし語らば、そは多くの人にとりてあぢはひ甚だからかるべし 一一五―一一七
されど我もし眞理にむかひて卑怯の友たらんには、今を昔と呼ぶ人々の間に生命いのちを失ふの恐れあり。 一一八―一二〇
かのわが寶のほゝゑむ姿を包みし光は、まづ日の光にあたる黄金こがねの鏡のごとくきらめき 一二一―一二三
かくて答ふらく。己が罪または他人ひとの罪の爲に曇れる心は、げに汝のことばはげしと感ぜむ 一二四―一二六
しかはあれ、一切の虚僞いつはりを棄てつゝ、汝の見し事をこと/″\くあらはし、かさある處は人のこれを掻くにまかせよ 一二七―一二九
汝の聲はそのあぢはじめいとはしとも、後消化こなるゝに及び極めて肝要なる滋養やしなひを殘すによりてなり 一三〇―一三二
汝の叫びの爲す所あたかもいと高き巓をいと強くうつ風の如し、是あにほまれのたゞさゝやかなるあかしならんや 一三三―一三五
是故にこれらの天にても、かの山にても、またかの苦患なやみの溪にても、汝に示されしは、名の世に知らるゝ魂のみ 一三六―一三八
そは例を引きてその根知られずあらはれず、あかしして明らかならざれば、人聞くとも心安まらず、信をこれに置かざればなり。 一三九―一四一


   第十八曲

さいはひなるかの鏡は今たゞ己が思ひを樂しみ、我はわが思ひを味ひつゝ、甘さをもて苦しさを和げゐたりしに 一―三
我を神のみもとに導きゐたる淑女いひけるは。思ひを變へよ、一切のしひたげを輕むるものにわが近きを思ふべし。 四―六
我はわが慰藉なぐさめの慕はしき聲を聞きて身をめぐらせり、されどこの時かの聖なる目の中にいかなる愛をわが見しや、こゝにしるさじ 七―九
これ我自らわがことばたのまざるのみならず、導く者なくばかく遠く記憶にさかのぼあたはざるによりてなり 一〇―一二
かの刹那せつなのことについてわが語るを得るは是のみ、曰く、彼を視るに及びわが情は他の一切の願ひより解かると 一三―一五
ベアトリーチェを直ちに照らせる永遠とこしへの喜びその第二の姿をば美しき目に現はしてわが心をたらはしゐたりしとき 一六―一八
一の微笑ほゝゑみの光をもて我をしたがへつゝ淑女曰ふ。身をめぐらしてしかして聽け、わが目の中にのみ天堂あるにあらざればなり。 一九―二一
情もし魂を悉く占むるばかりに強ければ、目に現はるゝことまゝ世にためしあり 二二―二四
かくの如く、我はわがふりかへりて見し聖なる光の輝の中に、なほしばし我と語るの意あるを認めき 二五―二七
このものいふ。頂によりて生き、常に實を結び、たえて葉を失はぬ木のこの第五座に 二八―三〇
福なる諸※(二の字点、1-2-22)の靈あり、かれらは天に來らざりしさき、いかなるムーザをもますばかり世に名聲きこえ高かりき 三一―三三
是故にかの十字架のけたを見よ、我今名をいはん、さらばその者あたかも雲の中にてそのき火のす如きわざをかしこに爲すべし。 三四―三六
ヨスエの名いはるゝや、我は忽ち一の光の十字架を傳ひて動くを見たり、げにいふなすといづれの先なりしやを知らず 三七―三九
尊きマッカベオの名とともに、我はいま一の光の※(「廴+囘」、第4水準2-12-11)めぐりつゝ進み出づるを見たり、しかして喜悦よろこびはかの獨樂こまの糸なりき 四〇―四二
またカルロ・マーニョとオルランドとの呼ばれし時にも、我は心をとめて他の二の光を見、宛然さながら己が飛立つ鷹に目の伴ふ如くなりき 四三―四五
後またグイリエルモ、レノアルド、公爵ドウーカゴッティフレーディ、及びルベルト・グイスカールドわが目を引きてかの十字架を傳はしむ 四六―四八
かくて我に物言へる魂、他の光の間に移りまじりつゝ、天の歌人うたびとの中にてもわざのいたくすぐるゝことを我に示せり 四九―五一
われ身をめぐらして右に向ひ、ベアトリーチェによりて、そのことばまたは動作ふるまひあらはるゝわが務を知らんとせしに 五二―五四
姿平常つねにまさり最終をはりの時にもまさるばかり、その目清くたのしげなりき 五五―五七
また善を行ふにあたり心に感ずる喜びのいよ/\大いなるによりて、人己が徳の進むを日毎に自ら知るごとく 五八―六〇
我はかのしき聖業みわざのいよ/\美しくなるを見て、天とともにわが※(「廴+囘」、第4水準2-12-11)めぐる輪のそのアルコを増しゝを知れり 六一―六三
しかして色白き女が、その顏より羞恥はぢらひの荷をおろせば、たゞつかに變るごとく 六四―六六
われ回顧ふりかへりしときわが見るもの變りゐたり、こは己の内に我をれし温和なる第六の星の白さの爲なりき 六七―六九
我見しに、かのジョーヴェの燈火ともしびの中には愛のきらめきのあるありて、われらの言語ことばをわが目に現はせり 七〇―七二
しかしてたとへば岸より立ちさながら己が食物くひものを見しを祝ふに似たる群鳥むらどりの、相連あひつらなりて忽ち圓を作りまた忽ちほかの形を作る如く 七三―七五
※(二の字点、1-2-22)の聖者はかの諸※(二の字点、1-2-22)の光の中にて飛びつゝ歌ひ、相寄りて忽ちデイ忽ち忽ちエルレの形を作れり 七六―七八
かれらはまづ歌ひつゝ己がふしに合せて動き、さてこれらの文字の一となるや、しばらく止まりてもだしゝなりき 七九―八一
あゝ女神めがみペガーゼアよ(汝才に榮光を與へてその生命いのちを長うす、才が汝の助けによりて諸邑諸國に及ぼす所またかくの如し) 八二―八四
願はくは汝の光をもて我を照らし我をして彼等のかたちをそのわが心にある如く示すをえしめよ、願はくは汝の力をこれらの短き句に現はせ 八五―八七
さてかれらは七の五倍の母字子字となりて顯はれ、我はまた一部一部を、その言顯はしゝ次第に從ひて、心にめたり 八八―九〇
Diligiteディーリギテ iustitiamイウスティティアム 是全畫面の始めのことばなる動詞と名詞にてその終りの語は Quiiudicatisクイーイウディカーチス terramテルラム なりき 九一―九三
かくて第五のことばの中のエムメにいたり、彼等かく並べるまゝ止まりたれば、かしこにては木星宛然さながら金にて飾れる銀と見えたり 九四―九六
我またMの頂の處に他の諸※(二の字点、1-2-22)の光降り、歌ひつゝ――己のもとに彼等を導く善の事ならむ――そこに靜まるを見たり 九七―九九
かくてあたかも燃えたる薪を打てば數しれぬ火花出づる(愚者これによりてうらなひをなす習ひあり)ごとく 一〇〇―一〇二
かしこより千餘の光出で、かれらを燃す日輪の定むるところに從ひて、或者高く或者少しく昇ると見えたり 一〇三―一〇五
しかして各その處にしづまりしとき、我はかの飾れる火が一羽の鷲のかしらくびとを表はすを見たり 一〇六―一〇八
そも/\かしこに畫く者はこれを導く者あるにあらず、彼自ら導く、かれよりぞ巣を作るのもとなる力いづるなる 一〇九―一一一
さて他の聖者のむれ即ち先にエムメにて百合となりて悦ぶ如く見えし者は、少しく動きつゝかの印象かたし終りたり 一一二―一一四
あゝ麗しき星よ、世の正義が汝の飾る天の力にもとづくことを我に明らかならしめしはいかなる珠いかばかり數多き珠ぞや 一一五―一一七
是故に我は汝のうごき汝の力の汝なる聖意みこゝろに祈る、汝の光を害ふ烟の出る處をみそなはし 一一八―一二〇
血と殉教とをもて築きあげし神殿みやの内に賣買うりかひの行はるゝためいま一たび聖怒みいかりを起し給へと 一二一―一二三
あゝわが視る天の軍人いくさびと等よ、惡例あしきためしに傚ひて迷はざるなき地上の人々のために祈れ 一二四―一二六
昔はつるぎをもて戰鬪いくさをする習ひなりしに、今はかの慈悲深き父が誰にもいなみ給はぬ麺麭パンをばこゝかしこより奪ひて戰ふ 一二七―一二九
されど汝、たゞ消さんとてしるす者よ、汝が荒す葡萄園ぶだうばたけの爲に死にたるピエートロとパオロとは今も生くることを思へ 一三〇―一三二
うべ汝は曰はむ、たゞ獨りにて住むを好み、かつ一踊ひとをどりのため教へに殉ずるにいたれる者に我專らわが願ひを据ゑたれば 一三三―一三五
我は漁夫をもポロをも知らずと 一三六―一三八


   第十九曲

うるはしき樂しみのために悦ぶ魂等が相結びて造りなしゝかの美しきかたちは、翼を開きてわが前に現はる 一―三
かれらはいづれも小さき紅玉あかだまが日輪の燃えて輝く光を受けつゝわが目にこれを反映てりかへらしむる如く見えたり 四―六
しかしてわが今述べんとするところは、聲これを傳へ、墨これをしるしゝことなく、想像もこれをいだきしことなし 七―九
そは我見かつ聞きしに、くちばし物言ひ、その聲の中にはわれらわれらのとのこゝろなるわれわがと響きたればなり 一〇―一二
いふ。正しく慈悲深かりしため、こゝにはわれ今高くせられて、願ひに負けざる榮光をうけ 一三―一五
また地には、かしこの惡しき人々さへむるばかりの――かれらむれどかゞみならはず――わが記念かたみを遺しぬ。 一六―一八
たとへば數多き熾火おきびよりたゞ一の熱のいづるを感ずる如く、數多き愛の造れるかのかたちよりたゞ一の響きいでたり 一九―二一
是においてか我直に。あゝ永遠とこしへの喜びの不斷の花よ、汝等は己がすべてのかをりをたゞ一と我に思はしむ 二二―二四
請ふ語りてわが大いなる斷食だんじきを破れ、地上に食物くひものをえざりしため我久しくゑゐたればなり 二五―二七
我よく是を知る、神の正義天上の他の王國をその鏡となさば、汝等の王國も亦まくへだてゝこれを視じ 二八―三〇
汝等はわが聽かんと思ふ心のいかばかり深きやを知る、また何の疑ひのかく長く我を饑ゑしめしやを知る。 三一―三三
鷹その被物かぶりものらるれば、頭を動かし翼をち、願ひといきほひとを示すごとく 三四―三六
神の恩惠めぐみの讚美にて編めるこの旗章はたじるしは、天に樂しむ者のみ知れる歌をうたひてその悦びをあらはせり 三七―三九
かくていふ。宇宙のはて圓規コムパスをめぐらし、隱るゝ物と顯るゝ物とをあまねくその内にわかちし者は 四〇―四二
己がことばの限りなくまさらざるにいたるほど、その力をば全宇宙に印する能はざりき 四三―四五
しかしてよろづ被造物つくられしものをさなりしかの第一の不遜者ふそんじやが光を待たざるによりてまざる先におとし事よくこれをあかしす 四六―四八
されば彼に劣る一切のさがが、己をもて己を量る無窮の善を受入れんにはうつはあまりに小さき事もまたこれによりて明らかならむ 四九―五一
是故に、萬物の中に滿つる聖意みこゝろの光のたゞ一線ひとすぢならざるをえざる我等の視力は 五二―五四
そのさがとして、己が源を己に見ゆるものよりも遙かかなたに認めざるほど強きにいたらじ 五五―五七
かゝれば汝等の世の享くる視力が無窮の正義に入りゆくさまは、目の海におけるごとし 五八―六〇
目はみぎはより底を見れども沖にてはこれを見じ、されどかしこに底なきにあらず、深きが爲に隱るゝのみ 六一―六三
くもりしらぬ蒼空あをぞらより來るものゝ外光なし、いな闇あり、即ち肉の陰またはその毒なり 六四―六六
生くる正義を汝にかくしこれについてかくしげく汝に問をおこさしめたる隱所かくれどころは、今よく汝の前に開かる 六七―六九
いひけらく、人インドの岸に生れ(かしこにはクリストの事を説く者なく、讀む者も書く者もなし) 七〇―七二
人間の理性の導くかぎり、その思ふ所すところみな善く言行ことばおこなひに罪なけれど 七三―七五
たゞ洗禮バッテスモを受けず信仰に入らずしてぬるあらんに、かゝる人を罰する正義いづこにありや、彼信ぜざるもそのとがはたいづこにありやと 七六―七八
※(二の字点、1-2-22)そも/\汝は何者なれば一布指スパンナの先をも見る能はずして席に着き、千ミーリアのかなたをさばかんと欲するや 七九―八一
聖書汝等の上にあらずば、げに我とともに事を究めんとつとむる者にいたく疑ふの事由いはれはあらむ 八二―八四
あゝ地上の動物よ、おろかなる心よ、それおのづから善なる第一の意志は、己即ち至上の善より未だ離れしことあらじ 八五―八七
凡て物の正しきはこれと和するの如何による、造られし善の中これを己が許に引く物一だになし、この善光を放つがゆゑにかの善生ず。 八八―九〇
餌を雛に與へ終りてこふづる巣の上をめぐり、雛は餌をえてその母を視るごとく 九一―九三
いと多きはからひうながされてかの福なるかたち翼を動かし、また我はわが目を擧げたり 九四―九六
さてめぐりつゝ歌ひ、かつ曰ふ。汝のわが歌をせざる如く、汝等人間は永遠とこしへ審判さばきをげせじ。 九七―九九
ローマびとに世界のあがめをうけしめし徴號しるしをばなほ保ちつゝ、聖靈の光る火しづまりて後 一〇〇―一〇二
かの者またいふ。クリストが木にけられ給ひし時より前にも後にも彼を信ぜざりし人の、この國に登り來れることなし 一〇三―一〇五
されど見よ、クリスト、クリストとよばゝる人にて、審判さばきのときには、クリストを知らざる人よりも遠く彼を離るべき者多し 一〇六―一〇八
かゝる基督教徒クリスティアーニをばエチオピアびと罪に定めむ、こは人二のむれにわかたれ、彼永遠とこしへに富み此貧しからん時なり 一〇九―一一一
汝等の王達の汚辱をすべてしるしゝふみの開かるゝを見る時、ペルシアびと彼等に何をかいふをえざらむ 一一二―一一四
そこにはアルベルトの行爲おこなひの中、ほどなく筆を運ばしむる事見ゆべし、その行爲によりてプラーガの王國の荒らさるゝこと即ち是なり 一一五―一一七
そこにはゐのしゝかれて死すべき者が、貨幣かね模擬まがへを造りつゝ、センナのほとりもたらすところのうれへ見ゆべし 一一八―一二〇
そこにはかのスコットランドびととイギリス人とを狂はし、そのいづれをも己が境の内に止まる能はざらしむる傲慢たかぶりかわきを起す)見ゆべし 一二一―一二三
スパニアの王とボエムメの王(この人かつて徳を知らずまた求めしこともなし)との淫樂いんらく懦弱だじやくの生活と見ゆべし 一二四―一二六
イエルサレムメの跛者あしなへの善は一のにてしるされ、一のエムメはその惡の記號しるしとなりて見ゆべし 一二七―一二九
アンキーゼが長生ながきいのちへし處なる火の島を治むる者の強慾と怯懦けふだと見ゆべし 一三〇―一三二
またかれのいみじき小人なるをさとらせんため、その記録には略字を用ゐて、すこしの場所に多くの事を言現はさむ 一三三―一三五
またいとひいづる家系いへがらと二の冠とを辱めたるその叔父と兄弟との惡しきおこなひは何人にも明らかなるべし 一三六―一三八
またポルトガルロの王とノルヴェジアの王とはかのふみによりて知らるべし、ヴェネージアの貨幣かねを見て禍ひを招けるラシアの王また然り 一三九―一四一
あゝ重ねて虐政を忍ばずばウンガリアは福なる哉、取卷く山をかためとなさばナヴァルラは福なる哉 一四二―一四四
またこの事の契約として、ニコシアとファマゴスタとが今既にその獸――他の獸のかたへを去らざる――の爲に 一四五―一四七
嘆き叫ぶを人皆信ぜよ。


   第二十曲

全世界を照らすもの、わが半球より、遠くくだりて、晝いたるところに盡くれば 一―三
さきにはこれにのみもやさるゝ天、忽ち多くの光――一の光をうけて輝く――によりて再び己を現はすにいたる 四―六
かゝる天の現象すがたなりき、世界とその導者達との徴號しるしの尊き嘴もだしゝ時、わが心に浮べるものは 七―九
そはかの諸※(二の字点、1-2-22)の生くる光は、みないよ/\強く光りつゝ、わが記憶より逃げやすく消え易き歌をうたひいでたればなり 一〇―一二
あゝ微笑ほゝゑみの衣をまとふうるはしき愛よ、聖なる思ひのいきのみ通へるかの諸※(二の字点、1-2-22)の笛の中に汝はいかにあつく見えしよ 一三―一五
第六の光を飾る諸※(二の字点、1-2-22)の貴きかゞやける珠、そのたへなる天使の歌をちしとき 一六―一八
我は清らかに石より石と傳ひ下りて己が源のゆたかなるを示す流れのとある低語さゝやきを聞くとおぼえき 一九―二一
しかしてたとへば琵琶びわの頸にて、おとその調しらべ篳篥ひちりきの孔にて、入來る風またこれを得るごとく 二二―二四
かの鷲の低語さゝやきは、待つ間もあらず頸を傳ひて――そがうつろなりしごとく――のぼり來れり 二五―二七
さてかしこに聲となり、かしこよりその嘴を過ぎ言葉のかたちを成して出づ、この言葉こそわがこれをしるしゝ心の待ちゐたるものなれ 二八―三〇
我に曰ふ。わが身の一部、即ち物を見、かつ地上の鷲にありてはよく日輪に堪ふるところを今汝心して視るべし 三一―三三
そはわが用ゐて形をとゝなふ諸※(二の字点、1-2-22)の火のうち、目となりてわがかうべが輝く者、かれらの凡ての位のうちの第一を占むればなり 三四―三六
眞中まなかに光りて瞳となるは、聖靈の歌人うたびとまちより邑にかのはこを移しゝ者なり 三七―三九
今彼は、己が歌の徳――己が思ひよりこの歌のいでたるかぎり――をば、これにふさはしきむくいによりて知る 四〇―四二
輪を造りて我眉となる五の火の中、わがくちばしにいと近きは、寡婦やもめをばその子の事にて慰めし者なり 四三―四五
今彼は、クリストに從はざることのいかに貴き價を拂ふにいたるやを知る、そは彼このうるはしき世とそのうらとを親しく味ひたればなり 四六―四八
またわがいへる圓のうちの弓形ゆみがたのぼる處にて彼に續くは、まことくひによりて死を延べし者なり 四九―五一
今彼は、ふさはしき祈り下界にて、今日けふの事を明日あすになすとも、永遠とこしへ審判さばきに變りなきを知る 五二―五四
次なる者は、牧者に讓らんとて(その志善かりしかど結べるしかりき)律法おきて及び我とともに己をギリシアのものとなせり 五五―五七
今彼は、その善行より出でたる惡の、たとひ世を亡ぼすとも、己をそこなはざるを知る 五八―六〇
弓形くだる處に見ゆるはグリエルモといへる者なり、カルロとフェデリーゴと在るが爲に嘆く國彼なきが爲に泣く 六一―六三
今彼は、天のいかばかり正しき王を慕ふやを知り、今もこれをその輝く姿に表はす 六四―六六
トロイアびとリフェオがこの輪の聖なる光の中の第五なるを、誤り多き下界にては誰か信ぜむ 六七―六九
今彼は、神の恩惠めぐみについて世のさとりえざる多くの事を知る、その目も底を認めざれども。 七〇―七二
まづ歌ひつゝ空に漂ふ可憐いとほし雲雀ひばりが、やがて自ら最後をはりふしのうるはしさにで、心足りてもだすごとく 七三―七五
永遠とこしへの悦び(これが願ふところに從ひ萬物皆そのあるごとくなるにいたる)の印せるかたちも心足らへる如く見えき 七六―七八
しかしてかしこにては我のわが疑ひにおけるあたかも※(「王+黎」、第3水準1-88-35)はりのそのおほふ色におけるに似たりしかど、この疑ひはもだして時を待つに堪へず 七九―八一
己がおもさの力をもて、これらの事は何ぞやといふことばをばわが口より押出したり、またこれと共に我は大いなる喜びのひらめくを見き 八二―八四
かくてかのたふと徴號しるし、いよ/\つよく目を燃やしつゝ、我をながく驚異あやしみのうちにとめおかじとて、答ふらく 八五―八七
我見るに、汝がこれらの事を信ずるは、わがこれを言ふが爲にてその所以を知れるに非ず、されば事信ぜられて猶隱る 八八―九〇
汝はあたかも物を名によりてよく會得ゑとくすれども、その本質にいたりては人これを現はさゞれば知る能はざる者の如し 九一―九三
それ天の王國は、熱き愛及び生くる望みに侵さる、これらのもの聖意みこゝろに勝つによりてなり 九四―九六
されどそのさま人々を從ふる如きに非ず、そがこれに勝つはこれ自らたれんと思へばなり、しかして勝れつゝ己が仁慈いつくしみによりて勝つ 九七―九九
さて眉の中なる第一と第五の生命いのちが天使の國に描かるゝを見て汝これをあやしめども 一〇〇―一〇二
かれらはその肉體を出るに當り汝の思ふ如く異教徒なりしに非ず、基督教徒クリスティアーニにて、彼は痛むべき足此は痛める足を固く信じき 一〇三―一〇五
即ちその一者ひとりは、善意よきおもひもどる者なき處なる地獄より骨に歸れり、是※(二の字点、1-2-22)そも/\生くる望みのむくいにて 一〇六―一〇八
この生くる望みこそ、彼の甦りその思ひの移るをうるにいたらんため神に捧げまつれる祈りに力をえしめたりしなれ 一〇九―一一一
くだんの尊き魂は肉に歸りて(たゞ少時しばしこれに宿りき)、己を助くるをうるものを信じ 一一二―一一四
信じつゝまことの愛の火に燃えしかば、第二の死に臨みては、この樂しみをくるにふさはしくなりゐたり 一一五―一一七
また一者ひとりは、被造物つくられしもの未だかつて目を第一の波に及ぼしゝことなきまでいと深き泉より流れ出る恩惠めぐみにより 一一八―一二〇
その愛を世にてこと/″\く正義に向けたり、是故に恩惠めぐみ恩惠に加はり、神彼の目を開きて我等の未來のあがなひを見しめぬ 一二一―一二三
是においてか彼これを信じ、其後異教の惡臭をしうを忍ばず、かつその事にて多くのもとれる人々を責めたり 一二四―一二六
汝がかの右の輪のほとりに見しみたりの淑女は、洗禮バッテスモの事ありし時より一千年餘の先に當りて彼の洗禮となりたりき 一二七―一二九
あゝ永遠とこしへさだめよ、第一の原因もとを見きはむるをえざる目に汝の根の遠ざかることいかばかりぞや 一三〇―一三二
また汝等人間よ愼みて事を斷ぜよ、われら神を見る者といへどもなほ凡ての選ばれし者を知らじ 一三三―一三五
而して我等かく缺處かくるところあるを悦ぶ、我等のさいはひは神の思召おぼしめす事をわれらもまた思ふといふその幸によりて全うせらるればなり。 一三六―一三八
かくかの神のかたち、わが近眼ちかめをいやさんとて、われにこゝちよき藥を與へき 一三九―一四一
しかしてたとへば巧みに琵琶をかなづる者が、いと震動ゆるぎを、巧みに歌ふ者とあはせて、歌に興を添ふるごとく 一四二―一四四
(憶ひ出づれば)我は鷲の語る間、二のたふとき光が言葉につれて焔を動かし、そのさまさうの目の 一四五―一四七
ひとしくまたゝくに似たるを見たり


   第二十一曲

はやわが目は再びわが淑女の顏にそゝがれ、目とともにこゝろもこれに注がれて他の一切の思ひを離れき 一―三
この時淑女ほゝゑまずして我に曰ふ。我もしほゝゑまば、汝はあたかも灰となりしときのセーメレの如くになるべし 四―六
これ永遠とこしへ宮殿みやきざはしを傳ひていよ/\高く登るに從ひいよ/\燃ゆる(汝の見し如く)わが美しさは 七―九
やはらげらるゝにあらざればいと強くかゞやくが故に、人たる汝の力その光に當りてさながら雷に碎かるゝ小枝の如くなるによるなり 一〇―一二
われらは擧げられて第七の輝の中にあり、こは燃ゆる獅子の胸の下にてその力とまじりつゝ今下方を照らすもの 一三―一五
こゝろを雙の目の行方ゆくへにとめてかれらを鏡とし、いまこの鏡に見ゆるかたちをこれにうつせ。 一六―一八
我わが思ひを變へしそのとき、かのたふとき姿のうちにわが目いかなる喜びをえしや、そを知る者は 一九―二一
彼方かなた此方こなたとをはかくらべてしかして知らむ、わが天上の案内者しるべの命に從ふことのいかばかり我に樂しかりしやを 二二―二四
世界のまはりをめぐりつゝその名立なだゝる導者の――一切の邪惡かれの治下みよに滅びにき――名をふ水晶の中に 二五―二七
我は一の樹梯はしだてを見たり、こは日の光に照らさるゝ黄金こがねの色にて、わが目の及ぶあたはざるほど高くそびえき 二八―三〇
我またきだを傳ひて諸※(二の字点、1-2-22)の光の降るを見たり、そのかずいと多く、我をして天に現はるゝ一切の光かしこより注がると思はしむ 三一―三三
自然のならひとて、晝の始め、冷やかなる羽をあたゝめんため、からすむらがりて飛び 三四―三六
後或者はきてかへらず、或者はさきにいでたちし處にむかひ、或者は殘りゐてめぐる 三七―三九
むらがり降れるかのきらめきも、とあるきだに着くに及びて、またかくの如く爲すと見えたり 四〇―四二
しかして我等にいと近く止まれる光ことあざやかになりければ、われ心の中にいふ、我よく汝の我に示す愛を見ると 四三―四五
されど何時いつ如何いかに言ひまたはもだすべきやを我に教ふる淑女身を動かすことをせざりき、是においてかわが願ひにそむき我は問はざるをよしとせり 四六―四八
是時淑女、萬物を見る者に照らして、わがもだ所以ゆゑんを見、汝の熱き願ひを解くべしと我にいふ 四九―五一
我即ち曰ひけるは。わが功徳は我をして汝の答を得しむるに足らず、されど問ふことを我に許す淑女の故によりて請ふ 五二―五四
己が悦びの中にかくるゝ尊き生命いのちよ、汝いかなればかくわが身に近づけるやを我に知らせよ 五五―五七
また天堂のたへなる調しらべが、下なる諸※(二の字点、1-2-22)の天にてはいとうや/\しく響くなるに、この天にてはいかなればもだすやを告げよ。 五八―六〇
答へて我に曰ふ。汝の耳は目の如く人間のものなるがゆゑに、ベアトリーチェの微笑ほゝゑまざると同じ理によりてこゝに歌なし 六一―六三
聖なる梯子はしごきだを傳ひてわがかく下れるは、たゞことばとわがまとふ光とをもて汝を喜ばしめんためなり 六四―六六
またわがことに早かりしも愛のまさる爲ならじ、汝に焔の現はす如く、まさるかさなくも等しき愛かしこに高く燃ゆればなり 六七―六九
たゞ我等をば宇宙を治め給ふ聖旨みむねしもべとなす尊き愛ぞ、汝の視るごとく、こゝにてくじわかつなる。 七〇―七二
ふ。聖なる燈火ともしびよ、我よく知る、この王宮にては、永遠とこしへの攝理に從ふためには自由の愛にて足ることを 七三―七五
されど何故に汝のともき汝ひとりあらかじめ選ばれてこのつとめを爲すにいたれるや、これわが悟りがたしとする所なり。 七六―七八
わが未だ最後をはりことばをいはざるさきに、かの光は己が眞中まなかを中心として碾石ひきうすの如くめぐりき 七九―八一
かくして後そのうちの愛答ふらく。我を包む光を貫いて神の光わが上にとゞまり 八二―八四
その力わが視力みるちから結合むすびあひつゝ我をはるかに我より高うし、我をしてその出る處なる至高者いとたかきものを見るをえしむ 八五―八七
この見ることこそ我を輝かす悦びのもとなれ、そはわが目のあざやかなるに從ひ、焔も燦かなればなり 八八―九〇
されどいと強く天にかゞやく魂も、目をいとかたく神にとむるセラフィーノも、汝の願ひを滿すをえじ 九一―九三
これ汝の尋ぬる事は永遠とこしへさだめの淵深きところにありて、凡ての造られし目を離るゝによる 九四―九六
汝歸らばこれを人の世に傳へ、かゝる目的めあてにむかひてあへてまた足を運ぶことなからしむべし 九七―九九
こゝにては光る心も地にてはけぶる、是故に思へ、天にれられてさへその爲すをえざる事をいかで下界に爲しえんや。 一〇〇―一〇二
これらの言葉我をひかへしめたれば、我はこの問を棄て、自らひかへつゝたゞへりくだりてその誰なりしやを問へり 一〇三―一〇五
イタリアの二の岸の間、汝の郷土ふるさとよりいと遠くはあらざる處にいかづちの音遙に下に聞ゆるばかり高く聳ゆる岩ありて 一〇六―一〇八
一の峰を成す、この峰カートリアと呼ばれ、これが下にはたゞ禮拜らいはいの爲に用ゐる習なりし一のいほりきよめらる。 一〇九―一一一
かの者三度みたび我に語りてまづかくいひ、後また續いていひけるは。かしこにて我ひたすら神につかへ 一一二―一一四
默想に心をたらはしつゝ、橄欖かんらんしる食物くひもののみにて、輕く暑さ寒さを過せり 一一五―一一七
昔はかの僧院、これらの天のため、をさはに結びしに、今はいと空しくなりぬ、かゝればそのさま必ず直にあらはれん 一一八―一二〇
我はかしこにてピエートロ・ダミアーノといひ、アドリアティコの岸なるわれらの淑女の家にてはピエートロ・ペッカトルといへり 一二一―一二三
餘命幾何いくばくもなかりしころ、ひてはれて我かの帽を受く、こは傳へらるゝごとにすぐれる惡に移る物 一二四―一二六
チエファスの來るや、聖靈の大いなるうつはの來るや、身せ足にくつなく、いかなる宿やどかてをもくらへり 一二七―一二九
しかるに近代ちかきよの牧者等は、己を左右より支ふる者と導く者と(身いと重ければなり)裳裾もすそをかゝぐる者とを求む 一三〇―一三二
かれらまたその表衣うはぎにて乘馬じようめおほふ、これ一枚の皮の下にて二匹の獸の出るなり、あゝ何の忍耐ぞ、こらへてこゝにいたるとは。 一三三―一三五
かくいへる時、我は多くの焔がきだより段にくだりてめぐり、かつめぐるごとにいよ/\美しくなるを見き 一三六―一三八
かくてかれらはこの焔のほとりに來り止まりて叫び、世にたぐひなきまで強き響きを起せり 一三九―一四一
されど我はそのいかづちに堪へずして、聲の何たるをせざりき 一四二―一四四


   第二十二曲

驚異おどろきのあまり、我は身をわが導者に向はしむ、そのさま事あるごとに己が第一の恃處たのみどころに馳せ歸る稚兒をさなごの如くなりき 一―三
この時淑女、あたかもあをざめていきはずむ子を、その心をば常にはげます聲をもて、たゞちになだむる母のごとく 四―六
我に曰ふ。汝は汝が天にあるを知らざるや、天は凡て聖にして、こゝに爲さるゝ事、皆熱き愛より出るを知らざるや 七―九
かの叫びさへかくまで汝を動かせるに、歌とわが笑とは、汝をいかに變らしめけむ、今汝これをはかり知りうべし 一〇―一二
もしかの叫びの祈る所をさとりたりせば、汝はこれにより、汝の死なざるさきに見るべき刑罰を、既に知りたりしものを 一三―一五
そも/\天上のつるぎたるや、斬るに當りていそがずおくれじ、たゞ望みつゝまたは恐れつゝそを待つ者にかゝる事ありと見ゆるのみ 一六―一八
されど汝今身をほかの者のかたにむくべし、わがいふごとく目をめぐらさば、多くの名高き靈を見るべければなり。 一九―二一
彼の好むごとく我は目を向け、百の小さき球のむれゐてその光をかはしつゝいよ/\美しくなれるを見たり 二二―二四
我はさながら過ぐるを恐れて願ひの刺戟をうちに抑へあへて問はざる人のごとく立ちゐたるに 二五―二七
かの眞珠のうちのいと大いにしていと強く光るもの、己が事につきわが願ひを滿みたさんとて進み出でたり 二八―三〇
かくて聲そのなかにて曰ふ。汝もしわれらのうちに燃ゆる愛をわがごとく見ば、汝の思ひを言現はさむ 三一―三三
されど汝が、待つことにより、たふとき目的めあておくれざるため、我は汝のかく愼しみて敢ていはざるその思ひに答ふべし 三四―三六
坂にカッシーノある山にては、往昔そのかみ巓に登りゆく迷へるゆがめる人多かりき 三七―三九
しかして我等をいと高うする眞理をば地にひとしゝ者の名を、はじめてかの山に傳へしものは即ち我なり 四〇―四二
またいと深き恩惠めぐみわが上に輝きたれば、我そのまはりの村里むらざとをして、世界を惑はしゝ不淨の禮拜らいはいのがれしむ 四三―四五
さてこれらの火は皆默想に心を寄せ、聖なる花と實とを生ずる熱によりてもやされし人々なりき 四六―四八
こゝにマッカリオあり、こゝにロモアルドあり、またこゝに足を僧院の内に止めて道心堅固けんごなりしわが兄弟達あり。 四九―五一
我彼に。我と語りて汝が示す所の愛と汝等のすべての焔にわが見て心をとむるき姿とは 五二―五四
わが信頼の念を伸べ、そのさま日の光が薔薇をべてその力のかぎり開くにいたらしむるごとし 五五―五七
是故に父よ汝に請ふ、われ大いなる恩惠めぐみを受けて汝のかたちあらはに見るをうべきやいなや、さだかに我に知らしめよ。 五八―六〇
是においてか彼。兄弟よ、汝の尊き願ひは最後の球にて滿みたさるべし、こはわが願ひも他の凡ての願ひも皆滿みたさるゝところなり 六一―六三
かしこにてはが願ひも備はり、熟し、まどかなり、かの球においてのみこれが各部はその常にありしところにとゞまる 六四―六六
そはこれ場所を占むるにあらず、軸をつにあらざればなり、われらの梯子はしごこれに達し、かく汝の目より消ゆ 六七―六九
族長ヤコブその頂の高くかしこに到るを見たり、こはこれがいと多くの天使を載せつゝ彼に現はれし時なりき 七〇―七二
然るに今はこれに登らんとて地より足を離す者なし、わがおきては紙をそこなはんがために殘るのみ 七三―七五
僧坊たりしむかしの壁は巣窟となりぬ、法衣ころもはあしきこなの滿ちたる袋なり 七六―七八
げに不當の高利といふとも、神の聖旨みむねさからふこと、僧侶の心をかく狂はしむるには及ばじ 七九―八一
そは寺院のたくはへは皆神によりて求むる民の物にて、親戚またはさらにいやしき人々の物ならざればなり 八二―八四
そも/\人間の肉はいと弱し、されば世にては、善く始められし事も、かし生出おひいづるより實を結ぶにいたるまでだに續かじ 八五―八七
ピエルは金銀なきに、我は祈りと斷食だんじきとをもて、わざを始め、フランチェスコは身をひくうしてそのつどひを起せり 八八―九〇
汝これらのものゝ濫觴おこりをたづね後またその迷ひ入りたる處をさぐらば、白の黒くなれるを見む 九一―九三
しかはあれ、神の聖旨みむねによりてヨルダンの退しざり海の逃ぐるは、救ひをこゝに見るよりもなほあやしと見えしなるべし。 九四―九六
かく我に曰ひて後、かれその侶に加はれり、侶は互に寄り近づけり、しかして全衆あたかも旋風の如く上に昇れり 九七―九九
うるはしき淑女はたゞ一の表示しるしをもて我をうながし彼等につゞいてかの梯子はしごを上らしむ、その力かくわが自然に勝ちたりき 一〇〇―一〇二
また人の昇降のぼりくだりするに當りて自然に從ふ處なるこの下界にては、動くこといかに速かなりともわが翼にたぐふにらじ 一〇三―一〇五
讀者よ(願はくはかの聖なる凱旋にわが歸るをえんことを、我これを求めて屡※(二の字点、1-2-22)わが罪に泣き、わが胸を打つ) 一〇六―一〇八
わがかの金牛に續く天宮を見てその内に入りしごとく早くは汝あに指を火に入れて引かんや 一〇九―一一一
あゝ榮光の星よ、大いなる力滿つる光よ、我は汝等よりわがすべての才(そはいかなるものなりとも)の出づるを認む 一一二―一一四
我はじめてトスカーナの空氣を吸ひし時、一切の滅ぶる生命いのちの父なる者、汝等と共に出で汝等とともに隱れにき 一一五―一一七
後ゆたかなる恩惠めぐみをうけ、汝等をめぐらす貴き天に入りし時、我ははからずも汝等の處に着けり 一一八―一二〇
汝等にこそわが魂は、これを己がもとに引くその難所をばゆるにふさはしき力をえんとて、今うや/\くしく嘆願なげくなれ 一二一―一二三
ベアトリーチェ曰ふ。汝は汝の目をあきらかにし鋭くせざるをえざるほど、終極いやはての救ひに近づけり 一二四―一二六
されば汝が未だこれに入らざるさきに、うつむき望みて、いかばかりの世界をばわがすでに汝の足の下におきしやを見よ 一二七―一二九
これ凱旋の群衆ぐんじゆう喜ばしくこのまろき天をわけ來るとき、樂しみきはまる汝の心のこれに現はれんためぞかし。 一三〇―一三二
われ目を戻して七の天球をこと/″\く望み、さてわが球のさまを見てその劣れる姿のために微笑ほゝゑめり 一三三―一三五
しかしてこれをばいと賤しと判ずる心を我はいと善しと認む、思ひを他の物にむくる人はげになほしといふをえむ 一三六―一三八
我はラートナのむすめがかの影(さきに我をして彼にあり密ありと思はしめたる原因もとなりし)なくて燃ゆるを見たり 一三九―一四一
イペリオネよ、こゝにてわが目は汝の子の姿にへき、我またマイアとディオネとが彼の周邊まはりにかつ彼に近く動くを見たり 一四二―一四四
次に父と子との間にてジョーヴェのやはらぐるを望み、かれらがその處をば變ふる次第を明らかにしき 一四五―一四七
しかしてすべなゝつの星は、その大いさとそのはやさとその住處すまひの隔たるさまとを我に示せり 一四八―一五〇
われ不朽の雙兒とともにめぐれる間に、人をしていとあらくならしむる小さき麥場うちば、山より河口かはぐちにいたるまでこと/″\く我に現はれき 一五一―一五三
かくて後我は目をかの美しき目にむかはしむ 一五四―一五六


   第二十三曲

物見えわかぬよるあひだ、なつかしき木の葉のうちにて、己がいつくしむ雛とともに巣に休みゐたる鳥が 一―三
かれらの慕はしき姿を見、かつかれらにくらはしむる物をえん――これがためには大いなる勞苦も樂し――とて 四―六
時ならざるに梢にいたり、曉の生るゝをのみうちまもりつゝ、燃ゆる思ひをもて日を待つごとく 七―九
わが淑女は、かうべを擧げ心をとめて立ち、日脚ひあしの最も遲しとみゆるところにむかへり 一〇―一二
されば彼の待ちあこがるゝを見、我はあたかも願ひに物を求めつゝ希望のぞみに心をたらはす人の如くになれり 一三―一五
されど彼と此との二の時、即ちわが待つことゝ天のいよ/\かゞやくを見ることゝの間はたゞしばしのみなりき 一六―一八
ベアトリーチェふ。見よ、クリストの凱旋の軍を、またこれらの球の※(「廴+囘」、第4水準2-12-11)めぐりによりて刈取られし一切のを。 一九―二一
淑女の顏はすべて燃ゆるごとく見え、その目にはわが語らずしてむのほかなき程に大いなる喜悦よろこび滿てり 二二―二四
すみわたれる望月もちづきの空に、トリヴィアが、天のふところをすべて彩色いろど永遠とこしへのニンフェにまじりてほゝゑむごとく 二五―二七
我はちゞ燈火ともしびの上に一の日輪ありてかれらをこと/″\くもやし、そのさまわが日輪の、星におけるに似たるを見たり 二八―三〇
しかしてかの光る者その生くる光を貫いていとあざやかにわが顏を照らしたれば、わが目これにふるをえざりき 三一―三三
あゝベアトリーチェわがうるはしき慕はしき導者よ、彼我に曰ふ。汝の視力に勝つものは、防ぐにすべなき力なり 三四―三六
こゝにこそ、天地あめつちの間の路を開きてそのかみ人のいと久しく願ひし事をかなへたるその知慧と力とあるなれ。 三七―三九
たとへば火が雲のるゝあたはざるまで延びゆきて遂にこれを破り、そのさがそむきて地にくだるごとく 四〇―四二
わが心はかの諸※(二の字点、1-2-22)もてなしのためにひろがりて己を離れ、そのいかになりしやを自ら思ひ出で難し 四三―四五
いざ目をひらきてわが姿を見よ、汝諸※(二の字点、1-2-22)の物を見てはやわが微笑ほゝゑみに堪ふるにいたりたればなり。 四六―四八
過去こしかたしるふみの中より消失することなきほどの感謝をば受くるにふさはしきこのすゝめを聞きし時 四九―
我はあたかも忘れし夢をその名殘によりて心に浮べんといたづらにつとむる人のごとくなりき ―五四
たとひポリンニアとその姉妹達とがかれらのいと甘き乳をもていとよく養ひし諸※(二の字点、1-2-22)の舌今こぞりて鳴りて 五五―五七
我を助くとも、聖なる微笑ほゝゑみとそがいかばかり聖なる姿をあざやかにせしやを歌ふにあたり、まことの千一にも到らじ 五八―六〇
是故に天堂を描く時、この聖なる詩は、行手ゆくての道のれたるを見る人のごとく、をどり越えざるをえざるなり 六一―六三
されどテーマの重きことゝ人間の肩のこれをふことゝを思はゞ、たとひこれが下にてゆるぐとも、誰しも肩を責めざるならむ 六四―六六
この勇ましきへさきのわけゆく路は、小舟またはほねをしみする舟人ふなびとの進みうべきところにあらじ 六七―六九
汝何ぞわが顏をのみいたく慕ひて、クリストの光のもとに花咲く美しき園をかへりみざるや 七〇―七二
かしこに薔薇あり、こはそのなかにて神のことば肉となり給へるもの、かしこに諸※(二の字点、1-2-22)の百合あり、こはそのかをりにて人に善道よきみちをとらしめしもの。 七三―七五
ベアトリーチェかく、また我は、そのすゝめに心すべて傾きゐたれば、再び身を弱きまなこいくさゆだねき 七六―七八
日の光雲間くもまをわけてあざやかにす花の野を、わが目かつて陰に蔽はれて見しことあり 七九―八一
かくの如く、燃ゆる光に上より照らされて輝く者のあまたのむれを我は見き、その輝の本を見ずして 八二―八四
あゝかくかれらに印影かたす慈愛の力よ、汝は力足らざる目にその見るをりをえしめんとて自ら高く昇れるなりき 八五―八七
あさなゆふなわが常に呼びまつる美しき花の名を聞き、我わが魂をこと/″\くあつめて、いと大いなる火をみつむ 八八―九〇
しかして下界にて秀でしごとく天上にてもまた秀づるかの生くる星の質と量とがわが二の目に描かれしとき 九一―九三
天の奧より冠の如き輪形わがたを成せる一の燈火ともしび降りてこの星を卷き、またこれが周圍まはりをめぐれり 九四―九六
世にいとたへにひゞきて魂をいと強く調しらべといふとも、かの琴――いとあざやかなる天を飾る 九七―
かの美しき碧玉あをだまの冠となりし――の音にくらぶれば、雲の裂けてとゞろくごとく思はるべし ―一〇二
われはこれ天使の愛なり、われらの願ひの宿やどなりしたいよりいづるそのたふとき悦びを我今めぐる 一〇三―一〇五
我はめぐらむ、天の淑女よ、汝爾子みこのあとを逐ひゆき、至高球いとたかききうをして、汝のこれに入るにより、いよ/\聖ならしむるまで。 一〇六―一〇八
めぐりつゝかくうたひをはれば、他の光はすべてマリアの聖名みなとなへり 一〇九―一一一
宇宙の諸天をこと/″\く蔽ひ、神の聖息みいきのりとをうけて熱いと強く生氣いとさかんなる王衣おうのころもは 一一二―一一四
その内面うちがはわれらを遠く上方うへに離れゐたるため、わがをりし處にては、そのさま未だ我に見えねば 一一五―一一七
冠を戴きつゝ己が子のあとより昇れる焔に、わが目ともなふあたはざりき 一一八―一二〇
しかしてたとへば、乳を吸ひし後、愛燃えてそとにあらはれ、かひなを母のかたぶる稚兒をさなごのごとく 一二一―一二三
これらの光る火、いづれもその焔を上方うへに伸べ、そがマリアにむかひていだく尊き愛を我に示しき 一二四―一二六
かくてかれらはレーギーナ・コイリーをうたひつゝわが眼前めのまへに殘りゐたり、その歌いとたへにしてこれが喜び一たびも我を離れしことなし 一二七―一二九
あゝこれらのいとも富めるはこに――こは下界にて種をくにふさはしき地なりき――收めし物の豐かなることいかばかりぞや 一三〇―一三二
こゝにはかれらそのバビローニアの流刑るけいに泣きつゝ黄金こがねをかしこに棄てゝえたる財寶たからにて生き、かつこれを樂しむ 一三三―一三五
こゝにはいと大いなる榮光の鑰を保つ者、神の、またマリアの尊き子のもとにて、舊新二つの集會つどひとともに 一三六―
その戰勝かちいくさを祝ふ ―一四一


   第二十四曲

あゝ尊きこひつじ(彼汝等に食を與へて常に汝等の願ひを滿たす)の大いなる晩餐ゆふげに選ばれて列る侶等よ 一―三
神の恩惠めぐみにより、此人汝等の食卓つくゑより落つる物をば、死が未だ彼のときを定めざるさきにあらかじめ味ふなれば 四―六
心をかれのいと深き願ひにとめ、少しくかれを露にてうるほせ、汝等は彼の思ふ事の出づるもとなる泉の水をたえず飮むなり。 七―九
ベアトリーチェかく、またかの喜べる魂等は、動かざる軸のつらぬく球となりて、そのはげしく燃ゆることあたかも彗星はうきぼしに似たりき 一〇―一二
しかして時辰儀じしんぎにては、その裝置しかけの輪※(「廴+囘」、第4水準2-12-11)めぐるにあたり、これに心をとむる人に、初めの輪しづまりて終りの輪飛ぶと見ゆるごとく 一三―一五
これらの球は、或は速く或は遲くさま/″\に舞ひ、我をしてかれらの富をはかるをえしめき 一六―一八
さていと美しと我に見えし球の中より一の火出づ、こはいと福なる火にて、かしこに殘れる者一としてこれよりあざやかなるはなかりき 一九―二一
この火歌ひつゝベアトリーチェの周邊まはりをめぐること三たび、その歌いと聖なりければ我今心に浮べんとすれどもかひなし 二二―二四
是故にわが筆跳越をどりこえてこれをしるさじ、われらの想像は、まして言葉は、かゝる※(「ころもへん+責」、第3水準1-91-87)ひだにとりて色あかるきに過ればなり 二五―二七
あゝかくうや/\しくわれらに請ふわが聖なる姉妹よ、汝の燃ゆる愛によりて汝は我をかの美しき球より解けり。 二八―三〇
かの福なる火は、止まりて後、いきをわが淑女に向けつゝ、わがいへるごとく語れるなりき 三一―三三
この時淑女。あゝわれらの主がこのしき悦びのかぎ(下界に主のもたらし給ひし)をゆだね給へる丈夫ますらを永遠とこしへの光よ 三四―三六
かつて汝に海の上を歩ましめし信仰に就き、輕き重き種々さま/″\の事をもて、汝の好むごとく彼を試みよ 三七―三九
彼善く愛し善く望みかつ信ずるや否や、汝これを知る、そは汝目を萬物よろづのものの描かれて視ゆるところにとむればなり 四〇―四二
されどこの王國が民を得たるはまことの信仰によるがゆゑに、これに榮光あらしめんため、これの事を語るをりの彼に來るをむべとす。 四三―四五
あたかも學士が、師の問をおこすを待ちつゝ、これをあげつらはんため――これをきむるためならず――もだして備を成すごとく 四六―四八
我はかゝる問者に答へかつかゝる告白をなすをえんため、淑女の語りゐたる間に、一切のことはりをもて備を成せり 四九―五一
いへ、良き基督教徒クリスティアーノよ、汝の思ふ所をあかせ、そも/\信仰といふは何ぞや。我即ちかうべを擧げてこのことばの出でし處なる光を見 五二―五四
後ベアトリーチェにむかへば、かれ直に我に示してわが心の泉より水を注ぎいださしむ 五五―五七
我曰ふ。大いなるをさの前にてわがいひあらはすを許す恩惠めぐみ、願はくは我をしてよくわが思ひを述ぶるをえしめよ。 五八―六〇
かくて續いて曰ふ。父よ、汝とともに、ローマを正しき路に就かせし汝の愛する兄弟の、まことの筆のしるすごとく 六一―六三
信仰とは望まるゝ物の基見えざる物のあかしなり、しかして是その本質と見ゆ。 六四―六六
是時聲曰ふ。汝の思ふ所正し、されど彼が何故にこれをまづ基の中に置き、後あかしの中に置きしやを汝よくさとるやいなや。 六七―六九
我即ち。こゝにて我にあらはるゝもろ/\の奧深き事物も、全く下界の目にかくれ 七〇―七二
かしこにてはその在りとせらるゝことたゞ信によるのみ、人この信の上に高き望みを築くがゆゑに、この物即ち基に當る 七三―七五
また人ほかの物を見ず、たゞこの信によりてことわらざるをえざるがゆゑに、この物即ちあかしにあたる。 七六―七八
是時聲曰ふ。凡そ教へによりて世に知らるゝものみなかくの如くせられんには、詭辯者の才かしこに容れられざるにいたらむ。 七九―八一
かくかの燃ゆる愛ことばいだし、後加ふらく。この貨幣の混合物まぜものとその重さとは汝既にいとよくしらべぬ 八二―八四
されどいへ、汝はこれを己が財布の中につや。我即ち。然り、そをさまに何の疑はしき事もなきまで光りてまるし。 八五―八七
この時、かしこに輝きゐたるかの光の奧より聲出でゝいふ。一切の徳のいしずゑなるこの貴き珠は 八八―九〇
そも/\いづこより汝のもとに來れるや。我。舊新二種の皮の上にゆたかに注ぐ聖靈の雨は 九一―九三
これがまことを我に示しゝ論法にて、その鋭きにくらぶれば、いかなる證明もにぶしとみゆ。 九四―九六
ついで曰ふ。かく汝に論決せしむる舊新二つの命題を、汝が神のことばとなすは何故ぞや。 九七―九九
我。この眞理を我に現はす所のあかしが、ともなへる諸※(二の字点、1-2-22)わざ(即ち自然がその爲くろがねを燒きまたは鐡床かなしきを打しことなき)なり 一〇〇―一〇二
聲我に答ふらく。いへ、これらの業の行はれしを汝に定かならしむるものは誰ぞや、他なし、自らあかしを求むる者ぞ汝にこれを誓ふなる。 一〇三―一〇五
我曰ふ。奇蹟なきに世キリストの教へに歸依きえせば、是かへつて一の大いなる奇蹟にて、他の凡ての奇蹟はその百分一にも當らじ 一〇六―一〇八
そは汝、貧しく、ゑつゝ、はたに入り、良木よききの種をきたればなり(この木昔葡萄ぶどうなりしも今荊棘いばらとなりぬ)。 一〇九―一一一
かくいひ終れる時、尊き聖なる宮人みやびと等、天上の歌の調しらべたへに、「われら神を讚美す」と歌ひ、諸※(二の字点、1-2-22)の球に響きわたらしむ 一一二―一一四
しかして問質とひたゞしつゝかく枝より枝に我をみちびき、はや我とともに梢に近づきゐたるをさ 一一五―一一七
重ねて曰ふ。汝の心とちぎ恩惠めぐみ、今までふさはしく汝の口をひらけるがゆゑに 一一八―一二〇
我は出でしものをよしとす、されど汝何を信ずるや、また何によりてかく信ずるにいたれるや、今これを我に述ぶべし。 一二一―一二三
我曰ふ。あゝ聖なる父よ、墓のほとりにてわかき足に勝ちしほどかたく信じゐたりしものを今見る靈よ 一二四―一二六
汝は我にわがとくいだける信の本體をこゝにあらはさんことを望み、かつまたこれがゆゑよしを問ふ 一二七―一二九
わが答は是なり、我は一神ひとりのかみ唯一たゞひとりにて永遠とこしへにいまし、愛と願ひとをもてすべての天を動かしつゝ自ら動かざる神を信ず 一三〇―一三二
しかして、かゝる信仰に對しては、我に物理哲理のあかしあるのみならじ、モイゼ、諸※(二の字点、1-2-22)の豫言者、詩篇、聖傳 一三三―
及び汝等即ち燃ゆる靈に淨められし後書録かきしるせる人々によりこゝより降下ふりくだる眞理もまた我にこの信を與ふ ―一三八
我また永遠とこしへの三位を信ず、しかしてこれらのもとは一、一にして三なれば、おしなべてソノといひエステといふをうるを信ず 一三九―一四一
わがいふところの奧深き神のさまをば、福音の教へいくたびもわが心に印す 一四二―一四四
是ぞ源、是ぞ火花、後延びて強き炎となり、あたかもそらの星のごとくわが心に煌めくものなる。 一四五―一四七
己を悦ばす事を聞くしゆが、しもべやがてもだすとき、その報知しらせにめでゝ、直ちにこれを抱くごとく 一四八―一五〇
かの使徒の光――我に命じて語らしめし――は、わが默しゝ時、直ちに歌ひて我を祝しつゝ、三たびわが周圍まはりをめぐれり 一五一―
わがことばかくそのこゝろかなへるなりき。 ―一五六


   第二十五曲

年久しく我をやつれしむるほど天地あめつちともに手を下しゝ聖なる詩、もしかの麗はしきをり―― 一―
かしこにいくさを起す狼どものあだこひつじとしてわが眠りゐし處――より我をいだすその殘忍に勝つこともあらば ―六
その時我は變れる聲と變れる毛とをもて詩人として歸りゆき、わが洗禮バッテスモの盤のほとりに冠を戴かむ 七―九
そは我かしこにて、魂を神に知らすものなる信仰に入り、後ピエートロこれが爲にかくわがひたひ周圍まはりをめぐりたればなり 一〇―一二
クリストがその代理者の初果はつなりとして殘しゝ者の出でし球より、このとき一の光こなたに進めり 一三―一五
わが淑女いたく悦びて我にいふ。見よ、見よ、かのをさを見よ、かれの爲にこそ下界にて人ガーリツィアにまうづるなれ。 一六―一八
鳩そのともかたへに飛びくだるとき、かれもこれも※(「廴+囘」、第4水準2-12-11)めぐりつゝさゝやきつゝ、かたみに愛をあらはすごとく 一九―二一
我はひとりの大いなる貴き君が他のかゝる君に迎へられ、かれらをかしむる天上のかてをばともにたゝふるを見き 二二―二四
されど會繹えしやく終れる時、かれらはいづれも、我に顏をれしむるほど強く燃えつゝ、もだしてわが前にとゞまれり 二五―二七
是時ベアトリーチェ微笑ほゝゑみて曰ふ。われらの王宮の惠みのゆたかなるをしるしゝなだゝる生命いのちよ 二八―三〇
望みをばこの高き處に響き渡らすべし、汝知る、イエスが、己をいとよく三人みたりに顯はし給ひし毎に、汝のこれをかたどれるを。 三一―三三
かうべを擧げよ、しかして心を強くせよ、人の世界よりこゝに登り來るものは、みなわれらの光によりて熟せざるをえざればなり。 三四―三六
この勵ますことば第二の火よりわがもとに來れり、是においてか我は目を擧げ、かの先に重きに過ぎてこれをれしめし山を見ぬ二七
恩惠めぐみによりてわれらのみかどは、汝が、未だ死なざるさきに、その諸※(二の字点、1-2-22)伯達きみたちと内殿に會ふことを許し 四〇―四二
汝をしてこの王宮の眞状まことのさまを見、これにより望み即ち下界に於て正しき愛をうながすものをば、汝とほかの人々の心に、強むるをえしめ給ふなれば 四三―四五
その望みの何なりや、いかに汝の心に咲くや、またいづこより汝の許に來れるやをいへ。第二の光續いてさらにかく曰へり 四六―四八
わが翼の羽を導いてかく高く飛ばしめしかの慈悲深き淑女、是時我より先に答へていふ 四九―五一
わが軍をあまねく照らすかの日輪にしるさるゝごとく、戰鬪たゝかひあづかる寺院にては彼より多くの望みをいだく子一人ひとりだになし 五二―五四
是故にかれは、その軍役いくさのつとめを終へざるさきにエジプトを出で、イエルサレムメに來りて見ることを許さる 五五―五七
さてほかの二の事、即ち汝が、知らんとてならず、たゞ彼をしてこの徳のいかばかり汝の心にかなふやを傳へしめんとて問ひし事は 五八―六〇
我是を彼にゆだぬ、そは是彼に難からず虚榮のもととならざればなり、彼これに答ふべし、また願はくは神恩かみのめぐみ彼にかくすをえしめ給へ。 六一―六三
あたかも弟子が、そのくわしく知れる事においては、わが才能ちからを現はさんため、くかつ喜びて師に答ふるごとく 六四―六六
我曰ひけるは。望みとは未來の榮光のかたき期待にて、かゝる期待は神の恩惠めぐみと先立つ功徳より生ず 六七―六九
この光多くの星より我許わがもとに來れど、はじめてこれをわが心に注げるは、最大いとおほいなる導者を歌へる最大いなる歌人うたびとたりし者なりき 七〇―七二
かれその聖歌の中にいふ、爾名みなを知る者は望みを汝におくべしと、また誰か我の如く信じてしかしてこれを知らざらんや 七三―七五
かれのしづくとともに汝そののちふみのうちにて我にこれをしたゝらし、我をして滿たされて汝等の雨をほかの人々にも降らさしむ。 七六―七八
わが語りゐたる間、かの火の生くるふところのうちにとあるひらめき、俄にかつ屡※(二の字点、1-2-22)ふるひ、そのさま電光いなづまの如くなりき 七九―八一
かくていふ。棕櫚しゆろをうるまで、戰場いくさのにはを出づる時まで、我にともなへる徳にむかひ今も我をもやす愛 八二―八四
我にすゝめて再び汝――この徳を慕ふ者なる――と語らしむ、されば請ふ、望みの汝に何を約するやを告げよ。 八五―八七
我。新舊二つの聖經標みふみしるしつ、この標こそ我にこれを指示さししめすなれ、神が友となしたまへる魂につき 八八―九〇
イザヤは、かれらいづれも己が郷土ふるさとにて二重ふたへの衣を着るべしといへり、己が郷土とは即ちこのうるはしき生の事なり 九一―九三
また汝の兄弟は、白衣しろきころものことを述べしところにて、さらにつまびらかにこの默示をわれらにあらはす。 九四―九六
かくいひ終れる時、スペーレント・イン・テーまづわれらの上に聞え、舞ふ者こと/″\くこれに和したり 九七―九九
次いでかれらの中にて一の光いと強く輝けり、げにもし巨蟹宮に一のかゝる水晶あらば、冬の一月ひとつきはたゞ一の晝とならむ 一〇〇―一〇二
またたとへば喜ぶ處女をとめが、その短處おちどの爲ならず、たゞ新婦はなよめの祝ひのために、ち、行き、踊りに加はるごとく 一〇三―一〇五
かの輝く光は、己が燃ゆる愛に應じて圓くめぐれる二の光のもとに來れり 一〇六―一〇八
かくてかしこにて歌と節とを合はせ、またわが淑女は、もだして動かざる新婦はなよめのごとく、目をかれらにとむ 一〇六―一〇八
こは昔われらの伽藍鳥ペルリカーノの胸にりし者、また選ばれて十字架の上より大いなる務をゆだねられし者なり。 一一二―一一四
わが淑女かく、されどそのことばのためにその目を移さず、これをかたくとむることいはざる先の如くなりき 一一五―一一七
瞳を定めて、日の少しくくるを見んとつとむる人は、見んとてかへつて見る能はざるにいたる 一一八―一二〇
わがかの最後の火におけるもまたかくの如くなりき、是時聲曰ふ。汝何ぞこゝに在らざる物を視んとて汝の目をまばゆうするや 一二一―一二三
わが肉體は土にして地にあり、またわれらのかず永遠とこしへ聖旨みむねふにいたるまでは他の肉體と共にかしこにあらむ 一二四―一二六
かさねの衣を着つゝ尊き僧院にあるものは、昇りし二の光のみ、汝これを汝等の世に傳ふべし。 一二七―一二九
かくいへるとき、焔の舞は、三の氣吹いぶきおとのまじれるうるはしき歌とともにしづまり 一三〇―一三二
さながら水を掻きゐたるかひが、疲勞つかれまたは危き事を避けんため、一の笛のとともにみな止まる如くなりき 一三三―一三五
あゝわが心の亂れいかなりしぞや、そは我是時身をめぐらしてベアトリーチェを見んとせしかど(我彼に近くかつ福の世にありながら) 一三六―
見るをえざりければなり ―一四一


   第二十六曲

わが視力の盡きしことにて我危ぶみゐたりしとき、これを盡きしめしかの輝く焔より一の聲出でゝわが心を惹けり 一―三
曰ふ。我を見て失ひし目の作用はたらきをば汝の再び得るまでは、語りてこれをつぐのふをよしとす 四―六
さればまづ、いへ、汝の魂何處いづこをめざすや、かつまた信ぜよ、汝の視力は亂れしのみにて、滅び失せしにあらざるを 七―九
そは汝を導いてこの聖地を過ぐる淑女は、アナーニアの手のてる力を目にもてばなり 一〇―一二
我曰ふ。遲速おそきはやきを問はずたゞ彼の心のまゝにわが目ゆべし、こは彼が、絶えず我をもやす火をもて入來りし時の門なりき 一三―一五
さてこの王宮をさきはふ善こそ、或は低く或は高く愛のわが爲に讀むかぎりの文字もじのアルファにしてオメガなれ。 一六―一八
目の俄にくらめるための恐れを我より取去れるその聲、我をして重ねて語るの意を起さしむ 一九―二一
そのことばに曰ふ。げに汝はさらに細かき篩にて漉さゞるべからず、が汝の弓をかゝるまとに向けしめしやをいはざるべからず。 二二―二四
我。哲理の論ずる所によりまたこゝより降る權威によりて、かゝる愛は、我にかたさゞるべからず 二五―二七
これ善は、その善なるかぎり、知らるゝとともに愛をもやし、かつその含む善の多きに從ひて愛また大いなるによる 二八―三〇
されば己の外に存する善がいづれもたゞ己の光の一すぢに過ぎざるほどすぐるゝ者に向ひては 三一―三三
このあかしもとゐなる眞理をわきまふる人の心、他の者にむかふ時にまさりて愛しつゝ進まざるをえじ 三四―三六
我に凡ての永遠とこしへの物の第一の愛を示すもの、かゝる眞理をわが智にあかし 三七―三九
まことの作者、即ち己が事を語りて我汝に一切の徳を見すべしとモイゼにいへる者の聲これを明し 四〇―四二
汝も亦、かの尊き公布ふれにより、ほかのすべての告示しらせにまさりて、こゝの秘密を下界にとなへつゝ、我にこれを明すなり。 四三―四五
是時聲曰ふ。人智及びこれと相和する權威によりて、汝の愛のうちのいと大いなるもの神にむかふ 四六―四八
されど汝は、神のかたに汝を引寄する綱のこのほかにもあるを覺ゆるや、請ふ更にこれを告げこの愛が幾個いくつの齒にて汝を噛むやを言現いひあらはすべし。 四九―五一
クリストの鷲の聖なる思ひ隱れざりき、いな我はよく彼のわが告白をばいづこに導かんとせしやを知りて 五二―五四
即ちまたいひけるは。齒をもて心を神に向はしむるをうるもの、みなわが愛と結び合へり 五五―五七
そは宇宙の存在、我の存在、我を活かしめんとて彼の受けし死、及び凡そ信ずる人の我と等しく望むものは 五八―六〇
先に述べし生くる認識とともに、我をもとれる愛の海より引きて、正しき愛の岸に置きたればなり 六一―六三
永遠とこしへ園丁にはつくりの園にあまねく茂る葉を、我は神がかれらに授け給ふさいはひの度に從ひて愛す。 六四―六六
もだしゝとき、忽ち一のいとうるはしき歌天に響き、わが淑女全衆に和して、聖なり聖なり聖なりといへり 六七―六九
鋭き光にあへば、物視る靈が、膜より膜に進み入るその輝に馳せ向ふため、眠り覺まされ 七〇―七二
覺めたる人は、判ずる力己を助くるにいたるまで、己が俄にさめし次第を知らで、その視る物におびゆるごとく 七三―七五
ベアトリーチェは、千ミーリアの先をも照らす己が目の光をもて、一切のほこりをわが目より拂ひ 七六―七八
我は是時前よりもよく見るをえて、第四の光のわれらとともにあるを知り、いたく驚きてこれが事を問へり 七九―八一
わが淑女。この光の中には、第一の力のはじめて造れる第一の魂その造主つくりぬしを慕ふ。 八二―八四
たとへば風過ぐるとき、枝はそのさきるれど、己が力にもたげられて、後また己を高むるごとく 八五―八七
我は彼の語れる間、いたくあやしみてかうべれしも、語るの願ひに燃されて、後再び心を強うし 八八―九〇
曰ひけるは。あゝ熟して結べる唯一たゞひとつ果實このみよ、あゝ新婦はなよめといふ新婦をむすめ子婦よめつ昔の父よ 九一―九三
我いとうや/\しく汝にぐ、請ふ語れ、わが願ひは汝の知るところなれば、汝のことばく聞かんため、我いはじ。 九四―九六
獸包まれて身を搖動ゆりうごかし、包む物またこれとともに動くがゆゑに、願ひを現はさゞるををえざることあり 九七―九九
かくの如く、第一の魂は、いかに悦びつゝわが望みに添はんとせしやを、その蔽物おほひによりて我に示しき 一〇〇―一〇二
かくていふ。汝我に言現はさずとも、わが汝の願ひを知ること、およそ汝にいと明らかなることを汝の知るにもまさる 一〇三―一〇五
こは我これをまことの鏡――この鏡萬物を己にうつせど、一物としてこれを己にうつすはなし――に照して見るによりてなり 一〇六―一〇八
汝の聞かんと欲するは、この淑女がかく長ききぎはしをば汝に昇るをえしめし處なる高き園の中に神の我を置給ひしは幾年前いくとせさきなりしやといふ事 一〇九―一一一
これがいつまでわが目の樂なりしやといふ事、大いなるいきどほりまこと原因もと、またわが用ゐわが作れる言葉の事即ち是なり 一一二―一一四
さて我子よ、かの大いなる流刑るけい原因もとは、木實このみあぢはへるその事ならで、たゞ分をえたることなり 一一五―一一七
我は汝の淑女がヴィルジリオを出立いでたゝしめし處にありて、四千三百二年の間この集會つどひを慕ひたり 一一八―一二〇
また地に住みし間に、我は日が九百三十回、その道にあたるすべての光に歸るを見たり 一二一―一二三
わが用ゐし言葉は、ネムブロットのやからがかの成し終へ難きわざを試みしその時よりも久しき以前さきに悉く絶えにき 一二四―一二六
そは人の好む所天にともなひて改まるがゆゑに、理性より生じてしかして永遠とこしへに續くべきもの未だ一つだにありしことなければなり 一二七―一二九
※(二の字点、1-2-22)そも/\人の物言ふは自然のわざなり、されどかく言ひかくいふことは自然これを汝等にゆだね汝等の好むまゝに爲さしむ 一三〇―一三二
わが未だ地獄に降りて苦しみをうけざりしさきには、我をつゝ喜悦よろこびもとなる至上の善、世にてと呼ばれ 一三三―一三五
その後ELエルと呼ばれにき、是亦うべなり、そは人の習慣ならはしは、さながら枝の上なる葉の、彼散りて此生ずるに似たればなり 一三六―一三八
かの波の上いと高くそびゆる山に、罪なくしてまた罪ありてわが住みしは、第一時より、日の象限しやうげんを變ふるとともに 一三九―
第六時に次ぐ時までの間なりき。 ―一四四


   第二十七曲

父に子に聖靈に榮光あれ。天堂こぞりてかくとなへ、そのうるはしき歌をもて我を醉はしむ 一―三
わが見し物は宇宙の一微笑ひとゑみのごとくなりき、是故にわがゑひ耳よりも目よりも入りたり 四―六
あゝ樂しみよ、あゝいひがたき歡びよ、あゝ愛と平和とより成るまつたき生よ、あゝ慾なき恐れなき富よ 七―九
わが目の前にはよつ燈火ともしび燃えゐたり、しかして第一に來れるものいよ/\あざやかになり 一〇―一二
かつその姿を改めぬ、木星ジョーヴェもし火星マルテとともに鳥にして羽を交換とりかはしなば、またかくの如くなるべし 一三―一五
次序ついで任務つとめとをこゝにてわかち與ふる攝理、四方よもの聖徒達をしてしづかならしめしとき 一六―一八
わが聞けることばにいふ。われ色を變ふと雖もあやしむなかれ、そはわが語るを聞きて是等の者みな色を變ふるを汝見るべければなり 一九―二一
わが地位、わが地位、わが地位(神の子の聖前みまへにては今もむなし)を世にて奪ふ者 二二―二四
わが墓所はかどころをば血とけがれとの溝となせり、是においてか天上よりちしもとれる者も下界に己が心を和らぐ。 二五―二七
是時我は、日と相對あひむかふによりてあしたゆふべに雲を染めなす色の、あまねく天にみなぎるを見たり 二八―三〇
しかしてたとへばしとやかなる淑女が、心におそるゝことなけれど、他人ひと過失おちどをたゞ聞くのみにてはぢらふごとく 三一―三三
ベアトリーチェは容貌かたちを變へき、思ふに比類たぐひなき威能ちからなやみ給ひし時にも、天かく暗くなりしなるべし 三四―三六
かくてピエートロ、容貌かたちの變るに劣らざるまでかはれる聲にて、續いて曰ふ 三七―三九
※(二の字点、1-2-22)クリストの新婦はなよめを、わが血及びリーン、クレートの血にてはぐゝめるは、これをして黄金こがねをうるの手段てだてたらしめん爲ならず 四〇―四二
いなこの樂しき生を得ん爲にこそ、シストもピオもカーリストもウルバーノも、多くの苦患なやみの後血を注げるなれ 四三―四五
基督教徒クリスティアーニなる民の一部我等の繼承者けいしようじやの右に坐し、その一部左に坐するは、われらの志しゝところにあらじ 四六―四八
我にゆだねられしかぎが、受洗者じゆせんじやと戰ふための旗のしるしとなることもまたしかり 四九―五一
我を印のかたとなして、贏利虚妄えいりきよまうの特典にし、われをして屡※(二の字点、1-2-22)かつ恥ぢかつおこらしむることも亦然り 五二―五四
こゝ天上より眺むれば、牧者の衣を着たるあらき狼隨處いたるところ牧場まきばに見ゆ、あゝ神の擁護みまもりよ、何ぞ今もたざるや 五五―五七
カオルサびと等とグアスコニア人等、はや我等の血を飮まんとす、ああ善き始めよ、汝の落行先おちゆくさきはいかなる惡しき終りぞや 五八―六〇
されど思ふに、シピオによりローマに世界の榮光を保たしめたる尊き攝理、直ちに助け給ふべし 六一―六三
また子よ、汝は肉體の重さのため再び下界に歸るべければ、口をひらけ、わが隱さゞる事を隱すなかれ。 六四―六六
日輪天の磨羯まかつつのに觸るゝとき、こほれる水氣ひらを成してわが世のそらより降るごとく 六七―六九
我はかの飾れる精氣より、さきにわれらとともにかしこに止まれる凱旋がいせんの水氣ひらをなして昇るを見たり 七〇―七二
わが目はかれらの姿にともなひ、あはひの大いなるによりさらに先を見るをえざるにいたりてやみぬ 七三―七五
是においてか淑女、わが仰ぎ見ざるを視、我にいふ。目をれて汝の※(「廴+囘」、第4水準2-12-11)めぐれるさまを見るべし。 七六―七八
我見しに、はじめわが見し時より以來このかた、我は第一帶のなかばよりそのはしに亘る弧線アルコを悉くめぐり終へゐたり 七九―八一
さればガーデのかなたにはウリッセのくるほしき船路ふなぢ見え、近くこなたには、エウローパがゆかしき荷となりし處なる岸見えぬ 八二―八四
日輪もし一天宮餘をへだてゝわが足の下に※(「廴+囘」、第4水準2-12-11)めぐりをらずば、この小さき麥場うちばなほ廣く我に現はれたりしなるべし 八五―八七
たえずわが淑女と契る戀心こひごゝろ、常よりもはげしく燃えつゝ、わが目を再び彼にむかしむ 八八―九〇
げに自然やわざが、心を獲んためまづ目をとらへんとて、人の肉體やその繪姿ゑすがたに造れるゑば 九一―九三
すべて合はさるとも、わが彼のほゝゑむ顏に向へるとき我を照らしゝ聖なる樂しみに此ぶれば物の數ならじと見ゆべし 九四―九六
しかしてかく見しことよりわが受けたる力は、我をレーダの美しき巣より引離して、いとはやき天に押し入れき 九七―九九
これが各部皆いと強く輝きて高くかつみな同じさまなれば、我はベアトリーチェがそのいづれを選びてわが居る處となしゝやを知らじ 一〇〇―一〇二
されど淑女は、わが願ひを見、その顏に神の悦び現はると思ふばかりいとうれしくほゝゑみていふ 一〇三―一〇五
中心をしづめ、その周圍まはりなる一切の物を動かす宇宙のさがは、己が源より出づるごとく、こゝよりいづ 一〇六―一〇八
またこの天には神意みこころほかところなし、しかしてこれを轉らす愛とこれがふらす力とはこの神意の中に燃ゆ 一〇九―一一一
一の圈の光と愛これを容るゝことあたかもこれが他の諸※(二の字点、1-2-22)の圈をるゝに似たり、しかしてこの圈をつかさどる者はたゞこれを包む者のみ 一一二―一一四
またこれが運行は他の運行によりてはかられじ、されど他の運行は皆これによりてはからる、猶十のそのなかばと五一とによりて測らるゝ如し 一一五―一一七
されば時なるものが、その根をかゝる鉢に保ち、葉を他の諸※(二の字点、1-2-22)の鉢にたもつ次第は、今汝に明らかならむ 一一八―一二〇
あゝ慾よ、汝は人間を深く汝の下に沈め、ひとりだに汝の波より目をもたぐるをえざるにいたらしむ 一二一―一二三
意志は人々のうちに良花よきはなと咲けども、雨の止まざるにより、まことすもゝ惡しき實に變る 一二四―一二六
信と純とはたゞ童兒わらべの中にあるのみ、頬にひげひざるさきにいづれも逃ぐ 一二七―一二九
片言かたことをいふ間斷食だんじきを守る者も、舌ゆるむ時至れば、いかなる月の頃にてもすべての食物くひものを貪りくらひ 一三〇―一三二
片言をいふ間母を愛しこれに從ふ者も、言語ことば調とゝのふ時いたれば、これが葬らるゝを見んとねがふ 一三三―一三五
かくの如く、あしたを齎しゆふべを殘しゆくものゝ美しきむすめの肌は、はじめ白くして後黒し 一三六―一三八
汝これをあやしとするなからんため、思ひみよ、地には治むる者なきことを、人のやから道を誤るもこの故ぞかし 一三九―一四一
されど第一月が、世にかの百一の等閑なほざりにせらるゝため、全く冬を離るゝにいたらざるまに、諸※(二の字点、1-2-22)の天は鳴轟き 一四二―一四四
待ちに待ちし嵐起りて、ともへさきかたにめぐらし、千船ちふねを直く走らしむべし 一四五―一四七
かくてぞ花の後にまことの實あらむ。 一四八―一五〇


   第二十八曲

我をして心を天堂に置かしむる淑女、さちなき人間の現世げんぜを難じつゝその眞状まことのさまをあらはしゝ時 一―三
我はあたかも、見ず思はざるさきに己が後方うしろにともされし燈火ともしびの焔を鏡に見 四―六
※(「王+黎」、第3水準1-88-35)の果してまことを告ぐるや否やを見んとて身を轉らし、此と彼と相合ふこと歌のそのにおけるに似たるを見る 七―
人の如く(記憶によりて思ひ出づれば)、かの美しき目即ち愛がこれをもてひもを造りて我をとらへし目を見たり ―一二
かくてふりかへり、人がつら/\かの天のめぐるを視るとき常にかしこに現はるゝものわが目に觸るゝに及び 一三―一五
我は鋭き光を放つ一點を見たり、げにかゝる光に照らされんには、いかなる目も、そのいと鋭きが爲に閉ぢざるをえじ 一六―一八
また世より最小いとちひさく見ゆる星さへ、星の星と並ぶごとくかの點とならびなば、さながら月と見ゆるならむ 一九―二一
月日つきひかさが、これをさゝふる水氣のいとき時にあたり、これをいろどる光を卷きつゝそのほとりに見ゆるばかりの 二二―二四
あはひへだてゝ、一の火輪ひのわかの點のまはりをめぐり、その早きこと、いと速に世界を卷く運行にさへまさると思はるゝ程なりき 二五―二七
また是は第二の輪に、第二は第三、第三は第四、第四は第五、第五は第六の輪に卷かる 二八―三〇
第七の輪これに續いて上方うへにあり、今やいたくひろがりたれば、ユーノの使者つかひ完全まつたしともこれをるゝに足らざるなるべし 三一―三三
第八第九の輪また然り、しかしていづれもそのかずいちへだゝること遠きに從ひ、※(「廴+囘」、第4水準2-12-11)めぐることいよ/\遲く 三四―三六
また清き火花にいと近きものは、これがまことあづかること他にまさる爲ならむ、その焔いとあざやかなりき 三七―三九
わがいたく思ひまどふを見て淑女曰ふ。天もすべての自然も、かの一點にこそかゝるなれ 四〇―四二
見よこれにいと近き輪を、しかして知るべし、その※(「廴+囘」、第4水準2-12-11)めぐることかく早きは、燃ゆる愛の刺戟を受くるによるなるを。 四三―四五
我彼に。宇宙もしわがこれらの輪に見るごとき次第をたもたば、わが前に置かるゝもの我を飽かしめしならむ 四六―四八
されど官能界にありては、諸※(二の字点、1-2-22)の回轉その中心を遠ざかるに從つていよ/\聖なるを見るをう 四九―五一
是故にこのたへなる、天使の神殿みや、即ちたゞ愛と光とをその境界さかひとする處にて、わが顏ひ全く成るをうべくば 五二―五四
ふさらに何故に模寫うつし樣式かたとが一樣ならざるやを我に告げよ、我自らこれを想ふはいたづらなればなり。 五五―五七
汝の指かゝるむすびを解くをえずともあやしむに足らず、こはその試みられざるによりていと固くなりたればなり。 五八―六〇
わが淑女かく、而して又曰ふ。もし飽くことを願はゞ、わが汝に告ぐる事を聽き、才を鋭うしてこれにむかへ 六一―六三
それ諸※(二の字点、1-2-22)の球體は、あまねくその各部に亘りてひろがる力の多少に從ひ、或は廣く或は狹し 六四―六六
徳大なればその生ずる福祉さいはひもまた必ず大に、體大なれば(而してその各部等しく完全なれば)そのるゝ福祉ふくしもまた從つて大なり 六七―六九
是においてか己と共に殘の宇宙を悉くめぐらす球は、愛と智とのともにいと多き輪にかなふ 七〇―七二
是故に汝のはかりを、まるく汝に現はるゝものゝ外見みえゑずして力に据ゑなば 七三―七五
汝はいづれの天も、その天使と――即ち大いなるは優れると、小さきは劣れると――くすしく相應ずるを見む。 七六―七八
ボーレアがそのいと温和おだやかなるかたの頬より吹くとき、半球の空あざやかに澄みわたり 七九―八一
さきにこれを曇らせし霧拂はれ消えて、天その隨處の美を示しつゝほゝゑむにいたる 八二―八四
わが淑女がその明らかなる答を我に與へしとき、我またかくの如くになり、まことを見ること天の星を見るに似たりき 八五―八七
しかしてそのことば終るや、諸※(二の字点、1-2-22)の輪火花を放ち、そのさま熱鐡の火花を散らすに異なるなかりき 八八―九〇
火花は各※(二の字点、1-2-22)その火にともなへり、またそのかずはいと多くして、將棊しようぎを倍するに優ること幾千といふ程なりき 九一―九三
我は彼等がかれらをその常にありし處に保ちかつ永遠とこしへに保つべきかの動かざる點に向ひ、組々くみ/″\にオザンナを歌ふを聞けり 九四―九六
淑女わが心の中の疑ひを見て曰ふ。最初はじめの二つの輪はセラフィニとケルビとを汝に示せり 九七―九九
かれらのかく速に己が絆きづな從ふは、及ぶ限りかの點に己を似せんとすればなり、而してその視る位置の高きに準じてかく爲すをう 一〇〇―一〇二
かれらの周圍まはりめぐる諸※(二の字点、1-2-22)の愛は、神の聖前みまへ寶座フローニと呼ばる、第一のみつの組かれらに終りたればなり 一〇三―一〇五
汝知るべし、一切の智の休らふ處なるまことをばかれらが見るの深きに應じてその悦び大いなるを 一〇六―一〇八
かゝれば福祉さいはひが見る事にもとづき愛すること(即ち後に來る事)にもとづかざる次第もこれによりて明らかならむ 一〇九―一一一
また、見る事のはかりとなるは功徳にて、恩惠めぐみ善心よきこゝろとより生る、次序ついでをたてゝ物の進むことかくの如し 一一二―一一四
同じくこの永劫えいごふの春――夜の白羊宮もこれをかすめじ――に萌出もえいづる第二のみつの組は 一一五―一一七
永遠とこしへにオザンナを歌ひつゝ、そのみつを造り成す三の喜悦よろこびの位の中に三のたへなるをひゞかしむ 一一八―一二〇
この組の中には三種みくさの神あり、第一は統治ドミナーツィオニ、次は懿徳ヴィルトゥーディ、第三の位は威能ボデスターディなり 一二一―一二三
次で最後をはりいとちかく踊り※(「廴+囘」、第4水準2-12-11)めぐる二のむれ主權ブリンチパーティ首天使アルカンゼリにて、最後をはりにをどるは、すべて樂しき天使なり 一二四―一二六
これらの位みな上方うへを視る、かれらまたその力を強く下方したに及ぼすがゆゑに、みな神のかたに引かれしかしてみな引く 一二七―一二九
さてディオニージオは、心をこめてこれらの位の事を思ひめぐらし、わがごとくこれが名をいひこれを別つにいたりたり 一三〇―一三二
されどその後グレゴーリオ彼を離れき、是においてか目をこの天にて開くに及び、自ら顧みて微笑ほゝゑめり 一三三―一三五
またたとひ人たる者がかくかくれたるまことをば世に述べたりとてあやしむなかれ、こゝ天上にてこれを見し者、これらの輪にかゝはる 一三六―
他の多くのまこととともにこれを彼に現はせるなれば。 ―一四一


   第二十九曲

ラートナのふたりの子、白羊と天秤てんびんとに蔽はれて、ひとしく天涯を帶とする頃 一―三
天心が權衡けんこうを保つ刹那せつなより、彼も此も半球をへかの帶を離れつゝ權衡を破るにいたる程の間 四―六
ベアトリーチェは、わが目に勝ちたるかの一點をつら/\視つゝ、ゑみを顏にうかべてもだし 七―九
かくて曰ふ。汝の聞かんと願ふことを我問はで告ぐ、そは我これを一切の處と時との集まる點にて見たればなり 一〇―一二
※(二の字点、1-2-22)そも/\永遠とこしへの愛は、己がさいはひを増さん爲ならず(こはあるをえざる事なり)、たゞその光が照りわたりつゝ、我在りといふをえんため 一三―
時をえ他の一切のかぎりを超え、己が無窮の中にありて、その心のまゝに己をば諸※(二の字点、1-2-22)の新しき愛のうちに現はせり ―一八
またその先にも、爲すなきが如くにて休らひゐざりき、そはこれらの水の上に神の動き給ひしは、先後あとさきに起れる事にあらざればなり 一九―二一
形式と物質と、或は合ひ或は離れて、あたかもみつつるある弓より三の矢の出る如く出で、缺くるところなき物となりたり 二二―二四
しかして光が、※(「王+黎」、第3水準1-88-35)はり琥珀こはくまたは水晶を照らす時、その入來るより入終るまでの間にすこしひまもなきごとく 二五―二七
かのみつの形のわざは、みな直に成りそなはりてその主より輝き出で、いづれを始めと別ちがたし 二八―三〇
また時を同じうしてこの三の物の間に秩序は造られ立てられき、而して純なる作用を授けられしもの宇宙の頂となり 三一―三三
純なる勢能最低處いとひくきところを保ち、中央には一のつなぎ、繋離るゝことなきほどにいとかたく、勢能を作用と結び合せき 三四―三六
イエロニモは、天使達がその餘の宇宙の造られし時より幾百年の久しきさきに造られしことをしるせるも 三七―三九
わがいふまことは聖靈を受けたる作者達のしば/\ふみにしるしゝところ、汝よく心をとめなば自らこれをさとるをえむ 四〇―四二
また理性もいくばくかこのまことを知らしむ、そは諸※(二の字点、1-2-22)動者うごかすものがかく久しく全からざりしとはその認めざることなればなり 四三―四五
今や汝これらの愛の、いづこに、いつ、いかに造られたりしやを知る、されば汝の願ひの中みつの焔ははや消えたり 四六―四八
かずを二十までかぞふるばかりの時をもおかず、天使の一部は、汝等の原素のうちのいと低きものを亂し 四九―五一
その餘の天使は、殘りゐて、汝の見るごときわざを始む(かくする喜びいと大いなりければ、かれら※(「廴+囘」、第4水準2-12-11)めぐむことあらじ) 五二―五四
墮落の原因もとは、汝の見しごとく宇宙一切の重さにされをる者の、のろふべき傲慢たかぶりなりき 五五―五七
またこゝに見ゆる天使達は、へりくだりて、かの善即ちかれらをしてかく深く悟るにいたらしめたる者よりかれらの出しを認めたれば 五八―六〇
恩惠めぐみの光と己が功徳とによりてその視る力増したりき、是故にその意志備りて固し 六一―六三
汝疑ふなかれ、信ぜよ、恩惠めぐみを受くるは功徳にて、この功徳は恩惠を迎ふる情の多少に應ずることを 六四―六六
汝もしわがことばをさとりたらんには、たとひほかの助けなしとも、今やこの集會つどひにつきて多くの事を想ふをえむ 六七―六九
されど地上汝等の諸※(二の字点、1-2-22)の學寮にては、天使に了知、記憶、及び意志ありと教へらるゝがゆゑに 七〇―七二
我さらに語り、汝をして、かゝる教へにおける言葉の明らかならざるため下界にてまがふ眞理の純なる姿を見しむべし 七三―七五
そも/\これらの者は、神の聖顏みかほを見て悦びし時よりこの方、目をこれ(一物としてこれにかくるゝはなし)にそむけしことなし 七六―七八
是故にその見ること新しき物にはばまれじ、是故にまたそのおもひの分れたる爲、記憶に訴ふることを要せじ 七九―八一
されば世にては人眠らざるに夢を見つゝ、或はまことをいふと信じ或はしかすと信ぜざるなり、後者は罪もはぢもまさる 八二―八四
汝等世の人、ことわりきわむるにあたりて同一おなじひとつの路を歩まず、これ外見みえを飾るの慾と思ひとに迷はさるゝによりてなり 八五―八七
されどこれとても、神のふみうとんぜられまたは曲げらるゝにくらぶれば、そが天上にうくる憎惡にくしみなほ輕し 八八―九〇
かのふみを世にかんためいくばくの血流されしや、へりくだりてこれに親しむ者いかばかり聖意みこゝろかなふやを人思はず 九一―九三
※(二の字点、1-2-22)外見みえのために力め、さま/″\の異説を立つれば、これらはまた教を説く者のあげつらふところとなりて福音ものいはじ 九四―九六
ひとりいふ、クリストの受難の時は、月退しざりて中間なかへだてしため、日の光地に達せざりきと 九七―九九
またひとりいふ、こは光の自ら隱れしためなり、されば猶太人ジュデーアびとのみならずスパニアびともインド人も等しくその缺くるを見たりと 一〇〇―一〇二
ラーポとビンドいかにフィオレンツァに多しとも、年毎としごとにこゝかしこにて教壇より叫ばるゝかゝる浮説の多きにはかず 一〇三―一〇五
是故に何をも知らぬ羊は、風を食ひて牧場より歸る、また己が禍ひを見ざることも彼等を罪なしとするに足らじ 一〇六―一〇八
クリストはその最初の弟子達に向ひ、往きて徒言あだことを世に宣傳のべつたへといひ給はず、まこといしずゑをかれらに授け給ひたり 一〇九―一一一
この礎のみぞかれらのとなへしところなる、されば信仰をもやさん爲に戰ふにあたり、かれらは福音をたてとも槍ともなしたりき 一一二―一一四
今や人々戲言ざれごと戲語たはけとをもて教へを説き、たゞよく笑はしむれば僧帽ふくる、かれらの求むるものこのほかになし 一一五―一一七
されど帽のはしには一羽の鳥の巣くふあり、俗衆これを見ばその頼む罪の赦の何物なるやを知るをえむ 一一八―一二〇
是においてかいとおろかなること地にはびこり、定かにすべきあかしなきに、人すべての約束のほとりつどひ 一二一―一二三
聖アントニオは(贋造まがへ貨幣かねを拂ひつゝ)これによりて、その豚と、豚よりけがれし者とをこやす 一二四―一二六
されど我等主題を遠く離れたれば、今目をめぐらして正路を見るべし、さらば時とともにみちを短うするをえむ 一二七―一二九
それ天使はかずきはめて多きに達し、人間の言葉も思ひもともなふあたはじ 一三〇―一三二
汝よくダニエールの現はしゝ事を思はゞ、その幾千なることばのうちに定かなる數かくるゝを知らむ 一三三―一三五
彼等はかれらをすべて照らす第一の光を受く、但し受くる状態ありさまに至りては、この光と結び合ふ諸※(二の字点、1-2-22)の輝の如くに多し 一三六―一三八
是においてか、情愛は會得ゑとくの作用にともなふがゆゑに、かれらのうちのうるはしき愛そのあつ微温ぬるさを異にす 一三九―一四一
見よ今永遠とこしへの力の高さと廣さとを、そはこのもの己が爲にかく多くの鏡を造りてそれらの中に碎くれども 一四二―一四四
一たるを失はざること始めの如くなればなり。 一四五―一四七


   第三十曲

第六時はおよそ六千ミーリアのかなたに燃え、この世界の陰傾きてはや殆んど水平をなすに 一―三
いたれば、いや高き天の中央たゞなか白みはじめて、まづとある星、この世に見ゆる力を失ひ 四―六
かくて日のいとあざやかなる侍女はしためのさらに進み來るにつれ、天は光より光と閉ぢゆき、そのいと美しきものにまで及ぶ 七―九
己が包むものに包まると見えつゝわが目に勝ちし一點のまはりに永遠とこしへに舞ふかの凱旋も、またかくの如く 一〇―一二
次第に消えて見えずなりき、是故に何をも見ざることゝ愛とは、我をうながして目をベアトリーチェに向けしむ 一三―一五
たとひ今にいたるまで彼につきていひたる事をみな一の讚美の中に含ましむとも、わがつとめを果すに足らじ 一六―一八
わが見し美は、あにたゞ人の理解さとりゆるのみならんや、我誠に信ずらく、これを悉く樂しむ者その造主つくりぬしの外になしと 一九―二一
げにこゝにいたり我は自らわが及ばざりしを認む、喜曲または悲曲の作者もそのテーマの難きに處してかくくぢけしことはあらじ 二二―二四
そは日輪の、いと弱き視力におけるごとく、かのうるはしき微笑の記憶は、わが心より心その物を掠むればなり 二五―二七
この世にはじめて彼の顏を見し日より、かく視るにいたるまで、我たえず歌をもてこれにともなひたりしかど 二八―三〇
今は歌ひつゝその美を追ひてさらに進むことかなはずなりぬ、いかなる藝術の士も力盡くればまたかくの如し 三一―三三
さてかれは、かく我をしてわが喇叭らつぱ(こはその難き歌をはや終へんとす)よりなほ大いなる音にかれをゆだねしむるほどになりつゝ 三四―三六
き導者に似たる動作みぶりと聲とをもて重ねていふ。われらはいと大いなる體を出でゝ、純なる光の天に來れり 三七―三九
この光は智の光にて愛これに滿ち、この愛はまことさいはひの愛にて悦びこれに滿ち、この悦び一切の樂しみにまさる 四〇―四二
汝はこゝにて天堂の二隊ふたていくさをともに見るべし、しかしてその一隊ひとてをば最後をはり審判さばきの時汝に現はるゝその姿にて見む。 四三―四五
俄にひらめ電光いなづまが、物見る諸※(二の字点、1-2-22)の靈を亂し、いと強き物の與ふる作用はたらきをも目より奪ふにいたるごとく 四六―四八
生くる光わが身のまはりを照らし、そのかゞやき※(「巾+白」、第4水準2-8-83)かほおほひをもて我を卷きたれば、何物も我に見えざりき 四九―五一
この天をしづむる愛は、常にかゝる會釋ゑしやくをもて己がもとよろこび迎ふ、これ蝋燭をその焔にふさはしからしめん爲なり。 五二―五四
これらのつゞまやかなる言葉わが耳に入るや否や、我はわが力の常よりも増しゐたるをさとりき 五五―五七
しかして新しき視力わがうちに燃え、いかなる光にてもわが目の防ぎえざるほどあざやかなるはなきにいたれり 五八―六〇
さて我見しに、河のごとき形の光、たへなる春をゑがきたる二つの岸の間にありていとつよく輝き 六一―六三
この流れよりは、諸※(二の字点、1-2-22)の生くる火出でゝ左右の花のなかに止まり、さながら紅玉あかだま黄金こがねはさむるに異ならず 六四―六六
かくて香に醉へるごとく再びしき淵に沈みき、しかして入る火と出づる火と相亞あひつげり 六七―六九
汝が見る物のことを知らんとて今汝を燃しかつうながす深き願ひは、そのいよ/\切なるに從ひいよ/\わが心にかなふ 七〇―七二
されどかゝるかわきをとゞむるにあたり、汝まづこの水を飮まざるべからず。わが目の日輪かく我にいひ 七三―七五
さらに加ふらく。河、入り出る諸※(二の字点、1-2-22)たま、及び草の微笑ほゝゑみは、その眞状まことのさまあらかじめ示すかたちなり 七六―七八
こはこれらの物その物のかたきゆゑならず、汝に缺くるところありて視力未ださまで強からざるによる。 七九―八一
常よりもいと遲く目を覺しゝ嬰兒をさなごが、顏を乳のかたにむけつゝ身を投ぐるはやささへ 八二―八四
目をばまさる鏡とせんとてわがかの水(人をしてそのなかにて優れる者とならしめん爲流れいづる)のかたに身をかゞめしその早さにはかじ 八五―八七
しかしてわがまぶたふちこの水を飮める刹那せつなに、その長き形は、變りてまるく成ると見えたり 八八―九〇
かくてあたかも假面めんかうむれる人々が、己を隱しゝかりの姿を棄つるとき、前と異なりて見ゆる如く 九一―九三
花も火もさらに大いなる悦びに變り、我はあきらかに二組の天の宮人みやびと達を見たり 九四―九六
あゝまことの王國の尊き凱旋を我に示せる神の輝よ、願はくは我に力を與へて、わがこれを見し次第を言はしめよ 九七―九九
かしこに光あり、こは造主つくりぬしをばかの被造物つくられしもの即ち彼を見るによりてのみその平安を得る物に見えしむる光にて 一〇〇―一〇二
その周邊まはりを日輪の帶となすともゆるきに過ぐと思はるゝほど廣く圓形まるがたに延びをり 一〇三―一〇五
そが見ゆるかぎりはみな、プリーモ・モービレの頂より反映てりかへ一線ひとすぢの光(かの天この光より生命いのちと力とを受く)より成る 一〇六―一〇八
しかしてをかが、pあをくさや花に富める頃、わが飾れるさまを見ん爲かとばかり、己が姿をそのふもとの水にうつすごとく 一〇九―一一一
すべてわれらのうち天に歸りたりし者、かの光の上にありてこれをかこめぐりつゝ、千餘の列より己をうつせり 一一二―一一四
そのいと低ききださへかく大いなる光を己が中に集むるに、花片はなびら果るところにてはこの薔薇の廣さいかばかりぞや 一一五―一一七
わが視力みるちからは廣さ高さのために亂れず、かの悦びの量と質とをすべてとらへき 一一八―一二〇
近きも遠きもかしこにては加へじかじ、神の親しくしろしめし給ふ處にては自然ののりさらに行はれざればなり 一二一―一二三
きだまた段と延びをり、とこしへに春ならしむる日輪にむかひて讚美のを放つ無窮の薔薇の黄なるところに 一二四―一二六
ベアトリーチェは、あたかも物言はんと思ひつゝ言はざる人の如くなりし我を惹行ひきゆき、さていひけるは。見よ白衣びやくえむれのいかばかり大いなるやを 一二七―一二九
見よわれらの都のその周圍まはりいかばかり廣きやを、見よわれらの席のふさがりて、この後こゝに待たるゝ民いかばかり數少きやを 一三〇―一三二
かの大いなる座、即ちその上にはや置かるゝ冠の爲汝が目をとむる座には、汝の未だこの婚筵こんえんつらなりて食せざるさきに 一三三―一三五
尊きアルリーゴの魂(下界に帝となるべき)坐すべし、彼はイタリアを直くせんとてその備へのかしこに成らざる先に行かむ 一三六―一三八
汝等は無明の慾に迷ひ、あたかも死ぬるばかりにゑつゝ乳母めのとを逐ひやる嬰鬼をさなごの如くなりたり 一三九―一四一
しかしてあらはにもひそかにも彼と異なる道を行く者、その時神のつかさをさたらむ 一四二―一四四
されど神がこの者に聖なるつとめを許し給ふはその後たゞ少時しばしのみ、彼はシモン・マーゴの己が報いをうくる處に投げ入れられ 一四五―一四七
かのアラーエアびとをして愈※(二の字点、1-2-22)深く沈ましむべければなり。 一四八―一五〇


   第三十一曲

クリストの己が血をもて新婦はなよめとなしたまへる聖軍は、かく純白の薔薇の形となりて我に現はれき 一―三
されど殘の一軍ひとて(これが愛を燃すものゝ榮光と、これをかく秀でしめし威徳とを、飛びつゝ見かつ歌ふところの)は 四―六
蜂の一むれが、或時は花の中に入り、或時はその勞苦のあぢの生ずるところに歸るごとく 七―九
かのいと多くの花片はなびらにて飾らるゝ大いなる花の中にくだり、さて再びかしこより、その愛の常に止まる處にのぼれり 一〇―一二
かれらの顏はみな生くる焔、翼は黄金こがねにて、そのほかはいかなる雪も及ばざるまで白かりき 一三―一五
席より席と花の中にくだる時、かれらは脇をあふぎて得たりし平和と熱とを傳へたり 一六―一八
またかく大いなるむれ飛交とびかはしつゝ上なる物と花の間をへだつれども、目も輝もこれに妨げられざりき 一九―二一
そは神の光宇宙をばその功徳に準じてつらぬき、何物もこれが障礙しょうがいとなることあたはざればなり 二二―二四
この安らけき樂しき國、ふるき民新しき民の群居むれゐる國は、目をも愛をも全く一の目標めあてにむけたり 二五―二七
あゝ唯一たゞひとつの星によりてかれらの目に閃きつゝかくこれを飽かしむる三重みへの光よ、願はくはわが世の嵐を望み見よ 二八―三〇
未開の人々、エリーチェがその愛兒いとしごとともにめぐりつゝ日毎ひごとおほかたより來り 三一―三三
ローマとそのいかめしきわざ――ラテラーノが人間の爲すところのものに優れる頃の――とを見ていたく驚きたらんには 三四―三六
人の世より神の世に、時より永劫に、フィオレンツァより、正しきすこやかなる民のもとに來れる我 三七―三九
あにいかばかりの驚きにてか滿されざらんや、げに驚きと悦びの間にありて、我は聞かず言はざるを願へり 四〇―四二
しかして巡禮が、その誓願をかけし神殿みやの中にてあたりを見つゝ心を慰め、はやそのさまを人に傳へんと望む如く四二
我は目をかの生くる光に馳せつゝ、諸※(二の字点、1-2-22)きだ沿ひ、或ひは上或ひは下或ひは周圍まはりにこれを移し 四六―四八
神の光や己が微笑ほゝゑみよそはれ、愛のすゝむる諸※(二の字点、1-2-22)の顏と、すべてのつゝしみにて飾らるゝ諸※(二の字点、1-2-22)擧動ふるまひとを見たり 四九―五一
おしなべての天堂の形をわれ既に悉く認めたれど、未だそのいづれのところにも目をゑざりき 五二―五四
かくて新しき願ひに燃され、我はわが心に疑ひをいだかしめし物につきてわが淑女に問はんため身をめぐらせるに 五五―五七
わがこゝろざしゝ事我にのぞみし事と違へり、わが見んと思ひしはベアトリーチェにてわが見しは一人ひとりおきななりき、その衣は榮光の民の如く 五八―六〇
目にも頬にも仁愛の悦びあふれ、その姿は、やさしき父たるにふさはしきまで慈悲深かりき 六一―六三
何處いづこにありや。我は直にかくへり、是においてか彼。汝の願ひを滿さんためベアトリーチェ我をしてわが座を離れしむ 六四―六六
汝仰ぎてかの最高いとたかきだより第三に當る圓を見よ、さらば彼をその功徳によりてえたる寶座くらゐの上にて再び見む。 六七―六九
我答へず、目を擧げて淑女を見しに、永遠とこしへの光彼より反映てりかへしつゝその冠となりゐたり 七〇―七二
人の目いかなる海の深處ふかみに沈むとも、いかづちの鳴るいと高きところよりその遠くへだたること 七三―七五
わが目の彼處かしこにてベアトリーチェを離れしに及ばじ、されど是我にかゝはりなかりき、そはその姿あひだまじる物なくしてわがもとに下りたればなり 七六―七八
あゝわが望みを強うする者、わが救ひのために忍びて己が足跡あしあとを地獄に殘すにいたれる淑女よ 七九―八一
わが見しすべての物につき、我は恩惠めぐみと強さとを汝の力汝の徳よりいづと認む 八二―八四
汝はふさはしき道と方法てだてとを盡し、我を奴僕ぬぼくつとめより引きてしかして自由に就かしめぬ 八五―八七
汝のいやしゝわが魂が汝のこゝろにかなふさまにて肉體より解かるゝことをえんため、願はくは汝の賜をわがうちまもれ。 八八―九〇
我かくへり、また淑女は、かのごとく遠しと見ゆる處にてほゝゑみて我を、その後永遠とこしへの泉にむかへり 九一―九三
聖なる翁曰ふ。汝の覊旅たびぢを全うせんため(願ひと聖なる愛とはこのために我をつかはしゝなりき) 九四―九六
目をあまねくこの園の上にせよ、これを見ば汝の視力は、神の光を分けていよ/\遠くのぼるをうるべければなり 九七―九九
またわが全く燃えつゝ愛する天の女王、われらに一切の恩惠めぐみを與へむ、我は即ち彼に忠なるベルナルドなるによりてなり。 一〇〇―一〇二
わがヴェロニカを見んとてたとへばクロアツィアより人の來ることあらんに、久しく傳へ聞きゐたるため、その人くことを知らず 一〇三―一〇五
これが示さるゝ間、心の中にていはむ、わが主ゼス・クリスト眞神まことのかみよ、さてはかゝる御姿おんすがたにてましましゝかと 一〇六―一〇八
現世このよにて默想のうちにかの平安を味へる者の生くる愛を見しとき、我またかゝる人に似たりき 一〇九―一一一
彼曰ふ。恩惠めぐみの子よ、目を低うして底にのみ注ぎなば、汝この法悦のさまを知るをえじ 一一二―一一四
されば諸※(二の字点、1-2-22)の圈を望みてそのいと遠きものに及べ、この王國の從ひ事へまつる女王の、坐せるを見るにいたるまで。 一一五―一一七
われ目を擧げぬ、しかしてたとへばあしたには天涯の東のかたが、日の傾く方にまさるごとく 一一八―一二〇
我は目にて(溪より山は行くかとばかり)ふちの一部が光において殘るすべての頂に勝ちゐたるを見たり 一二一―一二三
またたとへば、フェトンテのあつかひかねし車のながえの待たるゝ處はいと強く燃え、そのかなたこなたにては光衰ふるごとく 一二四―一二六
かの平和の焔章旗オリアヒアムマは、その中央たゞなかつよくかゞやき、左右にあたりて焔一樣に薄らげり 一二七―一二九
しかしてかの中央たゞなかには、光もわざも各異なれる千餘の天使、翼をひらきて歡び舞ひ 一三〇―一三二
すべての聖者達の目の悦びなりし一の美、かれらの舞ふを見歌ふを聞きてほゝゑめり 一三三―一三五
われたとひ想像におけるごとく言葉に富むとも、その樂しさの萬分一まんぶいちをもあえて述ぶることをせじ 一三六―一三八
ベルナルドは、その燃ゆる愛の目的めあてにわが目のせちに注がるゝを見て、己が目をもいとなつかしげにこれにむけ 一三九―一四一
わが目をしていよ/\見るの願ひに燃えしむ 一四二―一四四


   第三十二曲

愛の目を己が悦びにとめつゝ、かの默想者もくさうじや、進みて師のつとめをとり、聖なる言葉にてひけるは 一―三
マリアのふさぎて膏あぶらぬりし疵――これを開きこれを深くせし者はその足元なるいと美しき女なり 四―六
第三の座より成る列の中、この女の下には、汝の見るごとく、ラケールとベアトリーチェと坐す 七―九
サラ、レベッカ、ユディット、及び己がとがをいたみて我を憐みたまへといへるその歌人うたびと曾祖母そうそぼたりし女が 一〇―一二
列より列と次第をたてゝ下に坐するを汝見るべし(我その人々の名を擧げつゝ花片はなびらより花片と薔薇を傳ひて下るにつれ) 一三―一五
また第七のきだより下には、この段にいたるまでの如く、希伯來人エブレオびとの女達相續きて花のすべての髮を分く 一六―一八
そは信仰がクリストを見しさまに從ひ、かれらはこの聖なるきざはしをわかつ壁なればなり 一九―二一
此方こなた、即ち花の花片はなびらのみなまつたきところには、クリストの降り給ふを信ぜる者坐し 二二―二四
彼方かなた、即ち諸※(二の字点、1-2-22)の半圓の、空處にたるゝところには、降り給へるクリストに目をむけし者坐す 二五―二七
またこなたには、天の淑女の榮光の座とその下の諸※(二の字点、1-2-22)の座とがかく大いなるへだてとなるごとく 二八―三〇
むかひかたには、常に聖にして、曠野、殉教、つい二年ふたとせの間地獄にへしかの大いなるジョヴァンニの座またこれとなり 三一―三三
彼の下にフランチュスコ、ベネデット、アウグスティーノ、及びその他の人々さだめによりてかくへだてて、圓より圓に下りて遂にこの處にいたる 三四―三六
いざ見よ神のたふとき攝理を、そは信仰の二の姿相等しくこの園に滿つべければなり 三七―三九
また知るべし、ふたつ區劃しきりすぢなかばにてきだより下にある者は、己が功徳によりてかしこに坐するにあらず 四〇―四二
他人ひとの功徳によりて(但し或る約束の下に)しかすと、これらは皆自ら擇ぶまことの力のあらざる先に解放たれし靈なればなり 四三―四五
汝よくかれらを見かれらに耳を傾けなば、顏やをさなき聲によりてよくこれをさとるをえむ 四六―四八
今や汝あやしみ、あやしみてしかして物言はず、されどさとき思ひに汝のめらるゝ強ききづなを我汝の爲に解くべし 四九―五一
※(二の字点、1-2-22)そも/\この王國廣しといへども、その中には、悲しみもかわきえもなきが如く、偶然の事ひとつだになし 五二―五四
そは汝の視る一切の物、永遠とこしへ律法おきてによりて定められ、指輪はこゝにて、まさしく指にへばなり 五五―五七
されば急ぎてまことの生に來れるこの人々のこゝに受くるさいはひに多少あるも故なしとせじ 五八―六〇
いかなる願ひも敢てまたさらに望むことなきまで大いなる愛と悦びのうちにこの國ををやすんじたまふ王は 六一―六三
己が樂しき聖顏みかほのまへにてすべての心を造りつゝ、聖旨みむねのまゝに異なる恩惠めぐみを與へ給ふ、汝今この事あるをもて足れりとすべし 六四―六六
しかしてこは定かに明らかに聖書にしるさる、即ち母の胎内にて怒りを起しゝ雙兒ふたごのことにつきてなり 六七―六九
是故にかゝる恩惠めぐみの髮の色の如何に從ひ、いと高き光は、これにふさはしき冠とならざるをえじ 七〇―七二
さればかれらは、己が行爲おこなひの徳によらず、たゞ最初の視力の鋭さ異なるによりてその置かるゝきだを異にす 七三―七五
世の未だ新しき頃には、罪なき事に加へてたゞ兩親ふたおやの信仰あれば、げに救ひをうるに足り 七六―七八
第一の世終れる後には、男子なんしは割禮によりてその罪なき羽に力を得ざるべからざりしが 七九―八一
恩惠めぐみの時いたれる後には、クリストの全き洗禮バッテスモを受けざる罪なき稚兒をさなごかの低き處にめられき 八二―八四
いざいとよくクリストに似たる顏をみよ、その輝のみ汝をしてクリストを見るをえしむればなり。 八五―八七
我見しに、諸※(二の字点、1-2-22)の聖なる心(かの高き處をわけて飛ばんために造られし)のもたらす大いなる悦びかの顏に降注ふりそゝぎたり 八八―九〇
げに先にわが見たる物一としてこれの如く驚をもてわが心を奪ひしはなく、かく神に似しものを我に示せるはなし 九一―九三
しかしてさきに彼の上に降れる愛、さちあれマリア恩惠めぐみ滿つ者よと歌ひつゝ、その翼をかれの前にひらけば 九四―九六
天の宮人みやびと達四方よりこの聖歌に和し、いづれの姿も是によりていよ/\きらびやかになりたりき 九七―九九
あゝ永遠とこしへさだめによりて坐するそのうるはしき處を去りつゝ、わがためにこゝに下るをいとはざる聖なる父よ 一〇〇―一〇二
かのいたく喜びてわれらの女王の目に見入り、燃ゆと見ゆるほどこれを慕ふ天使は誰ぞや。 一〇三―一〇五
あたかも朝の星の日におけるごとくマリアによりて美しくなれる者の教へを、我はかく再びへり 一〇六―一〇八
彼我に。天使または魂にあるをうるかぎりのつよさとみやびとはみな彼にあり、われらもまたその然るをねがふ 一〇九―一一一
そは神の子がわれらの荷をはんと思ひ給ひしとき、棕櫚しゆろを持ちてマリアのもとに下れるものは彼なればなり 一一二―一一四
されどいざわが語り進むにつれて目を移し、このいと正しき信心深き帝國の大いなる高官つかさ達を見よ 一一五―一一七
かの高き處に坐し、皇妃にいと近きがゆゑにいとさいはひなるふたりのものは、この薔薇の二つの根に當る 一一八―一二〇
左の方にて彼と並ぶは、きもふとく味へるため人類をしてかゝるにがさを味ふにいたらしめし父 一二一―一二三
右なるは、聖なる寺院の古の父、このづべき花のふたつかぎをクリストよりゆだねられし者なり 一二四―一二六
また槍と釘とによりて得られし美しき新婦はなよめのその時々のさちなさをば、己が死なざるさきにすべて見し者 一二七―一二九
これが傍に坐し、左の者の傍には、恩を忘れ心つねなくかつそむやすき民マンナに生命いのちさゝへし頃かれらをひきゐし導者坐す 一三〇―一三二
ピエートロと相對あひむかひてアンナの坐するを見よ、彼はいたくよろこびて己がむすめを見、オザンナを歌ひつゝなほ目を放たじ 一三三―一三五
またいと大いなる家長いへをさむかひには、汝がせ下らんとて目をれしとき汝の淑女をたしめしルーチア坐す 一三六―一三八
されど汝の睡りの時く過ぐるがゆゑに、あたかも縫物師ぬひものしのその織物きれあはせて衣を造る如く、我等こゝにことばとゞめて 一三九―一四一
目を第一の愛にむけむ、さらば汝は、彼のかたを望みつゝ、汝の及ぶかぎり深くその輝を見るをうべし 一四二―一四四
しかはあれ、汝己が翼を動かし、進むと思ひつゝ或ひは退しりぞなからんため、祈りによりて、恩惠めぐみを受ること肝要なり 一四五―一四七
汝を助くるをうる淑女の恩惠めぐみを、また汝は汝の心のわが言葉より離れざるほど、愛をもて我にともなへ。 一四八―一五〇
かくいひ終りて彼この聖なる祈りをさゝぐ 一五一―一五三


   第三十三曲

處女をとめなる母わが子のむすめ被造物つくられしものにまさりて己を低くししかして高くせらるゝ者、永遠とこしへ聖旨みむねかた目的めあてよ 一―三
人たるものをたふとくし、これが造主つくりぬしをしてこれに造らるゝをさへ厭はざるにいたらしめしは汝なり 四―六
汝の胎用にて愛はあらたに燃えたりき、そのあつさによりてこそ永遠とこしへの平和のうちにこの花かくは咲きしなれ 七―九
こゝにては我等にとりて汝は愛の亭午まひる燈火ともしび、下界人間のなかにては望みの活泉いくるいづみなり 一〇―一二
淑女よ、汝いと大いにしていと強し、是故に恩惠めぐみを求めて汝に就かざる者あらば、これが願ひは翼なくして飛ばんと思ふにことならじ 一三―一五
汝の厚き志はたゞ請ふ者をのみ助くるならで、自ら進みて求めに先んずること多し 一六―一八
汝に慈悲あり、汝に哀憐惠與あいれんえいよあり、被造物つくられしもののうちなる善といふ善みな汝のうちに集まる 一九―二一
今こゝに、宇宙のいと低き沼よりこの處にいたるまで、靈の三界を一々ひとつ/″\見し者 二二―二四
伏して汝に請ひ、恩惠めぐみによりて力をうけつゝ、終極いやはての救ひの方にいよ/\高くその目を擧ぐるをうるを求む 二五―二七
また彼の見んことを己が願ふよりも深くは、己自ら見んと願ひし事なき我、わが祈りを悉く汝に捧げかつその足らざるなきを祈る 二八―三〇
願はくは汝の祈りによりて浮世ふせい一切の雲を彼より拂ひ、かくして彼にこよなき悦びを現はしたまへ 三一―三三
我またさらに汝に請ふ、思ひの成らざるなき女王よ、かく見まつりて後かれの心を永く健全すこやかならしめたまへ 三四―三六
願はくは彼を護りて世の雜念に勝たしめ給へ、見よベアトリーチェがすべての聖徒達と共にわが諸※(二の字点、1-2-22)の祈りをたすけ汝に向ひて合掌するを。 三七―三九
神にでられ尊まるゝ目は、祈れる者の上に注ぎて、信心深き祈りのいかばかりかの淑女の心にかなふやを我等に示し 四〇―四二
永遠とこしへの光にむかへり、げに被造物つくられしものの目にてそのうちをかく明らかに見るはなしと思はる 四三―四五
また我は凡ての望みのはてに近づきゐたるがゆゑに、燃ゆる願ひおのづから心の中にてむをおぼえき 四六―四八
ベルナルドは、我をして仰がしめんとて、微笑ほゝゑみつゝ表示しるしを我に與へしかど、我は自らはやその思ふごとくなしゐたり 四九―五一
そはわが目明らかになり、本來まことなる高き光の輝のうちにいよ/\深く入りたればなり